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勇者アーサス




 アーサスは少し驚いた顔をして、またすぐに微笑を浮かべた。



「僕達は幼友達だ。そういうのは無しでいこう」



 アーサスは言った。何かあっても、彼ならなんとかするだろう、そう確信できる声だった。



「そうだな。俺達の仲だ」



 私は、丁寧な口調を捨てた。



「君とこうして会うのは、本当に久しぶりだ。あの時のようにはいかないけれど、童心に帰ったつもりで話しがしたい。時間を作ってくれるか?」



「勿論。俺も色々と、君の話が聞きたいと思ってる」



「良いね。用事が終わったら、声をかけに行く。教会で待っていてくれ」



 アーサスはそういって笑うと、私の前から去って行った。彼を待っている者達は、私以外にも大勢いる。魔王を倒した英雄だが、村民達は勇者になる前の彼をよく知っている。積もる話もあるだろう。そう思う。



 一時間ほど、アーサスは村民達と話しをしていた。私はそれを、ただ眺めていた。時間がたってもなお、彼は村民達から愛される存在なのだ、と感じる。勇者という肩書を持った事で、その愛情は更に深まっているのかもしれない。今、この時代を共に生きている事を、みな確かめたいのかもしれない。



 私は、どうだろうか。ふと、そう思う。今も、私の中にいる彼はあの時のままだ。勇者ではなく、一人のアーサスのままだ。この感覚が果たして、良い物なのか。それはわからなかった。



 アーサスが話し終えて、私に声をかけてきた。そして、教会の一室で私達は話をする事になった。



「良かったのか。俺に時間を作って」



 私は言った。



「問題ないよ。むしろ、話したいと思ってた」



「……それなら、良いんだが」



 私は、アーサスを真っすぐ見た。テーブルを挟んで、私達は向かい合っている。不思議な気分だった。今の私は、とても落ち着いている。嫌な緊張はなく、とても穏やかだ。久しぶりに会ったとは思えないほどだった。



 私達は、お互いの近況を話し合った。私の話は、ありふれた日常のものだったが、アーサスは違う。その話の殆どが、私にとっては未知だった。まさしく、冒険者といった雰囲気が、話の全体を通じて感じられた。



 その話を聞いていると、私は少し胸が痛くなる。本当は、私も彼と同じく冒険へ出たい、という思いを持っていたからだ。見た事もない世界へ旅立つことに、憧れがあった。恐らく、これは嫉妬なのだろうな。私はそう思って、できるだけ純粋に話を楽しむ事へ集中した。



「実は、大事な話があるんだ」



 話に一区切りがつくと、アーサスがそう言った。その顔は、真剣だった。



「どうしたんだ?」



「君を、また冒険へ誘いに来た」



 その言葉を聞いて、私の動きが止まった。自分でもそれを感じた。



 昔「冒険者へ一緒になろう」とアーサスに誘われた事がある。彼が、出立する直前の事だった。私は、その誘いを断った。本音では、一緒に冒険がしたかった。あの時、応じていれば……と思った夜は数知れない。



 ただ私は、その誘いを断った。私には、彼のような強さはない。実力もない。彼は、昔から魔物を倒すだけの実力が備わっていたが、それは私にはないものだった。



「……理由を訊いても良いか?」



 私は、少し間を置いて言った。



「君と冒険がしたい」



 アーサスの言葉は、単純明快だった。その思いに、嘘はないと感じる。彼は、正直な人なのだ。今もそれは、変わっていないらしい。



 私は、少し悩んだ。気持ちとしては、頷きたい。しかし、魔王を討伐した勇者と一緒に、私はいられるのだろうか。戦えるのだろうか。疑問は尽きなかった。



「少し……考えさせてくれないか」



 私の口から出た回答は、これだった。今はまだ、考える時間が欲しかった。



「勿論。僕はしばらく、このあたり周辺にいる。また、ここへ来るから、その時に返事を聞かせて欲しい」



「わかった。周辺の村の人達も、お前と会いたいだろう」



「有難い事に、そう思って貰えているようだ」



 それからは、他愛も無い雑談が続いた。私は、少し胸につっかえていたものが取れた気分だった。



 ――



 次の日。他の村民と一緒にアーサスを見送った。



 近隣の村落へ、アーサスは挨拶をして回る予定だと聞いている。そしてまた、ここへ戻ってくるとも聞いている。



 私は、立派な馬車が速く小さく、何処ぞへと去って行くのを眺めていた。今生の別れという訳ではないが、やはり寂しい気持ちはある。



 その後、昨日はどんな話をしたのか、と集まってくる村民を適当にあしらい、私は自宅へと帰った。仕事がまだ、残っていた。



 農具を根気強く作っていた。村の鍛冶師の仕事は、農具の作製か、修理だ。村で鍛冶ができる者は他にもいるが、有難い事に依頼先として私を選ぶ村民は多かった。仕事へ実直に向き合ってきた成果なのかもしれなかった。



 お昼休憩をしていた時だった。外から、叫び声が聞こえてきた。鬼気迫る悲鳴。私は、短剣を持って外へと飛び出した。



 畑を走る人影が二つ見えた。助けてくれ、誰か、と叫んでいる。その二つの人影には見覚えがあった。この村の住民だ。私は、駆け足でその二人へと近づいた。



「何があった?」



 私は、二人に近づいて大声で訊ねた。



「魔物が何匹も出たんだ!」



「何?」



 村民の言葉に、私は少しだけ驚いた。



 魔王が倒された、という噂を聞いた前後ぐらいから、魔物を見かける機会は減っていた。被害もそれにつられて、減少傾向にあった。せいぜい、一匹から五匹程度が出てくるのが、ここ最近は限度だった。



「何匹もいたのか?」



「そうだ。いつもより、ずっと多い!」



「何処で見たんだ」



「あっちの森だ。そこに群がってた」



「……そうか。わかった。みんなに、知らせてくれ」



 私は、背を向けて自宅へと駈けた。工房へと向かって、目当ての物を探した。それはすぐに見つかった。それは私が昔、勇者アーサスへの旅立ちを祝って贈呈しよう、と考えていた自作の槍だ。



 私はそれを手に持った。久しぶりに持つ槍は、想像よりは重みがある。しかし、普段から力仕事に専念してきた。これぐらいなら、なんて事はない。



 ここは、アーサスの故郷だ。英雄の故郷。それを守りたい。そんな気持ちが私を突き動かしていた。ここには、彼との思い出が沢山あるのだ。それに、村民達の生活もかかっている。




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