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 炎があった。



 私は依頼された農具を作るために、炉の炎と向き合う。辛抱強く向き合う。これが私の仕事であり、生きる世界の全てだった。



 集中はしている。しかし、時々こういう瞬間、物思いに耽る事がある。自分の人生について考える事が、特にここ最近は増えていた。その原因に思い当たる節はあった。



 幼友達のアーサス。今は、私と同じ二十歳ぐらいだろう。三年前、ミルズ村を出てから会っていない。ただ、噂は聞いている。都で頭角を現し、勇者となった。そう聞いている。そして、ここ最近、魔王を討伐したらしい。私は幼友達が成し遂げた偉業を聞いて、何処か誇らしさすら感じたのをよく覚えている。



 同時に、色々な差を私は感じた。彼と私は幼い頃、よく一緒に遊んだ。あの頃から、心では感じていた違いが、今になって大きくなった気分だった。彼は勇者に相応しい勇気ある男であり、そして強かった。平凡な私とは違う魅力もあった。勇者になる前から、彼は村で人気があった。人を惹きつける何か。それが彼にはあった。



 良くない考えである事は理解しつつも、どうしても自身と比較してしまう。そんな私が確かに、心の何処かにいる。ただ、純粋に彼を尊敬する気持ちも同居している。これを人は「複雑な心境」と言うのかもしれない。



 今日の作業を終えて、私は一人食卓を囲む。家族はいない。昔、死んだ。よくある不幸だった。魔物に襲われて死んだ。ただそれだけだった。それから、私は一人でいるのが好きになった。だから、家族はいない。縁談も今は来なくなった。



「少し、部屋が広く感じるな」



 私は夕食を食べ終えて呟くように言った。



 時々、家の中が広すぎると感じる。広さは感じるものの、無駄な空間が多いからだ。



 昔はこの家に母と父がいた。当時は、村の人達もよくこの家に来ていた気がする。夕食会に何度も、嫌になるほど参加したのを覚えている。しかし、今は仕事以外でこの家を訪ねる人はいない。



 両親が亡くなって、一人で生きるようになった時期でも、アーサスとは付き合いがあった。一人を好むようにはなったが、アーサスだけは特別だった。何故、そこまで特別だったのか。私自身、まだわかっていない。幼友達は他にもいたはずなのに、アーサスだけはその中でも特別だった。



 その日は就寝し、次の日の朝がやってきた。



 私が昨日の仕事の続きをしようとしていると、珍しく仕事と関係ない客人が家を訪ねてきた。ミルズ村の人口は多くない。全員が顔馴染みだ。



「ガルド。アーサスが村に顔を出しに来るらしいぞ」



 彼は言った。



「ふうん。そうか。歓迎してやらないとな」



 私はいう。取り繕ってはいたが、無意識に手の動きが止まった。



「ああ、しばらくは仕事の手を止めて、準備を手伝って欲しい。人手が欲しいんだ」



「そうか。まあ、俺で良ければ手を貸すよ」



「助かる。俺は他の人達にも声をかけないといけないから、この辺りで失礼するよ。教会にとりあえず、集まってくれ」



 彼は言い残して、足早に立ち去って行った。



 アーサスが戻ってくると聞いたとき、心は喜びと不安でいっぱいだった。彼に再会できることに純粋な期待を抱く一方で、心のどこかで恐れていた。あの頃と同じように、彼は私に微笑んでくれるだろうか?



 私のようなしがない鍛冶師の事など、どうでもいいかもしれない。特別な幼友達だと思っているのも、実は私だけで、アーサスからすれば私は友達ですら無いかもしれない。そんな不安があった。



 ただ、考えていてもキリがない話だった。私は護身用の短剣を持って、教会へとむかった。道中、どこまでも広がる畑を眺めながら、この村の景色は変わらないな、と考えていた。



 教会に行き、司祭からの指示に従って、私と村民達は歓迎の準備を進めた。三日ほど、準備に時間を費やした。その間、必要ではない会話を避けた。村民達の熱に浮かされたような雰囲気が、どうも肌に合わなかった。四日目以降は、いつ勇者が来ても良いように、教会で私達は寝食をすごした。



 そして、六日目の朝、ついに勇者のアーサスが村へ近づいている、という報せが届いた。私達は歓迎するために、教会の外で立って待っていた。私は、言いようのない高揚感を覚え、どこか落ち着かない心持ちだった。



 彼は、どう変わったのだろうか。記憶の中の彼は、素朴な青年だ。彼の真っすぐに前を見る瞳は、どう変わったのだろうか。色々なものを見て、何か変化があったかもしれない。色々な思いが私の中で駈け廻っては消えて行った。



 馬車が一台、見えた。立派な馬車だった。王の御旗と一緒にやってくる。護衛と思われる騎士が十名程度、一緒にいるのが見えた。私は緊張して、自分の体が強張るのを感じていた。



 私達の前に馬車が停まる。騎士が下馬して、その馬車の扉を大袈裟な動きで開ける。目を凝らした。この瞬間を、私は脳裏に焼き付けたかった。



 精悍な顔をした青年が降りてきた。銀の髪が風に吹かれて、揺れていた。鋭さを感じる目は、意思の強さを如実に物語っている。アーサスだ、そう気づくのに時間はかからなかった。



 村民が歓声をあげていた。私は手を振る。声はあげたくなかった。騒がしくするのは、得意ではない。性格上の問題だった。彼を歓迎する気持ちは同じだ。



 しばらくの間、アーサスは村民達の歓迎に応じていた。一人ずつしっかりと握手を交わしている。私はその様子を遠くから眺めているような、そんな気分で見ていた。前へは出なかった。今の彼は、酷く遠い存在に思えたからだ。本人は、そう思っていないかもしれないが、私はそう感じたのだ。



 アーサスと目が合った。彼が微笑む。私から見ても、魅力的だと思う微笑だった。彼は、村民達の間を通って私の前にやってきた。しばらく、私達は互いの顔を見つめていた。互いの上を通り過ぎたその時間。それを見つめなおしているような、そんな沈黙だった。



「久しぶり。ガルド」



 アーサスが微笑したまま言った。



「お久しぶりです。アーサス殿」



 私は、騎士がいる事を意識して丁寧な言葉を選んで使った。



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