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ウィークエンド・フライデイム

作者: 名空

時は近未来…人工知能が発達し、人類が本格的な宇宙開拓を始めてしばらく経った時代である。

その新天地を巡り、人々はやはりお互いの生存を掛けて互いに争いを続けていた。

「はぁ、はぁ、はぁっ……。」

一人の女性が操縦席の中で荒い呼吸を整えようとしている。

「中尉、無事か?応答したまえ!」

仲間の生存を確かめるべく、他の月面機動兵器L.M.W.(Lunar Mobile Weapons)

から送られて来た無線を確認し、彼女は安堵した。

それは宇宙…、月の裏側での戦い。

「すみません、機体のシステムがダウンしてしまって…。」

激しい戦闘の末なんとか敵軍を退けたものの、味方側の被害は甚大であり、彼女自身も中破した愛機を月の地面に放置せざるを得なかった。

「手酷くやられたな。」

ハッチを開けてコックピットから出てきた彼女に対し、宇宙服を纏った隊長らしき男性が肩を貸す。

女は戦場の様子を見回すと、月の空虚な地平線に目をやった。

そしてその先に小さく見える青い地球に……。


場面は変わり、舞台で踊る美少女アイドル達の映像が流れる。

十数人ほどの少女らが行うパフォーマンスに、観客達が熱狂している姿が見てとれた。

その様子を基地な内のテレビで見守る先ほどの女性がいる。

「はぁ……。」

と溜め息を吐いた表情は、どこか悲しげであり、同時に嬉しそうでもあった。

そして複数人の女の子の内の一人は、どこかしら彼女に似ているように見えた。

それもそのハズ、画面の向こうの少女は、言ってみればその彼女の分身体のような物なのだ。

その美少女達はヴァーチャル・アイドルという人間そっくりに作られたアンドロイドの一種であった。

事の発端は今から10年前、『永遠の乙女プロジェクト』と呼ばれる新世代アイドルを生み出すという計画。

参加した候補者から言語データ・性格データ・容姿データのサンプルを取って、そこから機械学習による生成AIを用いて人間の疑似人格を産み出すというプロジェクトで、彼女はその疑似アイドル達の元となったデータのサンプリングを行った女性の一人だったのだ。

まだ若かったその少女は、用意された器に様々な自分の情報を書き込んだ。

生年月日や出身地、趣味や好きな食べ物、言動や普段の癖、嫌いな人間のタイプ、そして誰にも言えない秘密等々…。

さらに何枚もの写真を取って3Dモデルを作成し、音声サンプルから自分の声色を模したAIボイスを作った。

おまけに遺伝子情報や指紋に体臭成分の解析……。

学習させるデータが多ければ多いほど、そこから出来上がるロボットは本人により近くなる。

例えるならそれは多角形の頂点がどんどん増えていき、次第に真円に近づいて行くような物だと説明すれば分かりやすいだろうか?

また、言葉一つ取っても、本人がよく口にする台詞や言い回しなどをAIに学習させる事で、

逆説的にその人のキャラクターを再現させられると考えられていた。

もちろん、それは機械による精巧なコピーでしかないと言われればそれまでであるが、

少なくとも、人間が真偽を判別出来ないレベルの疑似人格を作る事がこの時代には既に可能になっていたのだ。

だからこそ、そのアンドロイドはまさしくもう一人の彼女自身だったのである。

そうして生み出され見事選考を突破したその疑似人格は、アイドルとして育成される中で人気を集め、今ではトップスターの一人としてテレビの中で瞬いていたのだった。

そんな彼女を誇らしく思いつつも、現実を生きる女性は搭乗型ロボット兵器に乗り込み次の戦場へ向かう事になる。

近い将来、AIに社会の一旦を担わせる事で、人間達の営みには余裕が生まれ、世の中はより豊かになる…。

理想的な在り方はそうであっただろうし、実際その恩恵にあやかれる者は少なくなかった。

しかし、既に人工知能が必要十分な性能を有しているにも関わらず、未だに自分達の地位に固執し、その権益を死守しようとする者達も当然いる。

彼らはAIの危険性を主張しその普及を妨害、いずれそれによって人間は堕落し、滅んで行ってしまうだろうと口々に叫んだ。

もちろん、ロボットが世間に浸透していく中で問題が起きなかった訳ではない。

例えば、自律型ドローン兵器による国境線侵食問題もそうだった。

国と国とを分ける境界線、AI技術が発達するにつれ、そこには自国防衛の為に多くのロボット兵器が配備された。

しかし長い時間の中で敵同士だった各国の自律型AIがお互いの行動パターンを学習した結果、

なんと人間側の命令を無視して、敵同士での共存関係に似た社会体制のようなものを築くようになってしまったのだ。

この問題は様々な国で発生しており、一部では国境線だった場所がロボットの独立自治区になってしまうような有り様だったのである。

そんな様子を研究対象とし、離れた場所で観測する事が人間の兵士の主な任務とされ、

そうして戦場でぶつかる軍隊の役割は次第に小さくなり、戦争は領地が定まっていない宇宙を戦場とした物かもしくは敵国へ直接攻撃するテロを主体とする物、あるいはネットを介した情報戦などに変わっていったのだった。

故に、そのような時代の変化を恐れる人間の中にはAI技術の封印を提言する者も現れる事になる。

一昔前は、機械化によって仕事を奪われるのは下級市民の簡易な肉体労働のみだと考えられていたが、時代が進むにつれ既得権益層の仕事も機械で代替が可能であるという論調が強まり、それによりある程度文明を退行させるべきだという声が上級市民からも聞かれる始末であった。

これにより原始社会への回帰を望む派閥と、現文明を維持しつつ発展させようという二つの派閥が生まれ、日々お互いに激しい論争が繰り広げられていたのだ。

逆に言えば、AIによる社会格差の是正がより現実を味を帯びて来ていると考える事も出来るだろう。

またテロ攻撃や各国のスパイ活動が日常的に行われる事から、

日本では国民同士の団結と、個々の戦闘訓練が求められるようになった。

子供の頃から情報戦に強くなる為の教育が施される他、体育などでもより実用的な護身術などが教えられ、敵国からの奇襲に備えたのである。

普段は日常的な生活を営んでいる人々がドローンなどの最新技術を駆使し、さらに多くの戦闘術を鍛練により身に付けている。

さながら日本に古くから伝わる忍者のような生活が一般的な国民に義務付けられるようになっていたのだった。


そして、宇宙……。

技術の進歩により、確かに人間は僅かながらの新天地を切り開く事が出来た。

しかしその範囲はとても人類全てが移り住めるような規模ではなく、

その新たな居住スペースを巡って、空の上では先進国同士の散発的な争いが日夜続けられているのだった。

『バチッ…!バチィン!!』

大気圏の上空…衛星軌道上の戦いで、2つの陣営が凌ぎを削り合っている。

「中尉、深追いはするな!このままでは地球の引力に引っ張られて、帰って来れなくなるぞ!」

仲間の誰かがそう叫んだ。

しかし敵を追い詰める事に必死な彼女は聞く耳を持たず、徐々にその高度を下げていく。

眼下には雲と広大な青い海が広がっていた。

「時間切れだ!全員離脱しろ。」

そう言って、敵軍は戦域を離れて行く。

その時だった、置き土産だと言わんばかりに、彼女と相対していた敵機が一発の蹴りをかまして来た。

「しまった!」

バランスを崩した機体は、一気に地球へと落下し始める。

「くそっ、今回は私も道連れって訳ね!」

彼女は咄嗟に大気圏突破用のバリュートを開くと、受領したばかりの新機体と共に流れ星となって地球へ落ちて行った。

そう…いくら科学が進歩したとはいえ、人類にはまだまだ解決しなければならない諸々の問題があった。

いや…それに起因した社会構造の変化が、新たな課題を産み出したと言った方がより正確かもしれない。

「結局ここでの勝ち負けなんて、世界に何の影響を与える事もないんだ…。」

彼女は自嘲気味になって吐き捨てるように言った。

そうして、手元の端末で自分がこれから何処に落ちようとしているのか計算する。


「あれはなんだ…?」

とある駐屯地の観測員が空に光る流れ星を目にし、感嘆の声を上げた。

隕石が、はたまた人工衛星の残骸か…。その正体は不明だったがとりあえず報告書に記録を付けると彼はその風景を一旦忘れ、再び国境線にたむろする機械達を見守る任務に戻るのだった。

この世の中において常に重要なのは、いかにして自分達の生活圏を維持していくかだ。

そういう意味で先程の宇宙での戦いはさしたる意味を持たない。

いや、世界人口が増加し続けていた時代ならばまた違ったであろう。

しかし20世紀に増殖し、21世紀ピークを迎えた人類の数は既に頭打ちになっており、

先進国のみならず後進国においても新生児の数は年々減り続け、民族の維持が次第に困難になっていたのであった。

原因と呼べるものは様々であるが、言ってみれば増え続けた人間の数が地球のキャパシティの限界を超えた結果、社会制度が崩壊し現状の個体数を維持出来なくなったというだけの事なのである。

それは人間のみならず動物の間でも起こる、一種の自然の摂理と呼ぶべき事象であった。

そんな状況では宇宙へ進出する事に必要性を見出だせる国などほとんど無く、

科学者達はいつしか若い世代にどうやって子供を産ませるか、そもそも自分達がいかにして人生のパートナーを見つけるかという事に頭を悩ませる事となる。

しかしそんな事を続けていても、いずれは誰かが核のスイッチを押して、

このどうしようも無くなった世界をリセットしてしまうのかもしれない。

それどころか人間は勝手に絶滅し、そこに残されたロボット達が新たな地球の支配者として君臨する可能性だってあり得るだろう。

そんな小難しい事を考えながら彼女は機体と共に海に墜落し、大きな水飛沫を上げる。

『ズドォッ……!!』

着水前にパラシュートを開いていたお陰で機体への衝突は最小限で済み、彼女は生きているロケットエンジンを誤魔化しながら吹かし、そこから近くの島まで運良く流れ着いた。

そこはまだ戦火に晒されていない平和な場所であり、彼女は戦域からは遠く離れたその島で、ゲリラとして隠れ潜み戦い続けようと誓うのだった。


それから数ヵ月後、戦争は膠着状態となり、田舎で顔を隠したサバイバル生活の中で彼女にとって唯一の心の支えは、月の都の表舞台でスポットライトを浴びる自身の半身の姿であった。

「私はもうここで朽ちて死んでいくだけなのだろうか?」

宇宙へ上がる術を無くしながらも、いつか味方が救援にやって来るかも知れないと思いつつ、彼女は自身の機体を保持しながら島の人々と共に生活していく事になる。

彼らが持つスマホの画面に移る、自身の半身であるヴァーチャルアイドルに向く羨望の眼差しに複雑な感情を抱きながら…。


それからさらに数年後、そこには島民と共に隠遁生活を送る彼女の姿があった。

すぐに終わるだろうと思っていた戦争は依然続いており、待ち焦がれた仲間は一向にやって来ない…。

恐らく戦闘中の行方不明として、半ば死亡扱いとなっているのだろうと、彼女は思った。

そんなある日の事……、

「えっ!?私が村の代表者に!?」

突然島民の長老から持ちかけられた話に彼女は驚いた。

なんでも彼らの暮らす島で新しい芸能プロダクションが設立され、そこの社長が是非とも彼女をスカウトしたいと申し出て来たらしいのだ。

正直言ってその怪しい話には裏があると感じざるをえなかったが、他に身寄りも無く行き場も無かった彼女は、結局その話に乗る事にしたのだった。

なんと皮肉な事だろう、かつて自分が諦めた夢を、こんな辺鄙な場所で再び追う事になろうとは……。

そうして彼女の第二の人生が本格的にスタートする事になったのである。

小さな島の代表者として活躍する彼女の目標は、ずばり月に残して来た自分自身であった。

生身の人間として、コピーさせた機械の自分にどれだけ対抗出来るのか、生涯をかけてそれを確かめて見ようと思った。

しかし、月にいるアイドルの自分には既に戦う意思などなく、人間の意思を汲み取ってパートナーとなる男性との生活を勧めて来るのであった。

経済活動はロボットに任せ、人間は次世代の育成に力を注ぐべきだと、

人工知能がそのような解答を導き出したのである。

全ての人間を機械に置き換えたらどうなるのだろうか?

人に残された役割とはなんなのか?

彼女はその答えを、自分の生涯を捧げて探し続けようと思ったのだった。


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