練習のスイカ割り
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、この棒に目隠し。スイカ割りのグッズじゃないか。まだこんなところにとっておいたんだ。
いまどきの子は、スイカ割りを実際にどれほどやったことがあるんだろうね。フィクションの中でこそなじみはあれど、自分でスイカを殴りつけた経験は?
武器をもって、別の何かを殴る。ヘタをすれば、後ろに手が回りかねない事案だ。そいつを公に行うことができる武道なり、スポーツなりは格別の刺激がある。
気持ちいいばかりじゃないな。いつ打ち、打たれるかの読みあい、仕掛けあい、それに伴う体の動き……乱れぬパフォーマンスを保つのには、鍛錬が必要だ。それだけデリケートな問題といえるだろう。
スイカ割りもしかりかもしれない。
何かしらの大会出場者とかでない限り、日ごろから割りの練習をしている人などいないと思われるけれど……実は俺も、昔はその割りの練習をさせられたことがある。
しかも、おそらくその相手はスイカじゃない。おそらくもっと、やばいものを相手にさせられたんじゃないか、といまも不安に思う経験がある。
そのときの話、聞いてみるか?
週末というと、俺にとってはスイカ割り練習会だった。
家の庭の一角に砂を敷き詰めて、そこにスイカを置き、俺がそのスイカを割る役として棒を手にしていた。
はじめてやらされたのは幼稚園にあがったころだったが、まず目隠しをしない状態で、確実にスイカをとらえる練習を徹底されたよ。
手にものを持って何かを打つというのは、慣れていないと、たとえ静止しているもの相手でも難しいものだ。
「当てかん」というやつか。自分が狙ったところ、間合いをしっかり捉えられていないときがあるんでね。
俺はけっこうスイカを外す派だった。
狙い定めたはずのスイカをとらえられず、前後左右へ狙いを外すことはしばしば。命中率6割にいったかいかないかくらいだったかなあ。
こいつを100パーセントに近づけるための、練習だったな。
どうして、このスイカ割りをさせられるのか。
早い段階で疑問に思った俺が、父親に尋ねてみたところ、こう返された。
「こいつはあくまで練習。お前にはいずれ、スイカよりもきついもんを割ってもらう」
きついもん、というのがどのようなものかは、この時点では教えてもらえなかった。
ただ俺の歳が二けたになる前に、かたちにならなきゃいけないものらしい。俺自身、スイカを割る腕が上がることに、どこか楽しさを覚えていたから反対もしなかったな。
きっちり当てられるようになると、目隠しした状態での割りも本格化する。
目隠しをしながらその場でくるくると回り、声を頼りに進んでスイカを割る。ごく知られたやり方だったのだが、回数を重ねるたびにスイカの大きさはどんどん小さくなっていった。
当然、成功率も下がる。これらの練習にはクリアのノルマがあってな、一定の成功率をマークするまで、他のことをするのを許されなかった。
トイレと食事くらいを例外として、スイカ割りは俺の義務となっていたよ。俺自身も、きっちりやり遂げればたっぷり褒めてもらえるから、嫌気よりもごほうびへの期待のほうが上回っていたね。
どこから調達してきているのか、スイカの大きさはいよいよソフトボールもかくやというサイズになっていく。
俺自身に課せられる精度の課題も、しり上がりでな。しまいには9割オーバーの成功率を求められたよ。
指示を出してくれるのは両親なんだけど、この段階にまで至るとこれまで以上に気合の入った声を耳にする。なにがなんでも、俺に成功してもらわねばならない、という切羽詰まった感じがにじんでいたっけなあ。
――ん? 「しまい」ということは、区切りに何かあったのか?
ああ、こいつをクリアしたら、もうおしまいだっていう「割り」があったのよ。
それを告げられたのは、9歳の誕生日だったかな。
こいつをクリア出来たら、例年以上のごちそうを用意するという文句につられて、俺はかのスイカ割りを引き受けた。
これまで実行してきた中でも、一番の広さの確保。俺のいるところからスイカまで、10メートル以上はあったんじゃないかと思う。
ゴルフのロングパットだとしても、大多数の人がカップに寄せての2パット。あるいはそれ以上を覚悟する道のりのように思えた。
その先に立つスイカは、俺にとってはカップも同じ。そこへホールインワンさせねばならないのだから、かなりきつい注文だ。
目隠しをし、棒を持たされた俺は、くるくるとその場で回され始める。
自分で回ることは許されず、いつも母親が付き添って身体を回してくれるんだが、心なしかそのときは回る回数が多い。
目が回る感覚には心が慣れても、身体は慣れてくれないようで、ようやく止まったときには危うくふらつきかけたよ。
すぐさま、指示が飛ぶ。
背後から母親の声、スイカのある側から父親の声のサンドイッチ。
いつにも増して、やかましく思うほどの大音量。めまいもあって軽く頭痛を感じながらも、俺は歩を進めたんだが。
いくらかいって、違和感を覚えた。ここにいるはずでない、別の誰かの声が聞こえるんだ。
「よせ! 早まるな! 引き返せ!」
そう訴えかけるような声がね。
それは父や母のどちらでもない、別人の声だった。どこかくぐもっていて、老若男女の判別はできない。
その声が聞こえるのは、本当にとぎれとぎれといったところ。これらが響くや、すぐに父母の指示にかき消されてしまう。
最初こそ、空耳かと思った。
けれども、何歩も先へ進んでいくうちに、その第三者の声を何度も聞くようになっていってさ。いよいよその場所へ来るや、「やめろ! やめろ!」と訴えかける声が強まったんだ。
父母の声は「そこ! そこ!」と、これ以上動くことをよしとしないようでさ。俺がひたすら真っすぐ棒を振り下ろす期待している。
――本当に、やっていいのか?
鼓膜に何度か届いた悲痛な響きに、俺は思いとどまりかけた。
が……勝てなかった。
俺は声の主がどのような立場にあるか想像が行き届かず、より具体的にイメージがつく誕生日のお祝いを頭に思い浮かべてしまう。
だったら、取るべきものはこちら……!
棒の振り下ろしと、確かな手ごたえ。
父母が同時にあげる歓声の中に、あの第三者の者はない。ぴたりとおさまってしまった。
目隠しを取ろうとするも、その手を母親がむずとつかんで離してくれない。「まだだめだ」と言いながらね。
これまで、このようなことは一度もなかった。そうして視界をふさがれている間に、父はというと、なにやらごそごそ動く気配。
その足音が庭から家の中へ引っ込みかけるときになって、ようやく俺は棒を手放すことと、目隠しをとることを許されたよ。
こちらへ背を向けて、そそくさと家へ引っ込んでいく母親だったけど、その大事そうに抱え込んだ棒の先が、俺には見えている。
紅をたっぷりと浮かべた棒の先には、黒々とした毛のような塊が張り付いていたんだ。
目隠し前に見たスイカからは、とうていひっつくとは思えないシロモノ。俺があらためて見る、スイカの置いてあった場所にも同じような赤いシミはあれども、皮とか種とおぼしきものは、何もなかったんだよ。
あのとき、俺が割ったものは何なのか……怖くていまも確かめていないな。