第七十九話
今朝起きるとヒビキちゃんから1通のメールが届いてた。
彼女の友人とどこで何時に戦うのかについて書かれていて、朝から憂鬱な気分になってしまう。
戦うのは好きなのだが、戦いの中でもイマイチ気が乗らないものもある。美桜は昔よくつっかかってきた後輩の顔がいくつかちらちらと浮かび上がってきた。
彼女らはとてつもなくめんどくさい性格をしていたこと、彼女らの引き起こすイベントの後処理とけじめについて大変だったなぁと年寄りじみた懐かしさに襲われる。
「とりあえずメールの中身は今日の夜7時にギルドに集合ってか。意外と時間もあるし晩御飯を早めに作って昼寝でもしようかな。」
変な寝方をして跳ね上がった髪を手で押さえながら洗面台に向かっていく。
顔を洗っても夜の予定のことが頭に残っていて気分がまったく冴えない。
そんなこんなで色々とやることを済ませてから昼寝を始めた。
だが、昼寝と言いつつも思いっきり寝てしまい目が覚めれば夕方6時半となっていた。
これからご飯を食べたりなどしていたら遅刻してしまいそうになるので、美桜は諦めようと考えていた。だが、遅刻と決闘の単語から某剣客の話を思い出した。色々と諸説があるそうだが、わざと遅刻をして精神的に不安定にさせて不意をついて勝利したというものだ。
だが、現実的に考えて遅刻をしたらとんでもないめに遭うのが相場であることをわかっている美桜はベッドから立ち上がって長時間のゲームをする準備を急いで進めていく。
「さて、時間になったけど肝心の相手がこないとはどういうことなの?ヒビキちゃん連絡は来ていない?」
「30分前には私にちょっと寄るとこ寄っていくけど間に合うからギルドで待ってってメッセージが来たわ。でもそれっきりなんも追加の連絡はなし。」
「拙者飽きてきましたぞ。せっかくうちのギルマスに喧嘩をふっかけてきた相手がフルボッコにされるとこを見にきたと言うのに残念ですぞ。」
ルイスは大欠伸をしながらギルド内に設置している大きなテーブルの上で何やら怪しい器材にアイテムを切ったりすり潰したりして入れ込んでいる。
器材は試験管をセットできる箇所がありその底では青色の小さな炎が灯されている。
アイテムを入れた試験管が炎に熱されると中のアイテムが液状化して薄暗い様々な色へと変化していっている。
ルイスにはさまざまなアイテムを作れと命じてはいるが実際に作っているのは初めてみるので今日は決闘を放っておいて他のアイテムの作り方を勉強するのがいいかもしれないと美桜は思ってしまう。
誰もが別のことへと意識を切り替え始めた頃にやつはやってきた。
「ごっめーん。遅れちゃった。」
ギルドの玄関の扉を盛大に開け放ちずしずしと足音を鳴らしながら中に入ってきた。
そのまま誰にも挨拶をすることなく、ギルド中央に設置している椅子に傲慢な態度と共に着席したと同時に、ヒビキちゃんの鉄拳制裁が流星群のごとく頭目掛けて飛んでいく。
ゲームの中であるのにヒビキちゃんの友人の頭にはタンコブの上にタンコブが生み出されていると開発者の変なこだわりを感じれてサイレントは少しの尊敬と恐怖を感じた。
「あんたね!遅れてきておいてその態度はあんまりにも失礼ってことがわからないのかしら?日本一のプロゲーマとかなんとか言われて有頂天になっているんじゃないの?」
「昔から言っているでしょ。約束と時間はしっかりと守ることって。相手との信頼関係を崩さないためにも必要なの。プロゲーマーになってからスポンサーとの信頼関係が尚のこと大切ってことも言ったよね。」
「今だけ萎れて反省している態度をとってもダメよ。前に大手企業がスポンサーになってたけど、遅刻とか何回もして契約破棄になったこともう忘れたの?」
ヒビキちゃんのお叱りラッシュは続いている。
ギルド内にいる3人は共通して、小さい子供が悪いことをしてお母さんに叱られているシーンにしか見えないと思った。さらに、子供は悪いことをしたと認められず今この場だけを乗り切るために反省した態度だけを取りそれも見抜かれていると、とある家庭の1シーンを完全に再現しているようだ。
最近のドラマではあまりにテンプレの展開のためほとんど見たことがない光景である。
ヒビキちゃんのガチのお怒りを初めてみたサイレントは空気を読んで落ち着くまでは触れないでおこうと考えて、机の反対側でアイテムクラフトをしているルイスの様子を伺う。
なんと彼は口元を手で押さえて今にでも吹き出しそうな笑いを全力で堪えていた。さすがのアホもこの場で笑ってしまうとトバッチリを受けてしまうことは理解をしているようだった。
次にお嬢様のソフィアの方を確認すると腕を組みつつ顎に手を当てて静観しているが、手が異様に動いているように見える。すごく冷静な雰囲気を出しているがいつもにこやかで優しい人が怒ったときは内心しっかりと驚いているタイプらしい。
(さっきまで怒りを覚えていたけど、こいつらの様子を見ると意外とおもしろくてどうでもよくなってきたな。私って意外と切り替えが早い女なの?)
自分の対戦相手が来てお説教の後に決闘もあることは間違いはないだろう。
そう思い、メニューを開き装備を決闘用に切り替えていく。今装備可能な最高の武器とかは使用せずに、レベル半分でギリギリ装備可能なものを身につけていく。
あとは、相手がプロゲーマーなので意外なことで不利になる可能性があるので一応飛び道具を用意して忍ばせておくことにする。
流石のヒビキちゃんも長時間説教を続けて疲れ始めてきているのでそろそろ戦うことになりそうであることがわかる。
サイレントは静かに闘志を湧き上がらせていく。相手はプロゲーマーでない彼女を舐めている節はあるがそれに怒らず逆に武器にして戦おうと決める。
(プロゲーマー相手に後手に後手に回っちゃうと勝機はなくなっちゃう。だから、自分のリズムを相手に押し付ける。前リアルで感じたのはその方が私にぴったりな気がする。)
サイレントこと、美桜は昔から喧嘩をするときでも相手のことを考えるというよりかは分析することをせずに自分がその場その場でやりたいことを強引にでも実行してきた。
だが、それだけでは真の意味での戦いに溺れることが出来ないことに気が付いた。
今回はその戦いに溺れるための方法は何なのかを知るための実験に使わせてもらおうと考えている。
「さて、これ以上言ったって無駄なことはわかっているわ。約束の時間も大分過ぎてしまったわね、サイレントちゃんごめんなさい。」
「ヒビキの説教が過ぎた時間の3割ぐらい占めているだろうに。」
「何か言ったかしら自称プロゲーマーさん。」
「いいえ、何にも言ってはございませんよ。さてさて、アマチュアちゃんにプロゲーマーのハル様が人との戦い方をレクチャーする時間ですよっと。」
ハルは先ほどまでの説教がまるでなかったかのような振る舞いをしており、反省のはの字も一切ない。そんな態度を見てヒビキちゃんは溜息しか出てこず、周りの取り巻き2人も同じく溜息を吐いていた。
サイレントは心内はまんまと油断してくれてありがたいと思っているが、どうにか湧き出す感情を押さえて別の偽物の感情である嫌悪感を出す。
「へいへい、よろしく頼みますよ先輩♡」
「素直なこった。」
お互いに椅子から立ち上がってギルドの玄関に向かって歩き出す。
これ以上は言葉を交わす必要はなく、システムが決めた決闘の開始のボタンを押下するのみ。




