表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Dear my friend

作者: 緒川 文太郎

 僕は、二人きりで話がしたいと、女性に呼び出されるのが苦手だ。頬を真っ赤に染め、伏目がちな潤んだ瞳で、僕を見上げながらこう言うのだ。

「……好きです。付き合って下さい!」

そういう時、僕は決まった台詞を繰り返す。

「ごめん。『忘れられない人』が居るんだ……。」

 これは別に、僕が女性にもてているという話では無い。女性からの告白等はそう頻繁に有るものでは無いが、それでも断る度に、僕の心は徐々に疲弊して行く。僕の言う『忘れられない人』を、その度に思い出してしまうからだ。


 僕の『忘れられない人』は、高校時代の友人だった。僕は勉強は得意であったが、クラスでは目立たない陰気なタイプであった。対して、友人はスポーツも得意で、クラスでは常に脚光を浴びる人気者であった。何の共通点も無い僕等が親しくしている事は、クラス内では学園七不思議の一つとして、度々噂の的になっていた。

 放課後になると、僕等はいつも一緒に帰宅し、両親の帰宅が遅い僕の自宅に寄った。僕の部屋へ入るなり、互いに衣服を全て脱ぎ捨て、全裸で抱き締め合った。男同士でありながら、激しい接吻を交わし、そして性行為にも及んだ。僕等が親しい理由なんて、クラスの誰にも言えはしなかった。彼とこうして身体を重ねて居られるなら、僕は誰にも秘密の関係でも構わなかった。……僕は、彼を愛していたのだ。


 彼との関係は唐突に始まった。元々自宅が近隣という事もあり、挨拶程度はしていたが、特段に親しい友人という訳では無かった。それが或る大雨の夜、彼が突然に僕の自宅を訪ねて来たのだ。玄関先で全身びしょ濡れの彼を見て、僕は直ぐ様に自宅に招き入れ、風呂の準備をしてやった。風呂から出た彼は虚ろな表情で、いつもの快活な彼とは別人の様であった。一向に髪を乾かそうとする様子も無いので、僕がドライヤーで彼の髪を乾かしてやった。

 その日は偶然にも、僕の両親は仕事で翌朝まで帰宅せず、彼と二人きりであった。僕は在り合わせの食材で、二人分のパスタとスープを用意した。僕の用意した食事を口にしながらも、彼は終始無言であった。きっと何か有ったに違いないと思いながらも、僕は敢えて彼に問う事はしなかった。

 二十三時を廻った頃、僕等は同じベッドで床に就いた。来客用の部屋も在ったが、いつもと様子の違う彼を、僕は独りにしておけなかったのだ。暫くして暗闇に目が慣れた頃、彼の肩が小刻みに震えているのが解った。僕は思わず後ろから彼を抱き締め、そっとその頭を撫でてやった。

「見せ掛けの優しさなんて、俺は要らない……。そうやって優しくしておいて、どうせいつかは俺を棄てるんだろう?」

彼が何の事を言っているのかは解らなかったが、僕は彼の不安な心を少しでも癒やしてやりたかった。

「君は誰かに愛されたい?……誰にも愛されていないと思っている?」

「あぁ、そうさ。誰もこんな俺を愛してなんてくれない……。」

彼は何もかもを拒絶するかの様だった。

「……じゃあ、僕が君に愛を教えてあげる。」

僕は彼の口唇に自身の口唇を重ね、舌と舌を絡ませて行った。そして、彼の身体を一晩中抱いた。

 僕はきっと、元々其方側の人間だったのだろう。小学生の頃から、クラスの女子に一切の興味は無く、寧ろ格好良い男子に憧れていた。僕は彼との関係を心地良く感じていたが、彼の方はどうだったのだろう。彼はきっと、元々は其方側の人間では無い筈だ。傷心のあまり、僕との関係に依存せざるを得なかっただけではないのか。


 そんな時、僕等がいつもの様に帰宅していると、偶然に或る女子高校生に出会った。着用している制服からして、近隣の女子高の生徒の様だ。彼女は彼と親しげに会話を始めた。

「どうしたのよ?最近、全然相手してくれないじゃない。何よ、其方のお友達と本当にそういう関係な訳?」

「な……何言ってんだよ。男同士だぞ。只の『友達』だってば。」

男同士であれば、彼の『友達』という言葉は自然だ。何も傷付く様な言葉では無い。けれども、この時の僕には、どうしても堪え切れなかったのだ。僕は、彼の顔を見る事も無く、一目散にその場から逃げ去ってしまった。

 それから高校を卒業するまで、僕と彼が言葉を交わす事は一度も無かった。


 十年の年月を経ても、未だに過去の想いに囚われている僕には、一体どんな憐れみの言葉が相応しいのだろうか。そんな事を悶々と考えつつ、僕は仕事を終えて帰宅の途に就いた。

 青に変わった信号を横目で確認し、横断歩道を渡る僕の目に、突如として信じられない光景が飛び込んで来た。彼だった。彼と幼い子供を抱えた女性が、向かいから横断歩道を歩いて来た。僕は、反射的に精一杯の作り笑いをし、彼に会釈をしながら通り過ぎた。ガタガタと震える手を握り締め、僕は仲の良かった昔の『友達』を演じた。……果たして僕は、きちんと笑えていただろうか。


 翌日、僕は初めて仕事を仮病で休んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ