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苦手な方はご注意ください。

一家離散のその後に

作者: 宇佐川 昭俊

 これは、投資によって家族の生活、絆を失った悲哀の物語です。

ここ最近は、将来的に「悲しい」を詰め込んだ短編集にするため、悲しい物語が続いております。

ご了承を。

登場人物


竹内家

・竹内 和正・・・国産高級車に乗る父親。それなりに収入はあるが、家事は妻に任せて、休みの日はゴロゴロしている。

・竹内 吹恵(旧姓:石巻 吹恵)・・・パートと家事を両立する母親。しかし、ギャンブル性であり、特にパチンコで、パートのお金を使い果たしている。

・竹内 総司・・・インドア派の兄。勉強はそこそこ出来るが、いつも自室に閉じこもっている。

・竹内 桃子・・・両親に甘やかされて育ったため、わがまま。反抗期には、手が付けられないほど。


消費者金融ERC

・小田 宏司・・・竹内 和正に、借金の返済を催促する社員の一人。「優しい警官」。

・金田 虎雄・・・同じく、竹内に借金の返済を迫る社員の一人。「怖い警官」。


序章 竹内家の日々


 これは、ある一家の切なくて、その中にも温かみのある物語である。主役となるのは、竹内一家。4人家族で、ごく普通の家庭だと言っても良いだろう。


 父親は、会社でそこそこ昇進し、その稼ぎから、国産のリッチなセダンに乗っている。平日は残業をする事もあり、また、たまにではあるが、休日出勤もある。その反動で休みの日はいつも家でゴロゴロしている。


 母親も扶養内でパートとして働き、家事全般もこなしている。しかし、子供が学校に居る間や、休みの日にパチンコに興じている。


 兄は、授業の成績は良いが、内向的で友達もおらず、いつも部屋に一人で閉じこもっている。


 その反動か、妹はよく主張し、両親も、妹ばかり甘やかして育てていた。


 そんな、どこにでもいる一家だが、父親には、ある悩みの種がある。そう。高級セダンの維持費だ。最初に買った時は、通勤も苦にならないほど満足していたが、流石に5年も乗ると、飽きてくる。


 更に、ガソリンはハイオクでないといけないし、車検代も、年ごとに高くなっていく。今までは、お小遣いを我慢して、全てこの車の維持費に充ててきたが、手放すか、副業をしながら維持するか、とても悩んでいた。


 一方、母親はパートでお金を稼いでいたが、家事と両立していたこともあり、ストレス発散にと、その稼ぎの全てを、自分のお小遣いとして使い込んでいた。ちなみに、使い道は、主にパチンコだ。よく負けて帰り、家族には内緒にしていた。


 兄は、勉強は出来るが、小さいころから妹ばかり可愛がられ、次第に何も主張しなくなり、一人で部屋に閉じこもり、本ばかり読むようになっていた。


 妹は、両親から溺愛されて育ったためにとてもわがままになり、夕食の献立も妹

の「鶴の一声」で決まるようになっていた。


 この4人家族が、今回の物語の主人公だ。どこにでもいる家族のように見えて、実は皆が問題を抱えている。そして、それが災いして、もう4人で暮らすことが出来なくなるのは、間近だった。崩壊の序章は、既に始まっている。


第2章 一家崩壊


 父は、決意した。副業として投資でお金を稼ぎ、車。いや、それより家族を守ると。

 しかし、投資については右も左も分からない「迷子の子犬」だ。さて、どうやって始めようか? 


 インターネットで調べてみると、情報量が多すぎて混乱してしまった。そこで、よく名前の出てくる「FX」(外国為替証拠金取引)に投資してみることにした。


 丁度、「FXについて教えます」という広告が出ていたので、即飛びついた。そこで半端な知識を付け、早速実戦へと踏み込んでいった。当たれば、一攫千金。しかも、少ない元手でリターンが多いため、貯金が多い必要もない。これだ!

 

 早速、なけなしの20万円を全部つっこみ、投資してみた。勿論、家族には内緒で。すると、一晩で150万円になって返ってきた。


「お! 簡単じゃないか」


 これは、いわゆる「ビギナーズラック」というやつである。そうそう起こることではない。だが、実際に奇跡が起こってしまい、すっかり父親は味を占めた。この行動こそがそもそも間違いの、いや、終わりの始まりであることを、まだ誰も知らなかった。


 その晩、父親は回らないお寿司屋さんに家族を連れていき、皆にたらふく食べさせた。お寿司に決めたのは、例によって娘の一声である。しかし、ほぼ不労所得。ろくに勉強もしないまま儲けてしまった父親は、日中の間に会社で働くことが馬鹿らしくなり、会社での評価は急落していった。それでも良い。FXがあるならば。


 次の日から、途端に父親の羽振りが良くなった。以前は、ガソリンスタンドに行くのが億劫で、ハイオクを「定額定量」で注ぎ、お金が足らなくならないように、いつも気を付けていた。運転中も、なるべくアクセルは控えめに踏み、下りになるとモモンガのように滑走していた。


 ところが、お金が入った事で、アルバイトの子が注いでくれる少々お高いガソリンスタンドで、ハイオク満タンで頼むようになった。そして、スピードを上げて出勤するようになった。最高だ。こうでないと、高級セダンに乗っている意味が無い。さて、次はいくら賭けようか? まさに、ギャンブル依存症が心の中で目覚めた瞬間だった。


 2度目のFX投資では、残りの100万円を一度につぎ込んだ。さあ、いくら儲かるか。しかし、世の中はそんなに甘くなく、マイナス50万円の赤字を出してしまい、一気に貯金が吹き飛んだ。しかし、ここで少額の負けで済んだことが、更に事態を悪化させた。


 妻と2人で、子供の為にと取っておいたお金に手を付けてしまったのだ。大丈夫。絶対勝てる。今の勝率は5分だ。ただ一つ気がかりだったのは、思ったよりも預金が少ない事だけだった。しかし、今はそれが問題じゃない。絶対に勝つ! 100万円の預金のうち、70万円を引き出し、大勝負に出る事にした。


 たった1日の休みだったが、その1日は長かった。円とドルの為替相場が安定せず、勝負に出るのが、とても怖かったのだ。ここで負けたら、家族みんなに合わせる顔がない。しかし、「えいや!」で入らないと、良いタイミングは待ってくれない。

 

 何度も自分を奮い立たせて、ようやくエントリーした。結果、元手を簡単に使い果たし、レバレッジ(元金の何倍かのお金を運用できる。日本では最大25倍)のお金に手を出すほど熱くなり、負けを取り戻そうとして、必死にエントリーを続けた。


 結果的に、1度の黒字を除いて全てのお金が吹き飛び、レバレッジの借金だけが残った。明日から、どうやって生きていこう。何より、家族に言い訳が立たない。すっかり頭の中が真っ白になり、時間だけが過ぎていった。


 その晩、やはりというか、娘がまた「外食に連れて行って」とねだり始めた。

「ちょっと、母さんと話があるから」

と軽くいなし、全てを話してしまう事にした。結果がどうなるかは、大体想像がつく。それでも、話さなければいけないと覚悟した。


 そして、妻の吹恵を呼び寄せると、彼女も何か言いたげだった。ここは、「レディーファースト」だ。自分を落ち着かせるためにも。


まず、先に話を聞くと、吹恵はパートが終わり、子供たちが帰ってくるまでの間、パチンコでお金を使っていたという。涙を流しながら、

「貴方には、お小遣い制で我慢してもらっていたのに・・・」

と話した。


 その上で、子供たちの為に貯めていたお金に手を出し、幾ら使っていたかも分からないと告白した。


 次は、いよいよ自分の番だ。体が震えながらも、努めて冷静に、

「借金を作ってしまった」

と伝えた。吹恵はビクッとして、あまりのことに涙が止まって、口を手で覆いながらこちらを見た。


「幾らなの?」

「二千万だ。最初は、車の維持費のため。次は、家族にいい顔をしたいためだ」

「明日から、どうするの?」

「分からない。明日、消費者金融でお金を借りる。お前たちには迷惑が掛からないようにするから」

「それって、まさか」

「俺は、一人で借金を返す。お前たちに迷惑はかけない」

「離婚するの⁉」

「そうだ。借金返済に巻き込みたくない」

「私一人で子供を育てられるかしら。自信ない」

「この家を担保にしないと、お金は借りられないだろう。お前は、母子加算と俺の仕送り、そして働いて子供を育てるんだ」

「分かった。でも、子供たちになんて言ったら・・・」

「俺が話す。悪いのは、俺だ」


 そう言うと、家族4人集まり、家族会議が開かれた。まず、この家を担保にお金を借りる事。

 

 両親は離婚し、子どもの親権は、吹恵に預けること。そして3人は、この家を離れて、別居すること。娘の桃子が、一番に父を責めた。


「何でそんな事をしたの? 意味わかんない。私、転校しなきゃいけないの?」

「すまない。お前たちに良い暮らしをさせてやりたかったんだ」

「でも、今までちゃんと暮らしてこれたじゃん。ねえ、何でなの?」

 そう言って、桃子は崩れ落ちて泣き始めた。正直、父として、責められるよりも辛かった。唇を噛んで下を向くしかなかった。


 そこへ、母の吹恵が助け舟を出した。

「お父さんも、今までだって、私たちのためにしてくれたことなのよ。そして、一人で責任をかぶろうとしている。もういいでしょ? 部屋に戻って、引っ越しの準備をしなさい!」


 そう言い放つと、二人の子供は、しぶしぶ部屋へと戻っていった。明日からは、父親の和正一人で、このマイホームに住むしかない。暗いトンネルに入り、出口の全く見えない世界を生きるしかなかった。


 翌朝、妻と子供は早々に家を出た。吹恵は離婚届に判を押し、早く入れる物件を探しに行ったのだ。もう二度と会えないかもしれない。そう思うと、悲しさより情けなさが和正を襲った。


 しかし、沈んでばかりもいられない。まずやる事は、車を出来るだけ高く売る事。そして、消費者金融でFXの負けを精算するだけのお金を借りる事。会社に有休届けを提出し、早々と行動を始めた。


 午前の間、忙しく走り回り、何とか車は50万円で売れた。これからは、バスや電車を使わないといけないが、仕方がない。次は、家を担保に、2千万円を貸してくれる消費者金融を探した。こちらも、夕方まで走り回り、ようやく一軒、「株式会社ERC」という、名前も知らなかった会社に借り入れを申し込めた。


 すべてを終えて家に戻ると、誰もいない、電気すらついてないシーンとした空間が待っていた。今日から、この環境に慣れていかなければいけないのだ。初日は、この虚無感、たった一人で暮らす寂しさに中々慣れなかった。家族のありがたみを感じた初夜だった。


 翌朝、和正は一人で目が覚めると、掃除・洗濯・料理。全てが滞っていることに気づいた。そうか。今までは、全て吹恵に全て任せていたが、今日からは一人でやらないといけないのだ。


 本当はFXを恨みたかったが、そんな暇すら作れないほど、毎日の仕事と家事に追われていた。


 その頃、吹恵と子供2人は、探しに探し、ようやく手ごろなアパート。もとい、住居を見つけた。あとは、吹恵の就職活動が、3人の生活を決める事になる。こちらも、てんてこまいだった。一日で採用を決めてくれる会社は少ないが、それでも一日、一時間でも早く仕事を見つけ、子供たちを安心させたかった。貧乏な思いをさせたくなかった。


 しかし、世の中はそんなに甘くない。吹恵は、就職活動で何社も落ちながら、それでも子供たちのため、そして、自分の娯楽の為に、片っ端から求人を受けていった。

  

 20~30社は受けただろうか? ようやく、ユニットハウスで事務所をかまえる有限会社に内定をいただき、破格の安月給で採用された。それでも、贅沢は言っていられなかった。社会保障と、安定収入。これがないと家計を回すのは不可能だからだ。


 それでも家計は、火の車だった。月末になると、毎日おかずが一品ずつ減っていき、時には、ごはんとみそ汁しかない時もあった。あるいは、コンビニ弁当1つを、3人でつつく、寂しい時もあった。


 しかし、この辛い体験が、子供たちを強くさせた。妹の桃子も、不満を口にしなくなり、兄は、高校を卒業したら、就職して一人暮らしをすると言い始めた。そう。2人には、ハングリー精神が芽生え始めたのだ。兄だけでなく、妹も自室に籠って自習をするようになり、夕食どきは将来の夢の話でもちきりだった。


 結果として、子供たちに苦労はさせたけど、こんなにたくましくなったのなら、これも運命かな? 吹恵は、そう思い始めた。勿論、兄妹が目に見えないところで、どれだけ苦労をしたかは検討もつかない。


 ただ、自分の力だけで生きていく事を、本気で考え始め、行動するようになったことは、本当に良かった。しかし、親としては満足のいく生活をさせてあげられなかったことを、寂しく思う。


 この状況の直接の原因を作ったのは和正だが、自分もいい年なのに、パチンコでお金を湯水のように使い果たしていた。せめて、月に1万円しか使わないと決めていれば、もっとこの子達にお金を残せたのに・・・。そう自分を責めていた。自分も、和正も親としての資格が無いんじゃないか? そう思ったほどだ。


 幸いな事に、アパートの立地は兄の総司、妹の桃子の学校の近くで借りる事ができた。もし、離れていたら通学費だけでも馬鹿にならない。しかし、それでも帰宅部で家に帰ると、熱心に勉強を続ける2人の情熱に押され、母は家事の合間に資格の勉強を始めた。狙うは簿記2級だ。


 最初は「貸借表」など、ちんぷんかんぷんだったが、徐々に適切な金額の振り分け、そして、テストの問題集を解く時間も、正確性も上がっていった。


 気が付けば元夫の和正とは、ほとんど連絡を取らなくなっていた。それだけ、吹恵も和正も時間の余裕が無かったのだ。


 高校3年生になった総司は、就職活動を始め、とても有名な会社から内定を得た。しかし、転勤族になる。と聞いた時には、母は悲しかった。なんだか、もう二度とここへは戻りたくない。家族と離れたい。そんな思いが伝わるような就職活動だったからだ。


 それに続いて、今度は妹の桃子が、家を出て彼氏と同棲したいと言ってきた。18歳になったら家を出る。その宣言に、母は複雑な思いで同意した。二人とも、父親に連絡せずに旅立つ準備を始めた。


 世間から見れば、立派な子供2人だ。しかし、ろくにご飯も食べさせられない母の元を去る。


 そして、自分たちだけで幸せになる。こうして、家族4人は散り散りになり、新たな道を歩み始めた。母の吹恵は、意外な形で子供たちに手がかからなくなり、大好きなパチンコをするための、資金と時間ができた。しかし、それは寂しさを紛らわせるもの。心の中で、また4人で暮らせる日が来る事を夢見ていた。


 その頃、父の和正は、借金を返すことにもがき、苦しんでいた。


 毎月の手取りから借金と、その利息を払い続け、せっかくのボーナスも全部取られていた。月初めは「優しい警官」が集金を促し、月末には、嫌いなタイプの、ガラの悪い「怖い警官」が怒りに来ていた。確かに和正にも落ち度はある。月ごとの目標額が払えなくても、元妻の吹恵に仕送りを続けていた。


 そういう訳で、自分たちの方にお金を払ってほしい消費者金融「ERC」は、あの手この手で和正をゆさぶっていたが、和正も「信念」として、断固拒否し、毎月怖い「金田 虎雄」というERCの社員に、正座で説教、脅し、恫喝を浴びながらじっと耐えていた。ただ一人、誰も連絡すらくれない中で、まるで修行僧のように、完済の時を待っていた。

 

第3章 親子の距離


 父・和正と、母・吹恵が、子供たちに辛い思いをさせ、悔やみ、苦しんでいた頃。


 兄の総司は、初めての海外出張を言い渡されていた。本人は、1か所にとどまる事に未練はない。妹を含め、家族の誰にも報告せず、一人で行ってしまった。行き先は、ニューヨーク。言わずと知れた、世界一の大都市である。


 母と妹がそれを知ったのは、兄の総司の会社に電話したときだった。たまたま用事があり、取次を頼むと、電話先の女性も、総司が家族に「だまって」ニューヨークへ行ったことに衝撃を受けていた。


 この家族は、とても険悪な仲なんじゃないか? それがばれてしまった。妹の桃子も、そんな自由奔放な兄を羨ましがり、


「いいなあ。私も、いちいち報告しなきゃいけない親がいない方が良いなあ」


とつぶやいていた。母・吹恵はそのストレートな嫌悪感に心を痛めた。こうやって離れるくらいなら、いっそ苦しんでまで産まなきゃよかった。そんな残酷な思いが浮かんだ自分に、さらに嫌悪感を抱いた。


 そして、とうとう妹の桃子も高校を卒業し、どこかの挨拶にも来ない男と出ていった。いままでの努力はなんだったのだろう。息子や娘に愛想をつかされ、主人からも連絡が無い。今頃、どんな苦しい目に遭っているのかと思うと、やるせない気持ちになった。月5千円の、気持ちばかりの仕送りは全て送り返した。


 そして、子供もいなくなったので、もう送らなくても良い旨を伝えたきり、連絡を取る事はなくなった。その後、吹恵は仕事とパチンコ、それから家へ寝に帰る生活を送り始めた。再婚も考えたが、こんなギャンブラーではトラブルの元だと思い、寂しく一人で生きる道を選んだのだ。


 吹恵は、寂しさを紛らわせるために、息子・娘に時々連絡を取ろうとしたが、二人とも、

「もう連絡をしてこないでほしい」

という、冷たい返事を返しただけだった。


 元夫の和正も、借金を返すために忙しい毎日を送っており、電話に出る精神的余裕はなかった。仕事を掛け持ちして、何とか借金を完済しようとしていたのだ。こうして、竹内家の4人は、ついに誰もが誰にも連絡すらしない「一家離散」となってしまった。


 幸せな家庭は崩壊し、両親はお金の使い方を間違えたことを悔やみ、子供たちは

そんな両親に愛想を尽かし、遠くの街へと行ってしまった。

「あとに残るのは、後悔だけ」

 それを感じたのは、両親だけではなかった。


 勝手に出ていった息子と娘も、心の中では、罪の意識を背負っていた。

「自分は、育ててくれた両親に対して、なんて冷たいのだろう」

 心の中では、そう感じていた。しかし、一般的には、親元を離れて自立するのは、立派な事だ。それを言い訳にして、両親の事は、胸の奥に閉じ込める事にした。

 

 そして、ニューヨークへと渡った総司は、意中の白人金髪女性に、

「僕には家族はいない。一匹狼なんだ」

と悲哀を誘い、母性をくすぐり、遂にゴールインした。


 だが、結婚式には、竹内一家や親せきは呼ばず、友人も限られた一部の人だけを呼び、家族の存在を完全に伏せていた。


 少し胸が痛み、寂しい思いもしたが、この頃、総司にとって家族は「たかり」でし

かなかった。つまり、また会えば、家族に「お金を貸してくれ」または、「立て替えてくれ」。


 そう言われて、共に地獄に落ちるものだと思い込んでいた。それ故、寂しくても、家族の存在を完全にシャットアウトせざるを得なかった。

「もうお金に困りたくない」

その思いも、強かった。


 一方、妹の桃子は、今までやってこなかった家事に追われ、四苦八苦していた。その代わり、今までの親の代わりにわがままを聞いてくれて、かつ、お金の使い方に慎重な、理想の男性と結婚することに成功した。相手は桃子の両親に挨拶に行きたがったが、桃子が止めたのだった。


 相手は残念がったが、恋人のお願いとあっては仕方ない。桃子を略奪するような形で、結婚した。勿論、式に家族は呼ばなかった。それでも、桃子には多くの女友達がおり、家族や親せきを呼ばなくても、招待する人数には困らなかった。ただ、雰囲気は侘しかった。


 結婚式に親を呼ばなかった親不孝者の二人だったが、心は痛んだ。だが、これがせめてもの反抗だったのだ。例え、式が侘しいものになろうとも、縁を切ると決意したのだ。


 それに、両親はご祝儀を払う事すら、ままならいだろう。そこで恥をかかされるのも嫌だった。また、兄妹同士でも、昔から特に関わる事は少なく、

「まあ、いいや。カミングアウトされても困るし」

という感じだった。


 こうして、両親と縁を切り、自分たちの好きなように幸せを手に入れた二人の今後が、幾多の荒波に飲み込まれることになるとも知らずに・・・。


第4章 それぞれの道


 竹内家の父親・和正は、子供たちが無事に巣立った。連絡もしないくらい、と元妻・吹恵から聞かされ、人生で一番の安ど感を得た。良かった。生きて、立派に伴侶を見つけて、こんな父親を忘れて幸せな人生のレールに乗る。こんな良いことはないと思えた。


 心から祝福してやりたかったが、自分は、まだ消費者金融に借金を残していて、首が回らない状態だった。その上、吹恵から、

「連絡はしないでほしい」

と聞かされたので、陰ながらこっそりと成功を祈った。知らないうちに、涙があふれてきた。その「雨」は止まず、その日1日続いた。


 その3年後、ニューヨークに赴任していた総司は、会社のニューヨーク支店の「支店長」になっていた。妻とも上手く付き合い、待望の赤ちゃんも授かり、人生の絶頂期を迎えていた。責任も仕事量も尋常ではなく、当然秘書が付いていた。


 その秘書は赤毛の女性で、派手なタイプ。だからこそ、慎ましい、或いは奥ゆかしい日本人に興味を持ち、大学で日本語を専攻し、卒業して、晴れて総司の秘書となった。


 肉食系の彼女は、元々根っからの草食系である、淡々とした総司に必要以上の興味を持ち、プライベートでの付き合いを何度も迫った。最初は戸惑い、また妻のためにも断っていた総司だったが、


「食事くらいなら」

と渋々承諾した。


 赤毛の女のおごりで高級イタリアンを食べ、その後、熱烈にホテルへと誘われた。総司は大分困り、強引にイタリアンの店から帰ろうとした。外に出ると、本当に間が悪い場面に遭遇した。

 

何と金髪の妻が、まさに今夕食の買い出しから帰ろうとして、偶然鉢合わせたのだ。それに、赤毛の女は構わずについてくる。


「誤解だ!」


 つい日本語で叫んだが、誰も言葉すら理解できなかった。ただ、浮気の現場を見られただけ。

 妻は烈火のごとく怒り、赤毛の女とけんかをし始めた。正直、総司にとっては自分の身さえ助かればよかったが、金髪の妻は、総司と赤毛の秘書を相手取り、裁判を起こした。


 そして、結果は破格の慰謝料を2人で払う羽目になり、更に赤毛の女は夜逃げした。総司の手取りは多いが、それゆえに多くの慰謝料を払う羽目になったのだ。


 この出来事から、もう再婚はしない、と心に決めた総司だった。女性嫌いにもなった。この時、借金を作って一人でもがき続ける父・和正の姿が浮かんだ。


 思わず泣きそうになったが、すんでの所で堪えた。


 何故我が家はこんなにも、お金に振り回されるのだろう。そこに、いら立ちを覚えた。何もかも嫌になり、アメリカから帰国し、誰にも見つからない田舎で、自給自足に近い生活を始めた。


 憧れで大金持ちの「ニューヨーク支店長」だったころよりも、心が洗われ、心地よく生きられる実感がした。このまま一人で生きよう。総司は、そう決めた。しかし、完全な自給自足は難しいので、フリーランスとして経営コンサルタントもやり、悠々自適な生活が始まった。


 その頃、妹の桃子は、ようやく家事に慣れてきた。夫とも上手くいき、幸せの絶頂に居たようだった。しかし、幸せの絶頂にいたのは、桃子だけだった。わがままで、夫にも徐々に家事を振っていき、自分は少しずつ楽をするようになった。


 その結果、桃子は離婚させられてしまい、職歴のないまま収入を得なければならなくなった。


 仕方なく、コンビニで6時間からアルバイトを始め、ギリギリの生活。全く夢のない生活が始まった。親元に帰ろうかとも思ったが、両親は金遣いが荒く、もっと貧困になるのではないか、とも思った。


 兄は消息不明。寄生して生きる事しかしてこなかった桃子に、人生で初の冬が来た。


 お金を稼ぐことが、こんなにも難しく、厳しいことを理解した桃子は、改めて養ってくれた両親のありがたさに気づいた。しかし、もう「後の祭り」。これからは、婚活をするか、一人で貧乏なまま生きていくしかなかった。


自分を捨てた男にさえ、わがままを聞いてくれて、その上養ってくれたことへの、感謝の念が尽きなかった。


 それに比べて、自分は何と自由に、自己中心的に生きてきたのだろう。そう生きさせてくれた周りの人たちに感謝しなければ、と思った。そして、この貧困は相応の罰なんだと思い始めた。


 一方、兄の総司は、貧しいながらも心豊かに生きていた。母の吹恵は、誰よりも収入面では安定していた。パートの時間を8時間にして、仕事、パチンコ、家の順番で毎日移動していた。そして、せっかくの安定収入をしっかりと吸い取られていた。


 父・和正は、「優しい警官」「怖い警官」が交代で現れる中で、心の中までむしばまれ、高い利息と、高い借金の返済に追われ続けていた。食事も質素で、唯一の楽しみはテレビだけになった。そして、「警官」が来ない日は、ホッと一息つくことができた。


 こうして、人にもお金にも縁が無くなった4人は、昔のやんごとなき4人暮らしに戻る事を夢見始めた。

「あの頃は、幸せだったなあ」

 そう思うようになったのだ。


 特に和正にとって、一度は縁を切った間柄。中々、許してもらえるとは思えなかった。FXにさえ手を出さなければ・・・。


 たとえ、借金を全て返済したとしても、

「また一緒に住もう」

とは、言い出しづらかった。


母の吹恵も、ギャンブルで、あるだけつぎ込んでしまうため、誰とも一緒になれず、寛容な和正が恋しくなった。誰か、また自分のギャンブルに気づかず、大黒柱になってくれる人はいないか? 

 

 いや、ばれたらまた離婚だ。早く、この悪癖を治したかった。しかし、どうしても負けてしまう自分がいた。


 未だ子供たちが愛しい吹恵は、もう一度二人を探し、家族4人が共に過ごせる日が来るように、はたらきかける事にした。元夫の和正にも相談したが、借金完済まで、手が取れない、との返事がきた。


 それでも・・・それでもあの日々が帰って来るなら、また4人でやり直せるなら、動く価値はあるのではないか?

 

 吹恵はその日から、昔の同級生、仲の良かった友達など、色々当たりはじめた。どうしてもという思いから、探偵まで雇い、必死に子供二人を探した。まず、最初は謝らないといけないだろう。それでも良い。子どもたちや、和正と笑いあえる日が来るのなら。


 吹恵がパチンコに投じた額は、おそらく和正の借金と同じくらいの額だろう。だから、和正に連絡を取り、二人で借金を返すことに決めた。勿論、吹恵がギャンブルを止めないと足枷にしかならない。その日から、ギャンブルは止めると心に固く誓った。


 こうして和正と吹恵は再婚し、静かで、苦しい中にも暖かさを感じられる、二人の生活が始まった。

 その「暖かみのある生活」が、余計に4人でつながりたいという、吹恵の強い思いになった。


第5章 集結


 吹恵と和正による借金返済。そして、離散した子供たちの捜索が始まった。吹恵は、毎日のように走り回り、二人を探した。この家に帰って来なくても良い。幸せな家庭を築いているのなら。しかし、お盆やお正月には帰ってくる間柄には戻したい。何故なら、「家族」だから。


 今は嫌われているかも知れないけど、何とか2人をみつけて、そんな関係になることを、吹恵も、そして和正も願っていた。


 一方、子供たちは経済的に苦しい中、一生懸命に毎日を生きていた。子どもの頃は良かった。暖かい部屋で、お腹いっぱいご飯を食べさせてもらえる生活。


 そんな空腹が、まず、妹の桃子を吹恵の元に帰らせた。父である和正と共に住んでいるとは知らずに帰ったため、とてもびっくりした。


そして、共に借金を返済していること。順調に返済を続けている事から、怖い警官である金田虎雄は来なくなり、優しい警官である小田宏司だけが、月末に家を訪れていた。


 桃子は、帰るか帰らないか、正直迷った。まだ父の借金があるため、自分も返済を手伝う必要があるだろう。しかし、一人で貧乏なのと、家族3人で貧乏なのでは、どちらが良いだろうか? それも、母・吹恵が老いるまでは苦手な家事もしなくていい。


 ここは、一旦帰って、また良い旦那を見つけよう。そんな気持ちで実家に帰ってきた。父も母も、もろ手を挙げて歓迎してくれた。


 桃子は、まずは仕事探しに出かけた。狙うは、フルタイムのパート。体力はあるが、責任や色々なスキルを求められないパートの仕事でしか、勤め上げる自信が無かった。


結果として、桃子はここでも甘やかされ、家に食費は入れなければならないが、借金の返済は手伝わなくてよい、という事になった。


 そして、3か月かかって、桃子はようやく新しい仕事を見つけた。そして、家に帰れば、ぬくぬくと。そして、ごろごろと快適な生活を送り始めた。この時、桃子24歳。父の和正は55歳。母の吹恵は53歳だった。


 ある晩、桃子はうっかりと食卓で専業主婦をしたいと漏らした。それを聞いた母の吹恵は燃え始め、

「明日から花嫁修業よ!」

と宣言した。それも、桃子に幸せになって欲しいがゆえのことだったが、桃子はもう少し先延ばしにしたかった。


 良い相手が見つかったらと桃子は言ったが、猪突猛進の吹恵は耳を貸さず、渋々ながら料理、洗濯、掃除を任され始めた。勿論、一緒に居ないとできないので、手取り足取り吹恵が教えた。


 最初こそ嫌がった桃子だが、次第にできる様になると、特に料理が楽しくなり、町の料理教室にも通うようになった。


 そんな2回目の幸せを手に入れた桃子だったが、いつかは両親の介護をしないといけないのかな?


 それも2人。そこは大きな悩みだった。だが、それもまだ20年後の話。今は結婚相手を探すことに集中しよう。


 その頃、兄の総司はフリーランス兼自給自足の生活を送っていた。酷い月では、現金収入0円の時もあった。会社時代が恋しい。結局のところ、サラリーマンも自給自足の生活も、

「隣の芝生は青く見える」

だけだったことに気づいた。


 そこで総司は、以前の会社に復職願を送り、国内のみの単身赴任や出張にしてもらえることを条件に、サラリーマンへと戻っていった。


 総司にとっては、とてもありがたかった。またしても転勤族で、移動は多く、とても大変だったが、

「ここで定年まで働く」

と決めた総司には、乗り越えられる壁だった。


 営業職ということで、丁寧に菓子折りも欠かさなかったため、業績も良く、充実した毎日が始まった。元々一人でいる事が好きだったが、社会人になり、色々な所へ行くうちに、人との交流、日本人のすばらしさに気づき、色々他県へ行き、その土地ならではのソウルフードを堪能するのも楽しかった。


 ある日のこと、総司は同僚に、家族について聞かれた。いきなりのことで言葉も出ず、少したってから、

「僕に家族はいないよ」

とごまかした。


 しかし、家族の話題が出ると、急に4人で暮らしていた頃が懐かしく、たまには連絡を取ってみようかな、と思い始めた。知っている連絡先は両親だったが、父は今もまだ借金で首が回らないだろうと思い、母の吹恵の携帯電話に電話をかけた。


 久々に電話がつながり、母は近況を報告してきたが、その内容に衝撃を受けた。何と、父親と共に、借金を返している。そして、妹の桃子も実家に戻って、花嫁修業をしている。


 なんと、いつまでも家族を嫌っていたのは、自分だけじゃないか。皆実家に戻っているんじゃないか。この時、総司は竹内家を継ぐと決めた。そのためには今の会社を辞め、転勤のない会社に転職しなければいけない。会社の規模は小さくなり、手取りも減るだろうが、それでも実家に帰り、就職活動を始めた。


 やはり、求人の条件面を見ると、今までよりも格段に落ち、

「この手取りでやっていけるのだろうか?」

と思うものばかりで、総司は良い条件の仕事が出るまで待った。家に入れるお金と借金の返済に充てるお金は、貯金を切り崩して支払っていた。


第6章 巨星、堕つ


 やっと4人が集まり、また一緒に暮らしていける。みんながそう思っていた。


そんな矢先、父の和正が倒れ、救急車で病院へと搬送された。家族は、みんな顔を曇らせて無事を祈った。そんな家族に告げられた病名は、「くも膜下出血」だった。もうご臨終手前だった。


 父親の和正はすぐに入院し、家族4人が集まると、

「俺が死ねば、やっと借金がなくなる」

と言って笑った。


 残りの3人はそんな冗談で笑えるはずもなく、場の空気は、更に暗くなった。

 その空気に飲み込まれ、和正は、

「俺の人生、何だったんだろうな?」

と漏らした。更に場の雰囲気が悪くなり、吹恵は泣き始めた。追い打ちをかけるように、お医者さんが、

「誠に残念です」

と告げたきり、病室から出て行ってしまった。残るは家族のみ。


 最初に誰が話を切り出すか、みんな待っていたが、妹の桃子が、ポツリ、ポツリと話し始めた。

「今まで優しくしてくれてありがとう。私のわがまま聞いてくれて、本当にありがとう」

 そう桃子が語り始めると、吹恵と総司も感謝を伝えねば、と前のめりになった。

「パパ、今まで本当にありがとう。僕は、何も恩返しができなかった」

「あなた、今まで本当にありがとね。子どもたちもこんなに立派に育って・・・」

 吹恵は、こぼれる涙をこらえきれなかった。


ベッドで寝ている和正のお腹辺りに突っ伏して号泣し始めた。桃子と総司は下を向き、唇を噛んで、あふれそうな涙を必死にこらえていた。


 何で今まで助けてあげなかったのだろう。父の和正はただ1人で、お金を他人にむしり取られる人生だけで終わろうとしている。最初は総司が、

「借金返済を手伝ってあげられなくてごめん」

とつぶやくと、後の2人も、

「出て行ってごめんなさい。借金返済の人生なんて、面白くなかったよね」

「あなたは、本当に良い父親だった。自分を犠牲にすることは無かったのに」

と声を掛け始めた。


 和正も、ただ泣くばかりだった。ようやく、家族団らんの暖かい雰囲気を味わえたのだ。そして、走馬灯が見える。やれやれ、次はどんな人生が待っているのやら。もう今の人生に未練は無かった。


 段々と和正は目を閉じては開き、また目を閉じては、寝そうになっている。とはいっても、次に来るのは、永遠の眠りだ。家族みんなが涙をこらえて、和正のご臨終を見届けた。最期は、とても安らかな表情をしていた。


 生涯の半分以上を、借金返済に充てる。そんな寂しい生活が、今終わった。


 もっと楽しく生きられる道もあったろう。まだやりたいこともあったろう。だからこそ、借金を完済し、晴れて自由の身になりたかったはずだ。その日を夢見て、ここまで身を粉にして働いてきた父が、志半ばで亡くなる姿は、見ていられなかった。


 或いは、自己破産を申告すれば良かったのか? 吹恵が協力して高級車を維持できれば違ったのか。子どもたちも、もっと父と一緒に居たかった。孫の姿を見せたかった。しかし、間に合わなかった。もう二度と、和正と一緒に過ごすことは叶わないのだ。


 3人は思い思いの形で父の死を受け止めた。息子の総司は、粛々と手を合わせ、

「今までありがとう」

とつぶやいた。


 桃子は、父親の遺体を抱き、

「ねえ、まだ逝かないで! もっと私を助けてよ」

と泣いていた。妻の吹恵は、必死に涙を堪えて、桃子が遺体をゆするのを「やめなさい」と止めようとしていた。


 その晩のお通夜は、とても静かなものだった。


 実は、昼間は喧騒の中に居た。あくどい消費者金融から、「怖い警官」がやってきて、和正の死によって、借金の返済をしなくてもよくなった事で、「怒り心頭に発する」状態だった。家の窓ガラスを割り、そこら中に当たり散らした事で、「本物の」警官に現行犯逮捕される、というひと騒動があった。


 そのせいか、お通夜に参列した近所の人たちも、

「ここの家、大丈夫かねぇ?」

「借金でもしたんかねぇ」

「こんなに早くに亡くなって、可哀想に」

と色々な噂が絶えなかった。そのポツリポツリが寂しく聞こえ、寂しく消えていく虚しいお通夜だった。


 そして、翌日の葬儀は恨みたいほどに快晴だった。もう、既に聞き飽きたお坊さんのお経を誰もがボーっと聞いていたが、それが終わり、ご出棺になると3人とも涙があふれだし、思わず参列者に頭を下げた。


 妻の吹恵が遺影を持ち、霊きゅう車に乗ると、後ろのマイクロバスにも近親者が乗り、発進した。吹恵は火葬場に着くまでの間、走馬灯のように、和正との思い出に浸った。


 しかし、無情にもそんな時間はすぐに終わった。最後にお坊さんがお経をあげると、一人ずつ最期の別れを行った。


 総司は、この時初めて父親の為に涙を流した。もう、二度と父の姿を見る事ができないのだ。妻の吹恵や娘の桃子は、終始号泣しており、吹恵は、

「ごめんね。今まで力になれなくて。ありがとう、ありがとう」

 そう言うと、その場に崩れ落ちてしまった。


 その姿は、多くの人の涙を誘った。そして、桃子、総司と共に、中々和正から離れられず、3人で、いつまでもその姿を目に焼き付けていたかった。しかし、時は残酷で、遺体が焼かれる時間がきてしまった。参列者全員で合掌し、

「ボッ」

と棺桶に火がともる音がした。


 その間に、皆で広間に集まり、お弁当を食べながら2時間半ほど待っていたが、特に吹恵は憔悴しきっており、食事がのどを通らなかった。知り合いにも心配され、多くの人に、

「大丈夫? 元気出して。まだ可愛い子供さんが二人もいるんだから」

と励まされたが、その言葉も右から左へ流れていくようで、疲弊してソファーに沈み込んだ。


 その後、和正のお骨を詰めるとき、頭蓋骨がお骨入れに入らないために、箸で割ってしまうと、吹恵は目を背けた。その後、49日まで、遺影とお骨を家の仏壇において、3人でお金を出し合ってお墓を建て、和正の永眠のための手続きは完了した。


 そして、時々残りの3人で墓参りに行った。母の吹恵は、

「お父さん一人じゃ可哀想だから、私も死んだらここに入る」

とつぶやいた。


 その晩、3人はお高い日本酒を買い、おちょこに注ぎ、乾杯した。勿論、いつも父が座る席にもおちょこで日本酒を注ぎ、父親への乾杯だった。3人で父親の思い出話ばかり話し、その夜は更けた。


 こうして、一時は父が一人で寂しく住んでいたマイホームに、活気が戻り始めた。半年後に、父を追うように母が亡くなり、同じお墓に入った。それから半世紀。かつての4人家族は、同じお墓の中で、いつまでも、いつまでも仲睦まじく永眠している。


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