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合法ショタとメカメイド〜ダンジョンの奥で見つけたのは最強古代兵器のメイドさんでした〜  作者: ベニサンゴ
第2章

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第65話「観察と予測」

 それからしばらくの間、僕は“銀龍の聖祠”の第三階層で探索計画を練る作業に没頭した。聖女様が用意してくれた机に向かい、聖女様からもらった資料を元に、聖女様に描いてもらった地図に素案を書き込んでいくのだ。

 探索者といえばダンジョン内での緊迫した状況がよく想像されるけれど、初探索の場所となるとそれ以前の準備の方が時間が大きく割かれることになる。とにかく事前に集め切れるだけの情報を集めて、それを元にいくつものプランを組み立てていく。


「マスター、少し休憩をしましょう」


 聖女様が正確無比な模写で作ってくれた白地図にガリガリと字を書き込んでいると、温かいお茶の入ったカップが机上に置かれた。顔を上げると、お盆にお菓子を載せたユリが立っていた。


「ユリか。ありがとう」


 てっきりアヤメかと思っていた僕は少し驚きながらも、彼女が淹れてくれたお茶で喉を潤す。時間を忘れて集中していると、ついつい飲み食いもしなくなってしまう。過熱してきた頭に素朴なお茶とクッキーの甘みが染み渡る。

 ユリはそのまま僕の隣にある椅子に腰を下ろして、天板に散乱している紙の群れに目を向けた。


「これは、探索の経路ですか」

「そうだね。どの順序で回るのが一番楽で安全なのか調べてるんだ」


 聖女様のおかげで、白地図は何枚でも手に入る。これは非常に画期的なことで、おかげで僕は贅沢にも複数の案を同時に見比べることができていた。全く同じ図面というのは、それだけで非常に価値がある。印刷機があれば複写もできるけれど、なかなかそんな高価な機械は使えないしね。

 白地図には取り得る道順を書き込み、想定される危険や安全な場所、遮蔽物の有無、戦闘になりそうな場所などを細かく添付している。


「結局のところ、実際に見てみないと分からないことがほとんどなんだけどね。それでも、いろんな可能性を事前に想定しておけば、最善手をすぐに選べるから」


 ダンジョン探索、特に未踏破領域の探索は予想外のことしかない。僕が以前所属していたパーティ“大牙”で荷物持ちをしていた時、偶然見つけた未踏破領域でも、予想だにしないことしか起きなかったわけで。

 だからこそ、想定を重ねるのは大事だ。考えられることを全て考え切れば、それ以上の想定外に遭遇しても、想像から咄嗟の対策が取れることもある。少しでも多く想定外を減らすことが、生存率に直結するのだ。


「ダンジョンは何が起こるか分からない。だから、突飛なことも全部考えるんだよ。例えば、床が抜けて一気に第六階層まで落ちちゃうとかね」


 ダンジョンの構造体は非常に堅牢だ。僕も少し前までは絶対に破壊することはできないと信じていた。けれど、特殊破壊兵装のような特別な武器があれば破壊できること、さらに言えばアシッドスネイルのような強力な魔獣が時間をかければ侵蝕できることも明らかになった。だったら、床が抜けるという事態も完全には否定できない。


「どこにどんな魔獣がいるのか。何匹いるのか。視界はどうなっているか、足元は安定しているか。剣は振れるか、槍ならどうか、拳なら。そういうことを全部考えて考えて、その上で実地でも考え続ける。そうしないと、すぐ死ぬんだよ」


 ダンジョンの闇に飲み込まれた探索者は数知れない。“老鬼の牙城”であっても、毎年十人程度は帰ってこない。

 こんなところに道ができていたなんて知らなかった。

 ゴブリンが仲間を呼ぶなんて思いもしなかった。

 食料は足りるはずだった。

 後悔先に立たず。ほんの些細なミスが原因で、ベテラン探索者が足元を掬われる。


「だから、ユリもしっかり周りを見て、何が起こるのか考えながら動くといいよ」


 観察と予測。これも探索者に重要なスキルだ。

 どれだけ事前に対策を取っていても、必ず想定外のことが起きる。だからこそ、ダンジョン内を歩くときは周囲を警戒し、神経を研ぎ澄ませる。

 どこかに亀裂が走っていないか、足元は安全か、魔獣の気配はしないか。もしここで魔獣が出てきたらどう動くか、突然仲間と分断されたらどうするべきか、気分が悪くなったら、尿意を催したら、足を挫いたら。


「それが探索者の技術ですか」

「まあ、そうだね。自然にできるようになればとりあえず駆け出し卒業っていうくらいの、基本的なものだけど」


 観察と予測には際限がない。どれだけ目を凝らせばいいのか、どれだけ思考を巡らせればいいのか。それこそ状況にもよるし、個人の資質にも依存する。僕よりもはるかに卓越した探索者なら、きっと未来予知にも近いレベルの観察と予測ができるのだろう。

 経験の長いベテランというのは、それまでただの一度も負けたことのない常勝の強者なのだから。


「あと、もう一つ大事なことがあるよ」


 クッキーの最後のひとかけらを食べながら、机の上にある紙束を集める。ユリは興味津々といった様子で、体を前に傾けて聞き入っている。

 僕は彼女の目の前で、束ねた紙を全て破った。


「マスター、一体何を?」

「考えた計画にとらわれない事。危険なんていくらでも考えられるんだから、その全部に怯えていたら一歩踏み出すこともできない」


 思考の巡る限り、思いつく限りの計画を作る。全てを検討し、検証し、確認する。

 その上で、必要のないものは切り捨てる。ばっさりと思い切って。


「探索者っていうのは、未知に挑む職業だ。分からないことに怯えてたらできないし、わかっていることだけ選んでたら新しいものは手に入らない」


 なぜ探索者が探索者なのか。危険を承知で、己の命を賭してまで、未知なる闇に挑むのか。その理由を忘れてはいけない。

 考えを止めてはならない。けれど、考えたことに雁字搦めになってもいかない。肝要なのは、危険を承知で一歩踏み出す勇気だ。


「一歩踏み出す、勇気」


 僕が言った言葉をユリは噛み締めるように繰り返す。

 新たな発見は恐怖に臆することなく一歩踏み出した勇者だけが手に入れることができるのだ。


「ま、何度も繰り返してたらそのうち分かるようになるよ。それに、結局本番で頼れるのは腕っぷしだからね。頼りにしてるよ、ユリ」


 色々と偉そうなことは言ったけれど、僕は三流探索者だ。こうして病的なまでに事前の準備に拘るのは、そうしないと不安だからという以上に、そうしないと生き残れないと分かっているから。

 実際に第五階層に踏み込めば、僕はほとんど役に立たなくなる。矢面に立つのはユリやアヤメだ。だからこそ、僕は二人の負担を少しでも軽減し、“青刃の剣”の安全性を高めなければならない。

 大胆にも説教くさいことを言ってしまった恥ずかしさも込み上げてきて、誤魔化すように笑いながら言う。けれどユリはいつもの真面目な顔のままじっと僕を見つめてきた。


「お任せください、マスター。必ずお守りいたしますと誓いました」

「そ、そうだね。うん」


 こうして改めて言われるとやっぱりむずむずしてしまう。

 僕は本当に、彼女のマスターとして吊り合っているだろうか。

 そんな疑念は拭い切れないけれど、それでもせめて吊り合えるようにともがくしかないと思い直すのだ。


「――ユリ。随分と長いですね。ヤック様に軽食を差し入れるだけと言ったはずですが」

「うわっ、アヤメ!?」


 妙な沈黙を突き破るように、物陰からにゅっとアヤメが現れた。いつも通りの無表情だけど、何故か気迫がある。


「申し訳ありません、マスター。作業の邪魔をしてしまいました」

「あ、いや。僕もいい気分転換になったし」


 ユリはさっと立ち上がり、ぺこりとお辞儀をすると、そそくさと去っていく。そんな彼女の背中を冷静な視線で見送ったアヤメは、おもむろにこちらへ振り向いた。


「ヤック様、作業は順調ですか?」

「は、はい」


 何故か詰められているような気がして、僕はしどろもどろに答えるのだった。

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