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合法ショタとメカメイド〜ダンジョンの奥で見つけたのは最強古代兵器のメイドさんでした〜  作者: ベニサンゴ
第2章

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第63話「修行の成果」

 “銀龍の聖祠”第四階層の最奥。第五階層へと続く道の前に、柱に囲まれた大きな部屋がある。元々は荘厳な内装だっただろうが、今はその面影を僅かに残すだけ。野生の臭気が澱み、薄暗く陰気な雰囲気に満ちている。

 崩れた天井から鉄管が突き出し、細く水が滴っている。湿度が高く、足元はぬかるみ、苔がびっしりと生えている。そして、濃密な魔力が流れ込んでいるにも関わらず、スラッグドッグなどの魔獣は見当たらない。


「――あれが、アシッドスネイルだね」


 その理由は明白だ。大部屋の中央に聳える螺旋を描く巨大な殻。その下から僅かに見える、ぶよぶよとした体。第四階層の頂点に君臨する魔獣、アシッドスネイルがここをねぐらにしているのだ。


「マスター、あれを。足元が溶けているのが分かりますか?」


 物陰に隠れ、声量を抑えたユリが部屋の中央を指差す。眠っているのか、じっと蹲ったまま動かないアシッドスネイルの足元の床が、ふやけたようになっていた。


「アシッドスネイルは体表から強力な腐食液を分泌します。構造体の中心材を破壊するほどではありませんが、長い時間をかければ表層をあのように侵食します」

「頑丈なダンジョンの構造でそれなら……」

「人体や機装兵の機体であれば、ひとたまりもないでしょう」


 冷静なユリの言葉が、逆に恐ろしい。思わず震える僕を、アヤメがそっと撫でてくれた。


「問題ありません」


 彼女はユリを見て断言する。


「あなたならば、単独で撃破可能です」


 これまでずっと、ユリは第四階層で修行を積んできた。そしていよいよ、その集大成を見せる時が来ただけだ。

 間近で彼女を見てきたアヤメは確信しているようだった。もはや、あれは敵ではないと。

 これは最終試験だ。今後、このダンジョンをさらに奥へと進むための実力を示さなければならない。


「お任せください、マスター。必ずや、敵を撃破します」

「うん。気を付けてね」


 僕はマスターとして、ユリを信頼する。ユリを鍛えたアヤメを信頼しているように。

 ユリの手を握り、激励する。彼女はいつものように真剣な表情でそれに応え、滑らかに立ち上がった。手にするのは素朴な鉄の槍。ただし、ダンジョンの残骸から手に入れた、とても頑丈な槍だ。

 コツ、コツ、と硬い足音を響かせながら、ユリは巣に入る。一歩足を踏み入れた瞬間、足音は水っぽいぬかるみを踏んだ音に変わる。そして、それが侵入者が現れた合図だった。

 グジュグジュと音を立てながら、殻の内側の柔らかな体が蠕動する。巨大で重たい殻がゆっくりと持ち上がり、その下から生白い体が現れる。二本の長い触覚が頭頂から飛び出し、その先についた丸い目玉がぐるりと動く。それがユリの姿を捉えると同時に、彼女は勢いよく床を蹴った。


「ふっ!」


 アシッドスネイルは動かない。その巨体の重量が災いして素早く動けないのか、もしくは動く必要がないのか。

 ともかく、ユリの槍が鋭く繰り出された。

 金属同士を打ち付けたような甲高い音。槍の穂先がアシッドスネイルの硬い殻と衝突した音だ。


「ダメだ。削れてない!」

「アシッドスネイルの殻は堅牢です。生半可な衝撃では亀裂すら入らないでしょう」


 それでも、ユリは攻撃の手を緩めない。一気呵成の乱れ突きは寸分の狂いもなく、殻の一点を狙う。一撃で貫けないならば、貫けるまで突く。最もシンプルな理論を彼女は迷いなく選び取った。

 アシッドスネイルの巨体がぐらりと動く。まだ殻は破壊されていないが、彼女の槍を脅威であると判断したのだ。

 殻から飛び出した頭が揺れて、二つの目がユリを捉える。


「危ない!」


 次の瞬間、アシッドスネイルの体が震え、粘ついた体液が周囲に飛び散る。それは何かに触れた瞬間にそれを侵蝕しはじめた。白い煙を上げて苔や瓦礫が溶けていく。

 そんななかユリは軽やかに身を翻して、アシッドスネイルの腐食液を避ける。けれど、広がったスカートの端に僅かに数滴が付着した。


「――問題ありません」


 ユリは臆することなく再び飛び込む。けれど、僅かに眉を動かし、不快感を滲ませていた。憤りを勢いに変え、アシッドスネイルに飛び掛かる。敵も彼女に応戦し、殻の奥から長い首を伸ばして、鞭のようにしならせる。


「思ったより動きが機敏だ」

「フロアボスとしてこの一等地に巣を構えているということは、その力は本物ということです。ヤック様も腐食液に触れないようにお気をつけて」


 ボスとして君臨するのは、伊達や酔狂でできることではない。アシッドスネイルがこの第四階層で一番魔力濃度の高い場所に陣取ることができているのは、それだけの実力があるから。この弱肉強食の世界において、彼は間違いなく強者の側にある。


『――ォォォオオオオッ!』

「っ!?」


 それまで声を発することのなかったアシッドスネイルが、地の底から響くような低い唸り声を響かせる。部屋全体を揺らすような鳴き声にユリが身構える。彼女の睨む先で、巨大なカタツムリが身を震わせた。

 直後、殻の隙間からぞろりと太い触手が何本も飛び出した。それはぐねぐねと蠢き、無秩序に振り回される。当然それにも腐食液は付いている。振り回すたびに飛沫が散り、周囲に被害を広げていた。


「ユリ、無理しないでね」

「ありがとうございます、マスター。――ですが、問題ありません」


 雨のように降り注ぐ腐食液は、外敵の接近を阻む。驚くほどに合理的な戦い方だ。

 しかし、ユリは迷うことなくその中へと飛び込んでいく。


「まさか、腐食液を避けて――!?」


 軽やかに身を翻すユリ。彼女はアシッドスネイルの懐を目指しながらも、腐食液を全て回避していた。その鮮やかな動きに思わず驚愕の声を漏らす。

 目で見て、耳で聞いて、鼻で感じる。感覚を鋭敏に研ぎ澄ませ、それらを駆使して活路を見出す。どうしても回避することができない時には、床に堆積した土を蹴り上げ、腐食液の飛沫を払うことで強引に安全な空間を作る。


「流石の俊敏性です」


 後方から見守るアヤメも満足そうだ。

 ユリはこれまでの修行の成果を遺憾なく発揮していた。否、それ以上の実力を積み上げていた。

 これこそが戦闘特化型機装兵の実力。戦うこと、魔獣を狩ることに関して、彼女は他の追随を許さない。その槍捌きは、どんな探索者のそれよりも遥かに鋭く、鮮やかだ。


「せやぁああああっ!」


 アシッドスネイルに肉薄したユリが、槍を突き込む。頑丈な殻のただ一点のみに狙いを定めた刺突。幾度も繰り返された点の衝撃が、堅殻を貫く。

 ガキン、と硬質なものが砕ける音。その瞬間、ユリの槍が深く突き刺さる。


「ォオオオオオオオッ!」


 硬い殻があるのは、内に柔らかな身を宿しているから。鋭い槍の穂先が肉を割き、その奥にある内臓を掻き乱す。更に、その奥。長い槍は深く沈む。

 アシッドスネイルの体が大きく震える。苦悶の咆哮をあげ、最後の手段とばかりに円盤型の殻を傾ける。そのままユリを自重で押し潰そうとしているのは明らかだ。

 だが、それよりも速くユリが槍を突き込んだ。


「はぁああっ!」


 ゴリ、と何かが砕ける。アシッドスネイルの体内、硬い殻の下、柔らかな体の奥にあったもの。魔獣が持つ共通の弱点であり、強さの根源でもある器官。魔力を全身に送り出す、第二の心臓とも言うべきもの。

 アシッドスネイルの魔石が、砕け散る。

 その巨体が硬直し、粘液にまみれた体表に血管が生々しく浮き上がる。行き場を失った魔力の流れが暴走し、その体を蹂躙してしまうのだ。苦しげな声あげ、どこかへ逃げようと這いだすアシッドスネイル。だが、もはやとどめは刺されていた。

 ゆっくりと倒れる巨体。ユリは余裕を持って離れ、その最期の姿を見届ける。体組織を維持しきれなくなった体が、茹ですぎた団子のように溶けていく。その存在を残すのは、大きな殻だけ。


「敵性存在の排除、完了しました」


 肩で息をしながら、ユリが振り向いて言う

 避けきれなかった腐食液によって肌をボロボロにしながらも。彼女はそこに立っていた。第四階層の頂点を討ち取ったのだ。

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