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第2話「迷宮と探索者」

 迷宮(ダンジョン)とは、各地に点在する由来不明の遺跡の総称だ。内部には濃密な魔力が澱んでおり、異常な力を持つ獣――魔獣が闊歩している。一説には過去に高い技術力を持ち栄華を誇った古代文明の遺産ともされているが、今もなお多くの謎が残る。

 一言に迷宮と言っても、その種類は千差万別。

 出入り口と部屋が一つだけ、というごく小さなものから、発見から数百年経った今でも底の見えない広大無辺な大迷宮まで。

 吐息も凍る極寒の世界から、まともな耐火服と不燃の魔法がなければ一瞬で焼け焦げてしまう赤熱の世界まで。

 そして、石ころの一つも残っていない枯れ井戸のようなものから、巨万の富と限りない名声を秘めた夢の宝物庫まで。

 魔獣という危険、未知という破滅が虎視眈々と牙を研ぐ迷宮に挑む者がいる。己の命を天秤に掛け、愚かにも自ら死地へ飛び込む者がいる。彼らは探索者と称し、称されていた。


「遅れてるぞ。さっさと歩け」

「ごめんなさい。今日は収穫も多かったから……」

「言い訳するんじゃねぇよ。置いてくぞ」


 血と脂で汚れた獣臭のひどいリュックを背負い、急かされながらよたよたと歩く僕もまた、夢と浪漫を追い求める探索者のひとりだ。

 小さな町のかたわらにある小さな迷宮“老鬼の牙城”に挑戦している“大牙”というパーティに参加して、もっぱら荷物持ちをさせてもらっている。


「ヤックよ。てめえは足が短けぇんだからちゃっちゃと歩けって言ってるんだよ」

「あんまり虐めてやるなよ。これ以上縮こまったら麦粒になっちまう」


 “大牙”のリーダーはフェイドという名前だ。体が小さくて力も弱かった僕をこのパーティに引き入れてくれた恩人で、彼自身は長剣の使い手として前線で戦う剣士として知られている。

 彼を諌めるのはドワーフの重戦士ホルガ。パーティの最年長で、みんなのまとめ役。迷宮探索の時も自慢の大盾で僕らを守ってくれる、頼れる大人だ。


「はぁ。ヤック、水出して」

「どうぞ。ルーシーもいる?」

「わたしはいいかな。それよりも疲労回復に効くドリンクを作ったんだけど、いる?」

「ま、まだ歩けるし大丈夫だよ」


 喉を鳴らして水筒の水を飲み干すのは、狐獣人で斥候のメテル。そして魔法使いで治癒術師のルーシー。探索者パーティ“大牙”はこの五人で結成されている。


 とは言っても僕以外が同郷の幼馴染で、もともとはその四人で活動していた。そこへ、町で出会った僕が加わったような形だ。五人になってもう半年くらいは経つけれど、いまだに少し疎外感がないと言えば嘘になる。

 フェイドという剣、ホルガの盾、メテルの目、ルーシーの魔法。彼ら“大牙”の陣形は隙がなく、安定していて堅牢だ。だからこそこの迷宮でも誰一人脱落することなくやっていけていた。


 そこに加わった僕の役割は荷物持ちだ。ダンジョンというのは基本的に地下深くへ広がっている。力量があれば奥へと進み、まだ人に見つかっていない財宝を手に入れることができるのだが、当然その道のりは長く険しいものになる。下層へ向かうほど残留魔力の濃度は上がり、生息する魔獣も強くなっていくし、単純に持ち込まなければならない荷物が増える。

 大量の荷物を背負っていると咄嗟に動くことができないし、何よりせっかくの戦果を泣く泣く諦める羽目になる。


 だから実力が付いて人を雇う余裕ができたパーティが荷物持ちを迎えることは珍しくない。

 僕みたいな経験もない駆け出しの探索者にとっては、多少の賃金を受け取りつつ実力のある探索者の動き方を間近で学べるという大きなメリットもある。


「おい、足が止まってるぞ。せっかく今日は大物を仕留めたんだ。それを捨てるなんて言うんじゃないだろうな」

「分かってるよ。ちゃんと外まで運ぶから」


 今日、“大牙”は“老鬼の牙城”の第三階層に到達する新記録を打ち立てた。

 一応、このダンジョンは全六階層ということも知られているのだが、一日で進める限界である第三階層へ到達することはパーティが一定の実力を持つことを示すバロメーターになる。

 第三階層ともなれば、生息している魔獣も様変わりする。オークやハイゴブリンといった力も知恵もある厄介な敵が次々と現れる。だからこそ、その皮や骨は換金するとかなりの金額になり、稼ぎも桁が一つ増えていく。

 とはいえ、地上に帰還するまでが探索だ。僕が荷物を放り出せば、それだけで一日の稼ぎが水泡に帰す。そうなればフェイドどころか“大牙”の全員に烈火の如く責められるだろう。

 そうはならないように、僕は荷物持ちとして意地でも戦利品を持ち帰らないといけない。


「階段が見えたよ」


 入り組んだ廃墟を歩き続け、ようやくメテルの声があがった。マップと現在地を確認しながら進路を定めていた彼女によって、僕たちは第二階層へと続く階段へと戻ってくることができた。

 ダンジョンは未知の材質で作られていて、一見すると脆く見える階段も実際は巨人族が飛び跳ねてもびくともしないくらい頑丈だ。鈍く銀色の階段をえっちらおっちらと登り切ると、見覚えのある第二階層へと帰って来れた。


「まだ気は抜くなよ。ダンジョンだってことを忘れるな」

「分かってるよ。いちいち言うな」


 油断せず階段の周囲を見渡すホルガの言葉に、フェイドが苛立ちを含んだ声を返す。今日だけでオークを三体、ハイゴブリンを六体も切り殺した彼も、いい加減疲労困憊なのだろう。


「フェイド、ドリンクあるけど――」

「いらねぇよ。こんなところで腹壊せるか」

「もー、失礼ね! 今回は大丈夫なのに!」


 ホルガの言う通りまだ危険の多いダンジョンの中とはいえ、第二階層はここ半年の間も足繁く通ってきた庭のような場所だ。出てくる魔獣も強くてゴブリン程度で、奇襲を仕掛けてくるような知性もない。フェイド達もいくらか弛緩した様子だった。


「メテル、近くのスポットで休むぞ」

「はいよ」


 第一階層へと向かう最短経路から逸れて、細い通路を進む。向かう先にあるのは“スポット”と呼ばれる小部屋だ。ここはなぜか魔力濃度がとても低く、魔獣も寄り付かない。だから探索者の間ではセーフティゾーンとして利用されていた。

 第二階層のスポットはどこもしっかり頭に入っているし、メテルの案内がなくても辿り着ける。探索者の誰かが持ち込んだ木の扉を開けて中に入ると、濃い魔力による圧迫感からも解放されて、一気に緊張が解けた。


「少し休憩だ。ヤック、水」

「はい」

「ヤック、斧を頼む」

「うん」


 スポットは他の探索者も使う公共施設のようになっている。だから、室内には簡単な椅子も置いてあるし、焚き火台まで揃っている。

 どっかりと椅子に腰をおろしたフェイドに水筒を渡し、ホルガから片手斧を預かる。そうして、べっとりと血と脂がこびりついた刃を布で拭い、刃物として使えるように軽い手入れをしていく。

 迷宮内では常に気を張り詰めて、魔獣と戦いを繰り返している彼らには、スポット内ではしっかりと休息をとってもらう。その間、僕が飲料水の補充をしたり、武器の手入れをしたり、体勢を整えていく。これも、すっかり慣れてしまった役割分担だ。


「ヤック、今日の稼ぎはどれくらいになりそうだい?」


 椅子に体を預けつつ、メテルが耳を揺らしてこちらを見る。僕はそばに置いたリュックの中身を思い出しながら、軽く計算する。オークの皮は年中需要があって価格も安定しているし、ハイゴブリンの腕の骨は状態のいいものが取れた。これらを売れば、かなり良い稼ぎになるはずだ。


「だいたい、これくらいかな」

「おお、いいじゃないか。これは夕食が楽しみだね」


 収獲を売って金に換えるのも僕の役割だ。そうして手に入った稼ぎから、一定額を受け取り、残額を他の四人が公平に分配する契約になっている。僕の示した金額はメテルの満足いくものだったようで、彼女は薄茶色のふさふさした尻尾を揺らした。


「ホルガ、こんな感じでどうかな」

「おお。いつも助かるな」


 磨き終えた斧を返すと、ホルガはいつも大袈裟に喜んでくれる。それを聞くと、頑張って刃物の手入れを覚えて良かったと思えるのだ。


「ヤックも休んでいいんだよ? スポットにいてもずっと何かしてるじゃない」


 そんな僕を見てルーシーが言う。彼女がローブの下から覗かせるのは、ドロリとした緑色の液体が入った小さな瓶だ。本業は魔法使いでありながら、魔力を節約するため薬師もしている彼女のオリジナル調合薬だろう。


「だ、大丈夫。僕も休めてるから」

「そう? ならいいんだけど……」


 慌てて首を振ると、彼女は少し残念そうにローブの裾を整える。


「ふん。ヤックはまだ体ができてねぇんだよ。多少苛めて鍛えるくらいがちょうどいい」


 フェイドは僕の体を見て鼻で笑う。情けないことに、彼の言葉は正しい。

 もう成人している人間族だというのに、ドワーフのホルガの方が近いくらいの低身長。体格も華奢で、なかなか筋肉もつかない。極め付けはこの童顔で、少年ならばまだしも、少女に間違えられることもあって、探索者としてギルドに登録するときも大変だった。

 将来的に急成長する望みもかけて服は大きめの古着を着ているけれど、裾も袖も折らないといけないし、それでも余裕がありすぎるくらいだ。鏡の前に立ってみれば、自分でも背伸びした子供に見えてくるのだから情けない。

 “大牙”で荷物持ちをしているのは、まだ戦闘力としての実力がないからだ。だから実地で経験を積みながら体を鍛え、フェイドから剣の扱い方を習っている。


「よし、ちょっと相手してやろう」


 休憩して体力を取り戻したフェイドが立ち上がる。彼は鞘に収めたままの剣を握り、構える。その交戦的な眼に呼びかけられて、僕も慌てて腰に下げた片手剣を手に取った。


「何も今しなくてもいいじゃないの」

「何言ってんだ。疲労困憊の時に動けねぇ奴から死んでいくんだ――よっ!」


 呆れ顔のルーシーに反論しつつ、フェイドが突然動き出す。


「うわっ!?」

「こんなんでビビるなよ」


 意表を突く攻撃に仰反ると、すぐさま剣が飛んでくる。慌てて片手剣で叩いて軌道を逸らすも、そんなことではフェイドの体幹は揺らがない。すぐさま次の攻撃が飛んできて、僕はなんとかそれに付いていくのに必死だった。


「いいぞ、そこだ!」

「すぐに倒れないでよね。あと10秒耐えてくれたら勝てるんだから」


 ドワーフの性なのか、ホルガはお酒も飲んでいないのに拳を突き上げてはやしてている。隣ではメテルがコインを指で弾きながら趨勢を見守っていた。


「おら、よそ見してんな!」

「うわぁっ!?」


 二人の様子に意識が少し逸れた。その隙を逃さずフェイドが突っ込んでくる。


「逃げるな、諦めるな! どんだけ劣勢でも戦い続けろ!」


 フェイドの攻撃はより鋭くなる。僕はもはや防戦一方になるしかない。それでも、彼は一切攻撃の手を緩めない。


「うわっ!?」


 僕は足元を掬われ浮き上がり、もろに鞘の一撃を受けて吹き飛ぶ。そのまま勢いよくスポットの奥の壁に激突し、情けない声と共に地面に転がった。


「ててて……。やっぱりフェイドには敵わないな」

「…………」


 恥ずかしくなって、頭を掻きながら立ち上がる。そうして、僕に一本取ったはずのフェイドが――いや、盛り上がっていたホルガたちも含めた四人が、何か驚きの顔でこちらを見ていることに気がついた。


「フェイド……?」

「どけっ!」


 違和感を覚えて困惑する僕に駆け寄って来たかと思うと、フェイドは乱暴に僕を横へ薙ぎ倒して立ち尽くす。目を白黒させながら彼の方を見て、ようやく僕もそれに気がついた。


「壁が――」


 スポットを構成する小部屋の壁が、崩れていた。僕が激突した衝撃で? いや、ダンジョンの壁がそんなに脆いはずがない。けれど、頑丈なはずの分厚い壁が倒れていた。

 その先に見えるのは、薄暗く四角い通路。埃が積もり、そこに足跡はない。第六階層まで知り尽くされた“老鬼の牙城”の、地図に載っていない空間だ。


「未踏破領域だ」


 フェイドが立ち尽くして言う。

 それは、迷宮の中に隠された未知の部分。いまだ前人未踏の領域。そこには多くの場合、手付かずの財宝が眠っている。


「準備しろ!」


 フェイドが大きな声をあげる。それを聞くまでもなく、ホルガたちは動き出していた。

 未踏破領域は貴重だ。特に“老鬼の牙城”のような小さな迷宮であれば。絞り尽くされたと思われていたこの場所に、まだ見ぬ財宝が眠っている可能性があった。魔獣の皮や骨なんかではない、本物の宝――この迷宮を作り上げた古代文明の遺産が。

 けれど――。


「ダメだ!」


 そのまま勢いよく飛び出しそうなフェイドの腕を咄嗟に掴む。僕は、彼が未知の領域へ挑戦するのを押し留めた。

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