平安時代の筒井筒な手習いのはじめとナデシコの消息
いつごろからだろう、ぼく付きになった女房が勉強勉強と言い出したのは。
昨日遊びに出て帰ってきたときは、今日ほどひどくはなかった。
僕はいつものように、お隣の桜子ちゃん家へ遊びに行こうとしただけなのに。
「そういうときはお手紙を書くものですよ」
我が家でいちばんの古参女房である中将が、机に紙と筆を並べはじめた。
「なんでお習字するの?」
中将はぼくの教育係も務める優秀な女房。もともとはお母さんの実家でお母さんと一緒に育ったけど、お母さんがお父さんと結婚したから付いてきたんだって。
お母さんは何かといえば「お歌の練習をしなさい」とぼくにいう。
お歌というのは和歌のことだ。
五文字・七文字・五文字・七文字・七文字、という調子でちょうどよいように三一文字の言葉をならべ、きちんと意味があるようにしなければならない。という、お約束がある。
でも、お歌を詠む、つまり作るのは難しいのだ。
うんと上手な人が作れば、そのお歌にはなんと二つ目の意味まで含まれていて、お歌をもらった方も賢くないとその意味がわからないという仕掛けまで込められているという。
ぼくが首をかしげていたら、まず季語をきちんと入れるように考えましょう、と教えられた。
「季語ってなあに?」とたずねたら、女房たちはいっせいに、庭に咲いている花や草木の名前から季節に合わせた衣装の色合わせのこもごもまで、ここぞとばかりに事細やかに説明を始めた。
季語とは春とか夏とか秋とか冬とか、ようするに、その季節を表す言葉のことだって。
女房たちの長々したお話をおとなしく聞いていたら、朝だったのがあっという間にお昼になっていた。
げんなりした。
お腹もすいて、遊びに行く気もなくなった。夕餉はまだまだだし、おやつをくれないかな。桜子ちゃんたちと遊んでいたら、桜子ちゃんのお母さんが女房に命じて唐菓子のかりんとうとか、梨子やリンゴみたいな水菓子やら干し柿や干しなつめをくれるんだけど。
退屈してきたので外には出られないけど縁側まで出て、桜子ちゃんの家のある方を眺めていたら、ふと庭の片隅に、きれいな色を見つけた。
「あ、花が咲いてる」
桜よりも少し濃い色合いで、やわらかそうなふさふさした羽を広げたような、変わった形のはなびらだ。
初めて見た。
去年もここに咲いてたのかな?
「あれは撫子の花ですよ。風情がある草花を庭師に植えさせましたの。お庭を風情あるふうに整えるよう指示するのも、たいせつなたしなみですよ」
ぼくの隣に女房が立った。
へえ、そうなんだ。
桜子ちゃんが喜びそうだな。
いつもお庭に咲いているきれいなお花を見つけてはぶっちぎって遊んでいるから。
「お歌にも使えますのよ。あの色を撫子の色と申しまして、秋の季語なのです。撫子の花言葉は……」
「お手紙はあれでいいや!」
ぼくは縁側からぴょんと庭へ飛び降りた。
後ろから慌てた女房が草履をもって追いかけてくる。
ぼくは撫子の花を一本摘んだ。
桜子ちゃんだから桜の花を渡したかったけど、いま秋だから咲いてないし。
それからさんざん苦労して半日がかりで書き上げた下手くそなお習字の練習みたいなかな文字ばかりの手紙に、いっとうきれいな撫子の花を一輪つけた。
かな文字ばかりで書く文章を女手といい、女手で書いた手紙のことを『消息』というんだって。
男の子が手紙を書くときは、本当はもっとむずかしい漢字をたくさん使って文章を書くものなんだって。
しかたないよ、漢字なんかまだそんなに覚えていないんだから。
ぼくが書いた消息の内容は、
『明日、鬼ごっこをして遊ぼうよ。ぼくが鬼で桜子ちゃんを捕まえるからね。桜子ちゃんはやさしいからまた遊んでくれるよね。じゃあ明日よろしく』というものであった。
裏の意味も何もない、単に遊びたい!、という子どもらしい連絡である。
お隣の家には住み込みの家司や女房の子なんかもいるから、年の近い子どもはみんなで遊ぶんだ。ぼくは仲間内で体が一番小さいもんだからどうしても力で負ける。今に大きくなるんだから、と思っているけどね。
お歌を作るのはあきらめた。
むずかしいんだもん。
勉強したらそのうち上手に作れるようになるよ、と女房たちはいう。
桜子ちゃん宛ての消息は、ぼくの家でいちばん年若い女房に持っていってもらった。
次の日、なぜか僕のお母さんとお父さんと桜子ちゃんのお母さんとお父さんが僕の家に集まって話をした。
僕は昼寝中だったので知らなかったけど、あとで女房に聞いた。
桜子ちゃんへ手紙を届けてくれた女房によると、受け取った本人の桜子ちゃんより、桜子ちゃんのお母さんが手紙を読んで喜んでいたって。
それで、僕が将来大きくなったら、桜子ちゃんと結婚する約束をしにきたんだって。
意味がわからないや。
「つまり婚約です。これがほんとの筒井筒ですわね。仲良しでよろしかったですわ」
ぼくにはよくわからないけど、女房達は楽しそうだ。物語のようだわ、とお喋りに夢中である。
筒井筒とは幼馴染みのことで、そういう有名なお歌があるそうだ。それは僕と桜子ちゃんのことみたいなんだって。
それがどうしてぼくらの婚約になるのだろう。
謎だ。――と思っていたが、しばらくして謎は解けた。
撫子の花言葉は『愛しい人』。
ぼくが消息に付けて渡した花のせいで、あの消息の内容がどういうわけか桜子ちゃんへの求婚に思われたらしい。
いくらなんでも深読みしすぎだろう。
誤解を解くためにお手紙を書きたいが、字は下手だし、お歌も詠めない。
どうしたものだろうと悩む。
もう少し大きくなったら、誤解を解く手紙を書こう。でも、桜子ちゃんに見せても困らないくらいぼくの字がきれいになるのはいつだろう?……と、ぼくは悩んでいる。
けっきょくぼくが今日から大人ですと宣言する男子の儀式『元服』をして、桜子ちゃんも女子の儀式である『裳着』をすませるまで、見せられるような和歌は作れなかった。
ところで、ぼくらが婚約させられた本当の理由だけど、子どもの下手くそな手紙のせいでは断じてない。
その真相をぼくが知ったのは、宮中へ出仕してからしばらく経った頃だった。
ぼくと桜子ちゃんが仲が良いのを知っていた両親達は、たまたま隣り合った荘園を所有していた。
その荘園の管理を1つにまとめられれば、両家にとって経済的に都合が良いことがあったのだ。
ぼくの出した手紙は、その具体的な話を進めようとしていた親達の思惑にぴったり嵌まった。
それであれほど婚約に積極的だったのである。
でもぼくは大きくなっても変わらず桜子ちゃんが好きだったので、桜子ちゃん家へ三日通い、三日夜の餅をいっしょに食べるという結婚の儀式を無事にやりとげた。
でも、まだ住んでいるのはお隣なので、いまも消息は時々書いている。
桜子ちゃんの返歌
お隣の若君からお手紙をもらった。
なんでお手紙? と、わたしはきょとんとしていたけれど、お母さんは大喜び!
なんでもお隣の若君は将来有望な婿がねなんだって。
ところがお父さんは、渋~い顔。
「そういうたかて、桜子は賢い子やんか。もっと勉強させて宮中へ出仕させようと思うていたんや。我が家とて遡れば宮家の血筋。桜子さえその気なら入内することも夢ではないのですぞ」
と、お父さん。
だが、お母さんの軽やかな笑い声がお父さんの動きを止めた。
「ほほ、今上帝はお年が離れすぎておりますし、今東宮にはご寵愛される女御がすでにいらっしゃいますやないの。これから数年後、桜子が年頃になって宮中に上がったところで、出世できる可能性は望み薄。それよりもお隣の若君はお体もお丈夫でお利発なことこのうえない、将来有望な御子ではありませんか。いずれは筒井筒の桜子と一緒になっていただき、皆で豊かに暮らす方がよほど幸せですわ」
そういわれたお父さんは「それもそうやが……」と口ごもってしまった。
お父さんの身分は貴族の中ではまあまあで、中くらいよりは上だそうだ。我が家の女房がそう話していた。
でも、宮中での立場を考えると、権勢を誇る方々の間に割り込んでわたしを女御として入内させるのは、ちょーっとばかり、しんどいそうだ。
でも、どうしてもというなら、女御の身分には少々劣るけど、更衣とか尚侍という宮中で働く女官としてでも出仕はできる。
女御のように最初から帝と結婚する肩書きでは無いけれど、役職は後宮勤め。そこで首尾良く帝のお目に留まりお手つきとなって男御子を産みまいらせれば、国母となることも夢ではないとか……。
いや、ちょっと待って。
なんでいきなりわたしが未来の帝の母君になれるかもしれないなんて、壮大な話になるの?
わたし、七歳になったばかりですけど。
お勉強にと、お父様は書庫から本を何冊も持ってきた。古今集や古今和歌集に漢詩。お経もある。これらをしっかり読みなさい、って。
いまはわたしのお部屋に積んである。
絵巻物や絵草紙は好きなので読めるようになったけど、漢字ばかりの漢文は難しすぎる。これから地道に勉強するしかない。
「そうですわねえ……。わたくしどもも、うちの子が位人臣を極められるとは思っておりませんし」
貴族の官位の頂点は関白左大臣。そりゃ、若君の家柄では、そこまで出世するのは無理かもしれないけど。
若君のお母さんなんだから、そこはもっと期待してあげないといけないんじゃないの?
「だから、桜子ちゃんならしっかりしたはりますし、安心やわ。うちの子にはちょうどええんやないかと思いますわ」
若君のお母さんのいう安心って、なにが安心なんだろう。よくわからないけど。
……まあ、いいか。
わたしはお母さん達の前に置かれたおやつの数々が気になってしかたない。
素焼きの高坏に盛り合わせた『唐菓子』は、わざわざ町から買ってきたもの。
皿には、胡麻や蜂蜜をかけた白い『しんこもち』が山積みにされていて、木の器には四角い煎餅が何十枚も!
唐菓子はうちのお母さんの手土産だ。町にある索餅という小麦を練って唐菓子などを作る専門のお店へ、家人を使いに出して買い求めてきたのである。
この練った小麦粉を油で揚げた香ばしいお菓子は、一日経つとすごく固くなってしまう。でも、今日の午前中に作ったやつならまだカリッとしていてすごく美味しいに違いない。
でも、わたしが唐菓子を睨んでいるのには誰も気づかない。
「せや。うちのボンはええ子なんやけど、のんびりしとってな。あんまり無理させとうないんやわ」
いつのまにか若君のお父さんがしんこもちを摘まんで食べていた。食べ終わると懐中から帖紙を出して手を拭った。その手を伸ばして、各人の前に並べられていた素焼きの湯飲みを持ち上げる。
湯飲みからただよう湯気は香ばしい。
あれは麦湯だ。大麦を煎ってお湯で煮出した飲み物。
ふだんの飲み物は井戸水か、寒い季節になれば温かい白湯もあるけれど、麦湯は夏に作る特別だ。できたての温かいのも良いけれど、井戸水でよく冷やしたのも美味しいのよね。
ひどい。大人だけ美味しい物を食べている。
しんこもちでいいから1個欲しい。
これは作る手間がたいへんだから、二日くらい前からお店に頼まないと食べられないのよね。
柔らかい白いおもちのお菓子は米粉を練って蒸して作る。蜂蜜がかけてあるのは、そうして食べるのが好きなうちのお母さんの指示かな。
麦湯を用意したのは若君の家の女房だけど、うちの親がこの話し合いを特別な座とするために、いつもより奮発したお菓子を用意して持ってきたんだ。
でも、話の内容のなにがそんなに特別で重要なのかわからないけど……。
「この索餅の店の職人は良い腕してましてな。小麦はわしとこの荘園のものでっせ。蜂蜜はあんさんとこのどすわ。まあ、ようよう味おうて食べてみておくれやす」
そう言って、うちのお父さんがお煎餅を一枚つまんだ。カリン、バリッとかみ砕かれる音がする。
わたしもお煎餅が欲しい。
でもでも、ここで手を出したらお行儀が悪いといって叱られそうだし。
そもそもこれは大人の話し合いだったようで、わたしは来なくても良かったらしい。
さっき家でお母さんがバタバタと支度をしているので女房に尋ねたら、手土産を持ってお隣へ行くというから、「わたしも遊びにいく!」と、わたしが勝手に付いてきたのだ。
若君のお父さんの口に運ばれる唐菓子の一つ一つを恨みがましく睨んでいる間に、大人の話とやらはようやく一段落したらしい。
お母さんがくるっと顔をわたしの方へむけた。
あ、やっと唐菓子がもらえる……!?
「そうときまれば、桜子や。すぐ若君にお返事をお書きなさい。これは貴族の作法ですよ」
あれ? お話は終わったのに、お母さんは食べないの?
お父さんたちは食べながらもずっとお喋りしているし、ここでお母さんからもらわないと、わたしは手を出せないよね。
そういや若君はどこにいるのよ?
というか、ここ、若君の家だよ。
なんで、うちのお庭の垣根の穴をくぐったらお隣の庭だというくらい近所の、幼馴染みの若君にわざわざ手紙で会話しなきゃならないの?
若君がいてくれたら、子ども用に場所をしつらえてもらって、いっしょにお菓子をたべられるのに。
雲上人の大貴族のお屋敷でもないから、お庭だってめちゃめちゃ広くもない。大声を出せばお家の中まで聞こえるのだ。
いまここで若君のお部屋を探しに行ってしゃべっちゃいけないの?
「ちょうどよろしいではありませんか。明日、遊びに来てくださいという返事を書くのはお習字の練習になりますし、ついでに和歌の練習もしましょう」
……あ、そう。だめなのね……。
と、締めくくられて、今日は帰ってきたんだけど。
いやいや、なんで「いいよ、鬼ごっこしてあそんであげるッ!」と若君に聞こえるよう、垣根越しにひとこと叫べばすむことを、これから何刻か苦労して頭をひねり、お歌を考えたうえにお手紙の下書きと清書までやらなきゃいけないの?
そんなことやってたら、今日は遊べないじゃないの。
え? 貴族の姫君のたしなみはそういうもんだと?
えー、そーなの~?
「そうなのですわ」
女房達が真剣な顔をそろえてうなずいたので、わたしは縁側からお外へ飛び出そうとしていたのを思いとどまった。
お部屋へもどったわたしは、しぶしぶ墨をすって筆を握った。
さあ、なんて書こう……。
そうして苦労しまくった返事ができあがったのは、夕方であった。
疲労困憊したわたしは、夕食もそこそこに、そうそうに寝たのであった。
後日、庭をお散歩していたら、垣根の側からお隣の庭にいる若君の姿が見えた。
わたしたちは若君のお庭の垣根近くにある井戸の側で会い、情報を交換した。
あの日、若君が大人達の集まりにいなかったのは、離れたお部屋でお昼寝をしていたからだそう。
なんでも朝からずっとお歌のお勉強をさせられてとても疲れたんだって。
女房たちに見張られていたので、途中で逃げ出すこともできなかったって。
「うちも急にお歌とか漢詩のお勉強をさせられるようになったのよ」
「うん、ぼくも。まだうまく作れないんだ」
わたしたちは井戸の側でそろって大きなため息を吐いたのだった。
「まあ、姫様、若君!」
女房の声に、わたしたちはビクッとした。横並びにしゃがんだままで喋っていたから、とっさに逃げ出すこともできなかった。
怒られるのかと思ったけど、女房はおかしそうに笑った。
「あら、二人そろって井戸の側におられるのですね。まだお小さいのに本当に筒井筒のお歌のように仲良しでいらっしゃること」
なんとも微笑ましいというふうなまなざしを向けられ、拍子抜けした。
「筒井筒のお歌ってどんなの?」
「伊勢物語に出てくるお歌ですよ」
わたしはまだ読んでない。
なんでも、子どもの頃に幼馴染みだった男女が、しばらく会わない間に大人になり、求愛のお歌をやりとりする段があるのだそう。
男の方が、
『筒井筒いづつにかけし麻呂が丈すぎにけらしな妹見ざるまに』
昔は井戸の囲いの高さと背比べをしていた子どもだったのに、私の身長はその高さをすっかり越して大人になりました。しばらく愛しいあなたと会わない間にね。……という意味のお歌を女へ送る。
そのお返しの女の歌が、
『くらべこし振り分け髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき』
直訳すれば、昔はあなたと長さを比べていた髪も長くなって肩をすぎました。あなた以外の誰のためにこの髪を結い上げましょうか。
子どもの髪型は男女とも髫髪という肩までのおかっぱヘア。それを切らずにどんどん伸ばして、大人になる頃には、女は背丈よりも長くなる。
「わたしが大人になった証として髪を結うのは愛しいあなたのためだけですのに」と読み解けるのだ。
背中に垂らしている長~い髪は垂髪という。それを結うことがあるのは、大人になってから。でもそれはけっこう古い習慣らしい。普段は背中に流しっぱなしである。お歌が詠まれたのはかなり昔なんだ。
ようするに、幼馴染みで育った男女がじつは両思いで、恋のお歌のやりとりをしてから結婚したというお話ね。
だからなんなのよ、とわたしは頭をひねっていた。だって子どもだったもん。
で、けっきょく、わたしと若君がそのお歌の意味を真に理解するのは、あと数年を経なければならなかったのである。
〈了〉