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懐妊・後編

【後日談4】後編


 目前でうなだれている天翔(てんしょう)に、水蘭(すいらん)はおずおずと問いかける。


「ですが……あとになればなるほど本当のことを打ち明けづらくなるのでは?」

「……そうだな」

「明日にでもちゃんと違うって言ったほうがいいです。もう、わたしがお庭のミョウガを食べたんだって白状しちゃっていいですから」


 後宮唯一の妃が野草を食べて食あたり――だなんて恥ずかしいが、庶民出身なのだから今さらだ。皆も呆れるだろうが、納得はしてくれるはず。

 だが、うつむいた天翔は拳を握りしめ、絞り出すように言う。


「……やっぱり、言えない」

「なぜですか」

「それは……その、恥ずかしい、だろう……?」

「恥ずかしいのはもちろんですが、我慢します」

「いや、やはりだめだ。沽券にかかわる」


(そこまで? わたしをかばって言ってくださっているのよね?)


 だとしたら、その厚意を無碍にしてまで「絶対に弁解してほしい」とは強く言えない。


「すまない。ひとまず今夜は帰ろう。そなたも、ゆっくり休んでくれ」

「……わかりました」


 いつもは二人で食事を一緒にとるのだが、腹を下して療養中の水蘭は彼と共に食卓を囲めない。だから、ほんのりと寂しい気持ちはあったが、去っていく彼を見送るしかなかった。




 天翔が宮を後にすると、下がっていた柊凜(しゅうりん)春春(しゅんしゅん)が部屋へ戻ってくる。


「いかがでしたか?」


 二人は騒ぎの真相を知っている。水蘭は思い切り眉を下げて弱音を吐いた。

 察した柊凜も水蘭と同じような表情になる。


「皆さまの誤解は解けなかったのですね」

「そうみたいです」

「仕方がありません。こうまで騒ぎが大きくなってしまえば、言い出しにくいとおっしゃるのもわかりますわ」

「でも……、時期が過ぎればもっと言えなくなってしまうのに」

「いっそ少し経ってから、お腹のお子様は今回は残念なことになってしまったという方向でお話を合わせていただきましょうか?」

「!」


 思わず水蘭は凍りつく。


 ――お腹の子が残念なことになった。


 それは、たとえ話であっても心臓に氷の刃を突きつけられたような心地がするものだった。


 柊凜が悪いわけでは決してない。

 その上、現在水蘭は子を宿しているわけでもないしその可能性もまったくない。それなのに本能的な部分で、生理的嫌悪感がこみあげてきたのだった。


「ちょっと、顔真っ青じゃん! またお腹痛くなったの!?」


 春春が慌てたふうに身を乗り出してくる。


「ううん、違うわ。そうじゃなくて……」

「どうかした?」

「ごめんなさい、たとえ話ってわかっているのに、ちょっとつらい気分になっちゃって。あ! 決して柊凜を責めたいわけじゃないのよ!?」


 沈痛な面持ちになってしまった柊凜に謝罪を付け加える。彼女は「大丈夫」とばかり緩く首を振ってくれた。

 対して、春春はきゅっと眉を吊り上げる。


「もーさー、そういうことなら子供作っちゃえばいいんじゃないの?」

「ええっ」

「噂を真実にしちゃえばいいじゃん」

「そ、そんな簡単に言われても……」

「簡単に言ってるわけじゃないよ。だけど、特に問題はないわけでしょ? それとも嫌なの?」


(嫌……じゃない。だって、天翔様のことは、好き)


 温泉旅行を経て、水蘭は天翔への好意をきちんと自覚した。ついでに、ずっとあやふやになってきた妃としての夜の務めについても、柊凜と春春に諭されて理解し直した。


 二人が言うには、天翔がいつまでも妃の部屋に泊まらないのは、忙しいからではなく水蘭に遠慮してのことだそうだ。

 だから、水蘭さえ受け入れる覚悟ができれば、いつだって()()()()()()に持っていけるらしく……。


(でも、無理よ。わたしからなんてとても言えない)


 好きとか嫌とかの問題ではないのだ。

 いつまでもモダモダしている水蘭に、春春は呆れてため息をつく。


「はー、なんでそんなに頑ななのかね。子供、いいと思うけどな。水蘭って莉空(りくう)の面倒とかすごくよく見てたし、子供好きじゃん」

「そりゃ……莉空は可愛いもの」


 最愛の弟の名前を出されると、反射的に頬が緩みそうになる。


「水蘭の子供、男の子だったら莉空にそっくりかもしれないよ?」

「!?」


 その瞬間、雷が落ちたような衝撃を受けた。


(莉空に……そっくりな子……!?)


 やわらかな金色の髪に、透けるほど白い肌、空より綺麗な青い瞳が可憐にうるんで見上げてくる――そんな幻想が浮かんでは消える。


(……想像しただけで! 可愛い! 死ねる!!)


 意図せず拳を握っていた。目もいつの間にか血走っている。


「わたし、子供……ほしいかも!」


 水蘭はすっかりその気になってしまった。


(絶対に可愛い。世界で一番可愛い。ううん、一番は莉空だから……、でも、一番が二人でもいいよね? だって、莉空似だもの。二人と言わず、三人でも四人でも……何人いたって、いい)


 脳裏では、金色の髪に青い瞳をした可愛い赤ちゃんが、一人、二人、と増殖していく。


(考えるだけで気絶しそうなほど可愛い。……幸せ)


 頬を赤らめてぽやぽやとしている背後で、有能な二人の女官がせわしなく立ち回る。


「水蘭の気が変わらないうちに既成事実を作るのよ!」

「春春様、お手柄ですわ。すぐにでも準備を整えましょう」

「今夜にでも!!」


 ――こうして。


 約一カ月後、白陶国(はくとうこく)の後宮には、嘘や噂ではない真の祝い事が訪れるのであった。


読んでくださってありがとうございました。

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『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓あさたねこの完結小説です↓
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