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懐妊・前編

【後日談4】前編


 青花宮(せいかきゅう)の妃懐妊――。


 白陶(はくとう)国の皇帝、趙天翔(ちょうてんしょう)とその寵妃、劉水蘭(りゅうすいらん)とのあいだに子ができたという噂は、皇城内ばかりではなく、またたくまに市井へ広がっていった。


 昨年は皇后一味が皇帝暗殺を謀るというとんでもない凶事があったばかりで、久々の慶事である。

 皆はやくも玄関口に出産を祝う赤い(のぼり)をはためかせ、祝い酒をあおった。


 皇城内でも、上を下への大騒ぎが続いている。

 御子が生まれてくるのは順調ならば十月も先のはずなのに、すでに連日連夜祝宴が催されている。皆浴びるように祝い酒を飲み、御子の性別を占う遊びに全力を傾けていた。


「陛下、この度は誠におめでとうございます」

「うむ」


 四方八方から伸びてくる手に祝杯を注がれながら、天翔は厳粛にうなずく。その眉根はぎゅっと寄せられ、伏し目がちの目はどこか不機嫌そうだ。


「青花宮様へのご寵愛はますます深まるばかりですな」

「うむ」

「先日の温泉への遠出が功を奏したのでしょうかな」

「うむ」

「まるで『子宝温泉』ですな。お一人と言わず、お二人、三人と期待させていただきたいものです」

「うむ」


 饒舌な官吏たちへ相槌を打つ天翔の表情は、どうもくすぶっている。

 だが、周囲の者たちは、本来は皇帝も喜びを爆発させたいに違いないが、臣下の前ではあえて控えているのだろうと受け取った。


「もう退席してもよいか?」

「ええ、もちろんでございます。今宵も青花宮様のもとへ行かれますか?」

「うむ」

「ごゆっくりなさってくださいませ。そしてどうぞ、お妃様のお身体をおいたわりください」

「うむ」


 天翔の最後のほうの返事は、まるで怒っているかのごとき調子だった。

 それでも官吏たちは、早く愛しの妃に会いたいがための焦りだと誤解した――。


   ◆   ◇   ◆


 青花宮の廊下が騒がしい。

 今宵も皇帝がやってくる時間になったらしい。


 寝台に横たわっていた水蘭は、ゆっくりと身体を起こした。

 かすかに痛む腹をさすりながら、夫の来訪を待つ。


「皇帝陛下のお渡りです」


 先触れの宦官が告げに来て、柊凜(しゅうりん)が出迎えに部屋の外へ向かう。扉の向こうで一言二言会話があった。


「皆、下がっていろ」

「わたくしもでしょうか」

「ああ。二人だけで話したいことがある」

「かしこまりました」


 宦官や柊凜、そのほかの女官も含めて、複数人が下がっていく足音が聞こえた。


「水蘭、俺だ。入るぞ」


 きりっとした天翔の声がして、扉が開かれた。

 彼は眉を吊り上げ、一人で入室するなり後ろ手に扉を閉めた。

 物々しい足取りでこちらへ近づいてくる。

 寝台の前まで来ると、慎重な面持ちで右へ左へ視線を動かした。

 水蘭は思わず口を挟む。


「誰もいません」

「そうか、……――」


 突如として、天翔は眉尻を下げる。口もとも情けないほど緩め、へなへなと床にくずおれた。


「天翔様!?」

「ごめんなさいーーーーーっ」


 驚きのあまり水蘭が腰を浮かしかけると、天翔は頭を抱えて謝罪を絶叫した。


「今日も誤解を解けなかった! 本当のことを言えなかった!」

「えっ、じゃあまさか……」


 さっきまでの威厳はどこへ行ったのか、天翔は半分涙目になって言う。


「皆が心の底から嬉しそうにそなたの懐妊を祝ってくるから……! ただの食あたりで寝込んでいただけだなんて言い出せなかったのだ! どうしよう、水蘭~っ」

「どうしようって、わたしもどうしましょう……」


 困ったことに、水蘭は妊娠などしていない。ただ五日前、庭に生えていたミョウガを食べて()()()()()()だけなのだった。


 妃が野草を食して寝込んだなんて知られたら恥ずかしくて、周囲にしっかりと口止めをした。

 それが、勘繰り好きな人々の知るところとなり、噂に尾びれ背びれがついて――妃の懐妊などというとんでもない根も葉もない噂が出回ってしまったのだった。


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★新連載はじめました★
『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓あさたねこの完結小説です↓
『愛され天女はもと社畜』

↓短編小説はこちら↓
『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

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