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大人の遊戯・前編

【後日談2】


 政変以来たいへん忙しくしていた天翔(てんしょう)だが、この頃ようやく仕事が一段落したらしい。


 今日は朝議を終えたあと、後宮入りしてずっと一緒に過ごせるとのことだ。

 だから水蘭(すいらん)は、朝から彼を迎え入れる準備をして、青花宮(せいかきゅう)で待つ。


(楽しみだわ。なにをして過ごそうかしら)


 思えば、彼と長い時間を過ごしたことはほとんどないのだった。

 たいていは一緒にご飯を食べて、茶を飲んで、話をして……、ときにはせがまれて歌うこともあるが、取り立ててなにかをしたことはない。


 まだ下働きとして青磁宮にいたころ、共に買い物へ出かけたことがあったくらいだった。


(たまには出かけてみるのもいいかもしれない)


 皇帝と妃だから、簡単には外出できないのはわかっている。だから、せめて庭の散歩などどうだろうか。


 少し汗ばむ気候ではあるが、青空が心地いい日だ。

 柊凜(しゅうりん)に伝えてみると、いい返事をもらった。


「それでは青花宮の東南にあるお庭はいかがでしょうか。中央に池があって、木が多く、木陰で涼むこともできます」

「いいわね」

「きっと陛下もお喜びになりますよ」


 二人の会話を聞きつけて、春春(しゅんしゅん)も話に乗ってくる。


「それならいっちょ、わたしがおやつとお茶を用意してあげるよ。少し時間がかかるから、先に散歩してて。あとで届けるから」

「ありがとう、楽しみだわ」

「ちなみに水蘭、莉空(りくう)の話ばかりしちゃだめだよ」


 弟の名前を出されて、ぎくりとする。


「いつも莉空莉空莉空ばかりだと、陛下もうんざりするよ。二人のときは、二人の会話をするのが鉄則なんだから」

「……わかっているわよ」


 しっかり釘を刺されて、しぶしぶ水蘭はうなずいた。


「さあ、水蘭様。お支度しましょうか」


 柊凜に促され、少し動きやすい丈の短めな衣裳に着替えた。髪も団子に結ってもらって天翔を待つ。

 やがて、朝議を終えた彼はいそいそと早足でやってきた。


「水蘭、待たせたな」


 明るい笑顔を見て、水蘭の胸もあたたかくなる。


「はい、待ちかねておりました」

「嬉しいことを言ってくれるな」


 本当に嬉しげに、彼はまなじりを下げる。


「天翔様、今日はお庭の散歩をしませんか? 東南のお庭に池があるって教えてもらったんです」

「散歩か、いいな。行こう」


 すんなりと受け入れてくれた。

 二人は肩を並べて池のある庭へ向かった。




 初夏の木漏れ日がきらきらとまぶしい中、水蘭と天翔は手をつなぎ、ゆっくりとした足取りで歩いていた。


「どうしてだろう。ただ歩いているだけなのに、こんなに楽しいのは」


 子供のようにはしゃぐ天翔を見て、水蘭もほほえむ。


「お天気がいいからでしょうか。わたしも楽しいです」


 つないだ手から伝わってくるぬくもりも幸福感をあおってくる。


「まだ都へ来る前、森と川しかない田舎に住んでいたんですが、よく莉空とこうやって手をつないで散歩していたのを思い出します」

「そうか、莉空と」

「毎日森へ行っては、追いかけっこをしていました。莉空は怖がりだから、ちょっとわたしの姿が見えなくなるとすぐにべそをかいて……」


 そこまで言ったところで、ふと春春の忠告がよみがえる。


 ――『莉空の話ばかりしちゃだめだよ』


(いけない!)


 これまで水蘭の頭の中はほとんど莉空でできていたため、今でもつい気が緩むと莉空のことばかり考えてしまうのだった。

 忙しい天翔と二人で過ごせる時間は貴重なのだから、弟のことはおいておき、彼との会話を楽しむべきだ。


 水蘭は失言を挽回しようと、焦って言いつのる。


「天翔様! よかったらわたしと一緒に追いかけっこをしませんか?」

「追いかけっこ?」


 彼は宇宙の神秘を尋ねるような目線を送ってくる。


「もしかして、したことがありませんか?」


 はたと気づいて、手をぽんと打つ。


(そうよ、天翔様は皇帝陛下だもの。きっと庶民の子供がするような遊びはしたことがないんだわ)


 それなら庶民代表として教えてあげなくては。

 妙な使命感が芽生え、前のめりになる。


「やりましょう。とっても簡単なんです」

「え、ああ……」

「どちらか一方が鬼になって、逃げる相手を捕まえる遊びです。捕まったら鬼は交代します。天翔様はどちらが先にやってみたいですか? 鬼? 逃げるほう?」

「では……鬼、で」

「わかりました。そうしたらその場で十数えてくださいね。わたしはそのあいだに逃げますから、数え終わったら追いかけてきてください」


 説明しているうちに、童心にかえってわくわくしてきた。


(頑張っちゃおうかしら)


 幸いここは木々がほどよい間隔で植わっており、鬼を翻弄しながら逃げやすい。


(庶民の本気を見せなくちゃ)


 天翔がこちらへ背を向ける。まるでかくれんぼでもするように、両手で目を塞いで数を数え始めた。

 水蘭は高揚する心のままに、衣裳を翻して走り出した。


   ◆   ◇   ◆


(追いかけっこだと!?)


 愛しの水蘭から飛び出た台詞に、天翔は驚きのあまり放心しかけた。

 大人の追いかけっこといえばあれだ。


『陛下~、うふふ、こっちですわよ~』

『よーし、捕まえてやるぞぉ。そーれ』

『きゃっ、いやーん』

『あはは』

『うふふ』


 ―――皇帝と妃の遊戯と言えば定番の、ゆるい戯れ合い。

 いわゆるいちゃつきである。

 大人の遊戯といってもいい。


(ついに俺も、立派な歴代皇帝の仲間入り)


 しかも、水蘭の口から誘ってもらえるとは。

 嬉しさと高揚で今すぐにでも戯れをはじめてしまいたい。

 だが、楽しみはじっくりと味わうものだ。


 天翔は必死に心を宥めて後ろを向いた。

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『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓あさたねこの完結小説です↓
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