宣言
【第53話】
和やかな雰囲気で、三人の食事が始まった。
これが甘いとかしょっぱいとか、他愛ない話で盛り上がる。
少し前の大乱闘が嘘のような穏やかな時間だった。
――やがて腹が満たされた頃、天翔が声を低くして切り出す。
「金安那の処遇が決まった」
皇帝殺害を計画したばかりか、恋人の男性を女官に変装させて身近に置いていた罪で、彼女は皇后位をはく奪され、処遇が決まるまでのあいだ投獄されていた。
水蘭は箸を起き、背筋を伸ばす。
「釉都の北の郊外にある古い離宮に生涯幽閉となった」
「幽閉……?」
水蘭個人としては厳罰を求めたいわけではなかったが、客観的に見て罪に対して罰が軽い気がする。
彼女は皇帝を殺そうとしたのに。
天翔もそれをわかった上らしく、小さくため息をついた。
「母親から娘の命を助けてほしいと強い嘆願があったんだ」
「長公主様から?」
「ああ。意外だろう? 権力ばかりに固執していると思っていたが、娘を想う母親の気持ちはあったらしい。安那の命を救う代わりに彼女が隠居し、自ら娘を監視するという名目のもと、離宮で共に暮らすそうだ」
長公主の持ち物であった青磁宮は没収され、皇城の一部となるという。
「青磁宮といえばそなたの元職場だな。もし思い入れがあれば、そなたに下賜してもよいが」
「カシ……?」
「食べる菓子ではないぞ。青磁宮をそなたに譲ってもいいといったんだ」
「え」
あまりの話に、水蘭の思考は一瞬止まる。
二秒後には、腰を抜かして姿勢を崩した。
「お屋敷なんていりません!」
「はは、そういうと思った」
天翔は破顔して、やわらかいまなざしになった。
「あ、でも、気になることがあります」
「どうした?」
「仲良しの友達がいるんです。もしお屋敷が取り壊されたり誰かの手に渡ったりしたら、仕事がなくなってしまうんじゃないか心配で」
厨房係の春春を思い出していた。
同室の菊花たちが意地悪でたまらなかった分、彼女の明るさにしょっちゅう救われていた。
莉空と二人で一人前の食事を分け合っているのを心配し、宴のあとにはいつも残飯を分けてくれた。
悩んでいれば相談にも乗ってくれた。
彼女が勤め先を失って困るようなことになるのは心配だ。
「友人ならばここへ呼べばいい。そなたの女官にするのはどうだ?」
すると、天翔はあっさりと言う。
「いいんですか?」
「もちろんだ。前にも言っただろう? 俺はそなたの喜ぶ顔が見たいんだと」
(そんなふうに言われたら……)
頬が熱を持ってたまらない。
照れてしまって、小さな声で「ありがとうございます」としか言えない自分が情けなかった。
食後の茶を挟んで、再び天翔が声を改める。
「俺の決意を聞いてもらえないか?」
「はい、なんでしょうか」
水蘭も茶杯を置き、姿勢を正す。
「これまで政治の中心は姉に牛耳られていた。だが、それも今日まで。これからは俺が新しくこの国を導いていく」
天翔は胸を張り、高らかに宣言をする。
隣に座す莉空は、崇高な主君に敬意を表すかのように、深々と頭を下げた。
この国にとって重大なことなのだろう。
だが、水蘭は戸惑ってしまう。
単なる庶民出身で下働きしかしてこなかった自分が、そのような大きな決意を受け留めていいのかどうか。
「そうなんですね。この場合はおめでとうございますでいいんですか? わたし、政治のことはなにも知らないから、なんだか申し訳ないです」
情けないほど眉尻を下げて返す。
だが、天翔は呆れたりしなかった。
「そなたが政治を知らなかったのは当たり前だ。生まれ持っての境遇は変えられないし、それはどうしようもないことだ。だが、これからは少しずつ学んでいってくれると嬉しい」
(これから学んでいく……?)
前に莉空からも似たようなことを言われたのを思い出す。
――『なに言ってるの。水蘭は陛下の妃になるんでしょう。ちゃんと勉強しないと』
天翔の傍にいることを選んだのなら、自分は成長しなければならない。
(ずっと莉空を食べさせなきゃって、それだけ考えて頑張ってきた。でも、これからは……)
自分が好きな人と生きていくために、頑張るんだ。
(大丈夫。わたし、努力するのは好きだもの)
まなじりを決して、天翔を見つめた。
「はい。努力します」
「よかった。そなたにはゆくゆく皇后になってもらわねばならないからな」
「え……?」
(今、なんて?)
皇后と聞こえたような気がしたが。
顔を上げると、上機嫌の天翔と目が合う。
「急げとは言わない。だが近い将来、俺の隣に立つのはそなただ。それまで皇后位は空位にしておく」