団欒
【第52話】
豆彩宮の大乱闘から三日。
水蘭は青花宮で静かに過ごした。
皇后金安那による謀反及び不義密通――。
大それた事件であったため、天翔は後処理で大変忙しく、しばらく政務室を離れられないと聞いた。
怪我をしているのに大丈夫なのか心配だが、今の水蘭にできることは、ひたすら後宮で彼の健康を案じながら待つことだけだった。
(妃って、不自由なのね)
会いたいと思っても自分から会いにいけない。
忙しい彼の力になりたくても、なにもできない。
(天翔様の傍にいたいと思ったのは本当だけど……)
彼を好きだと自覚した。
だから、一緒にいたいと願った。
しかし正式な妃になれば、今後、永遠にこういう待つだけの日々を送る人生となるのだった。
(引っかかるのはそれだけじゃない)
水蘭は小さくため息を落とす。
(妃はわたし一人だけじゃないことも、完全には納得できていない……)
皇后は罪に問われて身分をはく奪されるだろう。
それでも、他の四人の妃は健在だ。
水蘭を入れて五人、結局妃の総人数は変わらない。天翔の訪れをみんなして分け合い、五分の四の時間をひたすら待つのだ。
――それは決して、心弾む未来ではなかった。
そのとき、先触れの女官が部屋の扉を叩いた。
「これから陛下がお渡りになります」
水蘭は驚いた。
柊凜や、部屋に控えていたほかの女官たちも、ざわざわと動き出す。
「お召し替えなさいますか」
「御髪はどうされます」
矢継ぎ早に訊かれ、水蘭もそわそわする。
(着飾る必要はないと思うけど……)
いくら久々に会うとはいえ、宴があるわけでもない。
そう思う反面で、これまでほとんど自分の格好なんて気にしたことがないくせに、心配になって鏡の前に立った。
すると、頬を紅潮させ、目もとを下げた自分が映っている。
(わたし、嬉しそう……)
自分で思っていた以上に、天翔との再会に興奮しているようだった。
なんだかひどく恥ずかしい。
机の下に隠れてしまいたいような気がして、肩をすくめた。
やがて、足音が近づいてきて――、扉が開く。
戸につけた飾りの金属と玉が打ち合う華やかな音色が響き、天翔が現れた。
後ろには莉空も従えている。
これまでだったら、莉空の姿しか目に入らなかっただろうに、今の水蘭には、天翔も莉空も大切な存在だった。
二人に会えたのが、とても嬉しくて、胸がじんとする。
「三日も待たせて悪かったな」
くったくなく笑う天翔の美麗な顔を見て、気づく。
(顔色がよくなった)
巫楽に斬られた傷は、医師が見立てた通りだいぶよくなったのかもしれない。
(よかった、元気そうで)
ほっとしたら同時、目頭が熱くなった。
(泣きたくなるなんて、変なの)
恋を知って、自分は弱くなってしまったのだろうか。
強くなりたいと願ってきたのに。
大切なものが増えると、考え事も多くなる。悩み事も深くなる。
それでも、この想いは捨てられない。
彼らは自分にとってかけがえのない存在なのだった。
「今日から夕食をここでとろうと思う。いいよな?」
明るく告げられて、水蘭も大きくうなずく。
「もちろんです」
「もしそなたがよければ、夕食のあともしばらくのんびりしながら、茶を飲んだり、語り合ったりしたいのだが」
「どうぞ、ごゆっくり」
「もしも可能であれば、このままここに泊まったりなどしてもよかったりするか?」
「え、はい……?」
問いかけがまどろっこしくて、よく頭に入ってこなかった。
「いや、今のは冗談だ。気にするな」
「……?」
天翔はすぐに言葉を引っ込める。
その一歩後ろでは、莉空が居心地悪げに肩をすくめていた。
そうこうしているあいだに、配膳の支度を手にした女官たちが、ぞろぞろと部屋へ入ってくる。
室内にいた柊凜やそのほかの女官もそれを手伝い、あっという間に食事の準備が調った。
「皆、下がってよいぞ」
「かしこまりました」
女官たちは揃って礼をして、部屋を出ていく。
天翔と莉空と水蘭、三人が残された。
「さ、食べるか」
「莉空も一緒に食べていいのですか?」
「当たり前だろう」
(きっと、当たり前なんかじゃない。わたしに気をつかってくれたのね)
女官を下がらせたのは、特別扱いを見咎められないようにするためだろう。
(ありがたいわ)
莉空がいて、天翔がいて。
穏やかに過ごせる時間。
(もう、失えない)
様々な気がかりはあれど、やっと手に入れた幸せを、手放す気にはなれないのだった。
(この想いを大切にあたためていこう)
決意を胸に、愛しい人を見つめた。