加勢
【第48話】
豆彩宮へ続く扉の前には、人だかりができていた。
「そこをどきなさい」
「わたくしは孔雀宮の雪雅よ」
「……たとえお妃様でも、ここをお通しすることはできません」
「まあ、なんて無礼なの」
「中はどうなっているのよ? 豆彩宮様はご無事なの!?」
集団の中に見覚えのある顔を見つけた。
皇后の茶会に同席していた妃の一人だ。
数名の女官たちと共に、道を塞いでいる宦官を責めている。
その奥、豆彩宮では何事かが起こっていると思われる物音が聞こえていた。
どうやら、すでに皇后の部屋内では騒ぎが起こっているようだ。
近くの宮にいた妃の一人がそれを聞きつけ、駆けつけたといったところらしい。
彼女らの行く手を阻んでいるのは体格が大きい宦官二人だった。
きっと天翔の手の者だろう。
野次馬たちを近づけないよう命じられていると見た。
水蘭は集団の背後から大きな声を出した。
「陛下に呼ばれて青花宮の水蘭、参りました!」
完全なるはったりである。
だが、混乱しているこの場で精査はされないだろう。
(堂々と押し切ってみせる)
「すぐに通してください。あとから武官たちも来ます」
武官と聞いて、宦官を取り囲んでいた妃や女官たちはにわかに慌て始める。
「ええっ、男性の方が?」
「嘘でしょう、どうなっているの?」
「それより、身を隠さなきゃ」
「雪雅様はこちらへ!」
妃が皇帝以外の男性と鉢合わせてしまう事態を避けようと、女官らは右往左往する。
その隙に水蘭は彼女らをかき分け、立ちふさがる宦官二人に向かった。
「急いでいるんです。通してください」
「申し訳ございません、私どもは陛下より、どなたもお通しせぬようにと命じられております」
「その陛下に呼ばれているのよ」
「聞いておりませぬが……」
やはり、簡単には騙されてくれない。
(なにか手はない? 皇帝の印になるような書類とか、重要な証……)
そこでふと、帯に挟んでいた翡翠玉の存在を思い出した。
以前天翔からもらった魔よけの玉だ。
透明で、深い緑色をして、それでいて内にとろみのあるあたたかさを感じる不思議な色合いの、とても美しい宝石だった。
装飾に怪物が彫り込んであるのはちょっといただけないが、それでも、非常に高価な品に違いない。
(青花宮に来てからいろんな装飾品にふれるようにはなったけど、ここまで綺麗な玉はほかにないもの)
おそらく、一般人が手に出せるようなものではなく、国宝級の代物だ。
これを証拠に出せば、宦官は引いてくれるのではないか。
水蘭は、帯のあいだからそれを取り出し、すっと見せる。
「陛下はあなたたちにこれを見せればわかるとおっしゃっていたわ」
伝家の宝刀とばかり、宦官たちの目前に掲げる。
彼らの目がくわっと見開かれた。
どうやら企みは成功したようだ。
「それは確かに陛下の玉! いつも御身に着けていらっしゃったのを存じております」
「申し訳ございませんでした。どうぞお通りください」
騙して申し訳ないが、堂々としていないと怪しまれる。
水蘭は余裕の笑みを装った。
「ありがとう。それから、このあとすぐに武官たちが来るから、彼らも通してね」
「かしこまりました」
すると、身を隠そうとしていたはずの孔雀宮の妃も、これに乗じてついて来ようとする。
「ずるいわよ、わたくしも通しなさいっ」
「柊凜、この人たちを足止めしておいて!」
「かしこまりました」
余計な人たちを連れていくわけにはいかない。
柊凜たちに後を頼み、水蘭だけが先へ進んだ。
こうして、豆彩宮へ入る。
と、皇后らしき女性の金切り声が聞こえてきた。
「やめなさい! やめなさいったら」
続いて、バリバリと板を打ち破るような破壊音が響く。
(なに? 戦っているの?)
自ずと急かされ、声のする方向へ走った。
「陛下っ」
正殿に飛び込んだ水蘭は、目の前の惨状に唖然とする。
「これは――」
茶会のときは目に眩しいほど華美に飾られていた部屋が、めちゃくちゃに荒れていた。
家具はあちこちに散乱しているし、板敷きの床はめくれて床下があらわになっている。
まるで隕石でも振ってきたようだ。
「水蘭!? なぜここに」
慌てた天翔の声がして、はっと前を向く。
彼は手に木の切れ端のようなものを複数持ち、そこへ髪を乱した皇后が取りすがっているところだった。
(よくわからないけど、修羅場ね!)
水蘭は長い袖をめくって意気込む。
「加勢に参りました!」
おそらく皇后を止めればいいのだと瞬時に判断した。
駆け寄って背後から彼女の腋へ腕を通し、羽交い絞めにする。
「いきなりなにをするのっ、お前!」
「陛下、ご無事ですか?」