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決意

【第46話】


「後宮を解体? どうして」


 そういえば、似たようなことは言われた。

 たしか後宮が工事中だとかなんとか……だったような、違うような。


「だーかーら、水蘭(すいらん)のためだってば。なんで僕がこんなこと言わなきゃいけないの?」

「ご、ごめん」

「今も危ない橋を渡っている陛下を想ったら、のんびりしてる場合じゃないのに」


 前髪をかき混ぜながら、ぶつぶつと文句を言う莉空(りくう)

 ふと、その発言が引っ掛かった。


「危ない橋ってどういうこと?」


 また質問かと、呆れたまなざしが水蘭を貫く。


「毒を盛られそうになったでしょう」

「毒!? 嘘、天翔(てんしょう)様は大丈夫だったの?」


 胸倉を摑む勢いで尋ねると、さすがに莉空は「え?」と緑の目を丸くした。


「もしかしてわざと知らされてない?」


 気軽に機密情報を漏らしてしまったのでは、と莉空は慌てはじめ、瞳を泳がせる。


「なにも知らないわよ! ちゃんと教えて」

「だめだよ。もし陛下が意図的に水蘭に隠していたなら、僕が余計な話はできない」

「莉空? 姉さんに逆らうつもり?」


 水蘭は声を低くしてすごむ。

 莉空は喉の奥で声にならない悲鳴を上げた。


 いくら成長著しいとはいえ、たった数週間で姉を越えたわけがないのだ。

 母親代わりである水蘭にとって、弟を翻弄するのは赤子の手をひねるがごとし。

 大嫌いな怪談話で押しとおる。

 とっておきの、おどろおどろしい口調でゆっくりと語りかける。


「……知ってる? 廊下のつきあたりにある厠、昔、この世にひどい恨みを持った女の人が、死んだんですって。……それ以来、夜になると……」

「わあぁっ、やめて!」

「中から、すすり泣く声がして、扉を開けると――そこには」

「話す! 話すからっ」


 久々に涙目の弟を見て、水蘭は胸をときめかす。


(かわいい、なんて思ったらだめ? わたしにもちょっと意地悪な心があるんだわ)


 罪悪感から、よしよしと金の髪を撫でてやる。

 莉空は恨めしげに上目づかいで見つめてきた。


「もう、水蘭の意地悪」

「ごめんね。それで、続きを話して」

「……水蘭が皇后様からもらったっていうお茶とお菓子から毒成分が出たんだって」

「あの茶菓子から!?」

「陛下は食べていないから大丈夫だよ」

「そうなの……」


 天翔の無事にほっとしつつ、あの茶菓子に毒が入っていたと思うと背筋が凍るようだ。


(仲間外れにされたり、嫌味を言われたりするくらいはどうってことないと思ったけど、まさか毒を盛られそうになっていたなんて)


 自分の暢気さにあきれるやら、驚くやらだ。


 青磁宮の菊花(きっか)たちの面と向かっての意地悪のほうが断然ましだった。

 後宮はとんでもない場所なのだと改めて思う。


「わたしを消そうとしたのね」

「違う、狙いは陛下だよ」

「えっ」

「お菓子は二つ包まれてた。水蘭はきっと陛下と分け合って食べると思われたんだ」

「そんな……、皇后様が、どうして陛下を? 信じられないわ」


 大切な夫ではないのか。


「武官仲間たちの話では、陛下と皇后様は、最初からずっと仲が悪いって言ってたよ。皇后様だけじゃない。他のお妃様たちとも不仲なんだって」


 たしかに天翔も似たようなことは言っていた。

 だが、いくらそれほど仲がよくないとしても、皇帝あってこその皇后なはずだ。


「でも、殺す必要はないじゃない」

「陛下は後宮を解体しようとしてる。自分が追い出されるかもしれないと思って反撃に出たんじゃないかな」


 そのために天翔は、仕事に明け暮れているという。

 それも、長公主に行動が怪しまれないよう準備を進めているため、日中はなにもしていないふりをしながら、夜に寝る間を惜しんですべてを片づけているらしい。



(忙しそうにしていたのは、それでなの)



 待っていてくれと言っていた。

 水蘭には苦労話の一つも告げず、自分一人ですべてを解決するつもりだったのだ。


(わたしを、守るため……?)


 そして、きっと莉空のことも。

 男性は禁じられている後宮に、違反すれすれと知りつつ莉空を遣わして水蘭のもとへとどめた。

 それは、危ない橋を渡る際、この子を道連れにしないためだったのだろう。


(わたしが大切にしている子だから。わたしの気持ちを守ってくれた)


 なんて、ありがたいのだろう。

 ――なんて、大きな想いだろう。


(天翔様は、いつもわたしの気持ちを尊重してくれた。大切にしてくれた)


 これが、好きにならずにいられるだろうか。



(わたしも、同じだけの想いを返したい)



 助けられてばかりは嫌だ。

 彼が守ってくれたように、自分も天翔を守りたい。


「皇后様は、未遂で済んだとはいえ、陛下に毒を盛ったのよね」

「そうだよ」

「……許せないわね」


 水蘭はまなじりを吊り上げる。

 あの巫楽(ふがく)とかいう女官もだ。


 まるで水蘭を気づかうようなふりをしながら、さりげなく毒を渡すなんて。

 妖艶な顔の下は、悪鬼に違いない。


「乗り込みましょう」

「は? どこに」

「当たり前でしょう。豆彩宮(とうさいきゅう)。皇后様を懲らしめてやるのよ」

「なに言ってるの。そんなこと無理だよ」



「無理じゃないわよ。わたしはいくら踏みつけられても頭を上げる雑草みたいな庶民だもの。根っからのお貴族様なんて、本気になれば大したことないわ」



 かつては、莉空をいじめた年上の少年に嚙みつき、泣かせたことだってある。


「なんで急にやる気になってるの!? さっきまであんなにしおらしかったのに」

「陛下が元気をくれたのよ」


 今の水蘭ならば、岩だって持ち上げられる気がした。


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