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【第44話】


青花宮(せいかきゅう)莉空(りくう)を来させよう」


 天翔が言うと、水蘭は目を丸くする。

 弟の名を聞いて、その表情が少し明るくなったのを見逃さなかった。


「あの、なにか特別な用があるのですか……?」

「いや、別に。そなたの話し相手にしようと思ってな」

「え? ですが、後宮は男の人は入れないのでは?」

「問題ない、莉空はまだ子供だ」


 正直言って問題はあるのだが、そこは皇帝の権限で押し通す予定だ。


「莉空に会えるのは嬉しいですが、どうして急に?」

「俺がしばらく忙しくてこちらへ来られないかもしれない。その代わりだ」


 水蘭は複雑そうな顔をする。

 もの言いたげに唇を開きかけたが、結局なにも言わずにうつむいた。


「そうと決まれば、今夜から派遣しよう。だから、二人でいい子で待っていてくれ。たとえよそから誘いがあっても、行かなくていいから」

「……わかりました」


 不本意そうながら、彼女は承諾してくれた。

 やはり、莉空は最大の切り札だ。

 卑怯な手を使ったような罪悪感はあるが、すべて彼女を守るためだから許してほしい。


「では、また来る」


 そうして、足早に執務室へ戻った。

 早々に、水蘭から預かった茶葉と菓子を信頼できる筋へ引き渡す。



「皇后から渡されたものだ。毒が入っているのではないかと思われる。すぐに調べてくれ」



 気もそぞろに別の仕事に取り掛かっている最中、先ほど鑑定を依頼した者が戻ってきた。


「毒が含まれておりました」

「やっぱりか」


 天翔は興奮に息を荒くした。

 鑑定を請け負った医師は続ける。


「ただ、致死量ではありません。小さな魚は死にましたが、大きいものはおかしな動きになりはしたものの、かろうじて生きております。人間が口にした場合、胃腸の不調や、身体の一部の麻痺といった症状が出ると思われます」


「なるほど。殺すつもりではなかったということか? 毒が微量だったのは、こちらへの警告のつもりだろうか」

「いえ。おそらく食しやすい量に調整しただけでしょう」


 医師はまなじりを決して深刻な声で告げてくる。


「致死量の毒は、どうしても苦みで気づかれやすくなります。ですが、一度に摂取した量は少なくとも、今後形を変えて徐々に増やされでもすれば、身体に蓄積されて最終的には死に至ります。陛下の御口に入らず、なによりでございました」


(やはり、水蘭を青花宮に閉じ込めておくのは正解だ)


 何度も茶会を開かれて、微量の毒を盛られ続けるわけにはいかない。


「しかし陛下、皇后様はなぜこのように形として残りやすいものを陛下に渡してきたのでしょうか。気づかれたとき、陛下毒殺の証拠になり得えますのに」

「ああ、それは俺ではなく、水蘭に渡されたんだ」

「なるほど、お妃様を狙われたのですね」


 医師が納得したところで、天翔は待てよと気づく。


(安那が狙ったのは本当に水蘭か?)


 ならば茶会の席で毒を盛るはずだ。

 医師の言うとおり、土産などにすれば足がつく。

 いくら浅はかな安那でも、そこまでの失態をするだろうか。

 水蘭に直接これを渡してきたのは女官だというが、その女官が勝手にしたわけはなく、安那の命に違いないだろうに。


(土産の高級茶葉。そして、高級菓子……)


 二つをこちらで預かろうと言ったとき、水蘭はあっさりとそれを手放した。

 それくらい無欲な彼女のことだ。もし、天翔が申し出なかったとしても、一人で食べないのではないか。

 天翔が訪れるのを待って、一緒に食べようとするのではないか。


 だとすると、水蘭の手で天翔に毒が盛られる図式ができあがる――。


「わかったぞ」


 皇后は、自らの手を汚さず天翔を排除しようとしたのだ。

 ついでに、目障りな寵姫も片づけられる。

 一石二鳥なのだった。


(安那にしては考える)


 まんまと乗せられるところだったのが悔しい。

 一歩間違えれば取り返しのつかないところだった。


(だが、証拠は手に入れられた)


 地獄に仏とはこのことか。

 もともと皇后や妃たちを追放するのに、罪状として想定していたのは、官吏たちから賄賂を受け取る現場を押さえる方向でいた。

 それが、思った以上に皇后が大きな尻尾を摑ませてくれた。


(毒は、動かぬいい証拠になる)


 致死量ではないのが、むしろ残念ではある。

 単なる嫌がらせだったと開き直られる可能性もある。

 後宮で一の権力を持つ皇后が、小さなことで末席の妃を罰するなど、歴史上よくあることだ。

 殺人罪でもなければ、そこまで大きな罪には問えないのだった。


(それでも、これをきっかけにして深く踏み込める)

 

 彼女を追いつめ、部屋へ踏み入り、証拠集めだとかいって捜査すれば、もっとぼろが出てくるのに違いない。


(あと少しだ)


 天翔はひそかに拳を握り、強くうなずいた。


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