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茶菓子

【第43話】


水蘭(すいらん)!」


 彼女が無事に戻ってきてくれたことに感極まり、思わず両腕を広げて抱きすくめてしまう。

 手の中で、華奢な身体はびくりと震えた。


「な、なんですか、いきなり……」

安那(あんな)に強引に呼びつけられたと聞いた。ひどい目に遭ったのではないか?」

「安、那……?」


 水蘭の声が低くなる。


「ああ、皇后のことだ。豆彩宮(とうさいきゅう)の金安那。姉の娘で――」

「そんなのは知っています」


 腕に囲っていた水蘭は、冷えた口調で吐き捨てるなり、天翔の拘束から抜け出した。

 一瞬だけ険しいまなざしをこちらへよこしてから、はっと我に返ったように表情から怒りを消す。

 殊勝に頭を下げてきた。


「ごめんなさい、失礼な態度を」

「いい。嫌な目に遭って苛立っているのだろう。なにがあったか話せるか?」


 少しの沈黙を挟み、彼女は平坦な調子で言った。


「特になにも。お茶会に参加してきただけです」

「なにもということはないだろう」

「本当になにもありませんでした。わたしは話を聞いていただけなので」

「どんな話をしたんだ」

「難しくてよくわかりませんでした」

「安那はそなたになにか言って――」

「皇后様のお話はもういいじゃないですか」


 ぴしゃりと言い切られて、天翔は目を丸くする。


 水蘭はあまり感情的な娘ではない。

 だが、以前にも似たような口調で感情を露わにしたことがあった。


 夕涼みの宴に直前だ。

 彼女を妃にしたいと告げた天翔に、こう叫んだのだ。


 ――『四人も五人もお妃様がいながらなにを言っているのよ!』


(っ! まさか水蘭は……)


 嫉妬しているのだろうか。

 皇后たちに。


(ということは、俺のことを好いてくれている?)


 こちらから一方的な想いは告げた。

 嫌われてはいないと思っている。

 だが、彼女の気持ちを確かめたことはなかった。


 無理強いをしてはいけないと思ったからだ。

 自分は皇帝。

 立場上、答えを強いれば相手は本音を言えないものだ。


 後宮入りも、『仮の』妃とした。

 逃げ道を残しておいてやったのだ。


(待つのは慣れていた)


 9歳で即位してから15年、傀儡皇帝として姉に押さえつけられているあいだ、じっと我慢していた。

 だから、水蘭の心を手に入れるためならば、多少の回り道は仕方ないと思っていた。


(だが、もし彼女が俺を好きだと言ってくれるのなら)


 今すぐ抱きしめたい。

 美しい髪を撫で、なめらかな頬にふれ、柔らかそうな唇を奪いたい。


 胸に熱い衝動がこみ上げ、渦巻いた。


「水蘭、妃らは姉が強引に後宮へ送り込んだ者たちだ。そなたの想像するような仲の睦まじい家族とは違う。だいいち、俺が望んでこの手で連れてきたのはそなた一人だ」

「え……」


 水蘭の瞳が揺らぐ。

 だが、すぐにきゅっと唇を引き結んだ。

 横を向き、苦虫を嚙み潰したように言う。


「それでもわたしは末席の妃(())。あの方たちとお仲間になって、仲よく陛下を分け合う立場なんですよね?」

「は?」

「陛下を独り占めしないようにって釘を刺されました」

「安那にか!?」

「いいえ、女官の方から」

「そんなの――」


 嘘だ。俺が愛するのはそなた一人だ。

 そう言おうとして、天翔は口をつぐんだ。


 今言うべきではない。

 言ったところで、上辺だけ繕っているようにしか聞こえないだろうから。


 現状、天翔の後宮には皇后と四人の妃がいるのは事実である。

 彼女らをまとめて追い出すために、緊縮財政だのなんだのと策略を巡らしている最中だ。


(いずれ水蘭をたった一人の妃としてみせる)


 一刻も早く皇后らの弱みを握り、後宮勢力を瓦解させよう。

 それで初めて、水蘭に本当のことが告げられる。


(あともう少しの辛抱だ)


 言い訳がましいことはのみこんで、矛先をずらして話を進めた。


「茶菓子はどんなものを出された?」

「あ……、これ、でしょうか」


 水蘭が思い出したふうになにかが包まれた油紙を取り出す。


「それはなんだ」

「茶葉とお菓子だそうです。お土産に持たせてくれました」

「土産?」


 わがままで独りよがりな安那が、高価な茶葉や菓子を土産に渡すとは違和感がある。

 しかも、財政担当の宦官によって、皇后へ渡る金が制限され始めた現状、自分以外の者に贅沢品を施す余裕はないはずだった。


(まさか)


 怖ろしい予感に背筋が震える。


(毒じゃないのか?)


 目障りな寵姫を消そうと企んだのではないだろうか。

 食い気味に彼女の肩を強く摑む。


「そなた、これを飲んだり食べたりしたのか?」

「え? いえ、まだ……これからです」


(よかった。危機一髪で間に合った)


 天翔は奪うように彼女の手から包みを取り上げる。

 有無を言わせぬ速さで懐へしまった。


「これは俺が預かろう」

「え……あ、はい。どうぞ」


 水蘭は特に興味がなさそうにあっさりとうなずいてくれた。

 物欲のなさに助けられ、ほっとする。


(それにしても、なんという危険な橋を渡らせてしまったんだ)


 一歩間違えて彼女が毒を口にしていたら――そう考えると、身体が凍りつくようだった。


(うかうかしてはいられない。すぐにでも行動に移さねば)


 すぐに執務室へ戻り、鑑定に回そう。

 毒だと確定できれば、安那を追いつめる証拠の一つとなるだろう。

 それから、水蘭の今後の安全を考えなくてはならない。

 一番いいのは、すべてを話し、彼女自身に危険が迫っていることを自覚してもらうことだ。


(だが、不安にさせたくない)


 できる限り安全なところで、世の中の悪意とは無縁に、穏やかに過ごさせてやりたい。


(余計なことを考えず、外へ出ず、楽しく過ごしてもらうには……莉空(りくう)だ)


 彼女にとって一番大切なものを身近に置けばいい。

 莉空さえ傍にいれば、水蘭の関心事は弟だけになる。

 外へ目を向けなくなるだろうし、妃たちからの接触があっても、莉空を理由に外へ出なくなるに違いない。

 それでいこう。


(我ながらいい考えだ)

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