侍従武官
【第32話】
「なんて……凜々しい格好をしているの」
鼻血を噴きそうで、右手を鼻に当てる。
「僕、武官見習いにしてもらったんだ」
見た目もさることながら、莉空は口調まではきはきと告げてくる。
水蘭は面食らって、よろめいてしまう。
「武官って、戦とかで戦う武官?」
「それについては中で詳しく話そう」
進み出た天翔が、場を収める。
促されて、三人は水蘭の部屋へ入った。
まもなく、柊凜が茶器と菓子を持ってやってきて、準備を整えてからまた退室していった。
部屋の中央に敷かれたイグサの敷物の上に、三人輪になって座る。
莉空はどこか遠慮した態度で、輪から一歩下がった床ぎりぎりの位置に腰かけた。
「最初に弟のことを告げるべきだな。莉空には、俺の侍従武官になってもらうことにした」
水蘭は唾をのみこむ。
「危険なお役目だったりするんですか?」
「いや、武官は武官でも、戦に赴く兵士ではない。俺の身の回りの警護が役目で、基本的にはいつも後ろについて歩くだけだ。それにまだ見習いだ。危険な目には遭わせない」
「ですが、武官ってことは、剣を扱ったりもするのでしょう?」
「もちろん。剣も乗馬の訓練もすでに始めさせている」
「嘘……!」
怪我はないかと弟を見つめる。
だが、当の莉空は視線を避けて、ぷいと横を向いてしまった。
(ちょ……! まさかの反抗期!?)
いつも「水蘭」「水蘭」と慕ってくれていた弟のそっけない態度に、顎が外れそうだ。
「水蘭、心配だろうが俺に任せてくれ。悪いようにはしない。このくらいの年齢の少年は、身体を鍛えることが重要だ。それに、剣が上達すれば、莉空自身が自分を守れるようになる」
(たしかに、その通りだわ)
いつまでも水蘭の羽根の下で守ってやりたいが、それは不可能だ。
ならば、莉空が自分の足で立ち、自らを守る術を身に着けるしかない。
「そう……ですか。では、よろしくお願いします」
「ああ。信頼できる指導者がついているから、大丈夫だ。ただ、まだ見習いゆえ自由時間はほとんどないし、食事も同僚たちとともに摂っている。そなたと会わせるには、俺の付き添いとしてこうやって共に来させることしかできないが、許してくれ」
「そんな、謝らないでください。ありがたいことです」
水蘭は慌てて両手をぶんぶんと振る。
「なるべくそなたのもとへ、足しげく通ってくるようにするから」
「本当ですか。嬉しいです!」
声を高くして喜ぶと、天翔も笑み崩れる。
なぜか、莉空だけが鼻白んだ雰囲気で黙っていた。
(天翔様は、本当に神様みたいな方だわ)
これほど親切にしてくれた人に会ったことはない。
本当は、彼に会ったら、早く水蘭に仕事を与えてほしいと願うつもりだった。
けれども、急かすのすら申し訳ない気がして、言えなくなった。
(わたしはともかく、莉空には素晴らしい職場を見つけてくれたんだし)
ここは自分の要求を通そうとせず、彼を信じて静かに待っていることこそが最善に思えた。
(暇で退屈なのは、わたしの都合だもんね)
しばらくは弟の活躍に期待を寄せつつ、陰ながら見守ろう。
改めて、莉空の姿を視界にとらえる。
世界で一番かわいく、美しい弟。
それが、眉目秀麗な天翔の隣で静かに控えている。
(この二人、並ぶとすごく絵になるわ)
皇城内を連れ立って歩けば、さぞかし目立つことだろう。
若い女の子など、頬を染めて熱いまなざしを送るかもしれない。
(……っ)
その瞬間、胸にちくりと痛みが走った。
大切な弟を取られてしまったような、二人に置いてけぼりにされたような、それと、黄色い歓声を上げる女の子たちが羨ましいような……複雑な気分に支配される。
(なんだか……この頃、ちょっと変)
自分でもよくわからない感情を持て余しつつ、冷めた茶をすすったのだった。
それからまた数日。
ずっと待ちかねていた天翔が、再び水蘭の部屋を訪れた。
もちろん莉空を伴っている。
弟は、つい先日見た時よりも日焼けして、背も伸びたように感じた。
成長期の少年の著しい変化に、こちらの目が回りそうだ。
「水蘭、退屈はしていないか?」
ずばり核心をつかれて、ぐっと詰まる。
三彩宮に部屋をもらって一週間ほど。
水蘭は三食美味しいものを食べて、手慰みに刺繍をして、清潔な布団で眠るという、とんでもなく貴族な生活をさせてもらっていたのだった。