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治療

【第24話】


   ◆   ◇   ◆


 水蘭(すいらん)は、天翔(てんしょう)にこれまで足を踏み入れたことのない豪奢な部屋へ連れていかれた。


 二人で寝ても余るくらい大きな寝台に莉空(りくう)が寝かされ、医師まで来る。


 庶民も庶民の貧乏人である水蘭は、医師にかかるのは初めてだった。


「ふうむ……。特に外傷はないようですな」


 莉空の身体を丁寧に診たあと、医師は言う。

 身体のどこにも特に痛めつけられたような痕はなく、頭をぶつけたとかそういう怪我もないそうだ。

 あえて言えば、連れてこられた時に手首を強く摑まれており、それの部分の皮膚が少し赤くなっているのが傷と言えば傷と言えるらしい。


「おそらく心因性の気絶でしょう。じきに目を覚ますかと」


 莉空は恐怖心に耐え切れなくなって意識を手放したらしい。


 怪我がないのはよかった。

 ひどい目に遭わされなかったのも、不幸中の幸いだった。

 それでも痛ましさに涙が出そうになる。


「それよりもお嬢さん、あなたのほうが怪我でいっぱいだ」

「え? わたし?」

「顔にも手足にも傷跡がある。あなたの手当てをしよう」

「わたしは別に、痛くありません。怪我なんてだいたい放っておけば治りますし……」


「水蘭」


 しかし、天翔の厳しめの声が響く。

 びっくりして振り向くと、まなじりを険しくして諭された。


「きちんと治療してもらえ。でないと俺が安心できない」


(天翔様が……安心?)


 皇帝の彼が庶民の自分を心配するなんて変な感じだ。

 しかし、断れない雰囲気にのまれて、水蘭は抵抗をやめた。


 医師は手際よく、拘束痕や、逃げようとして倉庫の扉に身体を打ちつけた打撲痕を手当てしてくれた。


 初めて間近に嗅ぐ薬品の匂いや、腕に巻かれた清潔な包帯に、心が落ち着かない。

 なんだか自分がただの水蘭から特別な人になったような……妙な気分だった。



 やがて、莉空が目覚める。


 心配ないと医師から言われてはいたが、やはり、緑の瞳を見た瞬間安堵があふれた。


「莉空……よかった」

「水蘭? 僕……」


「気づいてあげられなくてごめんね。ずっとあの男から逃げていたんでしょう?」

「あ……」


 弟の目に恐怖が走る。

 水蘭はたまらなくなって、がばりと抱きしめた。


「もう大丈夫よ、捕まったの。この方が……助けてくれたのよ」


 改めて、天翔の存在に感謝の気持ちがこみ上げた。

 彼に向き合うと、両手を床について深々と頭を下げる。


「昨日も今日も、本当にありがとうございました。言葉では表せないくらい感謝しております。どうやって恩返ししたらよいのか……」


「恩返しなどいらない。そなたたちを助けられてよかった。今後もなにかあったら俺を頼ってほしい」


 あか抜けた笑顔を向けられて、水蘭は困惑する。



(頼る? わたしなんかが、皇帝陛下を?)



 とんでもないことだ。


 そう思う反面で、胸にふわふわとした高揚感が芽生える。


(なにかしら、この気持ち……)


 くすぐったいような、むずむずするような。

 とくとくと速くなる鼓動が奇妙だ。胸を押さえて浅い呼吸を繰り返す。


「……水蘭」

「は、はいっ」


 改まって名を呼ばれ、肩をはね上げる。

 天翔はまっすぐな瞳でこちらを見据えてきた。


「恩返しはいらないと言ったばかりであれだが、もしよければ……そなたの歌を聞かせてくれないか?」


「歌?」

(どうして急に……?)


 さっぱり意味がわからない。

 彼の真意を探ろうとぐるぐると思考を巡らせる。


(あ、もしかして、お金のないわたしでも簡単にできそうなことを考えてくれたとか?)


 たしかに歌うくらいならば、なんの準備もいらない。

 この場でさっと一曲歌って終わりだ。



(天翔様は優しい方なのね)



 きっと、水蘭を想っての提案だ。


 家族以外の人前で歌を披露するなど恥ずかしいが、せっかくの厚意を無下にするのは憚られた。


「芝居小屋で聞いたような素敵な歌は歌えませんが……それでもよろしいですか?」

「もちろんだ」

「あまり知っている歌もなくて……異国の歌でも、大丈夫でしょうか?」


「それが聞きたい」


 ごくりと唾をのみこんでから、大きく息を吸う。


 いつも落ち込んだとき、莉空を慰めるとき、つい口ずさんでしまう母の歌を歌った。


(わたしと莉空しか知らない歌)


 だけど今、目の前には天翔がいる。


 両親が亡くなってから、水蘭の世界には莉空しかいなかった。


 なのに、明確に彼の存在を感じる。



(こんなこと……初めて)



 水蘭は、いつもは間違えることがない歌詞を何度かつっかえてしまったのだった。


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