捕縛
【第23話】
倉庫の中には、猿轡を噛ませられ、髪を振り乱し、杏仁型の瞳を涙でぐちゃぐちゃに濡らした水蘭がいた。
手も背中で縛られているらしい。
あまりに痛ましい姿だ。
天翔の胸はひどく軋むと共に、底知れぬ怒りが湧いてきた。
「水蘭!」
(誰がこんなことを)
腰に提げていた装飾用の短剣を抜き、彼女を傷つけないよう細心の注意を払って猿轡と手の紐を切った。
彼女は身体をひどくわななかせ、天翔の胸に倒れ込んできた。
胸もとで悲痛な声が上がる。
「お願い、助けてください! 莉空が……莉空が!」
「絶対に助けてやるから安心しろ。いったいどうしたんだ」
「かまど番の陳生が……、前から、目をつけられていたみたいで……!」
興奮しきった彼女の言葉は要領を得ないが、尋常ではない状況が読み取れた。
「かまど番……? 犯人は厨房の者だな。そなたはここで待っていろ」
「だめ、わたしも行かなくちゃ……」
彼女は生まれたての小鹿のごとく脚を震わせながらも、気丈に立ちあがった。
頬や手首に残る拘束の痕も痛々しいというのに。
天翔の胸はきつく締めつけられた。
(こんな状態で一人残していくほうが心配だ)
「わかった。一緒に行こう」
手を差し出すと、彼女は迷いなく握り返してくる。
ともすれば握りつぶしてしまうほど華奢な指を大切に包み、その手を引いた。
莉空が陳生とかいう男に連れていかれたらしい。
だが、思うに……。
(行き当たりばったりの犯行に違いない)
不自然な倉庫のつっかえ棒は隠そうともしていなかったし、水蘭への拘束具合も無茶苦茶だった。
そうであれば、莉空を連れていった先は、その男が行きなれた場所のはず。
まずは職場と思しき厨房へ向かった。
貴人の屋敷はどこも同じ造りをしているので、迷いなく到着する。
「水蘭! どうしたの、ひどい格好! びしょ濡れだし」
厨房内からは彼女の同僚らしき少女が飛び出してきた。
そして、天翔を見てぎょっとする。
「わっ、誰この男前……って、え!? 嘘! まさか、噂の……?」
天翔の正体に心当たりがあるようだが、今は一刻を争う。
「陳生はここにいるか」
「えっ……、今日はお休みです。風邪を引いたとかで……」
「ではそいつの部屋はどこだ。案内しろ」
「は、はいぃ!」
勢いに押されて少女は気をつけの姿勢になった。
それから、陳生とやらの部屋へ導いてくれた。
「――ここです」
少女が示した途端、水蘭が握っていた手を振りほどき、戸にむしゃぶりつく。
「莉空! いるの!?」
押し開けようとした戸は、小さな金属音に阻まれた。
中から錠が下りている。
「開けて! 開けなさい!」
興奮して水蘭は戸をどんどんと叩く。
「水蘭、離れろ。俺が開ける」
彼女の肩を優しく叩き、扉から遠ざけた。
ほんの少しの隙間から、一本の細い金属錠が見えた。
(これくらいなら簡単に壊せるはずだ)
狙いを定め、脚を振り上げる。
根もとを蹴りつけると、木材が割れるような破壊音がした。
拘束を失った木戸がゆらりと内側に開く。
――部屋の中央には、大柄な男が茫然として立っていた。
あれが陳生だろう。
その足もとには、床に金の髪を広げて莉空が仰向けになっている。
「莉空!」
黒髪を振り乱し、水蘭が莉空にすがりつく。
同時に天翔も部屋へ踏み込み、陳生の身柄を拘束した。
「おとなしくしろ!」
「……」
意外にも抵抗はされない。
情報処理が追いつかず、どうしていいかわからなくなっているようだった。
(やはり場当たり的な犯行だったか)
横目で莉空の姿を確認する。
気を失ってはいるが、着衣は乱れておらず、ぱっと見に怪我もしていなそうだ。
だが、そう簡単に安心はできない。
厳しい声で男に詰問する。
「その子になにをした」
「な、なにも……」
気味が悪いほど甲高い声で陳生は答える。
天翔は問い詰める声を張り上げた。
「なにもしていないわけがないだろう!」
「ほっ本当です! 連れてきたらガタガタ震えて倒れちまったから、オレ、びっくりして……」
直感で、嘘ではない気がした。
だからといって、許しがたいことには変わりないが。
扉の前には、ついてきた厨房係の者たちや、騒ぎを聞きつけた使用人たちが野次馬根性丸出しで詰めかけている。
それを見て、天翔は命じた。
「こいつを捕えよ。大罪人だと言って警備担当に引き渡せ」