救出
【第22話】
◆ ◇ ◆
青磁宮から帰って以来、天翔はやる気に満ちていた。
執務室に積もっていた雑務を一晩で片付け、朝方仮眠をとる。
ほんの少しの睡眠時間でも、全然眠くなんてなかった。
たいして発言を許されていない朝議では、官僚たちの発言を事細かく記憶し、部屋へ戻ってから気になる点を書き留めた。
有事の時のため、ぼんやりしている場合ではないと態度を改めたのだった。
(気分が清々しい)
いつぶりだろう。
なにもかも諦め、惰性で生きてきた無色の時間が、急に輪郭を彩られたようだ。
心の浄化に伴って、身体は一向に疲れを知らない。
(今日も水蘭に会いに行こう)
それが、天翔の活力の源だった。
だが、彼女には仕事があるのを忘れてはならない。
菓子でも持っていき、邪魔しない程度に一言二言会話を交わし、手土産を渡してすぐ帰ろう。
正直、皇帝の権力を振りかざして彼女をどうこうしようとは思っていない。
ただ純粋に会いたいだけだ。
この感情を深く突き詰めれば、様々な醜い欲が湧いてきてしまうだろうから……今は、考えないでおきたかった。
青磁宮に到着したとき、ぽつりと小さな雨粒が頬に当たった。
水蘭は外回りの仕事をしているらしい。
雨が降れば、部屋へ戻ってしまうのではないかと思われた。
さすがに部屋を訪れるのはためらわれる。
彼女は複数人で暮らしていると言っていた。
皇帝が直々に訪れたりすれば、騒ぎになってしまう。
あらぬ噂がたち、彼女の名誉を傷つけるだろう。
かといって、また正殿へ呼び出すのも物々しい。
姉の許可を得て、屋敷の侍女の中から使いを立て、水蘭を呼びに行かせるとなれば、時間もかかる。
ちらりと庭で会って、少し話すくらいがちょうどいい。
(雨がひどくなる前に探すか)
姉への挨拶を後回しにして、天翔は庭へ下りる。
「ああもう、水蘭はどこをほっつき歩いているんだい?」
「洗濯物をこんなに丸めて、台無しじゃないか」
「雨だってのに洗い直しだよ」
「あとでうんと叱ってやろう」
「夕飯抜きは決定だね」
下働きの娘たちが、なにやら憤慨しているようだ。
「水蘭がどうした?」
気になって声をかけてみると、揃いのお仕着せをまとった三人は同時に振り返った。
天翔の格好を見て、それなりの身分を悟ったのだろう。
ぎょっと目を見開く。
「あ、その……、後輩が仕事中を放り出してどこかへ消えてしまったみたいでして」
「消えた!?」
「いえっ、大丈夫です! 全然問題ありません。わたしたちでなんとかしますから」
仕事のことなどどうでもいい。
(昨日の今日だ。また弟になにかあったのでは?)
思えば、彼女は異様に取り乱していた。
弟のことになると、見境がなくなるようだ。
なにか理由があるのかもしれない。
俺がなんとかしてやらねばと、強い使命感が身体を貫いた。
「水蘭! どこだ?」
折り悪く、雨脚が急に強まった。
額を拭いながら庭を進むと、ふいに前方上部に白い布切れが見えた。
「水蘭っ……じゃないか」
さすがに人ではなく、大きな敷布が木の枝に引っかかっているだけだった。
「なぜこんなところに」
(待てよ)
彼女は洗濯物を取り込んでいる途中で消えたという。
ひょっとして、この敷布が飛んだかなにかして、追いかけたのではないか。
(だが、どこに……?)
彼女の姿はない。
(梯子を取りにいったとかか?)
はっと気づいて周囲を見渡す。
すると、奥に古びた倉庫があるのを発見した。
「っ」
おかしい。
倉庫には、分厚い木製の二枚の引き戸がついている。
そして戸の両端に、太い木の枝が斜めに立てかけられていた。
人の手で、つっかえ棒が嚙ませられているのだ。
(普通、鍵をかけるよな)
木のつっかえ棒なんて、取り外せば倉庫の戸は簡単に開いてしまう。
あれでは施錠した意味はない。
どう見ても内側から開かないようにされているのだ。
(内側に、なにかある……?)
よく目を凝らせば、扉がかすかに揺れている。
内側からなんらかの力が働いているのが見て取れた。
(まさか)
足をもつれさせて倉庫へ駆け寄る。
近寄れば、明らかに中に人がいて、出ようともがいている音が聞こえた。
(水蘭か!?)
「今出してやる!」
つっかえ棒を外し、勢いよく木戸を左右へ開く。
そこに広がる衝撃的な光景を見て、天翔は息をのんだ。