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いじわる三人組

【第2話】



 東洋の大国である白陶国(はくとうこく)の首都、釉都(ゆうと)


 皇帝が住まう皇城(こうじょう)からほど近い高級住宅地に建つ『青磁宮(せいじきゅう)』という豪邸で、劉水蘭(りゅうすいらん)は下働きをしていた。


 長いさらさらの黒髪は輪にして後ろで短くくくり、汚れの目立たない藍色のお仕着せをまとい、洗濯や掃除に明け暮れている。


 今日は朝から大量の洗濯物を洗って干した。

 それから、乾くまでのあいだ御殿の廊下掃除をし、頼まれた厠掃除をこなす。そして、春になって増えてきた中庭の雑草抜きに励んだ。


(ふう……、だいぶ片づいてきたかしら)


 一刻ほど屈み続けて腰と脚が痛くなってきた頃……、すっと手元に影が落ちる。


 振り仰げば、使用人部屋が一緒の三人の先輩方が、そろって腰に手をやり、仁王立ちしていた。


水蘭(すいらん)! 厠の掃除、ちゃんとやらなかったでしょう」

「今日は大切なお客様が来るって聞いてなかったの?」

「あんたのせいで、わたしたちが長公主(ちょうこうしゅ)様に怒られるんだから」


 きゃんきゃんと子犬のごとく甲高い声で責め立ててくるのは、右から菊花(きっか)牡丹(ぼたん)撫子(なでしこ)

 三人とも水蘭の3歳上で20歳。


 皆が美しい花の名前で見目もそこそこなのは偶然ではない。

 この屋敷の主の長公主(ちょうこうしゅ)が総じて美しいものを好み、使用人も下働きに至るまで容姿を重視して採用しているからだ。


 しかし、三人ともまるで三つ子の姉妹とばかりにまなじりを吊り上げて意地悪な表情をしているので、地が美人だろうと台無しなのだった。


「本当にあんたは、いつまでたっても役に立たないんだから」

「一から仕事を教えてやるわたしたちの身にもなれってんだ」

「黙ってないで、なんか言ったらどうなんだい?」


(厠の掃除はしたはずなのに……)


 しかし、ここで反論を述べるのは得策ではない。

 彼女らは一対一では大したことはしてこないが、三人そろうとやっかいなのだ。


 たった一枚しかない水蘭の布団を故意にびしょ濡れにされたり、仕事の失敗を全部水蘭一人のせいにされたり、もともと少量しかない夕食をさらに減らされたり――。


(わたしが落ち込めば喜ぶし、反抗すれば躍起になってもっと嫌がらせしてくる)


 この5年で水蘭はそれをよく学んでいた。


(ことを荒立ててはだめ。わたしはよくても、あとで莉空(りくう)がいじめられたら、たまらない)


 莉空(りくう)――5歳下の、かわいい弟。


 水蘭が目の中に入れても痛くないと、自分の命よりも大切にしている存在だった。


 きゅっと唇を嚙みしめる。それから、意識して身体の力を抜いた。

 情けないくらい眉毛を下げて、震え声を出す。


「お姉さまたち……ごめんなさい。教えてくださって感謝します。今すぐ取りかかりますから、どうかお許しを」


 ひたすら下手に出るのだ。

 そうすれば、彼女らの自尊心嗜虐心が満たされる。


 菊花は胸をそり返して鼻を鳴らした。

 牡丹と撫子もそれに倣う。


「仕方ないわね、今回だけは大目にみてやるわよ」

「その代わり、すぐにやるのよ」

「手抜きしたら許さないんだから。壁も床もピカピカに磨き上げるのよ」


「はい、わかりました!」


 深々と頭を下げる。

 焦ったふりをして、その場から駆け出した。


 途中で倉庫に寄って、掃除用具を取り出す。


(はあ~、本日二度目の厠掃除)


 心の中でため息をつくが、どこで誰が見ているかわからないので表情は変えない。


 草むしりで汚れた服を手で払ってから屋敷の廊下に上がり、奥にある厠へ向かう。

 そこで、正殿(せいでん)のほうが、ひどく賑やかなことに気づいた。


(そういえば、大切なお客様が来ているんだっけ)


 歓迎の宴が始まっているらしかった。


 ここ青磁宮の主、長公主は、前皇帝の長女だ。

 一番上の公主(姫)という意味の『長公主』であって、名前ではない。

 そもそも水蘭たちのごとき庶民が、貴人を名前呼びすることなどないのだ。


 長公主は臣下の金環(きんかん)という人物に嫁いで名目上皇籍は離れている。

 しかし、長年をかけて築き上げた中央政府との結びつきは強く、いまだに日々皇城へ通い、政治に深く関わっているらしい。


 そんな彼女の言う大切な客がどんな立場なのか――、下働きの水蘭たちに正式な通達はないが、自ずと知れたものである。



 年の離れた弟である皇帝陛下、趙天翔(ちょうてんしょう)なのだった。


読んでくださってありがとうございました。

ブックマークをつけてくださった方もいらして、本当にありがたいです!

頑張れそうな気がします。

今後ともよろしくお願いいたします。

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