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ヘタレ反省

【第13話】


   ◆   ◇   ◆


 とうとう水蘭(すいらん)に贈り物をした。


 彼女の瞳の色とよく似た翡翠玉。


 天翔(てんしょう)はひどく満たされた気分だった。


 その日、姉が用意しかけていた宴は断った。

 さすがに連日連夜酒浸りになるのは自分の身体的に避けたかったし、準備に明け暮れる水蘭たち使用人を思っての意味合いもあった。


「姉上、お気づかいに感謝する。では、また来る」


 まだ日も暮れぬうち、青磁宮をあとにした。


 皇城へ帰ったらなにをしよう。今ならなんでも楽しんでこなせる気がする。

 それに、今夜はよく眠れる気も。

 なぜなら、昨晩は水蘭にもう一度会おうと計画して、そわそわしすぎて寝つきが悪かったのだ。


「よかった。水蘭もこれで……」


 満足げなつぶやきをもらしたところで、はたと我に返った。


(これで、なんだというんだ?)


 今日も行動を思い返してみる。


 姉の屋敷で、水蘭を呼び出した。

 今度は寝所などではなく、きちんと話をするのだという意思を込めて、正殿へ呼んだ。

 昨晩は「人違いだ」と頑なだった彼女も、今回は足を運んでくれた。


 そうして無事に水蘭と会えた。

 自己紹介めいた話もできた。

 最後には贈り物を渡せた。


 だが……、それまでだった。


(茶をしたわけでもなく、打ち解けて会話が弾んだわけでもなく、次の約束をしたわけでもない)


 初対面の者同士がするようなよくある会話を事務的に交わし、一方的に玉を渡したという事実があるだけだった。


(いや! 礼を言っていたぞ。押しつけたわけじゃない……はず)


 しかしながら、若干しぶしぶ受け取ってはいなかったか。

 衣装や飾りなど次々と出されて、引っ込みがつかなくなったというか。

 少なくとも、昨夜使いを頼んだ侍女に白玉を渡したときのような喜び方ではなかった。


(なにをやっているんだ、俺は)


 浮かれている場合ではない。


 はっきり言って、彼女に渡した翡翠玉はたいへんな希少品だ。

 皇帝である天翔でさえ、手に入れるのを苦労するほど精緻で美しい色のものだ。

 暇を持て余して皇城の宝物庫に入り浸っていたとき、気に入ってこっそりと持ち出していたものなのだ。


 詳しくは忘れたが、どこぞの古代国家の王にゆかりのある品だと由来が記されていた。

 玉そのものの美しさもさることながら、来歴もしっかりしている。

 下手したら宮殿ひとつ買える値打ちがあったかもしれない。


 それをやすやすと贈ってしまうとは。



(どんな高貴な姫君への求婚だよ……)



 皇帝の立場で正殿に呼び出し、高価な贈り物をした。

 なのに相手は、場を収めるために受け取って、去っていった。

 礼は言っていたが、あくまで社交辞令的な空気だった。


(信じられん)


 自分で言うのもなんだが、天翔は外貌に恵まれている。小さい頃から見目でチヤホヤされてきた。

 皇帝という立場だって、現実は傀儡だとしても周囲から見れば高貴の中の高貴であり、魅力的だ。


 女性に苦労したことはこれまで一度もなかった。

 こちらからあえて口説かずとも、流し目でも送れば相手からなびいてくるのが常だった。


(それが、このざまだ。情けない……)


 さっきまで高揚していたのが嘘のように、気分が萎えた。


(そうだ。俺は情けない。姉上や宰相たちの専横だって止めず、ずっと傀儡であり続けている)


 この国では、皇子はだいたい生まれてすぐに地方の諸王に封じられる。

 王として領地と都を行き来する生活をするのだ。


 それとは違い、都の皇城にずっととどまり続ける公主たちは、自然と宮廷内でのつながりを強め、官僚たちとの結束を固めていく傾向にあった。

 長姉の長公主(ちょうこうしゅ)がいい例だ。


 父が死に、自分に皇帝位が回ってきて、天翔は諸王の冊封を解かれて都に定住することになった。

 すでにその時政治は長公主に牛耳られていた。


 当初は、自らの手で改革を――などと密かに燃えもした。


 けれども、姉に逆らった他の兄弟や官僚らが一様に粛清されていくのを目の当たりにし、怖気づいたのだ。


(別に、現状、政治がひどく乱れているわけではない)


 だったら、自分が奮起して実権を握らなくてもいいのではないか。

 姉の羽根の下で愚鈍なふりをしているほうが楽に生きられる。


 そうやって、頑張ることから逃げたのだった。



(俺は情けない――ヘタレ皇帝だ)



 どんと気分が沈む。

 酒に溺れて物思いから逃れようかと考える。


 しかし、そんな天翔を励ますように、脳裏に水蘭の歌声がよみがえった。


(……っ!)


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