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贈り物

【第11話】


 皇帝は、たまたま昨日屋敷で水蘭(すいらん)を見かけて、声をかけたくなったのだと語った。


(たまたま見かけただけで? 本当に……?)


 意図がよくわからないながら、彼の質問に答える。


「名前は水蘭であっているのだな?」

「はい。(りゅう)水蘭と申します」

「ここで働いてどのくらいだ?」

「5年ほどになります」

「ほう。ずいぶん小さい頃から働いているのか?」

「はい。12歳のときからこちらにおいていただいております」

「となると、今年で17か」


 当たり障りのない自己紹介のごとき問答をしたのち、ふと質問が別へ飛ぶ。


「その……よく一緒にいる子供は、弟か?」

「そうです」

「名前は?」

莉空(りくう)、と申します」

「珍しい髪の色をしていたな。異国の血が流れているのか?」


 水蘭はそこで初めて、皇帝が自分ではなく弟に関心があったのだと悟る。


(なるほど、それで姉のわたしに話を聞きたいと呼んだのね)


 叱責が理由ではないとわかってほっとする反面、大切な莉空に妙な興味を持たれては困ると気を引き締め直す。


「母が異国人だったようですが、幼い頃に亡くしまして、詳しくはよくわかりません」

「それで、そなたの瞳もあのように輝いていたのか」

「え……?」

「今は黒いようだが」

「?」

「俺が見たとき、そなたの瞳は翡翠色にきらめいていた」



(なにを言っているのかしら。莉空と間違えているの?)



 水蘭の瞳は黒だ。

 白陶人(はくとうじん)の父譲りの、この国では至って一般的な色である。

 いくら貧乏な庶民で飾りっ気がなくとも、鏡くらいは見たことがあるのだ。


 面と向かって皇帝陛下を否定するのは気が引けるが、おずおずと申し出る。


「わたしは生まれつきこの色です。陛下がおっしゃっているのは弟のことですね」

「……?」


 今度は皇帝が不思議そうにする番だった。

 腑に落ちない顔でしげしげと水蘭を眺めている。


(どうして? そんなに見られると落ち着かないわ)


 背筋がそわそわするような心地がして、視線をさまよわせた。


「そうだ。今日はそなたに土産を持参したんだ」


 突然、皇帝が立ち上がる。


(お土産?)


 どういうつもりかとぼんやりしていると、皇帝は大きな長四角の(ひつ)を持ってくる。

 蓋には象嵌が施されており、入れ物だけでも相当の価値がありそうだ。


 その立派な蓋を開けると、中には鮮やかな赤や桃色、橙色といった暖色系の絹が出てくる。


「そなたの好きな色は?」


 ぽかんとしていれば、皇帝は薄紅色に小花模様が散りばめられた反物を水蘭の肩へ当ててくる。


「これなど、どうだ? とてもよく似合う」


「あの……、なにをなさっているのでしょうか」

「そなたに似合う服をあつらえて、贈りたい」

「え? ちょっと意味がわからないのですが……」


「意味などない。ただ、贈りたいと思っただけだ」


 もしや皇帝に目通りするには、みすぼらしすぎる服を着ているからだろうか。


 たしかに長公主の世話役や、接待役を請け負う侍女たちの華やかな装いと比べて、水蘭たち下働きの服は動きやすさと汚れにくさを重視した格好だ。


(この方は普段、下働きの子なんて見たことがなくて、わたしの格好を哀れに思ったのかしら)


 見たところ優しそうな青年だ。

 純然たる厚意で申し出てくれたのかもしれない。



(わかったわ。慈悲深い皇帝陛下のお恵みってことね)



 しかし、庶民の生活を知らなすぎる。

 こんな立派な絹で出来た衣を着て、掃除や洗濯に明け暮れる者はいない。


 大切にしまっておく場所すらない。

 水蘭はきつきつの四人部屋であり、しかも一人分の場所を莉空と二人で分け合って暮らしている。

 私物など隠しておける隙間はまるでないのだ。


(せいぜい換金して、おいしいものを食べるくらいしか使い道はないわ。でも、それは申し訳ないし)


 正直に告げるのが、一番誠実だと思った。


「お気持ちはたいへんありがたいと存じますが、いただけません」

「……気に入らないなら、この色ではどうか?」

「いいえ、そうではなく。わたしの立場ではそのような服は着られませんし、しまう場所もないのです」


「服はだめか。ならばこれなら?」


 次に取り出されたのは、細い銀を鎖状に編み込んだ首飾りだった。

 ため息が出るほど繊細で、美しい。


 その他にも、小鳥をかたどった金の簪、金の小さな鈴が連なる腕輪、鼈甲の手鏡などがぞろぞろと登場する。


 皇城の至宝展のようになってきた。


(すごく綺麗……)


 さすがに心湧きたち、目を輝かせてしまう。

 だが、冷静になって考えてみると、装飾品を身にまとう自分の姿がまったく想像できないのだった。


「ごめんなさい。いただいてもきっと、すぐに壊してしまいます」


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