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対面

【第10話】


 正面の肘掛椅子に座す若者は、端整な面持ちをしていた。


 さらさらの黒い前髪の下には形のよい眉、涼やかな切れ長の目、瞳は夜光杯のごとく深い黒色に輝き、一分のくるいもないまっすぐな鼻筋と、色めいた口もとをしている。


 名工の手による芸術作品のごとく眉目秀麗だ。



(すごく……綺麗な人。――莉空(りくう)の次くらいに)



 水蘭(すいらん)の美醜の判定はやはり、弟が基準なのだった。


 誰だろうか。


 着ているものは、胸に龍の重厚な刺繍が施された濃紺の袍。

 鮮やかな梔子色のこれまた精緻な刺繍でびっしりと飾られた帯を締め、数珠になった白玉と、翡翠の楕円形の佩玉(はいぎょく)を下げている。


(あっ、もしかして)


 昨夜、接待係の(ちょう)さんから、月光のように美しい白玉を渡されそうになったのを思い出す。



(わたしを呼び出した同一人物……? ということは、まさかの皇帝陛下?)



 怖ろしい推測に、冷汗が流れた。


(絶対に人違いだと思ってたのに)


 出ていかなかったら、日を改めて直接声をかけてきた。


(わたしみたいな下働きに、何の用が?)


 春春(しゅんしゅん)が冗談交じりに『見初められて妾に』なとど言っていたが、とんでもない。

 それだったら呼ばれる場所は寝所のはずで、こんな正式な謁見場所ではないはずだ。


(きっと知らないあいだに、なにかとんでもない失敗をしたんだわ……)


「水蘭だな」


 見目の美しさに敵う低い美声が紡がれる。


 そこで、水蘭は入り口付近で棒立ちになっていたことに気づいた。

 焦りまくって膝をつく。


(ここはもう、ひたすら謝り倒して許していただくしかないわ)


「申し訳ございませんでした!」


 こちらの勢いに、相手は度肝を抜かれた様子で腰を浮かす。


「いや、そこまで恐縮しなくていい」


「どうかお許しを。今まで以上に気を引き締めて仕事に励みます。二度とご不興を買うような振る舞いはいたしません。だからどうかここにおいてください。追い出されたら、わたしたち姉弟は死んでしまいます」


 床に額をこすりつけて懇願する。

 どんな怖ろしい叱責の言葉が飛んでくるか覚悟しながら。


(それでも、一生懸命謝り続ければ、いつか怒りが溶けて諦めてくれるはず)


 菊花たちからの嫌がらせで、謝ることには慣れているのだ。

 相手を刺激せず、低姿勢を崩さずにかしこまっていれば、嵐はやがて過ぎるだろう。


 しかし、場には沈黙が落ちた。


「……」

「……」

「――……?」

「……?」


 互いを探るような間をおいて、皇帝が咳ばらいを落とす。


「お前たち、少し下がっていてくれ」

「かしこまりました」


 衣擦れの音がして、侍女たちが扉の向こうへ消えていく。

 正殿には、皇帝と水蘭のたった二人だけが取り残された。


 相手が立ちあがったようだ。

 つま先の尖った靴を鳴らし、こちらへ近づいてくる。


 水蘭はごくりと唾をのみこんだ。

 罪人がされるように、鞭で打たれたりするのだろうか。


 身を縮めていると、目の前までやってきた皇帝が――しゃがんだ。


 びっくりして顔を上げてしまう。

 黒曜石のごとき綺麗な瞳と目が合ってしまった。


(なんて綺麗でまっすぐな瞳――って、だめよ、見つめ返したりしたらっ)


 それこそ不敬罪で打ち首獄門だ。

 慌てて額が床につくほど頭を下げ直す。


「申し訳……」

「待て。さっきからなにを謝っているんだ?」

「え」


「昨日呼び出しに応じなかったことか? だとしたら、無理強いするなと俺が言ったんだ。だから謝らなくていい」

「いえ、そうではなく……いつぞやの大失敗について……」


 心当たりはないが、きっと犯したのだろう間違いをぼんやりと示す。


 しかし、相手は眉間にしわを寄せた。


「なんの話だ?」


 水蘭こそわからない。


「その、なんのお話だったのでしょうか……?」

「そなたが言ったんだろう。『いつぞやの大失敗』とは?」

「……わかりません」

「俺こそわからない」


 二人して瞳の中に疑問符を浮かべ、首を傾げあう。


 やがて、こらえきれないとばかり、皇帝が噴き出した。


「はは、想像していたよりも面白い子だったんだな、水蘭」


(どういう想像をされていたの?)


 というより、なぜそんな無邪気に笑うのだろう。

 この人がとても皇帝だとは思えない。友人のように親しげな態度だ。


 水蘭は単なる下働きなのに。

 主人の長公主とだって、面と向かって話したことなんかない。



(不思議な人……)



 太陽のごとく明るい笑顔から、なぜか目が離せなかった。


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