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放課後組

作者: 乃多留夢

「放課後組」のメンバー

 

 ヨツギ

 六年二組生徒 性別…女子 一人称…俺

 

 ナギサ

 六年二組生徒 性別…女子 一人称…私

 

 タツキ

 六年二組生徒 性別…男子 一人称…おれ

 

 ショウ

 六年二組生徒 性別…男子 一人称…オレ

 

 ミハル

 六年二組生徒 性別…男子 一人称…僕

 一 我らが放課後組

 

 いつからだろうか、俺達が共に放課後を過ごすようになったのは。

 

 いつも通りの放課後だった。俺は、五年の時に仲が良くなったナギサと教室に残っていた。特にやることはないのだが、急いで帰る必要もないので、教室の中で二人で話をしていた。去年と一昨年から、放課後は教室に残るという癖がついてしまった俺だが、ナギサはそんな俺と一緒に残ってくれる、大切な友達だ。

 ふと周りを見ると、他にも教室に残っている生徒がいることに気がついた。メンバーは、タツキ、ショウ、そしてミハルの三人。話はするが、そこまで深く関わってはいないメンバーである。再びナギサの方を向き話をしていると、担任に「そろそろ出てくれ」と声をかけられた。

「じゃあ、もう帰ろっか。」

 ナギサにそう声をかけると、タツキ達の会話が聞こえてきた。

「おれ達もそろそろ帰るか。」

「ですね。」

 どうやらむこうの男子達も帰るようだ。いや、当たり前か。出ろと言われたのだからな。

 別に仲が悪いわけではないので、ノリで途中まで一緒に帰ることになった。

 

 帰り道、思っていた以上に会話が弾む。思わず立ち止まって話をするほどだ。歩道橋の近くにあるポールのようなものの近くに集まり、ぎゃーあぎゃーあと話をしていた。

「あ、その放送事故、俺も知ってる!」

 俺は友達と同じ話題で話をすることができるのが嬉しく、思わずテンションがあがってしまった。

「あれすごい面白いよなー。」

 そのテンションを特に気にする様子もなく返してくれるところが、すごく居心地が良かった。

「花嫁五等分事件だろ?」

「なんだそりゃ。」

 唐突なボケに、すかさずツッコんでしまう。まさかそのようなボケがあったとは。

 次々に出てくるネタとボケに、ツッコミと笑いが追いつかなくなる。そして、ある程度時間が経つと、ついに会話が終わった。会話が終わるまでの時間が、かなり長く感じた上に、楽しさで常に笑っていたような気さえした。

「んじゃ、オレ達こっちだから。」

 俺とナギサは、歩道橋をわたって帰るのだが、あの男子三人組は歩道橋をわたらず帰るようだ。バイバーイと手をふり、二つのグループに分かれて家に向かった。

 

 別の日。教室に残っているのは同じメンバーだ。いつもの流れで、俺、ナギサ、タツキ、ショウ、ミハルの男女五人組で家に向かう。同じネタを使い回したり、新たなネタを持ってきたり。ちょっとした出来事から、毎日一緒に帰る関係となった。

 そんな日々を過ごしていたある日、担任がこんなことを言い出した。

「なんか、いつもこのメンバーで残ってない?なかなか帰ってくれなくて困ってるんだけど。もういっそ、『放課後組』とかのグループにしちゃって、リーダーとかがまとめてくれると助かるんだけど?」

 そんな担任の発言で結成された『放課後組』。リーダーは俺、ヨツギだ。なぜ俺なのか、という疑問は残るが、放課後組というグループ自体は、悪くないな、と感じたのも事実だった。

 

 

 二 ナギサの余命とゴム紐

 

 俺達が『放課後組』として放課後を過ごすようになってから少し経ったある日。いつも通り、帰り道の途中にある歩道橋の手前で立ち止まって話をしていた時だった。急に一人が、

「そういや、歩道橋のアレ、どうなったんだろ?」

 と言い出したのだ。「歩道橋のアレ」というものに心当たりがなかった俺は首をかしげる。すると、他のメンバーが歩道橋をかけ足でのぼりはじめた。少し遅れて俺も追いかける。軽く息を切らして歩道橋をおりると、手すりの近くにタツキ達が集まっているのが見えた。手すりの方を覗き込むと、何かの紐のようなものが結び付けられていた。

「ほら、この前ナギサの黄色帽子のゴム紐が千切れた時に歩道橋の手すりに結び付けといたじゃん?」

 そんなことあったか?とまた首をかしげる俺。

「あ、そっか、ヨツ姉この日学校休んでたもんな。」

 そう言われてハッとした。実はこの前、体調不良で学校を休んだことがあったのだ。おそらくその日に結び付けられたものなのだろう。

「にしても、結構キツく結んだんだねえ。」

「だろー?頑張ったからな。十何分か、それ以上くらい。」

「は!?十分以上も⁉︎」

 下校中に何やってんだ、こいつら。呆れて思わず笑ってしまった。その時、これまた急なのだが、誰かがこう言った。

「じゃ、このゴム紐、一週間以内にほどけなかったら、ナギサ死亡ね。」

 唐突な余命宣告。これにはナギサも目を見開き、え、と声をもらしていた。そりゃそうだ。この無理矢理手すりに結び付けられたゴム紐だけで生死が左右されるのだ。驚かない方がおかしい。

「え、じゃあ、それまでにほどけばいいの?」

「そうそう。そうしたらその一週間の間は生きれる。」

「どっちにしろ一週間過ぎたら死ぬのね。」

 遠回しに余命一週間ということを告げられたナギサは、あまりにも急なことに逆に笑ってしまっている。もちろん、小学六年生の発言なので嘘である。それを分かった上で聞いている俺はクスクスと笑ってしまった。同じようにそれを分かっているナギサも、さっきからずっと笑っている。男子三人も、ハハハ、と笑っていた。

 今日も放課後組は平和である。

 

 数分後。

「あー!もう無理!ミハル、後は任せた。」

 そう言って手すりから少し離れた俺。ミハルは、ガッテン、といった感じで、手すりに結び付けられたゴム紐に手をかける。ミハルがゴム紐を、引っ張ったり、ぐるりと回したりしているところを、俺とナギサは横から覗き込む。そうやってミハルがゴム紐をいじっていると、紐はどんどんほどけていく。

「ミハルすごいじゃん。」

 俺がそう言った時には、もうほとんどのゴム紐の結び目がほどけており、ついに最後の一つとなった。

「じゃ、オイシイところは私がいただく。」

 そう言ってナギサはミハルからゴム紐を奪い取り、最後の結び目をほどこうとした。

「これで、私は助かるんだ…。」

「一週間だけね?」

 すかさず俺がツッコむ。しかしナギサは特に気にすることもなく結び目をほどこうとする。ミハルもミハルで、タツキとショウの二人と会話をしていた。

「で?最後の結び目、ほどけたの?」

「んー、ちょっと待ってねー…。」

 結び目を何度も引っかくナギサだが、その結び目がほどける様子はない。

「ほら、貸してみな。」

「あー!待って!ほら、もうとれそう!」

 と言ったが、とれそうな気配は全くと言ってもいいくらいない。はぁ、とため息をついて、俺はナギサの代わりに結び目をほどいてやった。ナギサは、嘘じゃん、と言いたげな表情でこちらを見つめていた。これでおそらく、ナギサの一週間分の命は約束された。まぁ、その後どうなるかは知らないが。

 そして俺達は、その手すりをあとにした。

 

 別の日の帰り道。

「見て、これ。またナギサのゴム紐結び付けといた。」

 ナギサの命はまた、このゴム紐に預けることとなった。

 

 

 三 放課後の教室で

 

「よっしゃー、帰ってきたぞー!」

 俺はそう言って自分の席へと向かった。今日は委員会ごとの会議のようなものや、委員会活動を行う時間が六時間目にあり、それが終わった人から帰る、という流れなのだが、放課後組はここからが本番だ。

「ん?ショウ、何検索してんの?」

「ほれ。」

 そう言いながら、ショウは俺に一人に一台わたされているパソコン型タブレットの画面を向けた。その画面の中では、いくつかの曲が検索されており、いつでもその曲を流せる状態になっていた。

「お、いいじゃん!それ流そ流そ。」

 気づけばタツキとミハルの二人も集まっており、四人で椅子を持ってきて、教室の中心に集まることにした。

「あれ、そういえばナギサは?」

「あー、アイツ?ナギサ、新聞掲示委員だから、残業でもしてるんじゃね?ほら、まだランドセル残ってるし。」

 そう言われて後ろを見ると、確かにナギサのランドセルがあった。

「じゃ、音楽聴きながらナギサを待ちますか。」

 三人は、賛成、といった感じで椅子に腰掛けた。

 しっかりと教室の窓とドアを閉めて、時々廊下を歩く教師達に気づかれにくいように音楽を流す。ショウは静かに本を読んでおり、それ以外のメンバーで流れている曲についての会話をしていた。

「あ!この曲俺めっちゃ好きな曲!」

「この部分いいよなー。」

「わかる。」

 曲のリズムに合わせて手拍子をしたり、歌ったりして、俺達は放課後を思いっきり楽しんだ。

 しかし。

 

 数分後。

「なぁ、ナギサ帰ってくるの遅くね?」

 ふと、タツキがそう言った。

「だよね。いくら残業とは言っても、流石に遅いよね。」

 と、俺もタツキの意見に同意した。

「まぁ多分、そろそろ帰ってくるとは思いますけど。」

 ミハルのその言葉に、俺達はまた、曲を聴く方に気を向かせた。

 

 そして数分後。

 ナギサが帰ってくる様子はない。

「ナギサ、まだかな。」

「もうちょいでくるんじゃね?」

「そうかなあ。」

 

 さらに数分後。

 まだナギサは帰ってこない。

「曲、そこそこ聴いたね。」

「だな。」

 ナギサを待っている間に、何曲も曲を聴いたのに、ナギサは帰ってこないのだ。

「まだ時間かかってんのか?」

 本を読んでいたショウも、思わず顔を上げた。

「まだ来ないですね。」

 ミハルも、周りをキョロキョロと見回していた。

 

 そのまた数分後。

「いや、流石に遅くない⁉︎」

 俺は軽く叫ぶような言い方でそう言った。

「確かに、結構待ちましたよね?」

 ミハルも同意見のようだ。

「こんなに長い残業、ねぇだろ。」

「そろそろ外も暗くなってきそうだしな。」

 タツキとショウも、そんな会話をしている。

 十数分、数十分は粘ったが、流石に遅すぎる。もしや、何かあったのではないか?それとも、ランドセルを持って帰るのを忘れたとか?流石にそれはないか。もしそうなら、どうやって教科書やノートを持って帰るんだ。馬鹿か。いや、そんなことがあったならもうそれは馬鹿を超えている。頭が悪いどころの話じゃない。ナギサは俺の知っている範囲内ではそこまで馬鹿ではない。まぁ多少、いや、そこそこ抜けているところはあるが。

 しかし、そのナギサだとしても、だ。この状況だと、何かがあったと考える方が正しいだろう。これで、ランドセルを持って帰るのを忘れてましたー、とかいうオチだった場合はナギサをぶん殴るのみだ。

 そんなこんなでやばいと思った俺達は、思わず廊下に飛び出した。

 その時だった。

 いつもと変わらない様子のナギサが、ひょっこりと現れたのだ。

「「「「あー‼︎」」」」

 ピッタリと声が重なり、俺達は四人ともポカーンとした顔のまま固まった。

「え?ど、どうしたの?」

 ナギサもナギサで、目をパチパチさせながら、俺達と同じように固まった。

 しばらくして、脳がようやく動き始めたかと思うと、俺達は思ったことをそのまま口にした。

「ナギサ、帰ってくるの遅すぎ!どんだけ心配したと思ってんの⁉︎」

「なんかあったのか⁉︎」

「え?あ、いや、ただ新聞掲示委員の活動が長引いて残業になっただけだよ?というか、四人ともこんな時間まで残ってたの?」

 誰を待ってこんな時間まで残ってたと思ってんだ。心配して損した気分である。はぁ、とため息をついてしまった。

「まぁ、何もなかったならもういいよ。そろそろ時間ヤバイし帰ろ。」

 そう言って俺は、肩まで伸びた髪を片手でわしゃわしゃと搔き上げながらランドセルを取りに教室に入る。すると、後ろからこんな言葉が聞こえてきた。

「あ、待って、私まだ帰る用意してない…。」

 この後、ナギサの帰る用意を手伝うこととなった。

 

 

 四 ランドろす?

 

「さてと、帰りますか。」

 帰る用意を済ませた俺達は、教室を後にした。テクテクと廊下を歩きながら、いつも通り会話をする。しかし、その会話の裏では、熱い戦いが繰り広げられていたのだ。

 ルールは簡単。相手のランドセルのふたを開けることができた人が勝ちだ。小学生あるあるにもよく挙げられる、ランドセルのふたが開いており、礼をした時に中身をぶちまける、というやつだ。まぁ、流石にそこまではしないが、相手に気づかれないようにランドセルのふたを開ける、という内容で、俺達は戦っているのだ。

「なぁ、ヨツギ、あれ見ろよ。」

 タツキが小さな声でそう言って、俺は指を差された方を見てみた。すると、見事にショウのランドセルのふたが開いているのだ。俺は必死に笑いを堪えて、平然を装った。だが、タツキはまだやるようだ。ランドセルのふたをランドセルの中に差し込み、異様な形に変えたのだ。これには吹き出しそうになったが、ギリギリ耐えることができた。いや、あの形はズルイだろ。完全に笑いをとりにきている。あまりにも傑作だったので、ナギサにも見せてやることにした。

「おい、おーい、ナギサ、ちょっとこっちきて。」

 ショウに気づかれないようにナギサを呼び、ショウのランドセルを見るように指差した。

「んー?って、フフッ」

 ナギサはそれを見ると、思わず笑ってしまい、とうとうショウにばれてしまった。

「うわ、お前ら何やってんだよ!え?これどうなってんの?」

 ランドセルを背負ったまま見ようとしたようだが、なかなか上手くいかないようで、その様子を見た俺達は笑うしかなかった。しかし、時間がかかっているので、そっとランドセルを元の形に戻してやった。

 階段を降りながらも、戦いは続いていた。今度はショウがタツキのランドセルのふたを開けようとしているようだ。横からその様子を眺めながら、俺達は会話を続けた。だがタツキは、ランドセルのふたを開けられる前に気づいてしまった。タツキはくるりと振り返り、お前、今何しようとした?とショウに圧をかけた。まるでコントのようなやりとりに、俺とナギサ、そしてミハルは、クスクス笑っていた。

 そして、タツキの次のターゲットは、ナギサに向いた。俺とナギサが少し先を歩くような形になり、ナギサを狙うには絶好のチャンスだった。しかも、ナギサは俺と話しているので、周りに対しての警戒心が薄く、まさに、今やれ、と言われているかのようだった。そして、何のためらいもなくナギサのランドセルのふたは開けられ、先程のショウと同じ目に合わされた。それに気づいた俺は、あ、と声が出たんじゃないかと思うほどポカーンとした後、吹き出しそうになるのを堪えて、会話を続けた。しかし、その様子にハッとしたナギサは、ランドセルが開けられたことに気づいたようだった。

「あっ、開いてる!え?あれ、これどうやって閉じるの⁉︎」

 両手をバタバタと動かすナギサだが、その手はランドセルのふたに届きそうにない。俺がふたを抜いてやると、ナギサはそっとランドセルのふたを閉めた。だが、タツキの暴走は止まらない。この後二、三回ほどナギサのランドセルのふたを開け、その件について立ち止まって話すことにした。

「なんで私ばっかり狙うの⁉︎」

 不公平だ、と言わんばかりに困った顔をするナギサ。

「まぁまぁ、運が悪かった、ということで。」

「やめて!ナギサのランドセルのライフはもうゼロよ!」

 ショウは、どこかで聞いたことがあるセリフをサラリと口にした。

「あぁー、ランドロスね。」

「へ?ランドろす?」

 俺は、タツキの発言に思わず口を挟んだ。

「ほら、アレに出てくるキャラクターだよ。」

 アレ、というのは、ちっちゃいモンスターを使って戦ったり、なんとかマスターになるために冒険したりする有名なアレのことである。タツキはそのゲームの話をよくしていて、それに関してのネタも持ってくるのだ。そこから、ランドセルと響きが似ているランドロスを召喚したのだろう。

「あー、なるほど。」

 しばらく歩いていると、ついに門のところまできた。逆にまだ着いてなかったのか、と感じるかもしれないが、これが放課後組のペースである。

「あのぉ、ヨツ姉。」

 最近、放課後組の男子メンバーは、俺のことを「ヨツ姉」と読んでいる。タツキが俺のことを「あねさん」と読んだのが始まりだ。

 急に名前を呼ばれ、振り返るとそこには、先程まで後ろでコソコソついてきていたミハルがいた。ミハルが、ちょいちょいと指を差したので、差された方を見ると、タツキとショウ、そしてナギサの三人のランドセルのふたが開けられていた。

「え、あれ、ミハル一人でやったの?」

「はい、僕一人で僕以外全員やりました。」

 両手でピースを作って、チョキチョキと動かしながら、ミハルはニヤリと笑った。流石ミハル。俺たちのできないことを平然とやってのける。しかし、ミハルの台詞に、少し引っかかるところがあった。

 僕以外、全員…?

 ハッとして後ろに手をまわす。が、俺のは開けられていなかった。

「び、ビビった…。」

 

 

 五 え、ショウ?

 

 今日も、いつもと同じように教室を出て、いつもと同じメンバーで会話をしていた。違うことといえば、ショウがいないこと、くらいだろうか。今日はショウは、教室に残ることもなく、終わりの会が終わるとそのまま帰ってしまった。だが、メンバーが一人減っただけであって、それ以外は特に変わらず、帰り道を放課後組のペースで歩きながら会話をする。このスタイルが変わることはない。

「…でさー。」

 歩道橋が見えるところまで来たところで、ふとタツキが口を開いた。

「あ、あれ、ショウじゃね?」

「え?どこどこ?」

 ほれほれ、とタツキが指を差した方を見ると、そこには歩道橋のすぐ近くに腰くらいまでの高さのポールのようなものがあった。

「え、あれがショウ?」

「そーそー。ほら、やっぱショウじゃん。」

 近づいて見てみるが、どこからどう見たってショウには見えない。メガネだってかけていないし、中指を立ててくることもなければ、あの恐ろしい目で睨んでくることもない。ただの棒と言ってもいいだろう。しかし、それがボケだということに気づいた俺達は、それに乗っかってやることにした。

「お、本当だ。なんでショウこんなとこにいるの?」

「さっき帰ってましたよね。」

 そのポールのようなものにクッと力を入れると、見た目からは想像がつかないほどにぐにゃりと曲がった。クククと笑いながら、俺達はそれをショウの代わりとして接した。おそらく、傍から見るとそれは異様な光景だっただろう。

「お前なんで先に帰るんだよー。」

「てか、こんなところにいて大丈夫なの?すごい寒そうだけど。」

 ポールは特に上に何かを着ている様子もなく、もしこれが実際にショウだった場合は警察署へゴーだろう。

「ですね。せめて上着の一つくらい着てきたらよかったんじゃないですか?」

 ミハルもそんな提案をしている。

「確かにな。風邪ひくぞ。」

 そんなことを言いながら、タツキはポールをぐにゃぐにゃと曲げた。ショウに実際にそんなことをしたら、おそらく睨みと圧をかけられることだろう。なんと恐ろしい。

「じゃ、またな、ショウ。」

 しかし、流石に飽きてしまったようで、俺達はそのポールを後にして、歩道橋を登っていった。

 

 別の日。

 今日もまた、ショウは先に帰ってしまった。なので、例のポールをショウに見立てて会話をするつもりだ。

 そのつもりだった。

 だが、門を出たところに、私服を着たショウが立っていたのだ。

「え?なんでお前いるの⁉︎」

 俺は思ったことをそっくりそのまま口にしてみた。

「家帰ってから速攻で着替えてここまで来た。」

 手でピースを作ってニコニコとするショウ。この笑顔がまた恐ろしi…、続きは言わないでおこう。

 俺達は急なことにポカーンとしていたが、すぐにいつも通りに戻り、家に向かうことにした。

 

 数分後。

「あ、ショウだ。」

 もちろん、俺達が見つめているのは例のポールである。

「え、あれオレなの?」

 自分を指差しながらそう問いかけるショウだが、その質問に答える人はいなかった。

「なっ、ショウが二人いる、だと⁉︎」

「なんだって⁉︎」

 常にボケ続ける俺達。ショウは、なんだこの状況、といった感じの表情をしていた。

「いや、オレはこっちだから。」

 ショウの冷静なツッコミに全く聞く耳を持たない俺達。ショウは何かを諦めたかのような様子だった。

 

 結局その日は、数分間そのポールを囲むようにして会話を続けていた。

 

 

 六 きょむ

 

 俺達のクラス、六年二組は、毎日教室の前にホワイトボードを置いている。そこにはいつも、その日にあることや担任の一言のようなものが書かれていた。それを書くのはその前の日の放課後、つまり放課後組の活動時間なのだ。俺とナギサはよくそのホワイトボードを書かせてもらい、放課後組ワールドを炸裂させていた。

 

 そんなある日、そのホワイトボードに、担任が「もう少しアレンジが欲しい」と言い出したのだ。この発言に、俺達放課後組は頭を抱えた。アレンジをするにしても、見る人みんなが分かるようなアレンジがいいと考えた。だが、そのアイデアがなかなか浮かばない。そもそも、あんな無茶振りな提案をしてきた担任もどうかと思うが。もう少しアレンジ、の具体例を示して欲しいものだ。

「あ、じゃあ、みんなが知ってるやつっていったら、あのコミュニケーションアプリを再現する、とかいいんじゃね?」

 タツキが言った、あのコミュニケーションアプリ、というのは、アルファベット四文字で「線」を表すアプリ名で、人と簡単に連絡を取れたり、通話ができたりする便利なあのアプリのことだ。俺とタツキはそのアプリを使用しており、それを再現することは可能だった。

「おー、あれを再現するの?アリだね。」

 そんなタツキのナイスアイデアで、俺はホワイトボードにスラスラと文字と線を書いていった。

 

 別の日。

 担任が言うには、この前に書いた、あのアプリを再現したホワイトボードは好評だったようだ。俺達は特にそういった反応をしている人を見た覚えはないが。

 またアレを書いてくれ、と言われた俺達は、ついに暴走する。ナギサが、なんとかスタンプを描きたい、と言い出し、俺が許可すると、ナギサは大量のスタンプを送られた状態、「スタ連」を受けた人の画面をホワイトボードに描いたのだ。

「ねぇ、ナギサ、このキャラクター誰…?」

 そこにスタンプとして描かれていたのは、目と口が点で描かれた虚無顔をしたウサギのような生物だった。しかも、分かりやすく横に「虚無」と書いてくれている。その、可愛らしくもどこか違和感のあるキャラのことを、ナギサはこう呼んだ。

「あぁ、これ?きょむきょむぷりんだよ。」

 かなりスレスレの回答である。どこからプリンが出てきたんだ、とツッコみたくなるが、そこをグッと堪えて、これはそういうキャラクターなんだ、と自分に言い聞かせた。

 こうして、ホワイトボードから、放課後組(ナギサ)のオリジナルキャラクター「きょむきょむぷりん」が誕生した。

 

 これまた別の日。

「あの、この前のホワイトボード、ちょっとあなた達の世界観詰め込みすぎ。もう少し抑えてくれない?」

 流石にあのホワイトボードには、担任からの苦情が入った。次からは気をつけるとしよう。

 

 

 七 帽子ループ

 

 俺達のクラスメイトに、ケントという人物がいる。ケントは、無口で普段なにを考えているかよくわからない、そんな子だった。軽く聞いたことのある話によると、どうやら発達障害があるらしく、そのせいで口数が少ないのだそうだ。

 そんなケントは、よく俺達放課後組の跡をつけてくる。特に話に混ざることもなく、ただただついてくる。そんなケントの行動に、俺たちは疑問を持っていた。

 

 ある日の帰り道。

 最近は、歩道橋のすぐ近くにある階段を降りたところの坂に集まっていた。タツキは、俺達より百五十センチメートルほど高い場所に登り、ミハルの帽子を手に持ちながら高みの見物をしていた。帽子を取られたミハルはというと、特に焦った様子を見せることもなく、どちらかというと全てを諦めたような表情をしていた。ミハルはこういうことに慣れており、帽子のことなんか気にもとめず、ショウと会話をしていた。そんな光景を横で眺めているのが、俺とナギサ、そして謎についてくるケントの三人だった。

 すると、ふとした時に、タツキはミハルの帽子を落としてしまったのだ。その瞬間、普段動きのなかったケントが急に、メガネの奥の大人しそうな目をギラリと光らせ帽子に駆け寄り、ミハルの帽子を持ったまま、坂の下の方へ走り出してしまった。タツキはなにが起こったんだと言わんばかりの表情で固まり、ケントとほぼ同時に動き出していたミハル自身も目を見開き、その場で立ち止まってしまった。しかし、立ち止まったのはほんの一瞬で、すぐさまケントの後を追いかけた。

 

 しばらくすると、ミハルが自身の帽子を手に持ち、帰ってきた。そして、何故だかその帽子をタツキに手渡した。手渡されたタツキもタツキで、表情を変えることもなくそれを受け取った。

 俺はというと、いまいち状況が飲み込めていない。先程までおとなしかったケントが急に走り出したのだ。無理もないだろう。そして、奪われていた帽子が帰ってきたにも関わらず、何故その帽子を奪っていた張本人であるタツキに返したのか。その光景も異様だった。

 しかも、帽子を受け取ったタツキは、一分も経たないうちに帽子をケントに渡した。ケントは再び坂の下の方へと走り出した。それを見たミハルはもちろん追いかける。そしてしばらくしたら戻ってきて、またタツキに帽子を手渡した。タツキの手に渡った帽子は、流れるようにケントの手に。またもやケントは走り出す。それをミハルが追いかけて、取り返した帽子をタツキに渡し、またまたケントのもとに。これを何度も何度も繰り返していた。

「目の前で同じ出来事が繰り返されるって、こういう感覚なんだね…。」

 俺はボソリとそうつぶやいた。しかし、その声はミハル達に届くことはなく、三人はループを続けていた。なんなら、タツキがケントに帽子を渡そうとしなかった時は、「今帽子ループしてるから」と言ってミハルが帽子を奪い取り、ケントに自ら渡すという意味不明な状況になったいた。これを何回か繰り返すと、ついにケントの走り出す方向が変わった。家への正しい帰り道の方に駆け出し、先程より距離が遠くなる。だが、ミハルはもう止まらない。

 流石にマズイと思った俺は、ミハルよりも先にケントから帽子を回収し、ミハルに渡さないことにした。

 

 ここで、ようやく恐ろしいループが終わりを迎えたのだった。

 

 

 八 ぼくばなな

 

 いつも通り、俺達は教室に残り、暇をつぶしていた。ショウがパソコン型タブレットを開き、それを俺達が囲んで眺めている、という状況。ショウはカチャカチャとキーボードを鳴らしながら、何かを検索しており、静かな教室にはそのタイプ音が鳴り響いていた。

 そんな時、ショウがふと、その場を離れた。おそらく何かをしに行ったのだろう。そしてそのスキに、俺はショウのタブレットにちょっとしたイタズラをしようと考えた。スッと自分の前にタブレットを移動させ、そして、ひらがなで「ぼくばなな」というあほらしい言葉を打ち込むと、すぐ下に「僕バナナ 英語」という文字が表示された。これには思わず吹き出してしまった。ふふっ、と声をもらしつつも、その文字にカーソルを合わせると、カチリ、と一度押した。すると、日本語で「僕バナナ」と書かれてあるすぐ横に、「I'm banana」という英文が映し出されていた。これには、俺とタツキとミハルで、腹を抱えて声が出ないぐらいに笑ってしまった。それに気づいたショウは、すぐにタブレットのところに戻ってきた。

「ちょ、なにやってんだよ⁉︎は?なにこれ、僕バナナ?」

 ひいひい言ってるところに、そのネタを口にされたものだから、俺達はさらに笑い転げてしまった。しかも、ショウの追撃で、音声を流すボタンを押されてしまい、教室に「ぼくばなな」という頭の悪そうな女性の声が響いた。これには、笑いが止まらない俺達と同じようにショウも笑い出した。そして、次に流れ出したのは「I'm banana」というやけに発音の良い女性の声が響いた。これには俺達は大笑い。俺なんか涙目になる程だった。

 笑いがおさまった頃には、はあはあと息絶え絶えになりながら元いた場所に戻った。流石に笑いすぎか、とも思うが、小学校六年生の感覚だ。それぐらい面白かったのだ。とにかく、ショウが怒った様子は特になかったのでよしとしよう。ショウが怒ってしまうと少し面倒なことになってしまうのだ。

 そんなこんなで、俺が腹を抱えたまま、息を整えていたところ、ショウがタブレットをいじっているのがチラリと見えた。何かと思って近くに寄ってみると、「ぼくばなな」という文字が、「ヨツばなな」という文字に見事書きかえられていたのだ。

「え、ちょっと‼︎なにやってるの⁉︎」

 思わず声を上げる俺。

「さっきの仕返しだバーカ。」

 不敵な笑みを浮かべながらスッと再生ボタンを押すショウ。教室には「ヨツばなな」という頭の悪そうな声が響いた。途端にショウ達はゲラゲラと笑い出す。

「うわああああ!やめてぇぇ‼︎」

 俺は必死に止めようとするも、次は英訳された文を読み上げるあの声。「yotsubanana」という異様に発音の良い声が、先程の馬鹿丸出しの声に続いて流される。俺の叫び声と共に流れたその声は、静かな教室に響くこととなった。

 実に馬鹿らしいやり合いだった。

 

 数分後。

 俺達の笑い声もおさまり、教室は一気に静まり返った。しかし、その静けさは長く続くことはなく、思い出し笑いを繰り返す俺達。

 機械の音声の次にこの教室に響いていたのは、俺達のクスクスという小さな笑い声だった。

 

 

 九 ジンジャエール一つお願いします

 

 人気の少なくなった帰り道。俺達放課後組は、歩道橋を渡り終え、今回はまっすぐ家へと向かっていた。テクテクと歩きながら、いつも通りの会話。何度か繰り返されているネタにも関わらず、このメンバーだと何故か飽きないのが不思議だ。時々聞こえる笑い声が、やけに大きく聞こえた。

 放課後、ギリギリまで教室に残っている俺達の帰り道は、人が少ないおかげで、馬鹿な会話を続けることができる。もちろん、今回の会話も意味不明な点があるのは確かだ。毎回どこか意味不明で、必ずどこかボケている、というのが放課後組の会話だった。

 会話をしながら、俺の正しい帰り道の方の坂道を下る。この前帽子ループ(前編)を行なっていたのは、正しくない帰り道の方にある坂道だ。俺たちのよくいる場所には知っている分だけでも二つも坂道があるのだ。非常にややこしい。ちなみに、タツキ達は本来なら歩道橋を渡ることはないので、タツキ達からすると正しくない帰り道だ。余計ややこしい。だが、正しい帰り道などというものが俺達に通用するわけもなく、当たり前のように間違った方向に行くのが放課後組流だ。まぁもちろん、放課後組の流儀なだけあって、これは放課後でしか利かない、有限の流儀なのだ。無念。

 そんな中、タツキ達が急に走り出したのだ。だが、これも日常茶飯事なので、特に気にすることもなく後を追う。今度はなんだとタツキ達の方に近寄ると、今では俺達の分かれ道となっている横断歩道の近くでタツキ達は止まった。

「よっしゃー、着いたぞー。じゃ、ヨツ姉なに飲む?」

 タツキは急に、まるで飲食店に来たかのような振る舞いでそう聞いてきた。正直意味が分からなかったが、とりあえず乗ってみることにした。これが放課後組だ。

「あ、じゃあ俺メロンソーダで。」

「おっけー。じゃあミハルは?」

 いきなり話をふられたミハルは、え、といった表情を一瞬見せたものの、特に気にせず話し始める。

「えぇっと、考えておきます。」

 流石にすぐには思いつかなかったらしく、後で注文するようだ。

「了解。あ、すいませーん、えっと、メロンソーダ一つと、ジンジャエール一つお願いします。」

 唐突に始まった飲食店ごっこ。店員は透明人間だそうだ。そして、こういう時、タツキはジンジャエールを頼む、ということがわかった。実にどうでもいい。

 すると、そんなことを考えている間に、イマジナリーメロンソーダが届いたので、とりあえず一口飲むことにした。正直、美味しいとも不味いとも言い難い味だった。空気の味しかしないのだから、当たり前だろう。

 しかし、その飲食店ごっこは長く続くことはなかった。タツキ達が、飽きた、と言いたそうな表情をしていたため、そこに開かれた小さな飲食店は、子供達が飽きただけで閉店することとなった。

 

 そして、ここでその店を再開することはなかった。子供は気分屋なのである。

 

 

 十 だが、断る

 

 教室で、珍しくバラバラの位置にいる俺達。ショウとミハルはパソコン型タブレットをいじっているし、俺とタツキはそれぞれ気になる方のタブレットの近くにいるし、ナギサは先に帰ってしまったのだ。

 その様子を遠くから眺めていたのが、うちのクラスの担任とケントだ。ケントはその辺をうろちょろしており、こちらに近づいてくる様子はないものの、気にはなっているようだった。担任は、俺達の方をチラチラと見るは見るが、特に気にすることもなく椅子に腰掛けていた。

 そんな、ある程度静かだった教室に、ある声が響いた。

『だが、断る。』

 なんとか立ちで有名なあのアニメの台詞である。おそらくほとんどの人が一度は耳にしたことがあるであろうこの台詞が、ショウのタブレットから突然流れ出したのだ。思わずショウの方に振り返ってしまった。

 そして、次に聞こえてくるのは俺達の笑い声。さらに追い打ちをかけるかのように、ショウはもう一つの音源を流す。

『ロードローラーだぁぁぁぁぁ‼︎』

 この連続技に、たまらず俺達は笑い出す。なにがロードローラーだ。意味不明すぎる。

 しかし、意外にも担任もクスクスと笑っていた。担任はこのアニメの視聴者なのだろうか。いや、漫画を読んだのか?まぁいい。とにかくこのネタを知っていることから、なんらかのところでアレを知ったのだろう。こちらもそこまで担任に興味があるわけではない。これだけ知っていればいいだろう。

 

 それからしばらく経った時、担任が声を上げた。

「お兄さん達、そろそろ出てくれ。」

 担任が俺達のことを、お姉さんやお兄さんと呼ぶのには少し抵抗があった。俺達はまだ小学六年生だ。お兄さんお姉さんと呼ぶほどの年齢ではない。そんな違和感しかない発言だが、今回はそれはスルーしておこう。

 担任のその声を聞いたショウは、すかさずタブレットのとあるボタンを押す。

『だが、断る。』

 あまりにもナイスタイミングなその音声に、俺達は再びクスクスと笑い出す。まさにこの時を待っていたかのようだ。

『だだだdだだddだdだだが、断る。』

 まさかの連打再生。本当にツボに入るからやめてほしい。

 担任もこれには声を出して笑ってしまっている。これじゃあ俺達を帰らせるのはしばらく無理だろう。

 ショウはすかさず音声を流す。

『ロードローラーだぁぁぁぁぁ‼︎』

 今それは関係ないだろ、とも思ったが、その意味不明さが逆に笑えてくる。

「ちょっ…ほんと、そろそろ出てくれ…。」

 担任は、まだ少しふふっと笑ってしまっているが、どうしても出てほしいらしい。だが、新しいオモチャを手に入れたショウを止めることは、タブレットを取り上げでもしないと無理だろう。

『だが、断る。』

 担任の発言も、この音源一つでズバッと切り捨ててしまった。本当に生徒と先生なのだろうか。友達との会話のようにも聞こえてくる。

「ショウさん、あんまり言うこと聞かなかったら、タブレット取り上げますよ。」

 その方がいいだろう。いや、むしろ早く取り上げてしまおう。しかし、ショウの反抗は止まらない。

『だが、断る。』

 やはりこの台詞。なんて便利な音源なのだろう。

「はい、ショウさん、タブレット取り上げます。」

 流石に限界が来たであろう担任は、ついにそう宣言した。

「オレからタブレット取り上げたら、オレ学校来なくなりますよ。」

 俺もこの発言には呆れてしまう。そんな理由で不登校になるのか、お前は。

「オレ、タブレットが本体なんで。これスタンドなんで。」

 自分の方を指差すショウ。これはもう、どうしようもない。ついに頭がイってしまったのだ。早く病院に連れて行かなければ。後で予約しておこう。

「はいはい、ショウ、そろそろ帰るよ。流石にやりすぎ。」

 俺がショウをなだめると、ショウは、仕方ねぇな、という感じでタブレットを片付け、その日はそこで終わった。

 

 別の日。

「はーい、そろそろ出てくれー。」

 何度か聞いたことのあるその言葉を担任が口にすると、ショウはすかさず担任に話しかけた。

「先生、あの漫画読んでるんっすか?」

 ショウが言っているのは、『だが、断る。』の台詞が使われているアレのことだ。

「ん?うん、知ってるけど。」

 担任も、知ってる話題には参加してくれるそうだ。

「あれすごい面白いっすよね。あ、あのアニメは知ってます?」

「あー、アレ?うんうん、知ってる知ってる。」

 自分の知ってる話題をふられて、担任は少し嬉しそうだ。明らかに声のトーンが変わっている。

「マジでアレ神アニメっすよね。」

「だよなだよな⁉︎いやー、よくわかってるねぇ。」

 俺達の世代ではない話を向こうで楽しげに話していた。

「ねぇ、ショウってほんとに小学生だよね?」

 俺の疑問に答える人はいなかったが、おそらく共感している人が一人はいるだろう。できればいてほしい。

「って、ほらほら、君達早く帰りな。」

「あっ、あのアニメ知ってるってことは、アレも知ってますよね?」

 担任が帰らせようとすると、すかさずショウが質問する。

「うん、知ってる。」

 担任ももちろん答える。

「マジですか。やっぱアレ知ってるんすね。」

 どうやらこれはショウの作戦らしい。担任は自分の知ってる話をされると、たとえ帰らせようとしていても、話をしてしまうようだ。

 

 そんなショウの作戦で、数分ほど長く教室に残してもらえた。

 

 

 十一 黒豆うめぇ…

 

「うーん、なぁ、他になに書けばいいと思う?」

 ホワイトボードを手に持ち、うーんとうなっているタツキは、俺にそう聞いてきた。

 今日の日直はタツキだ。少し前から、日直が次の日に飾るホワイトボードを書くことになったのだ。そこで、タツキがホワイトボードを書くことになったのだが、いまいちなにを書けばいいのか分からないようだ。

「んー、そうだねー…。」

 俺が考えていると、タツキは少し長めの髪をガシガシとしながらこう言った。

「おれ来週いないからな。」

「あ、そうなの?」

 今日は金曜日だ。来週の月曜日、タツキは学校に来ないらしい。つまり、このホワイトボードが置かれる頃には、タツキはいないということだ。

 ふと、給食の献立が書かれたプリントが目に入ると、俺はいい案を思いついた。

「お、いいこと思いついた。」

「ん?なんだなんだ。」

 食いつくタツキに、俺は思いついた文をそのまま口にしてみた。

「『これを読んでいるということは、俺はもういないんだろう。最後に一つだけ言わせてほしい…。…黒豆美味しい。』って書いたら?」

 そう、次の給食に黒豆が出るのだ。思いっきりドヤ顔でそれを言って見せると、タツキはその案を採用してくれた。

 

 しばらく経ってから、ホワイトボードを覗き込むと、そこにはこのような文が書かれていた。

『これを読んでいるということは、おれはもういない。さいごに一つ言わせてくれ。黒豆うめぇ。』

「どう?黒豆うめぇの方が馬鹿っぽくね?」

「う、うん?」

 コイツ、ガチでやってやがる。そう思いながらも、面白いは面白いのでそのままにしておくことにした。

 

 数日後。

 タツキの書いたホワイトボードは、特になにかを言われることもなく、ただただ置かれていた。なぜか俺は悲しくなってしまった。

 

 別の日。

 なぜか、ミハルが死にかけになっていた。

「…ミハル、なにしてんの?」

「うっ…。さ、最後に一つだけ言わせてくれ…。」

 迫真の演技。これは乗るしかない。

「な、なに?言ってごらん?」

「黒豆…うめぇ…。」

 そう言って、ミハルはガクリと動かなくなってしまった。

「ミハルー‼︎」

 なんだろう、これは劇かなにかだろうか。そんなミハルの演技に、俺も同じように演技に熱を入れた。

 ホワイトボードに書かれた『黒豆うめぇ』という言葉は、放課後組でのみ使われるネタとなった。

 

 

 十二 五天王?

 

「整列ー!」

 そう言われ、俺達はタツキの前に横一列に並ばせられた。

 俺達が今なにをしているのかというと、RPGなどによくある四天王のマネをしているのだ。

 俺は、精神的な攻撃をするヤツらしく、常にスマホを持っており、ネットを使った攻撃などが得意なんだそうだ。

 そして、なぜか一緒に並ばせられているケントは物理的な攻撃を仕掛けてくるそうだ。どうしてかツッコむことができない。

 次に、ミハルは煽り担当らしい。軽い悪口のような気がしてくる。

 ショウは…なんだっただろうか。聞いたような、聞いてないような。まぁいいだろう。

 最後にタツキだ。タツキはボス的な立ち位置らしく、今もこのように少し上から俺達のことを見下ろしている。

 このような設定で、現在「四天王ごっこ」を楽しんでいるのだ。

「くそっ、ナギサがやられたか…。しかしアイツは四天王の中でも最弱!」

 ナギサは今日は別の子と帰ったらしく、教室には残っていなかった。それをタツキはやられたということにしてしまったのだ。

 

 プルルルル…プルルルル…。

 

 そういう声が聞こえると、いきなりタツキが手を耳元に持っていき、まるで電話をしているかのような仕草をしてみせた。

「あ、はい、タツキです。…はい、…え⁉︎マジっすか、…はい、了解です。…はい。」

 そう言って手を元に戻すと、タツキは俺達にこう言った。

「やばい!予定より早く勇者がここまで来てしまったようだ!いいか?お前ら。あんなヤツにやられるんじゃねぇぞ⁉︎」

 緊急事態だ。勇者が乗り込んできたらしい。これはなんとかしないと、と俺は考えていた。

 その時。

 

 プルルルル…プルルルル…。

 

 タツキにまた電話がかかってきた。

「あ、もしもし。…はい、そうです。今向かわせようと思ってて…。え⁉︎あの雑魚モンスターが勇者を倒した⁉︎」

 耳を疑う発言。四天王の中の一人を倒した勇者が、雑魚敵にやられたというのだ。

「仕方ない、こうなったら…!」

「こうなったら?」

 タツキに俺は急かすような発言をする。そしてタツキはこう言った。

「打ち上げすっかぁ!」

「はぁい!」

 なんと平和な四天王なのだろうか。しかし、一つ疑問が浮き上がってきた。

「あれ、俺達五天王じゃない?」

 俺、タツキ、ショウ、ミハル、ケント、どう考えたって五人だ。

「あ、おれボスだから。」

 タツキは五天王にカウントされないらしい。

「いやいや、だとしても、勇者にやられたナギサがいるでしょ?」

 俺はすっかり存在を忘れ去られたナギサの名前を上げる。これにはタツキも、確かに、と言った顔をした。

「じゃ、五天王な。」

「な、なんか軽くない?別にいいけどさぁ。」

 ガバガバの設定に、大丈夫なのか?と思ってしまう。

「あの、出前でピザ頼んどきましたよ。」

 ふとミハルの声が聞こえ、打ち上げの最中ということを思い出した俺とタツキ。今は大人しくピザを待つとしよう。

 

 プルルルル…プルルルル…。

 

 本日何度目かの着信である。なんだなんだとタツキの方を見ると、やはり何かしら電話をしているようだった。

「はい、もしもし。…え⁉︎勇者がセーブしていたところからリスポーンしてこっちに向かっているって⁉︎」

「嘘でしょ⁉︎」

 再びやってくる勇者。暇なのだろうか。こっちはこれから打ち上げモードだというのに邪魔するなんて、酷いヤツだ。俺達はなにもしていないじゃないか。

「はい、はい…。あ、そうですか、では今すぐ…、え、待てとは?…え⁉︎勇者がゲームをやめたって⁉︎」

「えぇ⁉︎」

 なんて気分屋な勇者なのだ。ゲームをやめてしまうとは。

「ゲームをやめたって、つまり俺達はもう用無し?」

「その言い方は酷くね?」

 とりあえずその勇者とやらを一発ぶん殴りたい。

「こんなとこにいられるかっ!俺は帰る!」

 そう言って俺は家へと向かおうとした。遠ざかるタツキ達の声。しかしこの位置からだと、まだ少し会話が聞こえてきた。

「ヨツ姉帰っちゃいましたよ?」

「あー、大丈夫。アイツ、スマホ持ってるじゃん?多分電話かけたら戻ってくるよ。」

 そんなこと言われたら、戻るしかないじゃないか。

 

 プルルルル…プルルルル…。

 

 俺は耳に手を当てて電話をしているふりをする。そしてタツキ達の方へと向かうと、先程と変わらぬ位置にタツキ達がいた。

「なに。さっき帰るって言ったんだけど…。」

 わざと俺は少し不機嫌そうに言ってみた。

「あ、おかえり。」

 タツキは特に気にする様子もなくそう言う。

「もう。用ないなら帰るからね。」

 俺はそう言って電話を切り、また帰ろうとする。

 

 プルルルル…プルルルル…。

 

 再び着信。行くしかない。

「だぁー!もうなに⁉︎帰るってば!」

 

 こんな調子で、結局もうちょっとだけその場に残ることとなった。

 

 

 十三 団長!

 

「んー、なんか暇だなー。」

 俺達はいつも通り、歩道橋の近くに集まって放課後を満喫していた。しかし、いつも以上にネタとやることがない俺達。とりあえずいつもの場所にいるのだが、特にやることがない。

「どうする?ここでずっと突っ立ってるのもアレだしね。」

「そーだ、次にここを通った人に、団長!って言うの面白そうじゃね?」

 そんな提案に、俺達は賛成した。

「ねぇミハル、向こう側見れる?」

 俺はそう言って、ミハルに次に来る人を確かめさせた。俺は目が悪く、道路の向こう側がよく見えないのだ。

「えっと、あ、誰かいますよ。んー、あれウイじゃないですか?」

 ウイは、隣のクラスの生徒だ。学校で話すことはあまりないが、登下校の時にたまに時間が合うことがあり、その時に会話をすることがあった。

「んじゃ、ウイがこっちに来るまでに準備しねぇとな。」

 ショウはかなり乗り気で、こうしたらいいかな、などと言いながら、先程からポーズを決めている。

「どうせなら、ちゃんとやりたいしね!で、どんな感じに構えたらいい?」

「ウイが来たら、こうやってしゃがんで、お勤めご苦労様です!団長!みたいな感じで言ったらいいんじゃね?」

 ちなみに、お勤めご苦労様です、という台詞は、こういう団体の人達が言ってそうだから、という曖昧な知識によって付け加えられた台詞だ。

「よっしゃ、そうと決まったら練習するぞー!」

「「「おぉー!」」」

 

 数分後。

 俺達は、よくタツキが登っている少し高くなっている部分の影に隠れて、ウイを待つことにした。しばらく経つと、それらしき人影が見えた。すかさず俺達は並ぶ。

「「「「お勤めご苦労様です、団長!」」」」

「わわっ、えぇ⁉︎なにやってるのみんな⁉︎」

 ナイスリアクションだ。ポニーテールにした髪を揺らしながら目をまんまるとさせたウイが、俺達の目の前で固まってしまった。

「団長!例のブツも用意してあります!」

 すかさず俺はアドリブでそんな台詞を言ってみた。

「えぇ⁉︎どういうこと?っていうか、周りいろんな人見てるよ?顔あげて!」

 かけているメガネに手を当て、焦った様子でそう言うウイ。なんていい反応をしてくれるのだろうか。

「いやいや!顔を上げるなんてそんなこと!あ、お前ら!団長と同じ高さに居ようとするなんて!もっと下がれ!」

 ショウの言葉に、俺達は坂道の下の方へと駆け降りていく。それを見たウイは、俺達よりさらに下へ下へと降りていった。

「ちょ、ちょっと待ってみんな!どういうこと⁉︎」

 ウイ、いや、団長はそう言って俺達を止めようとするが、そんな言葉で俺達が素直に、ああ分かりました、と言うはずもなく、俺達は団長に対して最大限の敬意を払って行動した。

「ささ、ご安心ください団長。例のブツもありますし、帰りましょう!」

「え、うん、まぁ帰るけどさ。違うじゃん?そうじゃないじゃん?というか、例のブツってなに?すごい危険なことしてそうなんだけど?」

 ウイから大量の疑問があふれたが、俺達はそんなこと気にするわけがない。

「ほらほら、アレですよ!ブツですよ!ちゃんとプリン買ってますから!」

「あ、ブツってプリンのことなの⁉︎」

 ブツがプリンという衝撃の事実に驚きを隠せないウイ。

「じゃ、家まで送らせてもらいますね、団長!」

「えぇ…、まぁいいけど…。」

「あー、あー、聞こえるか、S.Y。応答せよ、応答せよ。至急、ヘリの用意を頼む。」

「ヘリで行くの⁉︎そんなにうち遠くないけど。」

 適当にS.Yという謎の人物にヘリを頼むと、俺達は正しくない帰り道でウイを送ることにした。

「それでは、ヘリが五百キロメートルほど歩いたところにあるとのことなので、それに乗って家へ向かいましょう!」

「いや、それだったら歩いた方が早くない⁇」

 なんていいツッコミをしてくれるんだろう。やっぱりウイにして正解だったようだ。

 

 結局その日は途中までしか送らなかった。

 

 別の日。

 ウイが他の子達と一緒に帰っていたところを発見した俺達は、すかさず、団長!と声をかけた。一緒にいた他の子もかなりノリがいい子で、「しっかりしてるわね、時給アップよ!」なんて言っていた。しかしショウからは、時給を決める権利お前らにはねぇよ、とツッコみたそうだった。

 そしてその日はちゃんと家まで送った。

 

 そんなこんなで、俺達放課後組は、団長であるウイのそばにつく、「放課後騎士団」という名をもらった。

 

 ちなみに、その後もちょくちょく団長と呼ばせてもらっている。

 

 

 十四 お前、相手がいたのか

 

 ある時、ショウが同じクラスのユウタと話をしていた。

 ユウタは、いわゆるクラスの人気者的な存在で、いつも周りに誰かがいる、ぐらいの人気っぷりだった。今日はそこにはショウがおり、何かを話しているようだった。近くにいる上に、そこそこの声量で話をしていて、会話の内容が聞こえてきた。

「いいなぁー、リア充。なぁ、ユウタってリア充?」

「リア充じゃねぇよ。」

 ユウタは長めの髪を搔き上げながらそう言った。あぁ、なるほど、と納得してしまう内容だった。そういう類の話を人気者にするところが分かり易すぎる。しかし残念ながらユウタはリア充ではなかったようだ。いい話は聞けそうになかった。

「え、マジかぁ。」

「お前は?」

「オレは彼女いねぇよ。彼氏ならいるけど。」

 前言撤回。別のところからいい話を聞けた。ショウのボケに俺はすかさず反応する。

「え、嘘でしょ⁉︎相手は誰⁉︎」

 俺が前のめりになってそう聞くが、ショウは軽く後ずさるようにこう言った。

「いや、冗談…。」

 ショウは引くに引けなくなっている。

「いやぁー、まさかショウに相手がいたとは!羨ましい!」

 さらにショウを追い詰めると、ショウがいつも以上に弱々しく見えた。この前の『よつばなな』の借りは返したぞ、ショウ。

「だから違うって…。」

 ショウはかなり困っているようだ。えぇっと、だの、うーん、だのと言っている。実に面白い。

「ふーん?あとでしっかり問い詰めてやろうか。」

 さらに俺が意地の悪い言い方をすると、ショウはカチッと固まってしまった。

「や、やめて…。」

 かなり嫌そうな返事をしたショウのその言葉で、ちょうど会話が終わった。

 

 その日の放課後。

 学校を出ようと俺達がテクテクと廊下を歩いていた時。俺は、ふとこんなことを言ってみた。

「あぁー!わかったぁ。ショウ、アイツ好きなんでしょ⁉︎」

 アイツ、というのは、ボーカロイドというやつの、黄色い髪の男の子のことである。ショウとタツキはその双子が好きなのだ。

「ふふっ、残念だったな。答えは兄さんの方だよ。」

 ボケにボケで返すショウ。まさかの青い髪のお兄さんだったとは。ますます墓穴を掘っていくショウ。流石だ。

「おぉっ!いいこと聞いちゃったー!そっかぁ、アイツが好きなのかぁ。」

「お、おい!ネタだって!」

 必死に否定するショウと、にやけが止まらない俺。これはいいネタをもらったぞ。サンキュー、ショウ。

「にしても、まさかショウがホm」

 そのあたりまで言ったところで、ショウのメガネの奥からの鋭い睨みがあったことに気づき、続きは言わないことにした。

 

 十五 ミハルがいない![#「十五 ミハルがいない!」は中見出し]

 

 ある日の放課後。俺、タツキ、ショウ、ミハルは、俺の家の近くにある神社の近くで会話をしていた。最近はタツキ達は、前まで分かれ道となっていた横断歩道を渡り、俺の家の前まで来るようになっていた。

「あ、でさー…。」

「んー?」

 さっきからこんな感じで会話を続けている俺達。横を見ると、ミハルのランドセルと手さげが雑に置かれていた。ここで立ち話をしているから、おそらく邪魔になったのだろう。

 

 その後、ちょっとした事件が起きることを、俺達はまだ知る由もなかった。

 

 数分後。

 俺達が話をしていると、急にミハルがどこかへ行ってしまった。俺達は、しばらくしたら帰ってくるだろう、などと言って、特に気にせず話をしていた。

 

 しかし、ミハルは帰ってこなかった。数分待ったが、帰ってくる様子はない。

「ねぇ、ミハル、大丈夫かな?」

「あぁ、アイツああいうところあるから、気にしなくていいと思う。

 よく、どっかに隠れたまんま迷子、とかなってたし。」

 タツキがサラリとそう言ったので、俺は驚いた。

「えぇ⁉︎ま、迷子になってたらどうしよう…。それに、ランドセルとか置きっぱなしだし…。」

 一気に不安になってきた。いくらミハルが勝手にどこかへ行ったせいだとしても、それを追いかけなかった俺達にも良くないところがあったんじゃないか?嫌な予感がしてきた。

「ミハル、どこ行っちゃったんだろう。」

 ミハルが行ったと思われる道の方を見るが、ミハルの姿はない。

「もしかしたら、ランドセル置いてること忘れてそのまま帰ったとか?」

 ショウの言葉に、前にもこんな感じのことがあったような気がした。

「と、とにかく、この荷物なんとかしなきゃ…。タツキ、ショウ、ミハルの家知ってる?」

「え?うん、まぁ知ってるけど。」

「じゃあ、俺家知らないし、これ持って行ってくれない?」

 そう言って俺はミハルのランドセルを持ち上げた。

「えぇ、マジか。」

 二人は少し困ったような顔をしたが、オッケー、と言ってランドセルを持ってくれた。

「ありがとう、二人とも。」

 なんだ、いいとこもあるじゃないか、と思いながら、ミハルの件は二人に任せることにした。

 

 数日後。

 学校には、いつもと変わらぬ様子のミハルがいた。

「あ!ミハル、生きてたの⁉︎」

 朝会っていきなりそんなことを言う俺もどうかと思うが、ミハルも一度驚いたような表情をしたものの、すぐ元の表情に戻り、生きてます、とだけ言ってくれた。

 ミハルのこの表情の変わりようはなんなのだろうか。

 

 タツキ達に聞くと、ランドセルは無事届けることはできたそうだが、ミハルがあの後どうなっていたのか、家にいたのか、ということは知ることができなかった。

 結局あの日のことは、思い出の引き出しにそっとしまうこととなった。

 

 

 十六 手袋忘れてるよ!

 

 少し肌寒くなる季節。ナギサは、ウサギの形をしたモコモコとした手袋を身につけていた。

「おっ、ナギサのそれ、あったかそう!」

 俺がそう言うと、ナギサは、でしょー、といった感じで笑ってみせた。可愛らしいその手袋をこちらに向けて。

 

 その日の放課後。

「さてと、そろそろ帰りますかね。」

「だな。」

 俺達はいつも通り家を目指す。今日はナギサも教室に残っており、久々にナギサを含めての帰宅となった。ぎゃあぎゃあ言いながらの帰り道。この時間が一日の中で一番楽しい時間かもしれない。

「おーい、ヨツギ。」

 ふと名前を呼ばれ、振り返るとそこにはタツキがいた。

「ん?どした?」

「ほれ、これを見ろ。」

 そう言って、タツキがスッと前に出した手を見ると、その手には、先程までナギサがつけていた手袋が握られていた。

「え!いつのまに…⁉︎」

 そう言うと、タツキはドヤ顔で「さっきやった。」と言ってきた。さっきとはいつのことだろうか。

「ねぇねぇタツキ、それ、片方貸して!」

「どーぞ。」

 人のものを許可なく差し出すタツキもタツキだが、それを受け取る俺も俺で変かもしれない。しかし、そんなことをいちいち気にしていたら、放課後組と数十分過ごしただけで壊れてしまうだろう。スルーしてほしい。

 そして、ナギサの手袋は、持ち主ではない俺とタツキの手にはめられることとなった。

 

 数分後。

「じゃあ、私こっちだから、またねー!」

 そう言ってナギサは、ブンブンと千切れそうなほど手を振って、横断歩道を渡らずまっすぐ家へと向かおうとした。その手には、手袋ははめられていなかった。

「ばいばーい。…って、待って‼︎手袋は⁉︎」

 すっかり忘れていた。ナギサの手袋は俺とタツキの手についたままだ。

「わ、やっべ。…しゃあねぇ、ナギサ追いかけるか…。」

「えぇ、でも、そこそこ距離あるよ?」

「じゃあ手袋はめたまま帰るのかよ。これくらいいけるだろ。」

 すでにタツキは走る気満々だった。

「うえぇ、マジか…。」

「おら、行くぞ。」

 はぁい、と嫌そうに返事をしながら、俺達はナギサを追って走り出した。

 

 しばらく走ると、ナギサとの距離が三メートルほどになった。

「追いついた!」

 しかし。

「えっ?」

 俺は思わずそんな声がこぼれた。そりゃそうだ。俺達が近づいただけだというのに、それに気づいたナギサが全力疾走で走って行ってしまったからだ。

「嘘でしょ⁉︎」

 俺も俺で、全力で追いかける。

 

 しばらく走って追いかけると、普段行かない道の方にナギサが座り込んでいるのを発見した。

「はぁ…。なんで逃げるのさ!」

「いや、追いかけられたら逃げるでしょ…。」

 はぁはぁ言いながら、俺達はその場で固まってしまった。

「あ、ナギサ、これ…。手袋…忘れてたよ…。」

「え?あ、ありがと…。」

 肩で息をしながら、なんとかそう伝えることができた。実際、手袋は忘れていたというより、返せていなかったの方が正しい気もするが、まぁいい。

「じゃ、そんだけ。」

「あ、あぁ、了解…。またね。」

 

 その日はなんだかすごく微妙な空気のまま別れた。

 

 

 十七 ナギサ捕獲

 

「いやぁー、やっと今日の学校終わったねー。」

 そう言いながら、俺はタツキ達と家に向かっていた。いつまでも尽きないネタを連続して聞き続ける。このスタイルが、当たり前になってしまった。

「…ん?ねぇ、あれナギサじゃない?」

 俺は歩道橋の上をスッと指差した。俺は目が悪く、視界が少しぼんやりとはしているものの、シルエットから、ナギサであることはわかった。タツキ達も、そこを見ているようだった。

「あ、ほんとだ。よし、ショウ、捕まえてこい。」

 平気な顔でそうショウに命令するタツキ。ショウにそう言うのは無理もないだろう。このメンバーの中で一番足が速いのはショウなのだから。

「了解ー。」

 ショウもショウで、特になにかを言うこともなく、その一言を言ったのち、すごい速さで歩道橋を駆け上がっていった。本当、何度見てもコイツの足の速さといったら、敵わない。

「じゃ、俺達も追いかけますか!」

 そう言って、俺達は追いつけそうにない速さで走っていくショウの跡をつけた。

 もちろん、追いつかなかった。

 

「はぁ…。あっ、ナギサとショウいた!」

 俺達が息絶え絶えになりながら坂道を降りていると、だいぶ降りたあたりで、二人が何か話をしているのが見えた。

「ナギサー‼︎」

 俺がそう大声を上げると、驚いたような顔をしたナギサが振り返った。

「えぇ!みんな⁉︎なんで⁉︎」

 俺達が来たことに、随分驚いている様子のナギサ。その質問に、俺はごく普通の回答をした。

「なんでって…、家帰ってるだけだけど…。」

「え?あ、まぁそうだろうけどさ。そうじゃないじゃん?」

「え?」

 なぜだろう。この数日でナギサと話が通じなくなってしまったような気がする。実に悲しいことだ。

 そこで、これまでに起きたことをナギサに説明しなければならなくなった。

 

「…ってことで、ショウにナギサを追ってもらったってこと!わかった?」

 俺は走った後にそこそこ長い話をさせられたものだから、軽く息を切らしながらそう言った。

「あぁー、なるほど。」

 ここまでのことをありのままにナギサに話すと、なんとか納得してくれたようだった。人に説明をするのはかなり体力を使うものだと実感した。走ったせいだろうか。

「ていうか、よくショウもここまで走ってきたよね…。びっくりして逃げちゃったよ。」

 どうやら、ナギサは不意に追いかけられると逃げ出す習性があるようだ。小動物か。警戒心マックスではないか。

 まぁとにかく、ナギサに話が通じたということでよしとしておこう。そうしよう。

「あ、じゃあ私、帰るね。」

「ん?あ、そっか、もう横断歩道のとこまで来てたんだ。」

 気がつけば、俺達は分かれ道である横断歩道のところまできていたのだ。なので、ここでナギサと別れることとなった。

 

 結局その日、ナギサを追いかけたものの、数分しか話さなかった。

 

 

 十八 非リア達のあつまり

 

 いつもと同じ場所に集まった俺達は、いつも以上に静かだった。なぜか、というと、季節が冬になったのだ。

 冬は、リア充イベントが並ぶ季節でもある。クリスマスには街にリア充が溢れかえり、年越しも、共に過ごすリア充が多いだろう。さらに年が明けたら初詣だ。どうせ恋みくじかなにか引くんだろう。あ、縁があるヤツはそんなものいらないのか。そしてそれから二ヶ月ほど経ったらバレンタイン。そして、季節から冬を消してほしいと願うのが、俺達非リアだった。

 そう、これが、俺達がおとなしい理由だ。相手もいなけりゃ、カレンダーのクリスマスの日付には何も書かれておらず、外へ出てイルミネーションでも見るもんなら、周りのカップルどもにイチャイチャを見せつけられ、家に帰ると小さなケーキ。まだケーキがあるだけマシかもしれない。俺なんか、今年のクリスマスはリアルクリぼっちだ。泣けてくる。

「うぅっ…。リア充爆発しろ…。」

 そんな声が聞こえてきた。そう言うのも無理ない。幸せになりやがれ、リア充ども。そしてさっさとその姿を消してくれ。

「…こうなったら、ネトゲでリア充撃ちまくるしかないね…。」

 俺達がやっているとあるネトゲは、銃を使って相手を倒しまくって一位を目指す、というようなゲームだ。それでリア充を撃ちまくれば、少しは気が楽になるだろう。まぁおそらく、クリスマスにネトゲをするようなリア充はほとんどいないだろう。よって、非リアによるストレス解消の戦いが幕を開けるだけだ。

「まぁでも、クリスマスにみんなでゲームするのはアリだな。」

「そうですね。みんなでリア充を爆破させましょうか。」

 ミハル、雰囲気に反して物騒なことを言うものだ。

「じゃ、十二月二十五日、みんなでゲームしよっか!」

 一気に明るくなる放課後組。なんて気分屋なのだ。

 しかし、まだ全てが片付いたわけではなかった。

 

 別の日。

「タツキ、バレンタイン、チョコ欲しい?」

「あ、タツキ、私もあげよっか?」

 俺とナギサは急にタツキにそう話をふってみた。

「まぁ、くれるならもらうけど。」

 その返事に、俺は「じゃああげる。」とだけ言うと、タツキは「やった。」とだけ返してくれた。

「ミハルは?いる?」

「いる?」

「あったらほしいです。」

 俺達がそう聞くと、ミハルは素直にそう答えた。

「了解っ。ショウは?」

「別に。どっちでもいい。」

 それに比べてこっちは素直じゃない。

「わかった。それじゃ、タツキとショウとミハルにあげるね。」

「私も!頑張って作るからね!」

 俺とナギサはそう言って、三人に約束した。

 

 そのまた別の日。

 俺達は、初詣について話をしていた。ミハルが、「初詣、放課後組で行くのはどうですか?」と提案してくれたからだ。

「初詣ねぇ。みんなで行くの楽しそうかも!」

「だな。えっと、初詣っていつ行くんだっけ?」

 タツキがそう聞いてきた。俺が行った時は確か、年明けの三十分前か、それより前かぐらいだったはずだ。

「十二月三十一日の十一時ぐらいじゃない?」

「そんな時間だったか?」

 タツキは少し疑問に思っているようだったが、とりあえず深夜に行こう、ということが決まった。しかし、ナギサは、行けないかもしれない、などと言っており、ショウも、行けるかわからない、という返事をしていた。結果、確実に行けるのは俺とタツキ、そしてミハルの三人となった。

 

 その日の帰宅後。

 タツキからSNSアプリを使ったメッセージが送られてきた。

『初詣、一月一日に行くってなってるけど。』

 どうやらあの後調べてみたらしい。

『嘘でしょ⁉︎じゃあどうする?俺その日親戚のとこ行くから行けないんだよ。』

『それって何時から?』

 タツキのその質問に、俺は親に聞いてみた。すると、九時に家にいたらいいよ、とのことだった。

『九時に家にいたらいいってさ。あそこの神社近いから、多分八時半くらいまではいれると思う。』

『じゃ、七時くらいに行く?』

『それくらいの方がいいかも。頑張って早起きする。』

 とりあえず、その日は七時ごろに神社に集合、ということになった。ナギサはやはり、行けたら行く、という返事をしていた。

『おれアラーム六時にセットしとくわ。』

『俺五時四十五分。』

『はや。』

 そんな会話を終え、俺はアプリを閉じた。

 

 十二月三十一日、俺は珍しく夜更かしもせず、十時には寝て、夢の中で年を越した。

 

 

 十九 みんなで初詣 その一

 

 朝、五時四十五分。俺の部屋には一つのアラームの音が鳴り響いていた。

「んん…、もう時間か…。もうちょっと寝てたい。」

 寝ぼけた声でそんなことをブツブツ言いながら、俺はなかなか暖かい布団の中から出れなかった。

 

 しかし、六時にセットしておいたもう一つのアラームで完全に目が覚め、ビンビンの状態で朝を迎えた。

 

 元日にこんな時間に起きたことなんて初めてではないか?と思う。しかも子供達だけで初詣に行くのだ。そのこと自体初めてのことだった。そのせいか、学校に行く時よりも早く準備が終わり、約束の時間まで暇を潰すこととなった。いつもこのくらいの速さで準備を終わらせたいのだが、なぜだろうか、普段だと朝にここまで体が動くことはないんだが…。

 そんなこんなで暇をしている俺。まだ約束の七時にもなっていない。俺のスマホは、朝七時半からしか使えないのだ。タツキ達に連絡をすることもできなかった。

 

 ようやく、時計の針が七時を差したのを見て、俺は家を出ることにした。後々使えるようになるので、スマホも持って行った。

 待ち合わせ場所は、俺の家の近くの神社。少し前にミハルがランドセルを置いて消えた場所だ。なんと不吉な。だが、ここは俺達に関わりの深い場所でもある。まぁ、ただ帰り道によく寄るというだけなのだが。

 しかし、俺は初詣はよくここに来ており、おみくじを引いたりするのだが、毎年人が多い。周りを見れば、人、人、人…。神社に入ることさえいくらか時間がかかったくらいだ。今年は、少し遅めに来たこともあってか、人はほとんどおらず、俺がここで突っ立っているのが違和感があるほどだった。

 

 チラチラとスマホに表示されている時間と周りを見ていると、ふと見覚えのある姿が見えた。自転車に乗っているその人物の姿は、どんどんこちらに近づいてくる。

「お、タツキだ。あけおめー。」

「よっ。」

 最初に来たのはタツキだった。俺達は軽く挨拶を交わすと、他のメンバーを待つことにした。

「あ、アイツ、遅刻癖あるから、結構遅れるかもしれねぇ。あと、ナギサ、行けたら行くってよ。」

 タツキの言った「アイツ」は、ミハルのことだ。学校でもたまに遅刻をしていたり、無断欠席をすることもあった。そこから、少し前に担任がその件についてキレていたのを思い出した。なに嫌なこと思い出させてくれてんだ。スッとその記憶をぐちゃぐちゃと潰してから、俺はどっちが先に来るだろう、と予想してみることにした。そして、ナギサが来ない可能性が高いことに気がついた。行けたら行くって、来ないやつの台詞ではないか。

 

「にしても、話すことねぇな。」

「…だね。」

 気まずい。実に気まずい。周りは風がビュービュー言っているせいで肌寒い。会話なんてする気になれなかった。そもそも俺はそういうネタとかを集めてくるようなやつではない。どちらかというとツッコミ役だ。俺から話すことはない。

「おれ家出るギリギリまでおこた入ってたから外出た瞬間すっげえ寒かった。」

「おこた?あぁ、コタツか。」

 タツキは謎にコタツのことをおこたと呼ぶ。なんだろうと思ってもいたが、気にするだけ無駄だろう。スルーしておこう。

「てか、そんなんしてたらそりゃ冷えるでしょ。温度差すごいことなるよ?」

「大丈夫。もうなってる。」

 なってた。

 

 数分後。

「あ、ナギサ。」

「ん?お、ほんとだ。」

 ナギサもタツキ同様、自転車に乗ってやってきた。この時、俺は初めて「行けたら行く」というフラグを立てたにも関わらずちゃんと来るやつを見た。

「あ!二人とも、もう来てたんだね。」

「おはよー。」

 朝の挨拶を交わしたところで、あとはミハルを待つのみとなった。ショウは…おそらく来ないだろう。そういうことにしておこう。

 

 それからまた数分後。

「あぁ、おはようございます。」

「あっ、ミハル来た!」

「ほんとだー!おはよー。」

 自転車にまたがったミハルがペコペコと挨拶をしたので、俺も「おはよう」と返した。そしてここで気がつく。

「あれ?もしかしてまたヨツギだけ歩きじゃね?」

 そう、俺以外全員自転車に乗っている、ということだ。以前、このメンバーと数人で遊びに行ったことがあったのだが、その時も歩きは俺のみで、自転車をこぐみんなを駆け足で追いかけることとなったのだ。

「じ、自転車取りに帰るか?」

「いや…もういいよ…。はは…。」

 まぁ、運動不足の俺にはこれくらいがちょうどいいだろう。それに今日は神社でおみくじを引いたりするだけだ。走ったりすることはないだろう。

 

 さぁ、これから楽しい初詣が始まるのだ。俺の性格上、楽しまないなんてことはできない。そんなことを考えながら、俺達は神社の中へと入って行った。

 

 

 二十 みんなで初詣 その二

 

 神社にて。

 俺達四人は、神社の中に入り、賽銭箱の前で軽く手を合わせると、すぐにおみくじ屋さんへと向かった。基本的なお参りの仕方などは、学校で習っていないので、そこはツッコまないでほしい。

「おぉー、おみくじだ!」

「ほんとだぁ!」

 目の前にあるおみくじ屋さんに、俺達はワーワーと騒いでいた。

「あっ、見て。縁結びとかあるよ!…リア充はこういうの買うのかな。」

 俺が明らかに声のトーンを下げてそう言ってみせた。

「いや、リア充はすでに縁あるからいらねぇだろ。」

 すかさずタツキにツッコまれた。

 

「じゃあ、どれ引く?」

 そう俺はみんなに声をかけたが、俺はもうどれを引くか決めていた。

 トンボみくじ。オマケにトンボというやつがついてくるのだ。トンボ、というのは、ガラスのようなものとビーズで作られたストラップのことだ。これがいろんな種類があり、キラキラしていて綺麗なのだ。

「んー、正直どれでもいいけどな。」

「じゃあ、これオススメ!トンボみくじっていって、他のやつよりちょっと高いんだけど、でもオマケがすごい綺麗なんだよ。」

 俺は、自分が買おうと思っていたトンボみくじを勧めた。他のおみくじより百円高く、三百円するのだが、毎回これを買っている俺は平気だった。

「へぇ。じゃ、全員トンボみくじ買うか。」

「そうしよっかねー。」

 そう話をしていると、ふと声をかけられた。

「あのぉー、君達。まだ買わないんだったら、ちょっと向こう、掃除してきていいかい?」

 おみくじ屋さんのところに立っていた人が、申し訳なさそうにそう言った。確かに、会話をしていてばかりで、なかなかおみくじを買おうとしないのだ。迷惑をかけてしまった。

「あっ、そうなんですか。すみません。もう少し考えてからにするので、どうぞ。」

 俺がそう失礼のないように言うと、その人は店の窓を閉め、外へ行った。

「うぅん、どうしましょうか。」

「まぁ、俺はトンボみくじでいいけど、みんなは?」

 店の人に、向こうに行かせてからすぐ帰ってこいと言う気にもなれず、もうしばらく考えておくことにした。

 

 しかし、しばらく経ってもあの人は帰ってこない。

「お掃除中かなぁ。流石にアレだし、ちょっと呼んでこよっか。」

「だねー。」

 そう言いながら俺達は、再びあの人の元へと向かった。

 

「あ、いた。」

 少し奥の方で、ほうきで掃除をしている先程の人が見えた。

「ぐぬぬ。」

 そんな声が聞こえたので、俺は声のした方を見ると、そこには何かを念じているかのようなポーズをしたミハルがいた。

「…なにしてんの?」

「今あの人の脳に直接語りかけてるんでちょっと待ってください。」

 これには呆れてしまった。そんなことであの人がこっちにくるわけな…。

「ん?あ、君達かい。ちょっと待ってね。」

 くるりと振り返ったその人は、また店の方へと戻って行った。

 マジで来た…。

 

「あ、トンボみくじを…三つ。」

「はぁい。好きなの選んでね。」

 ミハルは「僕、所持金ゼロです。」と言っていたので、おみくじを買うのは三人だけとなった。

「よっし、俺はこれにしよーっと。」

「じゃあおれこれ。」

「私下の方のやつ!」

 各々好きなトンボみくじを手に取り、店に立っていた人にペコペコと頭を下げたあと、その店から少しだけ離れたところで、おみくじの結果を見ることにした。

「さぁて、今年の運勢はー?」

 せーのっ、という声とともに、俺達は一斉におみくじの入った袋を開けた。

「あ、まだ中身は見れなかったね。」

「だな。」

 トンボを別の場所へ移動させたところで、再び俺は声を上げた。

「じゃ、気を取り直して…。」

「「「せーのっ!」」」

 一斉におみくじを開くと、今度はちゃんと、運勢が書かれていた。

「んー、小吉かぁ。なんか微妙…。二人はどう?」

「「大吉だ!」」

「嘘でしょ⁉︎」

 重なった二人の声に、俺はすかさず反応する。なんということだ。神様、これはちょっと酷くないか?三人中二人大吉で、俺は小吉…?

「うぅー、いいなぁ。俺も大吉だったらみんな大吉だったのになぁ。」

「空気読めよー。」

 タツキにそう言われたが、これは空気を読む読まないの話ではないと思う。

 わちゃわちゃしながらも、とりあえずおみくじの結果を細かく見ることにした。

「まぁいいや。どんなこと書いてあるのー?」

 俺がそう聞くと、タツキは笑いを堪えるようにしてこう言った。

「ちょ…、なんか怒られたみたいなんだが…。」

「ん?どれどれ。」

 こちらに向けられたおみくじを見ると、ある項目に「さわぐな」と書かれていた。

 

 流石に吹き出した。

 

 

 二十一 みんなで初詣 その三

 

「さてと、おみくじも引いたしそろそろ…って、ん?アレは…お守り?」

 神社を出ようとしたところで、俺はおみくじを引いた場所の横で、お守りを売っているのに気がついた。

「わぁー!お守りだ!ねぇねぇ、みんなで買お!」

 それにすぐ食いついたのがナギサだ。

「すごい!いっぱい種類ある!…けどメガネなくてよく見えなーい…。」

 急にテンションが上がるナギサ。まぁわからなくもないが。

「あ、待って⁉︎私天才!」

「ど、どしたの急に。」

 するとナギサは、スマホをこちらに向けてきた。

「見て!スマホのカメラ使ったらメガネなくても見える!天才じゃない⁉︎」

 あー、はいはいすごいですねー、という感じの返事をしようかと思ったが、その作戦は俺はすぐには思いつかなかったので褒めておこう。

「おー、ほんとだ。…すごっ、めっちゃいっぱいある!」

「でしょ⁉︎私すごくない⁉︎」

 すまない、ナギサ。俺がすごいと言ったのはお守りの種類のことだ。

「うーん、どれにしよっかなぁー。」

 タツキ達は、お守りは別にいいかな、と言っていたので、俺とナギサの二人で、おそろいのお守りを買うことにした。

 

 数分後。

「じゃ、この四葉のクローバーのやつにしよ!」

「おっけー、決まりね。」

 結局、半透明のクローバーのお守りにすることにした。

「あ、このクローバーのお守り二つお願いします。」

「はぁい。七百円ね。」

「えっ?」

 しまった、うっかりしていた。値段を聞くのを忘れていたのだ。俺が今日持ってきた金額は八百円だ。さっき三百円のおみくじを引いたので残りは五百円。明らかに二百円足りない。

「やっば、俺お金足りない。あと五百円だけ。」

「えぇ!そんなぁー。すみません、五百円以下のお守りってありますか?」

 ナギサがそう聞いてくれたが、そこに立ってた人は首を横に振り、「五百円以下はないねぇ。」と言った。

「あ、そうですか。すみません、じゃあ遠慮しときます。」

「あ、私も!」

 二度も似たような迷惑をかけ、申し訳ない気持ちでいっぱいで、何度も頭を下げた。

 

「…あれ?ナギサお金あるんじゃないの?買ってくればよかったのに。」

「いやぁー、一人だけ買うとなんかアレだしね…。」

 胸元まで伸びたふわふわとした髪の毛先をいじりながらナギサはそう言った。ナギサの優しさのようなものを感じた気がした。

 

 しばらく経ってから、俺達は神社を出ることにした。

「んーと、今何時だろ。…え、まだ八時にもなってないの⁉︎」

 スマホに表示されていた時刻は七時半を過ぎたぐらいの時間で、思った以上に早い時間だった。

「うーん、このまま帰るのもなぁ。暇になりそうだし…。」

 まだあと一時間近く遊べる、ということがわかったので、どうせだったらギリギリまで遊ぼう、ということで、近くの公園に行くことになった。

 

 公園にて。

「うわぁー、ブランコ取られたー!」

「いぇーい。」

 俺達は神社から、俺以外は全員自転車に乗って公園に向かった。少し疲れたので、ブランコに乗って休もうかとも思ったが、タツキに取られてしまった。そこで俺は、今の今まですっかり忘れていたある人物についてのことを聞いてみた。

「そういや、結局ショウはどうなったの?」

「あぁ、ショウですか。ここからだとショウの家かなり近いですし、呼んできましょうか?」

 ミハルがそう言ったので俺がうなずくと、ミハルはすぐに駆け出して行った。タツキも後を追うように駆け出した。

「行動力すごすぎない?」

「確かに…。」

 

 数分後。

 先程駆け出して行ったミハル達が帰ってきた。そばにはショウの姿はなかった。

「んー、ダメだったかぁ。」

 俺がそうつぶやいたが、反応する人はいなかった。

「なにしよっかねぇ。…で、タツキはさっきからなにしてんの?」

 俺がタツキの方を見ると、タツキは何やら熱心に砂の上に円い何かを描いていた。そして、それが完成していくと、どこからどう見たって魔法陣にしか見えなかった。

「ねぇ、マジでなにしてんの…?」

「魔法陣描いてる。」

 本当になにしてんだ、公園のほぼど真ん中で。

「ここに、ショウを召喚‼︎」

「嘘でしょ…?」

 何の遊びだろうか。そんな都合よくショウが来るわけないじゃないか。

 

 しばらく経つと、奥に自転車に乗った人が走ってくるのが見えた。一瞬ショウかと思ったが、そんなことがあるわけない。さっきミハルたちが行った時は来なかったんだ。きっと何かの冗談だと思った。しかし、その姿は徐々にくっきりとしていき、魔法陣の前にその自転車が止まった時、ようやく乗っている人が誰なのかに気がついた。

「えぇ!嘘でしょ⁉︎ショウ⁉︎」

 それは紛れもなくショウ本人だった。

「よっ。」

 手をピッとやって挨拶をするショウ。そして俺の反応を見たタツキは、遅くね?といった感じの表情をしていた。

 そこから、ショウも加わった五人で、再び神社に向かうこととなった。もちろん、徒歩は俺だけだ。

 

 神社につくと、軽く賽銭箱の前で手を合わせてから、おみくじ屋さんに向かった。ショウのおみくじの結果は、俺と同じく小吉だった。

「ちょ、小吉被りしてるんだけど…。おかしくない?四人引いて半分大吉で半分小吉なんて。」

「確かにな。」

 おみくじの結果を見ながらわちゃわちゃしていると、ある項目の言葉に目が留まった。

 そこには、読みやすくひらがなで

「さわぐな」

 と書かれていた。

 

 

 二十二 恵方巻き

 

「二月二日、おれの家の寿司屋で恵方巻き売ってるんだけど、買いにくるか?」

 タツキの家は、お父さんが寿司職人で、寿司屋をやっているようだ。

「へー、恵方巻きかぁ。親に相談してみる!」

 

 家に帰ったら、親にこの話をした。すると、オッケーをもらえたので、次の日の学校でそのことを伝えることにした。

 

 次の日。

「オッケーもらったよー。」

「私もー。」

「僕も。」

 それぞれ許可をとったことを伝えると、タツキは、じゃ、約束ね、と言ってその時はそこで終わった。

 

 その後。

「なぁ、節分って二月三日じゃね?」

 ショウが突然そう言い出したのだ。俺はそういうことはあまり詳しくなく、そうなの?と聞いてみた。

「ほら見ろよ。検索したやつだと二月三日ってなってるけど?」

「わ、ほんとだ。」

 ショウにパソコン型タブレットの画面を見せられると、そこには「節分は二月三日」と書いてあった。このことを、タツキにも聞いてみることにした。すると、タツキはこう言った。

「マジで?二月二日だった気がするんだけどな…。」

「まぁ、その日限定ってわけじゃないんでしょ?」

 俺がそう聞くと、タツキは首を横に振った。

「いや、その日しか売ってない。」

「嘘でしょ⁉︎じゃあタツキ、今日お父さんに聞いといてね?絶対だよ⁇明日ちゃんと伝えてね?」

 そう俺が念を押したが、横にいた六年一組の生徒で俺の友達であるエミが二つに結んだ髪を揺らしながらこう言った。

「あぁー、ウチもそれ買いに行くよー。確か二月三日じゃなかったっけ?」

 二月三日の可能性が高くなってきた。

「ま、二月二日だったら伝えるってことで。」

 タツキがそう言って、そこで会話は終わった。

 

 しかし、その後タツキからその件についての連絡は来なかった。

 

 二月三日。

 俺達は、よく行く近くの公園に集合した。タツキは、準備ができたらそっちに行くから、それまで待っておいて、とのことだった。

「三十分くらい待てばいいかな。」

 俺がブランコに乗りながらそう言うと、前にちっちゃい男の子がボール遊びをしているのに気がついた。見た感じだと幼稚園児だろうか。柔らかめのボールを蹴って、サッカーのようなことをしていた。

 すると、そのボールは、俺が乗ってるブランコの前まで転がってきてしまい、男の子は取りに行けず、困ったような顔をしていた。俺は、目の前のボールを拾って、男の子の元へ向かった。

「はい、どーぞ。」

「ありがとう!」

 ちゃんとお礼が言えるなんて、この子はいい子に育つぞ。そんなことを考えながら、俺はブランコの方へ戻った。

 

 それから少し経った時。男の子がこちらをジーっと見つめていた。

「ショウ、遊んであげたら?」

 俺は少しニヤニヤしながらそうショウに無茶振りをすると、ショウは明らかに嫌そうな顔をしてから、その子の元へ駆け寄った。

「おら、ボール顔面にぶん投げられたいか?」

 男の子相手にそんな言い方、弱い子だったら泣き出すぞ。俺が心配しながらそちらを見ていると、男の子は嬉しそうに、いかにも遊んでと言っているかのような笑顔でショウに向かってボールを蹴った。ショウもショウで、意外にも優しくボールを蹴り返してあげており、優しいお兄ちゃん感が溢れ出ていた。

「おぉー、ショウ、いいよー。優しいお兄ちゃんに見えてるよー。」

 俺がそう言ってからかうと、いつものように睨みをきかされた。しかし、やっている行動は全然怖さを感じない。ほんと、いつものショウはどこへやら。そして俺は、これはカメラに収めなくては、と大急ぎでスマホのカメラで録画を開始した。そして、しばらく男の子と遊んであげたショウがこちらに戻ってくる時「なに撮ってんだよ」という最高の決め台詞を撮ることができた。まぁ、その動画は個人情報などのうんたらかんたらでスマホ内から消すこととなった。せっかくのショウのネタが…無念。

 

 などと遊んでいたら、ようやくタツキが公園にやってきた。

「お、お待たせ…。」

「おぉ、だいぶ待ったね。三十分ちょい。」

 約束の時間からほんのちょっとしか遅れていないが、俺はわざとそう意地悪に言った。

「じゃ、向かうか。」

「「「「おー!」」」」

 

 タツキの家、到着。

「へぇー、タツキの家ここだったんだ。」

「いや、ストリートビューで散々見ただろ。」

 ショウにツッコまれたが、俺は反論する。

「いやいや、確かに見たけど、ここだとは思わなかったの!」

「そうかぁ?」

 そんな会話をしながら待っていると、すぐ近くの看板には、売られている恵方巻きについて書かれていた。

「あぁー、これねぇ。恵方巻き…五百円⁉︎」

「安!」

 一本たったのワンコイン。なんと財布に優しい…。

「はーい、持ってきたよ。」

 タツキがそう言って、俺達に順番に恵方巻きを渡していった。そして、それと交換で俺達は代金を支払った。

「じゃ、これで以上?まだ外明るいし、公園で遊んでくるか?」

 タツキがそう言った。正直うなずきたかったが、親に言われたことを思い出した。

「あ、俺、終わったらすぐ帰るように言われてるから…。」

「私も、これから習い事が…。」

 ナギサはそう言うと、そのまま、バイバーイと手を振って、帰ってしまった。

「しゃあねぇ、ヨツ姉送ってくか。そのあと公園な。」

 残った三人が、家まで送ってくれた。

 

 翌日。

「あ、タツキ、恵方巻きめちゃくちゃ美味しかった!来年も買わせてね!」

「あ、ウチも食べたよー。美味しかった!」

 エミも、あの日買いに行っていたらしい。残念ながら会うことはできなかったが。

 俺とエミはタツキにそう伝えると、ドヤ顔で「だろ」と言ってきた。

 

 ドヤ顔のせいで一瞬否定してやりたくなったが、嘘はつきたくないのでやめておいた。

 

 

 二十三 ひょうたん洗いの二人組

 

「うぅっ…、どうしてこんなことに…!」

 そんな俺のつぶやきが、静かな廊下に小さく響いた。

 

 ことの始まりは十数分前。

 俺は、ルンルンで帰る用意を進めていた。なぜか、というと、今日が金曜日だからだ。二日間休みが入るこの時を待って学校に行っていたと言ってもおかしくないくらいだ。

 そして、給食着と体操服を取りに行った時、見覚えのある袋が置いてあるのを見つけた。

「ふんふーん。ん?ねぇショウ、これ、ユウタ忘れて帰ってない?」

 俺はそう言って、その袋を指差した。給食着か体操服かはわからないが、ユウタのもので間違い無いだろう。

「わ、マジじゃん。」

「アイツさっき出ていったばっかりだし、届けに行く?」

 俺の提案にショウは一度うなずいて、袋片手に教室を飛び出していった。

「うわ、行っちゃった…。追いかけるかぁ。」

 そして、俺もショウを追いかけるべく、靴を履き替えた。

 階段を駆け降りていく途中、すごい勢いで階段を駆け上がっていくユウタと、おそらくユウタと一緒に帰っていたクラスメイトのヒナタとすれ違った。

 ヒナタはユウタの友達で、よく話をしているのを見かける。ユウタが言うには兄弟のような存在らしい。

 それからほんの少し経ってからショウも駆け上がってきた。

「え、ど、どうしたの?」

「いや…なんか…忘れてたみたいでさ…。」

 肩で息をしながらも、なんとかそう伝えてくれたショウ。どんだけ大急ぎで走っていったんだと聞くと、階段の下まで降りてから、すぐに上へと上がったため、息が上がっているとのことだった。

「よく走れるよね…。」

 思わず感心してしまった。

 どうやら、ユウタの荷物をショウが届けたところ、一緒に帰っていたヒナタも忘れ物を思い出したらしく、それで教室に戻ってきたとのことだった。

「じゃ、バイバーイ。」

 俺とショウは二人に手を振ると、そのまま教室に戻った。

「さてと…、あ、そういやタツキ今日早退したんだった…。ミハルは相変わらず学校来てないし、ナギサも帰っちゃったし。ショウと帰るかぁ。」

 

 教室を出た時、手洗い場の近くに誰かがいることに気がついた。

「あれっ、理科の先生だ。」

 理科を担当している若い先生が、水道で何かをジャバジャバとやっていた。

 すぐに帰ればいいものの、俺達はしばらくそちらを見てしまっていた。そして、そんな俺達に気がついた先生は、こちらに声をかけてきた。

「あっ、ちょうどいいところに!ちょっと手伝ってくれない?」

 

 これが、今のこの状況に至るまでの出来事だ。

 現在、俺とショウは小さなひょうたんを洗わせられている。

「さっきユウタに袋届けた時は居なかったのに!…全てはユウタのせいだ…。」

「それナイスアイデア。」

 そう言いながらひょうたんをスポンジでゴシゴシと強くこする俺。しかも、ひょうたんに薄く張り付いた皮のようなこれがなかなか取れない。

「いやー、四年生が育ててさ。で、収穫できたから洗ってたんだけど、いいところに六年生が来たからね。手伝ってもらおうと思ってさ。」

「なんでよりによって俺達なのさ…。」

 俺がそう愚痴をこぼすも、先生は、まぁまぁ、だのと言っている。

「てか、君達もやらなかった?」

「俺達の時は、とある事情があってひょうたんを育てることができなかったんですよ。」

 そんな会話をしていると、ショウが先生にこう言った。

「はぁ、こんなもんでいいっすか?」

 ショウは、自分が洗い終わったひょうたんを先生に向けた。そのひょうたんには薄皮のようなものは一切なく、とてもきれいに洗われていた。

「おぉー、充分充分。」

 先生がそう言うと、ショウからひょうたんを受け取ってプラスチックでできたパックに入れた。

「ねぇーせんせー、何してんのー?」

 ふとそんな声がして振り返ると、先生の近くには中学年くらいの子が立っていた。

「あぁー、君達が育てたひょうたんを、六年生のお兄ちゃんとお姉ちゃんが洗ってくれてるの。」

 どうやらこの子は四年生らしい。あまり他の学年と関わりのない俺は特に気にせず、薄皮との戦いを続けた。

「へぇー、お兄ちゃん達、ありがとう!」

 その子の純粋な感謝の言葉に、思わずひょうたんをこする手が止まった。

「というかヨツギさん、ちょくちょく文句言ってるけど、ちょっとガチになってない?」

 側から見たらそう見えるかもしれない。しかし、俺はただこの張り付いてる皮が気になるから取ろうとしてるだけであって、決してガチになっているというわけではない。断じてない。

「なってないですよ。ただ、どうせやるんだったら気になるとこ全部やっちゃおうってだけです。」

 そして再びひょうたんをこする。ギュッギュッと音を鳴らしながらひょうたんを洗っていると、別の四年生がやってきた。

「あー、せんせー!何やってるの?」

「ほら、ひょうたん。つくったでしょ?」

 先生はその子に、ショウが洗ったひょうたんを見せた。

「うわー!めっちゃきれい!お姉ちゃん達が洗ってくれたの⁉︎」

 その子は目をキラキラさせながらそう言った。

「そーそー。ちゃんとお礼言いなよ?」

「お姉ちゃん、ありがと!」

 その表情に、思わず固まってしまったが、なんとか声を振り絞って「ど、どういたしまして…。」とだけ言うことができた。

 

 しばらくゴシゴシしていると、ようやく薄皮が取れたので、先生にひょうたんを手渡した。

「はい、終わりました。」

「おー、すごいきれいになってる…。」

 何分も時間をかけてやったのだ。そりゃそうだろう。逆にかかりすぎな気もするが、そう考えると俺のメンタルがやられるのでやめておこう。

「これはタツキ達に報告しなきゃだな…。」

「だね…。」

 

 先生にひょうたんを手渡したのち、ようやく帰ることができた。

 

 

 二十四 もしかしてリア充⁉︎

 

 俺とショウは、教室のすみっこに固まって話をしていた。

 今日、教室に残っているのは、俺とショウ、そしてタツキとミハルだ。ナギサは…また先に帰ったようだ。最近は別の子と仲良くしており、教室に残るメンバーはこのメンバーの時が多かった。それに、今日は残っているが、ショウもよく先に帰っており、放課後組の崩壊の危機もあった。

「でさー…。」

 すると、視界の隅に担任の姿がチラリと映った。

「そういえば、ヨツギさんとショウさんって付き合ってるの?」

「…⁉︎」

 耳を疑う発言だった。俺とショウが付き合ってる?んなことあるわけがない。そんなことがあってみろ。他の放課後組のメンバーにフルボッコにされて終わりだ。

「んなわけないじゃないですか。」

「てか、ここお互い別に好きな人いますし。」

 ショウのその言葉に、思わず親指を立てそうになった。確かに、そう言って仕舞えば、流石の担任もそこまで生徒の恋バナに突っ込んできたりはしないだろう。しかし、ショウまでも好きな人いる宣言をするとは。ある意味自爆行為だ。

「へぇー、あっ、ヨツギさんの好きな人って、もしかしてタツキさん⁇」

 俺は、コイツ、踏み込んできやがった、というような感情を顔全体に押し出したが、その後、すぐに焦りの顔に変わった。なぜなら、担任のすぐ後ろに忌々しい雰囲気を漂わせたタツキが立っていたからだ。

「先生、今なんて言いました?ちょっともっかい言ってもらえます?なんかおれがヨツギのこと好きとか言ってましたけど、聞き間違いですよね?そうですよね?」

「ちょ、ちょっとタツキ、落ち着いて…。」

 しかし、そんなタツキを気にもせず、生徒の恋愛についてズカズカと踏み込んでくる担任。

「あぁ!わかった、ミハルさんか!」

 ついにミハルも巻き込まれてしまった。なぜこの人は放課後組内で恋愛を起こしたがるのだ。

「ちょ、いい加減そういうこと言うのやめてくれます?」

 俺もここまで言われたら担任であろうと睨みを効かす。この人には説教が必要だろう。俺達子供はデリケートなのだ。慎重に扱ってほしい。

「えぇー、でも、ここのメンバーやけに仲良くない?そういう関係があるのかと思うじゃん。」

 この関係は友達以上でも以下でもない。このメンバーの中で恋愛なんか起こしたら、それこそこの関係が崩れるだろう。俺達の距離感をわかってほしいものだ。

「なんで仲が良いからって付き合ってることになるんですか!」

 俺はそう言ったが、担任はいまいち納得していないようだった。うーん、だのと言いながら、俺達から離れていった。

「はぁ、あの担任のああいうところ嫌なんだよなぁ。そういや最近クラスメイトでもそういうこと言う人いるし。仲良い男女ってやっぱ、付き合ってるって認識になるのかなぁ。」

「そうなんじゃね?まぁ、オレらに限ってそんなことはまず起こらねぇけど。」

 ショウとそんな会話をしながら、チラリとタツキ達を見た。

「そもそも、女子二、男子三の比率で恋愛なんかしたら、上手くいくわけないじゃん。」

 俺がそうボソリとつぶやくと、ショウがこんなことを言ってきた。

「ん?女子二じゃねぇだろ。」

 その発言に、俺は首を傾げる。

「え?いやほら、俺とナギサで…。」

「あれ?お前男じゃなかったっけ?」

 

 この時、こんな奴らと恋愛なんかできるわけないと確信した。

 

 

 二十五 ミハルからのお願い

 

「今日の放課後、少なくとも一分おきに、教室の窓の外を見ておいてくれませんか?」

 朝、俺達は理由を聞くことはできず、ミハルにそれだけを伝えられた。

 

 朝、教室に入ると、すでにミハルがいた。

「お、ミハル、おっはよー。」

「あ、おはようございます。」

 軽く挨拶を交わした後、俺は自分の席に向かい、ランドセルを片付け始めた。すると、ミハルに声をかけられた。

「あ、あの、今日放課後するのは別にいいんですけど、教室の窓の下の方をずっと見ておいてくれませんか?」

「はい?」

 放課後する、とはどういう意味だろうか。おそらく放課後を過ごすという意味だろう。まるで動作のように放課後という単語を使うところにはツッコみたくなったが、それよりも気になる部分があったのでスルーしておこう。

「なんで窓の外見なきゃいけないの?何かあるの?」

 そう、そこだ。なぜ外を見るのか、という理由が知りたいのだ。

「え?理由を三文字以内で述べろって?」

 ミハルのボケに俺は乗っかる。

「あぁー、そういう時は、理由を述べろって言われてるから『理由』って言うか、『黙れ』って言ったらいいよー。…ってそうじゃなくて!」

 そうノリツッコミをかました俺。

「理由を三文字以上で述べなさい!」

「えぇー、難しいですねえ。」

 なぜか理由を教えてくれないミハル。

「とにかく、見たらわかります。」

 結局、そうとしか教えてくれなかった。

 

 その日の放課後。

 その日は、六時間目が体育だったため、俺は女子更衣室から帰ってきたものの、男子達がまだ着替えているせいでなかなか教室に入れなかった。

「もー、ミハルとの約束があるのにー…。」

 しばらくするとようやく教室に入ることができ、俺は、同じようにミハルにお願いされたタツキ達にその件について聞いた。

「教室の外、どうだった?」

「んー?いや、一分おきぐらいに見てはいたけど、特になにもねぇよ。」

 タツキにそう返された俺は、教室の窓の外を見たが、やはりなにもなかった。

「結局あれはなんだったのさ…。」

「さぁ?」

 

 帰り道にて。

 いつも通り歩道橋に向かう俺達。しかし、その奥に見覚えのある人影が見えた。

「え、あれって…ミハル⁉︎」

 そこには、私服姿のミハルがいた。この状況、どこかで見たことがある気がするが…、気にしないでおこう。


「え、じゃあ、窓の外見ておいて欲しかったってのは、これのこと…?」

「そうなんじゃねぇの?」

 ミハルは、家に帰り、速攻で着替えてここまできたらしい。それを、俺達に見て欲しかっただけのようだ。

 

 そしてミハルは、俺の家まで着いてきた。肩にかけているバッグに漫画を入れて。

「漫画持ってきてるの⁇」

「そーそー。ほら、これですよ。」

 それは俺達がちょくちょくネタとして扱っているとある漫画だった。

「そっか、ミハルこれ漫画版買ったんだね。俺小説だけだ。」

 俺はミハルから漫画を受け取り、パラパラとページをめくって軽く目を通したのち、ミハルに返した。

「一巻は買えませんでしたけどね。」

「あ、そうなの?」

 今回持ってきているのは途中の巻を何巻か持ってきており、てっきり家に他の巻を全て揃えているものだと思っていた。

「一巻だけ売り切れてました…。」

「い、一巻だけ…?」

 一巻のみは好評なのか、それとも一巻だけを買う人が多いのか…。どちらなのかはわからない。

 

 その日はミハルが持ってきた漫画を読んでから家に入った。

 

 

 二十六 気配を感じて

 

「ふぃー、やっと授業が終わったぁー。」

 そう言って自分の席に腰掛ける俺。そして、教室に残っているメンバーを見てみると、思わず声を上げた。

「うわ!めちゃくちゃ久々に放課後組が全員揃ってるー‼︎」

 教室には俺以外に、ナギサ、タツキ、ショウ、ミハルの全員がいたのだ。そのことに声を上げる俺だが、他の放課後組のメンバーは皆、「急に大声出すからびっくりした。」というような顔で俺の方を見てきた。いいじゃないか。久々に揃ったんだから。そりゃ声を上げるに決まっているだろう。

「久しぶりに放課後組フルメンバーだ…。」

 そう言いながら、俺は拳にグッと力を入れる。最近はメンバーがほとんどおらず、タツキと帰ることが多いせいで、変な噂が立ちそうになっていたのだ。

 これで、ようやくみんなで帰れる。

「オレも今日は塾、七時半からだからな。」

 ショウのその言葉に、俺はみんなで帰れることを確信した。

 しかし。

「じゃ、またな。」

「えぇ⁉︎帰るの⁉︎」

 唐突なショウの帰宅。時間があるのではなかったのか。

「あ、ちなみに、正しくは七時二十分からな。どーでもいいけど。」

「うわぁー、すっごいどうでもいい。」

 塾までの時間十分短縮。しかしだとしても七時二十分からだ。一緒に帰ることくらいできるのではないか?

「あれま。空気読めないやつだなぁー。」

 俺のその言葉に聞く耳も持たず、そのままショウは廊下を歩いていった。それを見た俺とミハル、そしてタツキは、ショウの後ろ姿に向かってこう叫んだ。

「「「やーい、帰り道、ひとりぼーっちぃ‼︎」」」

 しかしショウが振り返ることはなく、その姿は階段の下へと消えていった。

「待って、ナギサも帰るとか言わないよね⁇」

 俺は少し不安になってそう聞いたが、ナギサが帰る様子はなかった。

「ほんっと、ショウ、空気読めないなぁ。」

 俺がそう愚痴をこぼすと、タツキがこう言ってきた。

「まぁ、空気は吸うものだからな。」

「…そういうことじゃないじゃん?」

 タツキの言うことはド正論だった。

 

 歩道橋の下の坂道で。

 俺達放課後組からショウを抜き、代わりにクラスメイトのルナを含むメンバーで、俺達はいつも通り会話をしていた。

 ルナは、ナギサと仲が良く、最近はナギサと一緒に帰ることが多いらしい。

 今日ここで立ち止まって話をしている理由は、タツキがここで小説を書きたいと言ったからだ。タツキは、俺達放課後組のメンバーで、実際の人物には一切関係ない、フィクションの話を書いているそうで、それの続きをここで書きたいと言っていたので、俺達もここで立ち止まって話をすることになったのだ。

「で?進み具合はどんな感じですかね?タツキさん。」

 俺がそんな変な言い方でタツキの手元を覗き込むと、だいぶ話が進んでいるようだった。

「おぉー!すごいじゃん。書けたら読ませてね。」

「あっ、私にも後で読ませて!」

 横からナギサも入ってきた。ナギサは、先に帰ってしまったどこかのショウとかいう人とは違い、一緒に帰ってくれた。そして今も、こうして集まって会話をしていた。

 

 数分後。

 何かの拍子に、ナギサとルナが坂道を駆け降りていってしまった。すかさず、タツキは今ここにいるメンバーの中で最も足の速いミハルに追いかけるように指示を出す。ミハルはランドセルを置いたまま、坂の下へと消えていったナギサ達を追いかけていった。

「あちゃー、ナギサ、帰っちゃったかな…。」

「さぁ、知らね。」

 黙々と小説を書き続けるタツキ。そして俺は、ミハルが帰ってくるのを待った。

 

 しばらくすると、ミハルが坂道を駆け上がってきた。

「ど、どうだった?」

「目と目が合ったらなんとか勝負、のヤツをやったら負けました!」

 まさか、あのモンスターのボールの中にいる子達を使って戦ったというのか?というか、その勝負を引き受けたナギサもナギサで何者なんだ…?俺がタツキに声をかけようとそちらを見ると、タツキの後ろにはナギサとルナがいた。

「うわあああ⁉︎」

 思わず尻餅をついてしまう俺。いてて、と言いながらも、なんとか立ち上がることができた。にしても、いつの間に帰ってきていたのだ。全く気配を感じなかったぞ。

「はぁ…、もう、驚かせないでよ…。」

 そう言ったのち、みんなで笑った。

 だが、その表情が変わるのに時間はかからなかった。

「なっ、あ、あれは…⁉︎」

 俺がそう言って坂道の方を指差す。みんながそちらを向くと、ナギサも声を漏らした。

「え、そ、そんな…どうしてここに…⁉︎」

 そこにいたのは…!

 

 ケントだった。

 最近、ケントがついてこない時があったが、その時でも、どこかでその姿を発見するのだ。まるで俺達の動きを予測されているかのように。しかも、本来なら来るはずのない場所にまでやってくるのだ。それが俺達は恐ろしくて仕方がなかった。一時期、俺の家でピンポンダッシュを何日か連続でされることもあった。流石にその時はうちの親が怒鳴っていた。あれは恐ろしかった…。

 そのケントは、ゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてくる。

「あ、あわわ…。」

「お前ら!帽子を抑えろ!」

 ケントは、人の帽子をどこかに持っていってしまう時もあった。まさに放課後組、絶体絶命!

 …という遊びをしていた。まぁ、ケントが度々やらかすのは事実だが、俺達はよっぽどのことでなければ気にしないし、酷い時にはタツキがおぞましい雰囲気でケントに注意をした。今回も、ケントは俺達の横を通り過ぎたのち、なぜか帰り道と反対方向の歩道橋の方へと向かっていった。

「…え、どこ行くの?」

 

 俺のその小さなツッコミは、シーンとした空気の中に溶け込んでいった。

 

 

 二十七 それって幻覚…? その一

 

 教室から出た俺とタツキとミハルは、階段をのんびりと下りていた。ふと、窓の外を見ると、歩道橋の上に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「ん?あれ、ナギサじゃない?」

 俺がそう言って窓の外を指差すと、タツキも口を開いた。

「お、マジじゃん。あの歩くスピードだったら追いつくか…。よし、走るか。」

 その言葉に、俺とミハルは返事をすることもなく、そのまま走っていった。

 

「はぁ…。あっ!ナギサが歩道橋を下りたところに!」

「ナギサぁぁ‼︎そこで待ってろぉー‼︎」

 タツキがそう叫び、そのまま歩道橋を上っていく。俺も急いで歩道橋を駆け上がっていった。

 

「や、やっと着いた…。あ!ナギサ‼︎」

 するとそこには、ちゃんとナギサが待ってくれていた。後ろからタツキもやってくる。しかし、ナギサの元に駆け寄った時、誰かを忘れていることに気がついた。

「…ねぇ、ミハルは…?」

「あ?あぁ、アイツなら、さっき歩いてたから、そのうち来るんじゃねぇの?」

 どうやらミハルは最初の少しの間だけ走っていたようだ。仕方ない、ここでミハルを待つとするか。そんなことを考えながら、俺達はその場で立ち止まった。

 

 数分後。

「あ、ミハル来た。」

「あぁ、どーも。」

 歩道橋の方からようやくミハル登場。ナギサは本を読んでおり、タツキはパソコン型タブレットをいじっていた。二人とも、ミハルの方を見ようともしない。

「タツキー、ミハル来たよー。」

 そう声をかけたが、タツキは顔を上げることもせずこう言った。

「なぁなぁ、ここ学校からそこそこ離れてるのにWi-Fi繋がるぞ。」

「今その話してないよ…。ってか、ここまでWi-Fi繋がるの⁉︎」

 一瞬スルーしかけたが、思わずタツキの持っているタブレットの画面を覗き込んだ。

「マジだ…マジでWi-Fi繋がってる…。」

 その画面には、画像検索のできる画面が表示されていた。

「あぁ、みたいですね。こっちでも音楽流すことできますよ。」

 そう言ったミハルの持っているタブレットの画面を見ると、やはりここでもWi-Fiが繋がっているようだった。

「ここまで届くなんて…Wi-Fiすごっ。」

 俺がそう言うと、ナギサが急にこんなことを言った。

「うぅ…やばい、花粉症で目が…。」

 その言葉に、タツキはすかさずボケる。

「目がっ…目がぁぁぁっ‼︎」

「うわぁぁぁぁ‼︎」

 タツキに釣られてナギサもボケる。しかし、タツキは急に冷静になる。

「え、まだ言うほど花粉症の時期じゃなくね?三月になったばっかりだぞ?」

「三月でも花粉症にはなるでしょ…。」

 俺達が花粉症の始まる時期を気にしていると、ナギサがこう言った。

「私帰る…。花粉症辛いから…。」

「え、帰るの⁇花粉症で?」

 正直どういう理由なのかはよくわからなかった。だが、テクテクと帰っていくナギサの後ろ姿を優しく見送ってやった。

 

 その後。

「お、団長来ましたよ。」

 ミハルがそう言ったので、俺も道路の向こう側を見る。そこには、ウイであろう人物の姿があった。目のいいミハルが団長だというのだから、あれがウイで間違いないだろう。

「本当だ。団長来た。」

 俺のその言葉に、タブレットをいじっていたタツキも反応する。

「ん、じゃあお前ら、隠れるぞ。」

「いや、俺ここで向こうの様子見とくよ。」

 タツキの提案を俺は拒否し、ここで向こう側を見ることにした。タツキとミハルはそのまま建物の影に隠れていった。

 

 しばらく経つと、団長が来た。

 しかし、そのそばには、陽キャ系男子がおり、とても俺達のような陰キャが出ていけるような状況ではなかったので、いつものように挨拶はできなかった。

 

 二十八 それって幻覚…? その二

 

 そして数分後。

 俺が道路の向こう側をジーッと見ていると、ある二人組が歩いてくるのが見えた。

「あ、あの二人組来ましたよ。」

 ミハルが言っている二人組、それは、クラスメイトのユウタとエイトのことだ。エイトは、ユウタと仲のいい男子の一人だ。俺とタツキは、ナギサを追いかけた時に門の近くにいた二人を見ており、おそらくミハルもその二人を見たのだろう。それで、あんな言い方をしたのだ。

「お、ほんとだね。」

 

 それからしばらく経つと、歩道橋の上から足音が聞こえてきた。

「うぉ、お前らまだいたのかよ⁉︎」

 二人は驚いたような顔をしてこちらを見ていた。なんていいリアクションをしてくれるんだろう。

「いやー、二人がこっちくるのが見えたからさ。」

「え、見られてたってこと?」

 エイトは目をまんまるにしてそう聞いてきたが、俺はその質問に答える気がなかったのでスルーしておいた。

「あ、なぁ、ここWi-Fi繋がるんだぜ。」

 タツキはそう言ってタブレットをユウタ達に向けた。

「わ、マジかよ。Wi-Fiすげぇな。」

 そんな会話をしながら、俺達は歩道橋の下に固まっていた。

 

 そんな時、近くに女の子が立っているのが見えた。坂道の方をジーッと見つめている。

「…?」

 俺がその様子を気にしていると、急にその子は手からブンブンと音が聞こえそうなほど手を振った。

「一緒に帰ろー‼︎」

 その言葉に、俺は近くを見てみる。ここにいるのは、俺とタツキとミハル、そしてエイトとユウタだ。ひょっとして、このメンバーの誰かにそう言っているのではないだろうか。そして、その大声に気づいたであろうエイトとユウタは、その女の子の方をジーッと見ていた。そこで、俺は、この子はユウタの知り合いじゃないか、と思う。ユウタは他の学年とも関わることがあるらしく、俺の知らない子と話しているところを度々見かける。今回もそういうやつなのではないだろうか。

 俺が一人でそんなことを考えていると、ついにその女の子が動き出した。俺の前を通り、タツキ達の後ろを駆け抜け…、

 ユウタの前も通り過ぎた。

 その子の走っていった方を見ると、坂を下った奥の方には同い年くらいの男の子が立っていた。それに気づいた俺達は思わず声を上げる。

「「え、この距離で話してたの⁉︎」」

 おそらく十何メートルは超えているであろうその距離で、あの女の子と男の子は会話をしていたのだ。

「嘘でしょ…。見せつけられてたってこと?」

 あの子達に悪意がないのはわかっている。わかっているが、非リアの前で男女の会話を見せつけるその行為はどうかと思う。実に理不尽な話だが。

 

「じゃ、そろそろ帰ろっかぁ。」

「だなー。」

 俺達はようやく家へ向かうことにした。しかし、横を見ると、帰り道ではない坂の奥の方を覗き込むユウタがいた。

「ねぇ、あれ何してるの?」

「んー?え、ユウタ何してんの…?」

 俺に言われてユウタの方を見たエイトも、ただその姿を眺めるだけだった。この状況、俺は、ボケるしかないと思った。

「…虚無を見つめている。」

 俺のその発言に、エイトは吹き出した。俺はさらに追い打ちをかける。

「見て…、あの人、また何もないところを見つめているわ!きっと見えてはいけないものが見えているのよ!」

 エイトの笑い声に釣られ、俺も同じように吹き出してしまった。そして、その様子に気がついたユウタがこちらに戻ってきた。

「ねぇユウタ、さっき何してたの?」

「いや、あそこにおばあちゃんがいたから見てただけだけど?」

「や、やっぱり、見えちゃいけないものが…⁉︎」

 俺はただひたすらボケ続ける。ユウタも特に気にする様子はなかった。

 ふと横を見ると、タツキが座り込んでタブレットを睨んでいるのが見えた。

「さてとっ、タツキ置いて帰りますか。」

「ん、そうするか。」

 他のメンバーもツッコむ気はないらしく、そのまま帰ろう、ということになった。

「じゃ、そろそろ帰るか。」

 俺があんな発言をしたにも関わらず、タツキも帰る用意を始めた。

 

 帰り道の途中でのこと。

「あ、見て!月が出てる!」

 エイトのその発言に、俺達も空を見上げる。しかし、エイトが指差す方を見たが、そこには月ではなく、丸い形をした雲が浮かんでいた。

「月…?あれ月じゃなくて、雲じゃない?」

「だよな。月には見えねぇよな。」

 俺の言葉に、他のメンバーもそう言ってくれた。

「えぇ⁉︎あれ、月じゃないの⁉︎」

 そう声を上げるエイト。その様子があまりにも可笑しく、これはネタにしなければ、と思った。

「エイト、やばいんじゃない?…病院行く?」

「ちょ、だいぶ危険だろ。重症だ、重症。」

 ユウタも乗っかってくれた。こんなにもノリのいい人達が揃うことがあるだろうか。すると、タツキはなぜかエイトから帽子を奪い取った。このノリは正直よくわからない。

 その後、しばらくエイトを病院送りにするか、という内容の話をしたのち、タツキは持っているエイトの帽子をエイトに投げようとした。

「ほれ、受け取れ。」

 ポイッと投げた帽子をギリギリのところでエイトがキャッチする。そして、そのまま頭に帽子を被った。

 しかし、タツキはこう言う。

「エイト、それ帽子じゃない。葉っぱだ。」

 もちろん、エイトが頭に乗せているのは帽子だ。しかし、今の俺達に常識なんか通用しない。

「うわ、マジじゃん!エイト、早くその葉っぱ払いなよ!」

「あーあー、めちゃくちゃ葉っぱついてんじゃねぇかよ。」

 ユウタはそう言いながら、エイトの頭をポンポンと叩く。エイト自身は、え?という顔をしていたが、俺達は気にしない。

「もしかしてエイト、幻覚見えてるんじゃない?ほら、さっきも雲が月に見えてたし…。」

「やっぱ病院行くか。」

「えぇ⁇おれが変なの⁉︎」

 

 その日はひたすらエイトに病院を勧めた。

 

 

 二十九 最後の日

 

「私達は」

「卒業します!」

『卒業します!』

 

 朝、いつもより遅めの時間に学校に着くと、俺は教室に向かった。

「おはようございまーす…って、ミハル⁉︎」

 教室に入ると、すでにミハルがいた。

「あ、おはようございます。僕一番乗りです。」

「あぁ、そう。お、おはよう…。」

 急なことに驚いたが、とりあえず挨拶を交わす。

 今日は卒業式。こうして教室に集まるのはおそらく今日が最後だろう。しかし、こんな日に限って天気は雨。空もどんよりとしており、いい天気とは言い難い天気だった。

「卒業式なのに雨すごいねー。」

「ですね。まぁやる場所は体育館なのであまり関係ないですけど。」

 俺が自分の席に着くと、教室の中に何人もの先生がいることに気がついた。

「あ、ヨツギさん、これ、胸ポケットのところにつけてください!」

 そう言った先生の手を見ると、三つの花のついたブローチのようなものがあった。それは、俺達が前に授業で作ったものだ。

「わわ、すごっ!これつけると雰囲気出るねー。」

 俺はそう言いながら胸元の花をツンツンと突いた。

「もうすぐで本番かー。」

 俺はそうつぶやき、灰色に染まった空を眺めた。

 

 卒業式本番。

 俺達は無事入場し、そのまま席に着いた。

 国歌と市歌を歌い、卒業証書を受け取り、校長先生の当たり前のように長い話を聞き、門出の言葉を言い終わると、あっという間に退場の時間となった。途中、訳あって卒業式の練習に一度も来れなかった子が参加するということもあったが、なんとかみんなでカバーすることができた。

 本当に、あっという間だった。

 

 俺は、式を終えた後の集合写真を撮ると、すぐに、ナギサ、タツキ、ショウ、ミハルを探した。しかし、どこを探しても見当たらない。

「嘘、まさか帰っちゃったとか…?」

 そう思ったが、幸い、男子三人組は体育館の出入り口あたりに立っているのが見えた。

「あぁっ!いたいた!」

 俺はすぐさまその場に駆け寄る。人が多いせいか、ふと目を離したら見失いそうだ。

「タツキ、ナギサ見なかった?」

「ん?あぁ、アイツならさっき帰ったと思うぞ。追いかけてこようか?」

 どうやらナギサは帰ってしまったようだ。しかし、ここでタツキに追いかけさせると、今度はタツキを探さなくてはいけなくなるだろう。

「いいや、それではぐれたら嫌だし…、ナギサがいないのは残念だけど、とりあえず他のメンバーだけでも写真撮ろう!」

 そう言って、俺達は人の山から抜けるため、場所を移した。

 

「よーし、じゃあこの辺で写真とるか…。あ、ユウタ!いいところに‼︎撮影係お願いしていい?」

 俺がそう言うと、ユウタがこちらに振り向いてくれた。

「撮影係…。」

 タツキはその言い方に疑問を持ったようだ。

「ん、いいけど。」

 しかし、ユウタ自身は特に何も感じていないようなのでよしとしよう。

「じゃ、撮影お願いします!」

 俺は、先程親から受け取った自分のスマホをユウタに手渡した。

「なんかスマホ斜めってないか?」

 ショウがそうツッコむ。確かに言われてみると、なんだか傾いている気がする。

「いーのいーの。この方がいい感じに撮れるから。」

 ユウタはそう言ってスマホの画面をタップした。カシャリと音が聞こえ、ユウタは俺にスマホを返してくれた。

「お、いい感じに撮れてる!…多分。」

「次はオレが撮る。オレが超いい感じに撮る。」

 ショウは俺からスマホを奪い取ると、ユウタが立っていた場所に立ってスマホを構えた。

「ほら、並んで並んでー。…って、おい、ユウタも。」

「え?俺も?…あ、じゃあヒナタもな。」

 ユウタは、たまたま近くにいたヒナタを呼んだ。おかげで写真が賑やかになりそうだ。

「はい、チーズ。」

 カシャリという音で撮ることができたことを知ると、俺はショウの方へ駆け寄った。

「どんな感じー?おぉ!いいじゃん!」

「だろ?」

 ショウが思いっきりドヤ顔をしたが、それを俺は思いっきりスルーしてやった。

 

「あ!エミー!」

 人の多い廊下の中、俺はエミを見つけ、声をかけた。

「あ!ヨツギだ!一緒に写真撮ろー。」

「いいよー。」

 俺とエミでツーショットを撮ると、横にユウタがいるのが見えた。

「あ、ユウタも入ってよ!」

「え、俺?いいけど。」

 三人で並んで写真を撮った。写真には可愛い加工がしてあり、よく撮れていた。

「ありがとー!」

「あ、じゃあウチ、向こう行くね!」

 エミと別れると、俺はユウタにまたお願いをした。

「あ、ユウタ、一緒に撮ろー。」

「ん、いいよー。」

 俺は親に写真を撮ってもらい、その場を離れた。

 

 せっかくの卒業式だ。たくさん写真を撮って、たくさん楽しもう。

 

 

 三十 これでおしまい

 

 卒業式の後、俺は何人かと写真を撮った。

 そして、人混みを抜けると、また知り合いに出会った。

「あ、ルナだ!ねーねー写真撮ろうよ。」

「うん、いいよー。」

 俺とルナは、ルナのお母さんに写真を撮ってもらった。

「ルナ、もう帰るの?」

「ううん、まだいるよ?」

「そっかぁ。タツキ達どっか行っちゃったんだよな…。」

 タツキ達から離れて歩いていると、タツキ達がどこかへ行ってしまったのだ。本当、こんなに人がいては、すぐはぐれてしまう。

「じゃ、ルナ、またねー!」

「うん、バイバーイ!」

 ルナと別れると、俺は門の方へと向かった。

 

「お、タツキとミハル発見!」

 二人は何やら話をしているようだった。

「ショウ、もう帰ったっぽいねー。」

「だな。」

 俺達はしばらくその場で会話を続けた。

 横では、空から降る雨が地面を濡らし続けていた。

 

「…そろそろ、帰ろっかな。」

「ん、そうか。じゃあまたな。」

「うん。」

 俺は会話をやめ、傘を差す。門から外に出ると、雨が俺の傘を強く打った。

 俺は濡れた道を歩いていく途中、ポケットに入れたスマホを手に取る。写真の入っているフォルダを開くと、そこでは、沢山の友達と一緒に笑っている俺が映っていた。しかし、その画面も、横から入り込んでくる雨が濡らす。

「はぁ…、こんな日に限って雨とかなんなの?」

 俺は灰色に染まった空をキッと睨む。それでも雨は止まず、俺の足元をどんどん湿らせていく。

 近くには、いつの日かに放課後組で囲んで話をした小さなポールのようなものがあった。あれは、いつも通りぐにゃりと曲がる。

 その横にある歩道橋は、俺達がよく駆け上がったり駆け降りたりしたものだ。階段を勢いよく踏み込むだけでダンッと大きな音がなる。あれはすごくうるさかった。

 その奥には、俺達がよく集まって遊んだ坂がある。あそこで「団長!」などと叫んでいた。あれはすごく楽しかった。

 向こうには、しばらくの間別れ道として使っていた横断歩道がある。そういえば、あそこでお店を開く、なんで遊びもしたものだな。きっと、通り過ぎる人が俺たちの姿を見かけたことだろう。あれは迷惑じゃなかっただろうか。

 横断歩道を渡れば、神社が見える。あの神社はよく行ったものだ。あそこで初詣も楽しんだな。あれは大声で笑って、腹が痛くなったのを覚えている。

 さらに進めば俺の家だ。よく、タツキ達が俺の家までついてきた。ケントにピンポンダッシュをされ、みんなで怒られたこともあった。あれは怖かったな。

 その全てが、俺達の帰り道にあった。当たり前のように。けれど、その当たり前も、きっと今日で終わる。全部、全部。

 思わず俺は歩道橋を駆け上がった。きっとこれが最後だ。これで全て「おしまい」だ。そう思いながら駆け上がった。

 

「はぁ…はぁ…。」

 息を切らして階段を上り、空を見上げる。

 最後くらいは、みんなで一緒に帰りたかった。けれど、一緒に帰らなくてよかったとも思った。

「本当、最低最悪の天気だね。これだから雨は嫌いなんだよ。

 でも…。」

 

「今日が雨で、よかったかもしれない。」

 

 目元がじんわりと濡れるのを感じた。しかし、俺はそれを拭わなかった。

 

「…あれ、雨かな。」

 

 俺はポツリとそうつぶやくと、水溜りをバチャバチャと踏みつけながら歩道橋を下りていった。

 

 

【番外編】 放課後組とクリスマス

 

 ある日、俺達放課後組は、クリスマスについて語っていた。

 クリスマスといえば、きれいに飾られたクリスマスツリーや、サンタさんからのプレゼント、地域によっては雪も降り、イルミネーションはより華やかになる。そしてそこに集まるリア充の山…!

 そこで俺達は、クリぼっちになることを防ぐべく、よくある銃などで戦うオンラインゲームで遊ぶ約束をした。もちろん、リア充撲滅計画を実行するためだ。

 そのはずだったのだが…。

 

 俺達は今、そのゲームの「クリエイティブ」という機能を使って作ったレースゲームで遊んでいる。

「…なんでだろう…。」

「ん?何が?」

 俺がボソリとそうつぶやくと、画面の向こうにいるタツキが反応する。俺達はボイスチャットを使って会話をしており、それをオフにしなければこちらの音は向こうに聞こえるのだ。

「いやぁ、ナギサ来ないなぁって思ってさ。」

 軽く誤魔化したが、実際にそれも疑問に思っていた。今このゲームに参加しているのは、俺とタツキとショウ、そしてミハルだ。ナギサも、来るとは言っていたが、今もオンラインにすらならない。

「確かにナギサ来ませんね。」

 ミハルのその言葉に重なり、カチカチとボタンを押す音が聞こえる。俺も、だよね、と返しながら、コントローラーをいじっていた。

 このコースはショウが作ったものだ。その出来はそこそこ良く、逆走したり、他の車に激突したりで、今もかなり楽しめている。だが…。

「あっれー、またオレ行けてない…。」

 コースの方に行けない人がいるのだ。最初は四角い部屋に入れられ、そこからレースがスタートすると、俺達の操作するキャラが自動で車の方に入れられるという仕組みになっている。しかし、なぜか不具合があり、一人だけ車の方に転送されないのだ。

「またショウか。お前このレースに嫌われてるんじゃねぇの?」

 タツキのその発言に、俺は吹き出す。確かに、そう考えられるくらいにショウは移動ができていない。

「ちょっと確認するわ。一回ゲーム終了するな。」

 ショウはそう言うと、レースゲームを終了させ、例の転送装置のようなものを確認した。

「あー、移動先が間違ってるんだな。そりゃ移動できねぇわけだわ。」

「確か正しい移動先は4チャンネルだよね。どこに移動することになってたの?」

「えー…っとね。500チャンネルだってよ。」

「はぁ⁉︎」

 明らかに移動先がおかしい。500ってなんだ。そんなもの作ってないだろ。

「まぁ、ここ変えたらいいわけだし、ちょっと待ってな。」

「はぁーい。」

 

 しばらく経つと、ショウが「オッケー、始めるぞ。」と言ったので、俺達は再びレースを再開することにした。

 だが。

「あれ、今度は僕ですね。移動してない…。」

 ミハルの方が移動ができなくなってしまった。

「えぇ、マジか。もう一回やってみるか…。」

 ショウが再スタートさせるも、やはりミハルだけ移動できていない。

「おかしいね。ミハルはさっきまで行けてたのに…。」

「また見てみるわ。ちょっと待っといて。」

 ショウが再びゲームを終了させ、装置を確認する。

「は…?また500になってる…。」

「嘘でしょ⁉︎」

 さっきまではこの転送装置をショウが使っていたが、ゲームを一から始めて転送装置を使う人が変わっても、また500チャンネルになっていたのだ。なんだろう、この装置、呪いか何かにかかっているのだろうか。

「と、とにかくそれ変えて、もう一回やってみよう!」

「お、おう。」

 正しい転送先に変えてから、再スタートする。しかし、今度は俺のキャラクターがその装置を使ったが、行くことができなかった。

「えぇ、今度は俺⁉︎」

「嘘だろおい…。」

「あ、リスポーンしてみる!もしかしたらできるかも!」

 俺はとりあえず今できることをやろうと思い、リスポーンを選択した。

「あ、ヨツ姉死んだ。」

 俺の操作するキャラクターは、画面から姿を消した。そして、代わりに画面に映ったのはタツキの操作画面だった。

「え、リスポーンしても観戦するだけだって…。」

 俺はガックリと肩を落とす。

「…まぁでも、ヨツ姉いなくてもできるしな。」

「ですね、やりますか。」

 ショウ達はそのまま進めようとする。

「ちょ、え⁉︎酷くない⁇」

「酷くない。」

 俺の言葉も、タツキのその一言でかき消される。

「そんな…あんまりだよ…。」

「まぁまぁ。」

「何が『まぁまぁ』なんだよ!おかしいでしょ⁉︎」

 口調は怒っている感が半端ないが、実際特になんとも思っていないのが俺である。

「まぁいいや。見れるだけマシか。」

「そーそー。じゃ、スタートしますか。」

 そして、俺を抜いた三人はゲームを楽しんだ。もちろん、それを見ている俺も楽しんだ。

 

「じゃ、ひと段落ついたし、ヨツ姉のいた転送装置確認するか。」

「お願いします…。」

 最初からそうしてくれればいいものの、楽しめたからそれでよしということになった。

「んー、やっぱ500チャンネルになってるな。」

「なんなの…?その装置、呪われてるの…⁉︎」

「というか、誰も変えていないのに設定が変わるのは謎ですね…。」

 そう、そこである。誰かがいたずらで変えたのならまだいいが、誰も触っていないのに勝手に設定が変わるのは違和感がある。しかも毎回同じ装置が変わるのだから余計に気持ち悪い。

「やっぱり呪われて…⁉︎」

「いや、まずないだろ。」

 ショウはササっと設定を変えると、「もう一回やってみるか。」と言ってスタートをしようとする。

「待って、ショウ。ちょっとその設定、俺にも見せてくれない?」

「ん?いいけど…。」

 ショウに許可を取り、俺は設定の画面を開く。すると、転生先の設定をする画面には、『500チャンネル』と書かれていた。

「ちょっとショウ!設定変わってないよ⁉︎」

「え?嘘だろ?いや、さっき変えたはず…。」

「いいから見てみなって!ほら、変わってないじゃん‼︎」

 ショウに設定画面を見せる。ショウは、マジだ、と言った。

「もう、俺が変えとくからね。」

 俺は正しいチャンネルに変えると、そのまま設定画面を閉じた。そして確認のためもう一度その画面を開くと、『500チャンネル』と書かれている。

「あれ⁉︎変えたはずなのに…。」

 もう一度設定し直し、さっきと同じようにBボタンを押そうとする。すると、右下に小さく書いてあった説明を発見した。

「決定は『Yボタン』を押す…。」

「えっ、あ、そういうことか⁉︎」

 

 まさかの押し間違いだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

最初は遊び感覚だったのですが、なんと投稿することになりました。

こういうことは初めてなので、何かおかしいところがあるかもしれません。

けれど、この話を読んで笑ってもらえたらすごく嬉しいです。


乃多留夢

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