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学年一××が上手い女の子が首を絞めてくる  作者: 羽田宇佐
忍び寄る過去、にじり寄る実技試験
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 休み時間の教室、楽譜を見る生徒。

 いつもならそんなクラスメイトは田中さんしかいない。


 でも、実技試験まであと三日となった今、他にも楽譜を見ている生徒がいる。廊下側に視線をやれば、何人かがピアノに見立てて机を弾いている。


 テスト前に教科書や参考書を開いて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている生徒というのは今まで何度も見てきたけれど、休み時間に穴が開くほど楽譜を見たり、真剣な顔をしてエアピアノを弾いている生徒はここに来るまで見たことがなかった。


 中学の時にはなかった光景は、私を不思議な気持ちにさせると同時に落ち着かない気持ちにさせる。

 あと三日で実技試験だと思うと、できていることよりできていないことのほうが気になって、美空に言われた言葉が頭に浮かぶ。


 後ろ向き。


 確かにそうだなと思っていると、見えない鍵盤を空中で弾いていた美空が顎を撫でながら大げさに言った。


「うん、完璧」


 どうやら彼女は、私が気がつかない間に一曲弾き終えていたらしい。


「えー、美空ちゃん。今の間違ってなかった?」


 私の椅子を半分使っている瑠璃ちゃんが真面目な顔で言う。


「瑠璃ちゃん、エアピアノくらいは完璧ってことにしとこうよ」


 美空が情けない声をだす。


「じゃあ、次は百点だすからもう一度」

「はい、瑠璃亜先生!」

「……二人ともコントしてる余裕はどこからでてくるの?」


 私は先生と生徒ごっこを始めた美空と瑠璃ちゃんに声をかける。


「音瀬ちゃん。余裕なんてあるわけないじゃん。でも、ここまで来たら慌てても仕方ないもん」

「そうそう。練習するときは全力でする。休むときは全力で休む、だよ」


 瑠璃ちゃんと美空の言葉は頷くしかない言葉だが、実技試験までもう三日しかないと思うと、練習室に走り出したくなってくる。


「田中さんも慌ててないしさ」


 瑠璃ちゃんが小さな声で言って、窓際の席を見る。

 田中さんはいつものように楽譜を見ているけれど、ここ最近は楽譜を見ている生徒が増えたから教室にやけに馴染んで見える。


「この時期になっていつもと変わらないんだから、本気で凄いと思う。さすがミスパーフェクト」


 美空の声に同じことを思う。

 初めての実技試験に動じない彼女は凄い。


 練習と本番は違う。

 どれだけ練習が上手くいっていても、本番も同じようにできるとは限らない。それは練習とは違う環境、違う気持ちになるからだ。だから、どんなときも同じでいることは難しい。

 田中さんが弾いていたOp.10-1が頭の中に響く。


 大丈夫。


 他人を励ますようには見えない田中さんからかけられた言葉は、ずっと私の中に残っている。それは大丈夫という言葉が彼女が口にするとは思えなかった言葉で、ずっと私が“大丈夫だと思える自分”になりたいと思っているからだ。


 唱えても、唱えても、大丈夫にならない自分をどうにかしたい。

 誰の前でも大丈夫な自分になりたい。


 そう思っている。

 私は田中さんの向こう側、窓の外を見る。


 四角い窓枠に区切られた空は、白い雲と青い空が半々で中途半端に晴れている。そろそろ梅雨が明けてもいいころだけれど、まだ梅雨が明けたというニュースを聞かない。


 早く夏になればいいと思う。


 梅雨が明けたら気持ちも晴れて、もっとすっきりとした気持ちでピアノに向かえるかもしれない。


「お昼休み、三時間くらいほしい」


 私は、椅子の半分を奪っている瑠璃ちゃんにもたれかかる。


「練習?」


 瑠璃ちゃんに言われて「そう」と答える。

 実技試験が迫ってきた今、お昼休みも練習している生徒が多い。私もそんな生徒の一人で、足りない自信を補いたくてピアノを弾き続けている。


「練習もいいけど、私は早くお昼になってほしい」


 瑠璃ちゃんが言って、彼女のお腹から、ぐう、と低い音が聞こえてくる。


「今日も遅刻したもんねえ」


 美空の言葉に、瑠璃ちゃんが音の出所である自分のお腹を押さえる。


「あー、あと一時間かあ。お腹空いた」

「まあ、次の授業はソルフェじゃないし、お腹鳴ってもいいんじゃない?」


 そう言って瑠璃ちゃんを見ると、彼女のお腹がまた、ぐう、と鳴った。

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