冒険者の尋常ならざる日常
ダンジョン都市の酒場は、今日もダンジョン帰りの冒険者たちで賑わっていた。
盃を掲げ、酒を飲みかわし、大量の食事を食べ尽くす。
豪快で刹那的な生き方をする冒険者らしい賑わいだった。
酒場の丸テーブルに、ダンジョンに潜ったパーティーが食事をしていた。
罠士は与太話を喋り、盾使いは肉の丸焼きに噛り付き、魔術師は悪態をつき、弓士エルフは無関心で、回復士は本を読んでいる。そして剣士のリーダーは皆の話を聞いている。
パーティーの連携はよく、今回のダンジョン探索も順調でよく稼げた。リーダーが今のパーティーに満足していると、丸テーブルに近づいて来る者がいた。
真っ赤な憤怒の形相の若い女で、罠士に近づくと問答無用で頬を張り倒して叫んだ。
「あんたのせいで子供ができたじゃないっ!責任とって冒険者辞めて結婚しなさいよ!」
「いってぇーー。いきなりなんだよ。俺とは遊びだったじゃねーか。 俺は冒険者を辞める気はないし、責任もとらないぞ」
「はぁ? そんな言い訳が通用するわけないでしょ。責任取れないならお金を請求するわ。冒険者ならお金は持っているでしょ。即金で1000万払ってもらうわ」
「そんなめちゃくちゃな大金払える訳ねぇーだろ」
「なんでよ!冒険者は高給取りなんだからそれぐらい稼げるでしょ!金がないなら、他の仲間に借りてでも払いなさい!」
そんな言い合いをしている。
他のテーブルの客たちは痴話げんかを面白そうに聞いていた。
しかし同じテーブルのパーティーには迷惑だった。特にリーダーには死活問題だ。
「ちょっと待ってくれ。罠士が冒険者を辞めるのも、メンバーから金を借りるのも困る。どういう関係なのか俺に説明してくれ」
「ちょっと、あんたには関係ないでしょ!黙っててよ!」
「うるせー。お前はだまってろ!」
罠士が怒鳴ると、女はぶすっとして黙る。
「すまねぇリーダー。俺とこいつは半年前に出会って、遊びとして付き合ってた。しかし突然子供が出来たと言われても信憑性がねー。俺もこいつも遊びで、他の奴とも遊んでた。それで俺の子供だと言っても証明できねーし、多分違うと思うぞ。どうせ子供が出来て焦って、俺が冒険者で金を持ってそうだから来たんじゃねーの?」
罠士はダンジョンで罠や宝箱をいち早く見つける嗅覚と、勘が鋭い。
罠士が自分の子ではないと言うなら、多分違うだろう。
しかし女は信じないし、金が取れればどっちでもいいと思ってそうだ。
「あんたの子ヨ。だから責任取るか金払いナ」
それだけしか言わない。
話を聞いていたリーダーはどう話をまとめようか考えていると、横の魔術師が「はんっ」と鼻で笑いながら悪態をついた。
「避妊のまじないや薬だって売ってるのに、子供作ってる時点でどっちもバカじゃない。罠士だって遊びと言って複数の女と遊ぶんなら自衛のためにそれぐらいしなさいよバカね。こっちが迷惑だわ。あんただって子供の責任って言うなら、堕胎しなさいよ。薬でも医者の施術でもすれば、もっと安くで済むわ。どうせ子供を口実に金でもせびろうって腹積もりでしょ。子供を育てる気もないくせに責任だなんて云うんじゃないわよ」
そうまくし立てた。
「年増女がでしゃばるんじゃないわよ!あたしみたいに男から言い寄られないからって僻んでるんでしょ!」
「はぁぁああ?誰が年増ですってぇ!うちのメンバーで一番の年増は弓士よ!私は2番目に若いわ。あんたは男にすぐヤレる女と思われている、若さだけが取り柄の尻軽女じゃない!」
「まあまあまあ、話が脱線してるから元に戻そう。彼女は罠士との子供が出来たから、責任を取るかお金を請求している。罠士は自分の子供じゃないから何もする必要はない。と言うことでいいな?」
「そんなの自分勝手許さないわよ!あたしはあなたの子だと言ってるの!自分の子じゃないと言う証明はできないわ!ちゃんと責任を取りなさい!」
「だ・か・ら!俺の子供じゃねー。責任も金も払わん!」
話は平行線だった。
「あんたが金を払わないってんなら、傭兵の彼からあんたに金を払わせるように頼むからね!」
そう言うと、女の後ろから筋肉隆々で強面の男が出てきた。男は冒険者ではなく、いかにもカタギではない雰囲気を醸し出して罠士を睨んでいる。
「おい、にーちゃんよ。男だったら女子供の責任を取るもんだぜ。ぐだぐだ言ってないで、さっさとカネを払いな!」
そう脅してきた。
女はその様子をニヤニヤと笑いながら見ている。
しかしそのぐらいの脅しで怯んでは、冒険者などやっていられない。
今までずっと食事をしていた盾使いが、突然椅子から立ち上がって、ニヤリと笑った。
「喧嘩をするなら受けて立つぜぇ!」
盾使いの体格は傭兵と変わらない大きさだった。
戦う気マンマンの盾使いと傭兵がにらみ合い、一触即発の雰囲気になった。
その時、無関心だった弓士が喋った。
「子供はいつできた?3か月前なら私たちは沼地に行っていた。回復士はデキた時期は分かる?」
「ええーと、多分お腹に触れば分かると思います」
回復士は本に顔を隠し、怯えながらおずおずと言った。
「そうだ!3か月前は西の沼地に長期滞在して、俺たちはこの街にいなかったぜ。お前の子が3か月前にデキた子なら俺の子供な訳ねーよなぁ?」
「そ、そ、そんなわけないでしょ?この子はあんたの子ヨ。ちょっと!勝手にあたしに触らないでよ!」
「で、でも。お腹に触らないと、お子さんが授かった時期が分かりませんよ……」
「いいのよ!こいつの子供に決まってる!時期なんて調べる必要はないわ!」
「いいわけねーだろ。こいつは俺が抑えとくから、回復士はさっさと調べな」
「ちょっとっ!勝手にあたしに触らないでよっ!」
罠士は素早く動いて女を羽交い絞めにして回復士に女のお腹を触らせた。
「うーん、やっぱりお子さんは授かってから約3か月ですね」
「やっぱりね!」
「ウソよっ!あんたみたいなヤブ医者の小娘の言うことなんて信用できないわ!」
「一応免許は持ってますよぉ。私の言葉が信じられないなら、治療院で診断してください」
「これから治療院に行って、何か月なのか診断するか?」
「もうっ!何なのよ。もういいわよっ、あんた行くわよ!」
女は罠士から金を取れないと判断すると、傭兵と共にそそくさと酒場からいなくなった。
人騒がせな騒動だったが、他のテーブルの客にはいい見世物だった。
「けっ、そんなことだろうと思ってたぜ。どうせ子供の父親はその傭兵だというオチだろう。二人で考えた策略だったんだろうが、残念だったな!」
「あんたもこれに懲りたら女遊びは自重しなさい。今度また女が来たら、あんたはパーティーから外すわよ!」
「魔術師が決めることじゃねーだろ。でもまぁ、今度からは気を付けるわ」
「そうだな、少しは自重してくれ」
「うむ!礼は今夜の食事代で構わないぞ!」
「ほとんど盾使いが食った飯じゃねーか!」
与太話を喋る罠士、悪態をつく魔術師、諫めるリーダー、ガハハと盾使いは笑っていた。
臆病な回復士は無関心な弓士に、疑問に思ったことを聞いた。
「弓士さんはよくあの女性の子が3か月だと気付きましたね」
「……んーー、何となく」
それだけだった。
酒場はいつもの賑わいに戻り、冒険者は酔い潰れるまで飲み明かす。
食事が終われば、各自好きなように解散して、次の冒険まで休息して英気を養う日々に戻った。