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皮肉な好奇心





 晴天。空の彼方でキラキラ光る。赤。青。ピンク。緑。この学校から少し遠いところで降っている、宝石の雨。教室の窓からもはっきりと見えた。



「ねっ、言ったでしょ? 今日のお昼を過ぎたら宝石が降ってくるって」

 いつもみたいに一緒にお弁当を食べて、窓を見ながら意気揚々とドヤる幼なじみ。昼休みの校庭にいる人たちも皆、足を止めて宝石の雨が降っているのを眺めている。



 この学校の窓からは、校庭を通り越して海が、さらにその向こう側に小さな島が見える。そこは『宝石島』と呼ばれていて、島送りにされた悪い人たちを有益な宝石に変えているのだとか。そして、宝石の独り占めは良くないといった理由で、その宝石が雨のように上からバラまかれているらしいのだ。


 島や海を通り越してこっちまで降ってくることは滅多にない。だけれど遠くから見ようがあまりにもキラキラしすぎていて、人間宝石の雨は人々を魅了している。




「あーあ、おこぼれもらえないかなぁ」

 お弁当のハンバーグにフォークをぶっ刺しながら幼なじみが呑気に言う。

「おこぼれ?」

 私は馬鹿なフリをした。

「そりゃ人間の成分で作った宝石〜って聞けば響き悪いけど、見た目は完璧じゃん? だから拾って売ればそれなりに金になるらしいよぉ?」

「ふーん」


 幼なじみのこの子とお喋りしていると、いつもモヤっとした違和感がつきまとう。その違和感の正体までは、分からないけど。


 そしてまた、突拍子もないことを言い出した。

「あたし行こっかな、宝石島。金欠だし」

「いや無理でしょ……かなり管理厳重らしいし」

「じゃあ警備?してない入り口前らへんまで行ってみる! ちょっとそこら辺のを拾うだけだし、すーぐ帰ってこれるっしょ!」

 なんとも死亡フラグびんびんなことを言うもんだ。そして呆れる私に、幼なじみはとんでもない提案をしてきた。


「ねえねえあんたも一緒に行くっしょ?」

「いや行かないよ。そろそろ定期テストの勉強しなきゃ」

 幼なじみは腕まで組んできた。

「だってなんか一人で行くの怖いじゃ〜〜ん。宝石にされる前の犯罪者が集まる島だよ? 入り口前まで脱走してきたのとかがいるかもしんない」


 じゃあ行くなよ、というシンプルなツッコミはいつの間にか喉の下に収められていた。危険な場所に女二人で忍びこむという、危険な好奇心が急激に芽生えてきたのだ。

「じゃあ今度の土曜日ね」

「やったーー! じゃあ朝9時集合〜〜〜〜」

「分かった」

 私と幼なじみは、ポテトチップスよりも薄い友情で繋がっている。ときどきモヤモヤさせられるけれど、こういう快活なところは好きだった。





*




 島に向かう船に揺られながら、私は思いにふける。


 幼い頃、よく母親に脅されたものだ。窓を開けて、ポツンとみえる宝石島を指さしながら。悪いことをすると、島送りになるんだよって。島送りになった人はいらない人間だと判断されて、もれなくみんな宝石に変えられてしまうんだぞって。そしてそれは子ども騙しのファンタジーなどではなく、紛れもない現実だった。



「あとどれくらいで着くかなあ。いや〜〜、親のコネってすごいね!」

 屋根もない、粗末な船だ。ずっと無言で漕ぎ続けるのは私。船の上で両手をおっ広げて、幼なじみは相変わらず呑気だった。島で働いている父親に相談したら、社会科見学としてあっさりOK、この船まで出してくれた。ーーあの島には、どうしようもない社会のゴミが集まっているからな。まあ動物園感覚で見てきたらいいよ、って。野球観戦をしにいくみたいなノリで勧められた。




 入り口どころか、宝石処理施設の中まで見せてくれるというVIP待遇だった。30分ほど揺られて、私と幼なじみは無事に島に着いた。土の上に、降った後の宝石が散らばっている。

 待っていた係の人に挨拶する前に、幼なじみは一目散に地面に飛びついた。ゴキブリみたいな瞬発力で、まさしく“おこぼれ”を拾い集めているのだ。

「ぎゃああああヤバい。まじヤバい。すごいよこれ、本物だぁ! いや〜〜しっかしすごい技術だよね。いらない人間がこんなに綺麗な宝石になるなんてさぁ!」

 目を血走らせて興奮している幼なじみに、私はまたモヤっとした。このモヤモヤの正体は、何なのだろう。


「あんたも拾わないの? これハートオフとかに売りに行ったらめっちゃ高値になるってきっと」

「いいよ私は。ほら待たせてるから早く行こ」

 苦笑いして待ってくれている案内係の職員さんに謝って、中に通してもらった。



 思っていたよりも小奇麗な施設だった。白を基調としたこの静かな空間に、処理場という言葉がどうしてもしっくりこない。なんかもっと、薄暗くて、汚くて、もっとすごい音を立てながら稼動しているものかと思っていた。

 流石に囚人を直接宝石に変えるところは見せられないそうだが、親切な案内係さんは私の質問にどこまでも丁寧に答えてくれた。お宝を手に入れた幼なじみはすっかり飽きたらしく、クッソつまらなそうにしている。



 この宝石島には、殺人のような重犯罪や万引き初犯といった軽犯罪まで様々な法を犯した者たち、更には密告された者たちが毎日送りこまれてくるという。話が難しくてよく分からないところもあったけど、要するに人間のタンパク質だけに反応するような化学反応を起こして、一人の人間から、おおむね60〜70個分の宝石が出来上がるらしい。その人の遺伝子によって色や輝きに差が出てきて、唯一無二の宝石になるのだとか。

 だけど頭とか内臓とかはどうしても綺麗な反応が得られないらしく、解剖用として回されたり、発電用の燃料として利用される。人間の使いみちは無限大だ。

「今日はどうもありがとうございました」






 島を去った後の帰りの船で、私はまた別の思いに耽っていた。そしてその思いは、気づけば口からこぼれていた。


「家族とかはどう思うのかな」

「え?」

 他人事であるかのようにきょとんとする幼なじみ。

「勝手に島に送りこまれて、勝手に宝石にされちゃってさ。しかも犯罪者だけじゃなくて、密告されて連れてかれる人もいるって言ってたし…………。絶対冤罪の人とかいるでしょ」




 うーん、と幼なじみは、拾った宝石を手のひらで転がしながら何食わぬ顔で言った。

「え、別によくない?」



 私は呆気にとられた。呆気にとられたまま、幼なじみの一方的な議論は続いていた。


「もちろん犯罪者は論外だけど、疑われるようなことしてる時点で充分怪しいじゃん。家族とか友達とかでも、そんなロクでもないのが近くにいたら、あたし恥ずかしくて生きていけないよ」


 ベラベラと、悪意のない追撃は終わらない。

「だって社会の粗大ゴミみたいなもんじゃん。どうせ更生なんて無理に決まってるんだからさ。税金ふんだんに使って檻ん中で生かしとくより、とっとと宝石にされちゃったほうが絶対皆に喜ばれると思うよ? あたし多分、お母さんがボケ始めたら即、宝石島に引き渡すと思う。お料理も掃除もできないお母さんなんて使いものになんないし、なんか世間的に恥ずかしいもん」



 船上の隙間。対面でいる私と幼なじみの隙間に風が吹く。



「連れてけばお金にもなるし。ね? あんたもさ、身近な人がいらなくなったらとっとと換金すればいいんだって!」

 夕陽に染まりながら歯を見せて快活に笑う幼なじみを見て、今まで感じてきたモヤモヤの正体が分かった。




 ーー冤罪者までもが宝石にされてしまう世の中で、なんでこんなクズが宝石にされないでのうのうと生きているんだ?



 もうすぐ地元に到着するところで、私たちは宝石の雨を浴びることとなった。ルビーのような深紅の赤。一人分だろうか。当たり前だけど硬いから、身体に当たると少し痛い。その一つ一つの地味な痛さが、虚しく宝石にされたことへの抵抗の意思表示みたいに感じられた。一体この世の中に、望んで宝石にされる人間などいるのだろうか?

 目の前の幼なじみは痛がるどころか手を広げていて、またもや興奮していた。滑稽だった。


 「わあああ宝石の雨! 感激だよぉ。奇麗だねぇ、本当に奇麗」

 ーーうわぁ、宝石が宝石を手にしてらあ。


 船上での畜生の歓喜を、私は何ともいえない気持ちで俯瞰していた。ねえ、なんでこんなクズが島送りにされないの? おかしいよ。


 帰宅したのち、私は今まで感じていたモヤモヤと、今日判明したその正体を父親に報告した。島働きの父親はそうか、としばらく黙った後、屈託のない笑顔を見せた。できる限り動いてみるから、任せておけ、だって。どうやら私と同じ倫理観を有していたようだ。




 それから2週間と数日経ったぐらいだったろうか、幼なじみは学校に来なくなった。その日の帰り、私は再び船に乗って島の入り口までいこうと思った。

 夕焼けに照らされながら一人で船に乗っていると、ぽつぽつと上から宝石が降ってきた。傘もさしていなかったのに、今度は全然痛くない。一つのゴミを社会の外に出し終わって悪を成敗した気になった私は、たった今、人生の中でもっとも清々しい気持ちになっていた。


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