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ブスとイケメンと涙



「お……おはよう」

 私の陰気漂う冴えない挨拶にも、彼は軽やかに返してくれる。

「おはよ。今日も早いね」

 貴方の朝練に合わせて早く来てるんです、だなんて口が裂けても言えなかった。


「うん。受験勉強、家じゃ捗らないから」

 私の鞄に参考書や赤本なんて一冊も入っちゃいない。でも目の前のイケメンは、こんな即席な嘘もまるっと信じてくれたりする。

「そっか。でもさあ毎日こんな朝早く来て、××さんちゃんと寝れてる? ねーちゃんが言ってたんだけどさ、寝不足って肌に悪いらしいよ。じゃーね」

「う、うんありがとう。そっちも体調気をつけて、朝練がんばってね」

 ありあとー、と小さくなっていく姿と声。野球バットを持ちながら、監督に呼ばれて走っていった。



 ーーああ。ユニフォーム姿の彼。至福。毎朝6時起きする甲斐がある。気持ち悪いことは自覚しているものの、久しぶりにした恋のときめきを抑えられない。




『大丈夫? これ着な。別に返してもらうのいつでもいいからさ』


 寒がりながら帰宅していた、今まで喋ったこともない私に、躊躇いなく上着を貸してくれた彼。たまたま優しくされたから好きになってしまったなんていう、よくある話だ。彼にとっては普遍的な行為で当たり前のことだったんだろうけど、それでも私は恋に落ちてしまった。



 トイレを済ませて、私は鏡を見た。昨日となんら変わりない顔がここにある。平安時代の絵巻からコピペしてきたようなオーソドックス・ブス。擁護の仕様がない。私は愚かだ。こんな顔して身分不相応なイケメンを好きになってしまったのだから。

 でも好きなものは好きなのだ。端正な顔立ちも、女の子を気遣える優しいところも、美人・ブス関係なく誰にでも平等な態度で接するところも、はっきりとした物言いをするところも。




*


 幸運にも毎朝の接触を重ねることで、教室内で彼と話せるくらいの市民権を得られるようにはなっていた。相変わらず、ドキドキしっぱなしだけど。



「へーえ、ロードバイクって競技用のチャリみたいなやつでしょ? ××さんロードバイク好きなんだ。意外」

 そんなに似合わないか、陰キャにロードバイク。だけど彼の次からの一言で、イラッとした気持ちは吹き飛んでしまったのだった。


「俺はママチャリなんだけどさ」

 自虐的に笑ってから、彼は続けた。

「俺も好きなんだよね、チャリ漕ぐの。普段けっこう遠くまで行く?」

「まあね。余裕あるときは息抜きに。海沿いとか通ると気持ちいいよ」

 この地域は綺麗な海に面していて、そこそこ人気がある。海の向こうには『宝石島』と呼ばれる奇妙な島があって、運がいいと何とも綺麗な宝石の雨を見ることができる。美しい色とりどりの宝石が、雨のように島に降り注ぐのだ。直接島にアクセスすることはできないけど、遠目から眺めるだけでも充分だと人気があるのだ。



 私の精いっぱいの解答は、イケメンの心にまあまあ刺さったようだった。

「あ〜〜分かる! めっちゃ気持ちいいよね。あ、今度一緒にツーリングしない? 俺いっつも一人で漕いでんだけどさ、二人で回る楽しさとかもあると思うし」


 目まぐるしく過ぎていく会話の展開に、私は半ばフリーズしていた。

「へ、二人?」

「あ、誰か呼んだほうがいい?」

「いやそういうわけじゃ……」

「来週の日曜が部活休みなんだけど、その日空いてる?」

「あ……空いてる」

「じゃあその日にしよ! 雨降らないといいな」

「そうだね」

「いや〜〜楽しみ!」

 余鈴よれいのチャイムと共に席に戻っていく彼。



 ……え、何この展開。

何もしなくてもイケメンが勝手にブスに吸い寄せられる光景なんて、少女漫画でしか見たことないぞ私は。

 あ、ヤバい急激に熱くなってきた。

 まだ大人じゃないけど、一つの商談がまとまったときって、こういう気持ちになるのかな。だとしたらイケメンの彼はものすごく腕のいい営業マンだ。とにかく高揚しすぎて、この現実を受け入れられない。なんかさっきから動悸もすごいし、ちっとも授業に集中できなかった。数学の抜き打ちテストは20点だった。そうして浮かれすぎて生きてるのか死んでるのかよく分からない一週間を過ごしながら、無事に約束の日はやって来た。





「いや〜〜晴れてよかった!」

 イケメンの満足そうな笑顔を見て、私は心の底から安堵した。家族にドン引きされながらも部屋のカーテンレールに無数のてるてる坊主を吊し上げ、どうか当日は晴れてください、1滴でも雨降ったら殺すと健気に祈り続けてきた甲斐があったものだ。



 いやしかし、ツーリング用のスポーティな格好はブスをより一層引き立たせる。こんなのもうマイナス20万点だ。あんなに楽しみにしていたツーリングだというのに、急に辞退したくなるほど申し訳なくなってきた。


「なんか、ごめんね」

「えっなんで?」

 チャリを漕ぐ直前、急なブスの謝罪にイケメンは困っていた。こんな平安系ブスを隣に並ばせてごめんね、とまでは流石に言えなかった。

「いや…………なんか、さ……」

「よく分かんないんだけど、なんで謝るの? なんも悪いことしてないじゃん」

「いや。なんか私みたいなのが、急に申し訳なくなって。なんか、釣り合わないっていうか。本当ごめん、でもその、申し訳ないけど、今日こうして会ってくれるのはすごい嬉しい」


 彼は困惑気味に少し黙っていたけれど、私の目を見て迷いなく言い切った。

「よく分かんないけど。嬉しいなら、ごめんよりありがとうって言った方がいいと思うよ」

「そ! そうだねっ!」

 筋金入りの陰は声のボリューム調整が絶望的に下手なのだ。どうか許してほしい。

「……いや、なんかおこがましいけどさ……ごめん」


 イケメンは本当に申し訳なさそうに謝った。つくづく真っ直ぐな人だ。やっぱり好きだ。私は、心の底からこの人が好きだ…………。

 熱くなった体を紛らわすかのように、狂った私はペダルを爆速で漕ぎ始めた。イケメンはすぐに置いていかれた。

「ちょっ急に⁉ 待ってって……!」



 新品のロードバイクで海沿いの風を切る。ちょうどよい涼しさで、清々しくて気持ちがいい。文句のない空に、青い海がきらきらと光っている。終始綺麗の一言に尽きる。

 願わくば私も、あんな海みたいに、来世は綺麗な姿に生まれ変わりたい。綺麗になったら、そこら辺の女性向け転生ラノベみたいに勝手に寄ってくる色男たちからチヤホヤされて、よりどりみどり(?)してやるんだ。そんな虚しすぎる妄想をしながらペダルを漕いでいると、後ろから彼の声がかかった。



「こっちの道を行くとさ、いい景色が見られるんだぜ」

 うわあ悪い顔……。それでも特撮ヒーローものの悪役みたいに、きちんと様になるからイケメンだ。

 それは私が知らない、荒々しい小道だった。整備もされておらず、人ひとりがやっと通れるくらいの道幅だ。季節が季節なら確実に熊とか出てくるレベルの荒々しさだった。こんな道で自転車なんて漕げそうにもない。


「歩きでもいい?」

 どことなく真剣な彼に魅了されて、気づけば黙って頷いていた。それぞれの自転車に鍵をかけて、私は先陣を切る彼に続く。

 背中シュッとして奇麗……。見とれていたら、危うく躓きそうになった。私の醜い感嘆符にもイケメンは笑わず対応してくれた。転びそうな私の手を握ってくれるという、これ以上にない神対応だ。



「大丈夫? 結構道荒いから気をつけてね。あと嫌になったらいつでも言って。すぐ引き返すから」

 手に残る湿った温もりに気持ちを馳せながら思った。ああもう死んでもいい。神さまありがとう。



 10分くらい歩いただろうか、鬱蒼とした森林から急に日差しがのぞいたかと思ったら、広い広い丘に出た。丘というか、崖だった。でもそこには、崖の上という恐怖心を忘れてしまうくらいの絶景が広がっていた。海はもちろん、いつも遠目に眺めていた『宝石島』が、かなり近くまで見えたからだ。



「うわああ…………」

「奇麗でしょ。島が近いからさ、宝石の雨が降り出しら、そりゃあもう絶景なんだ。学校の窓から見るのとは格が違うよ」


 そうして彼は何気なく尋ねてきた。

「××さんって確か転校生だったよね。宝石島の噂って知ってる?」

「ううん、分かんない」

「あの島に犯罪者を集めて、なんかすごい技術でそいつらの体を無理やり宝石に変える。宝石の利益を誰かが独占するわけにはいかないからって、工場がそれを空からバラまいてる。それが宝石の雨って呼ばれてる現象。……これは地元じゃ誰でも知ってる話なんだ。悪いことすると島送りになるよって、俺もガキのころよく親に脅された」

「へぇ……」

「で、ここからが噂なんだけどな」

「うん」



 島の方を見ながら、彼は続けた。

「最初は、反省しない死刑囚とか、本当に更生のしようがない奴だけを収容する島だった。でも最近は、定かじゃないけど、万引きしたとか痴漢とか軽犯罪の奴とか、挙げ句の果てにはお偉いさんの気に入らない奴とかが密告されて島に連れていかれるんだって。そういう噂。本当なら…………とんでもない話だよな」


「そうだね……とんでもないね」

 口ではオウム返ししてみたものの、正直誰が宝石にされようが、今の私にはどうでもよかった。眉つばレベルの社会問題より、誰もいない空間で彼と2人きりということのほうが、とんでもない事態だったからだ。ここでなら、何を言ったって、何をしたって、私と彼以外の誰にも分かりっこない。目の前の彼が彼から彼氏になったって、誰にも。




 間もなく近くの島に、宝石の雨が降ってきた。宝石島特有の雨だ。赤、青、緑、黄色。その雨がこっちに届くことはないけれど、一つ一つが綺麗な粒となってきらびやかに光輝いている。確かに、家や学校から見るのとは比べ物にならなかった。


「すごい! 私こんな近くで見るの初めて」

「倫理的に色々考えさせられるけど、綺麗なものは綺麗だよな…………」

 イケメンはイケメンなりの思いにふけっているようだった。



 降り注ぐ宝石の雨に一際綺麗なピンクが混じっているのを見つけて、私は思わず崖の先端まで走り手を伸ばしてしまった。届くはず、ないのに。


「ちょっ危ないって!」

 すかさずイケメンが静止してくれた。ここで、もし私が絶世の美女だったら、すかさず抱きしめてもらえて『キミのほうが綺麗だよ』だなんて臭いセリフでも囁いてくれるんだろうか。知らんけど。自分の妄想の古臭さになんだか笑えてきた。

「何笑ってんの?」


 戸惑うイケメンの顔を見ていたら自分との落差に、ますます笑えてきた。私は荒い鼻息を交えながら一気にまくしたてた。

「いや私、こんな顔だからさ、ほんと綺麗なものに憧れちゃうんだよね。あー私も宝石になりたい。こんな顔面偏差値だから、宝石になった方がマシかもしれないって思うんだもん。だってどんな底無しブスだろうが、宝石になったらそんなの分かんなくなるでしょ? もれなくみんな綺麗な塊になるんだから。あーあ、私も宝石になれば好きな人に拾われて愛されてもらえるのかなぁ〜〜振り向いてもらえるのかなぁ〜〜」


 散々早口で喋り散らかした私に、目の前のイケメンは極めて率直な意見を述べたのだった。







「いやあのさあ。性格まで卑屈になってどうすんの」




 は? 性格『まで』? まで? …………まで?



「失礼! めっっっっちゃ失礼!」

「えっあっごめ……」

 不意に出た真意だったのだろう。だけど私は沸き立つ怒りを制御できず、イケメンの冴えない謝罪を遮った。

「私もう帰るから! さいあくッ!」

 




 他人に面と向かってブス認定されることが、こんなにも辛いなんて。


 全力疾走で森林の小道を引き返す。止まらない涙で視界が歪んでも、それでつまづきそうになっても、私は走るのをやめなかった。停めていたロードバイクが目に入る。幸いにも迷わず転ばず元の入り口まで帰ることができていた。



 とにかくここから離れたくて、腕で目元を拭って、また思いっきり漕いで風に乗った。だけど途中で足を動かし続ける元気もなくなって、私はロードバイクを停めて島を見た。宝石の雨はなおも降り続けている。止まってほしいのに、私の涙も止まらないで流れ続けている。青空に反射して、キラッと光って乾いた地面にポタポタとこぼれた。私は卑屈な自分に問いかけた。ねえ、あの宝石と私の涙、どっちの方が綺麗でどっちの方が価値がある?



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