6話
受験にあたって、もうひとり家庭教師が来ることになった。新しく来るのは、昔から教えてくれているクラーク先生の知り合いで、現在は引退して田舎で私塾をひらいているギブソン先生だ。先生は実際に王立高等学院で長年教鞭を取り、受験にも関わっていたということだった。
ギブソン先生によると、今の俺とグロリアは学力的には十分授業にはついていけるが、受験に受かるかは微妙らしい。相手の質問にたいして、的確に答える技術が未熟だという。
「質問に対して充分に知識がある事はわかる。ただ、もっと順序だてて答えないとダメだ。相手を説得できない。」
城ではウィリアムが苦戦していると、伯父上が聞いてきた。王太子と一緒に受験勉強をしているが、どうしても王太子に遠慮してしまうのと、家では弟妹に邪魔されて、なかなか自分の勉強が捗らないらしい。そこで、伯父上がウィリアムに公爵家で一緒に勉強することを提案してくれた。
ウィリアムがくる日、王太子の馬車がきた。なんでだ?と思っていると馬車からウィリアムに続いて王太子が降りてきた。
「世話になるな。」
王太子の後ろでウィリアムが困った顔をしている。どうやら、王太子が勝手に付いてきたらしい。
ウィリアムだけが来る予定だったので、伯父上は少し前に出かけていった。しかし、王太子が来てしまったので、急いで引き返して、挨拶をしていた。先触れもなく、迷惑な話である。とにかく、来てしまったものは仕方がないので、王太子も一緒に勉強することになった。
しかし、この王太子、参考書を見ては、ノートを取ればグロリアを見ている。何かをする度にグロリアを見ている。勉強をしているより、グロリアを見ている時間の方が長い。時折、溜息までついている。
グロリアは気にしていないようだが、俺とウィリアムは気になってしょうがない。来てから1週間、そんな状況に耐えられなくなった俺はグロリアの足を軽く蹴った。グロリアが俺の方を向いたので、「殿下をなんとかしてくれ」と目で訴えた。
グロリアがペンを置いて話しかける。
「殿下、私の顔に何かついておりますでしょうか?」
「アーサー」
「アーサー様、先程から溜息をついてらっしゃいますが、何か失礼なことをいたしましたでしょうか?いたらぬところがございましたでしょうか?もし、そうであれば、お詫びいたします。」
王太子はニコニコ笑って、
「違うよ、グロリアは何もやっていないよ。それに何をやっても、グロリアはかわいいよ。むしろ、俺に何かして欲しいくらいだよ。そうしたら、俺もお返しとして、グロリアにいろいろできるからね。」
何する気だ?
「いたらないところは、そうだね、せっかく俺が来ているのに俺を構ってくれないところかな。最近、あまり城に来てくれなかったでしょ。来ても前ほど長くいないし。俺が話しかけても、上の空のこともあるし。どうして?寂しかったよ。」
俺は絶句した。誰のせいで、こんな勉強漬けの日々を送っていると思っているんだ。
王太子の話はまだ続く。
「俺の事、嫌いになったの?どこがいけなかった?
ああ、そういう事か。他に好きな男ができたんだ。他の男のこと考えてたから、俺の話は上の空だったんだ。相手は誰⁉︎
ふふ、言わなくてもいいよ。調べさせればすぐにわ、、、」
途中から邪悪な微笑みを浮かべて話し続ける王太子を黙らせたのはウィリアムだった。
バンッ!と机を叩いて立ち上がったのだ。
「ギル殿、そろそろお茶の時間だと思うのですが。」
王太子がウィリアムの方を見て笑う。
「どうしたんだ、ウィル。そんなにのどが渇いていたのか?
ああ、そんな時刻だな。俺も喉が渇いた。そろそろ、休憩にしよう。」
そんな感じで勉強会は続けられた。
最初の頃は王太子の言動が気になっていたが、次第に「またか」ですむようになり、気にしなくなった。慣れって、こわいな。