59話
茶会にはフーランディア公の口添えにより、王太子も参加することになった。
茶会の場所に行くと、何故か、夜会服のようにデコルテが大きく開いたドレスを着て、アクセサリーをゴテゴテつけたキャロライン様とオドオドしたジェシカ嬢がいた。クラリス嬢もいた。フーランディア公の婚約者なので呼ばれたのだろうか。草原をイメージした茶会と聞いていたので、驚いた。俺だけでなく、グロリアや王太子も驚いているようだったので、「草原」は俺の勘違いではないのだろう。
フーランディア公は用事があり、後から参加されるとのこと。キャロライン様の指定通りに腰掛け、茶会が始まった。
奇妙な茶会だった。とにかく、全てがチグハグだ。まず、「草原をイメージ」しているはずなのに、クロスは貝殻柄。ティーカップには隊商が描いてある。そして、カップと菓子の入っている皿の絵が違う。皿は帆船が描いてある。違うセットを組み合わせたようだ。
キャロライン様のお召し物も黒色に金糸で刺繍がしてある。ネクレスはダイヤでイヤリングは真珠。指輪もエメラルド、サファイア、ルビー、トパーズと、色見本みたいだ。つけている香水もムスク系でキツく、紅茶や焼き菓子の匂いがわからない。離れている俺でもそうなのだから、隣に座っているグロリアはもっと酷いのだろう。匂いが目に染みるのか、涙目をしばたたかせている。
キャロライン様は一人で喋っている。独演会のようだ。誰にも話を振らない。だから、誰も喋れない。そんなキャロライン様がグロリアに話しかけた。
「グロリア、持参金はいくら貰えるの?」
突然の質問、それも、あり得ない質問にグロリアは返答に詰まる。
「いくらなの?公爵の娘なんだから、いっぱいもらうんでしょう?」
「父からは聞いてなくて、知らないんです。」
嘘である。貴族、特に女性はお金とは無縁の生活を送るのが建前である。実際は違うが、金勘定は家令や執事の仕事とされている。無難な返答だろう。
フーランディア公が急いで来られた。来られるなり、絶句されている。昼間の茶会というのに夜会と見まごう露出の多いドレス。色見本のアクセサリー。草原とは程遠いチグハグな茶器。キツイ香水で紅茶の匂いも焼き菓子の香ばしい匂いもわからない。
それでも何とか「遅れて申し訳ない」と言葉を出され、開いている席に腰掛けられる。
腰掛けられるとキャロライン様が驚く内容を話し始めた。
「リチャード、来てくれて良かったわ。貴方にとって、良いお話があるの。
リチャードはグロリアと婚約することにしたから。子爵なんかの娘と結婚しなくていいのよ。話が進んでどうしようかと思ったわ。グロリアは自分の持参金の額も答えられないグズな娘だけど、ノーザンフィールド公爵の娘だし。悪役令嬢だから、いずれアーサーに婚約破棄されるわ。婚約破棄された傷物の娘だから、公爵はいっぱい持参金をつけるでしょ。そういう訳だから、クラリス、あなたとリチャードの婚約は破棄するわ。リチャードはこのエルメニア王国の王子なのよ、侯爵家のナタリー・オルブライトならともかく、法服貴族の子爵の娘ごときが婚約者なんてあり得ないわ。こんな女、出なかったし。きっと、モブなのよ。なのにリチャードと婚約するなんて、厚かましいったら。いい夢見られたでしょ。今までリチャードを縛ってたんだから、慰謝料を貰うべきなんだけど、貧乏なんでしょ、許してあげる。さっさと消えてちょうだい。二度と姿を見せないで。
ああ、ギルベルト、あなたにも良い話があるのよ。ジェシカと結婚したらいいわ。男爵の娘だけど、可愛いし、素直でいいこなのよ。あなたも嬉しいでしょ。結納金は」
何を言っているのか?グロリアは悪役令嬢だから婚約破棄される?フーランディア公の婚約者がナタリー嬢?クラリス嬢は出なかった?モブって?キャロライン様は何を言っているのだ?何の話をしているのだ?
「いい加減にしろ!」
という怒気を含んだ声でキャロライン様の声は遮られた。フーランディア公が怒鳴ったのである。後から聞いた話では王太子も、公の怒鳴り声、というより大声を初めて聞いたらしい。どんな時も笑顔を絶やさず、穏やかで、身分の低い者にも気遣いを怠らないフーランディア公しか、俺は知らない。
「衛兵、何をしている!この痴れ者の女を早く連れて行け!」
突然の公の怒鳴り声に、衛兵はおろか、誰も動けない。声すら出せない。
「何をしている、早くしろ!」
衛兵はキャロライン様を拘束しようと近寄ったが、してもよいか迷っているようだ。何しろ、相手は正式な愛妾ですらないとはいえ、陛下の寵姫だ。
キャロライン様が震えた声を出す。
「リチャード、母親に対して、何てこと言うの?」
「貴女が、余りにも馬鹿な事を言うからだ。グロリア嬢はアーサーの婚約者だし、私は爵位関係なく、クラリスを愛している。それに、どうして満足にカーテシーも出来ないジェシカが公爵の後継のシュバルツ辺境伯と結婚できるんです?辺境伯は今、あるお方とお話が進んでいます。それを壊す気ですか!
どんなに馬鹿で非常識であろうと、あなたは私にとってただ一人の愛する大切な母親だ。けれど、私はこのエルメニア王国の王子でもある。国のため、民のために、この国に尽くさなくてはならない!」
公は泣いておられた。そして、衛兵から縄を受け取るとご自分で母親であるキャロライン様を縛られ、衛兵に預けられた。キャロライン様は「リチャード、どうして?私は貴方のためを思って。」と叫びながら連れて行かれた。
それから、公はクラリス嬢の方に向き直られ、「クラリス」と呼びかけられた。呼びかけられたクラリス嬢は立ち上がると、見事なカーテシーを無言でした。上位貴族でもかくや、という見事なカーテシーであった。公は何かを言いかけられ、手を出されたが、力なくその手は落ちた。
「今日はもう、お開きにしよう。」
王太子がそう言った。俺もグロリアも席を立ち、ジェシカ嬢も席を立った。皆が出ていき、フーランディア公だけが残された。