58話
第一王子のフーランディア公は法服貴族のタイラー子爵令嬢クラリス嬢と随分昔に婚約されている。なかなか進展しなかったのは母親であるキャロライン様がこの結婚に反対されていたからだ。キャロライン様は子爵で法服貴族ではなく、高位貴族との結婚を望まれているらしい。確かに庶子ではあるが父親である国王に疎まれるどころか愛されており、次期国王である王太子も「兄上」と慕っている。学業でも王立高等学院を首席で卒業後、大学で法学を学び、優秀な成績をおさめられている。本来なら王兄か、高位貴族の婿養子になってもおかしくない。が、子爵令嬢と結婚後、王族籍を抜け、公爵に臣籍降下すると非公式に決まっている。
王子の妃の実家はそのままその個人の後ろ盾である。対立する王子に姉妹を嫁がせることもあり、実際はそう単純なものではないが、そう思って良いだろう。王太子の婚約者がこの国の富の半分を賄うと言われる公爵令嬢であることを考えると、法服貴族の子爵令嬢というのは後ろ盾がないに等しい。しかも、クラリス嬢の母親のタイラー子爵夫人は王太子の乳母であり、子息である乳兄弟のウィリアムは王太子の側近である。また、王太子のもう一人の側近は隣国ヴェストニアの軍事の3分の1を持つと言われるアルトドラッヘン辺境伯の三男であり、王太子の婚約者グロリアの従兄弟で、最近公爵の正式な養子になり後継者となったシュバルツ辺境伯ギルベルト、つまり俺だ。
何故、こんなことになったかと言うと、主な理由は二つ。
一つは、フーランディア公ご自身がタイラー子爵令嬢のクラリス嬢を望まれたこと。公は以前よりクラリス嬢に特別な好意を寄せられており、正妃にはなれないが愛妾は確実と思われていた。しかし、公はご両親である陛下とキャロライン様を説得され、正式にタイラー子爵家に求婚され、婚約されたのである。そこに、王国の後継争いを避けたい意図が無かったわけではないだろうが、公がクラリス嬢を大変愛しておられるのも周知の事実である。
もう一つは、生母キャロライン様である。キャロライン様の出自の低さもさることながら、その教養の無さ、傲慢な性格のため、第一王子派の高位貴族でさえ、自身との縁組を嫌がったのだ。キャロライン様の気にいる貴族は縁組を嫌がり早々に子女を婚約させ、公と婚姻を結んでも良いという貴族はキャロライン様が気に入らないという状態だったのである。
長い間、婚約のまま何の進展も無かったが、最近、ようやく4ヶ月後に結婚ということになった。王族の結婚としては発表から異例の早さであるが、今迄の婚約期間の長さやお二人の年齢を考えると遅いくらいだ。何しろ、子供の一人や二人、いても不思議ではない年齢だからだ。
避けられない嫌なことほど、続けて起こるものである。あの夜会から十日も経たず、グロリアに茶会の招待状が来た。主催はキャロライン様。俺も一緒に、とある。
「え〜、お茶会やだ。また、お茶かけられるもん。クラーク夫人がいるなら、行ってもいい。えと、離婚したから、どう呼ぶんだっけ?」
あの、グロリアの中で「珍獣枠」の夫人か。確かにお前は出席したいだろうよ。だが、護衛の騎士は出席して欲しくないはずだ。それにあの夫人はまだ軟禁中だ。軟禁が解けても茶会には参加しないだろうし、招待されるならお前は呼ばれないよ。
「アーサー様が行ったらダメって言うような気がする。あ、アーサー様が一緒じゃなければどこにも行ったらダメって言ってた。」
俺も行きたくない。グロリアでさえ、珍獣扱いしない女と会いたくない。が、キャロライン様の後ろには陛下がいる。断って良いものか?相談しようにも伯父上は領地へ帰ってしまった。俺の結婚のことだろう。兄上も一緒に行ってしまった。誰に相談したらいいんだろう。
「アーサー様は一緒でなければ外出したらダメって言ったもん。だから私は行かない。」
「だったら、俺一人で行くことになるじゃないか。俺も絶対、行きたくない。この日は体調を崩す予定だ。」
二人して沈黙する。
「真面目に考えよう。」
結局、宰相に相談にのってもらうことにした。先触れを出したからか、夕方に訪ねると宰相は家で待ってくれていた。黙って、招待状を出す。受け取った宰相は差出人を見ると顔を歪めた。
「とりあえず、フーランディア公に知らせようと思う。キャロライン様を一番制御できるのは、公だと思う。」
俺が言う。
「アーサー様にも言う。絶対、キャロライン様とお茶会なんてやだもん。もう、紅茶を被りたく無いもん。」
グロリアの中では、「お茶会とは紅茶を被るもの」との図式ができているようだ。
しかし、やはり、キャロライン様の茶会を断るのは難しいようだ。それでも、今迄一度もキャロライン様からの招待を受けた事はないのに、何故今更になって?という疑問は残る。それは宰相も思ったらしい。