54話
本来なら招待状は家に届けるのだけれど、仰々しくなるので、学院で手渡しすることにした。
「本当に俺みたいな庶民も行っていいのか?
うわ、何着ていけばいいんだ?去年、姉貴の結婚式のときに親父が着てた一張羅か?それでいいのか?それから、あ、下着は白か?白じゃないとダメなんだよな、確か。」
ベイカーはテンパってよくわからないことを口走っている。
「何、言ってるんだ、ベイカー。これだから、呼ばれ慣れてないやつは。白一色の下着なんて貧乏くさくてダメに決まってるだろ。貴族の招待を受けた場合は総刺繍なんだよ。そうだよな、ローズ。」
ハリスがベイカーを小馬鹿にしたように言う。ふざけて言っているのかと思いきや、真剣に言ってるみたいだ。総刺繍の下着なんてゴワゴワ、モソモソしないか?そして何故、下着にこだわる?ローズって呼ぶのも何度止めろって言っても聞きやしない。
笑いながら、グロリアが横から言う。
「普段、学院にお召しのもので構いませんわ。父も皆様にお会い出来るのをとても楽しみにしていますの。特別なことは何も出来ませんけれど、是非、いらしてくださいね。」
俺も不安なので付け足した。
「二人とも、落ち着け。白ならまだしも、総刺繍の下着なんて着てどうするんだよ。誰も下着なんか、見やしないよ。」
我に返る二人。「それもそうだな」
カーライル嬢がグロリアに何か言っている。グロリアが王太子にちょっと、恥ずかしそうに言う。
「あのね、アーサー様、みんなが私のデビュタントのドレスを見てみたいって。着ていい?」
デビュタントのドレスを着るということは、当然、エスコートする男性がいる。その役を王太子が他の男に譲るとは思えない。それは、ドレスを着て欲しいと言った級友もグロリアも承知だ。
王太子は考え込んでいる。グロリアは不安そうな顔をしている。きっと駄目と言われるかもと思っているのだろう。俺もそんな気はする。理由も想像がつく。あの時のグロリアは本当に綺麗だった。きっと、誰にも見せたくないのだ。多分、俺とウィリアムは見せてもらえる。しかし、他の者には見せたくない。見せないために王太子妃の部屋の改築案まで思考が旅しているかもしれない。改築案、何度、宰相と侍従長に却下されたと思ってるんですか。思うだけなら自由だが、現在、動作が止まっている。声をかけてこちらの世界に引き戻すべきか?
「アーサー様?」
グロリアが不安そうに声をかける。
王太子がハッと気づいたようだ。
「グロリアは着たいの?」
「うん。みんなに見てもらいたい。だって、アーサー様から贈られた素敵なドレスなんだもの。駄目?」
小首を傾げてグロリアは聞いた。王太子は陥落した。
当日は公爵である伯父上が玄関で皆を迎え、ひとりひとりに挨拶をして、級友を驚かせていた。みんなが集まって、茶会が始まる前に少し顔を出すくらいでいいのでは、と言う俺に、「公爵としてはそれでもいいかもしれないけどね。私は公爵としてではなく、お前達の父親として挨拶したいんだよ。本当に良い友人に恵まれたね」と言ってくれた。
みんな、ホールでおしゃべりをしながら、グロリアと王太子の入場を今かと待っている。
ホールの扉が開いて、王太子にエスコートされたグロリアが入ってきた。みんなが拍手で迎える。二人が礼をすると、楽団が演奏を始めた。ターンの度に、あの、王太子に贈られた白いドレスの裾がフワッと広がる。デビュタントの時のグロリアはとても綺麗だったけれど、今のグロリアも負けずに綺麗だ。とても幸せそうな顔をしている。もしかしたら、知っている人に囲まれている今の方が、幸せな顔だ。
ダンスが終わって、再び礼をすると、誰からともなく拍手はもちろんのこと、歓声があがった。その声に押されるように、更にもう一曲踊った。普通のデビュタントでは考えられないことだけれど、王太子もグロリアも本当に嬉しそうな幸せそうだった。
ナタリー嬢とカーライル嬢がグロリアに何か話している。グロリアの嬉しそうな顔を見ると、褒められているのだろう。王太子は他の級友に囲まれている。こちらも何を言われているのかわからないが、嬉しそうだ。
そのあと、移動して茶会が始まった。グロリアは王太子から贈られたドレスが汚れたらいけないと、大きな布をエプロン代わりに巻いていた。だったら、着替えればいいのにと思ったが、本人も王太子も納得したような顔をしているので、放っておいた。級友もなんか納得した顔をしているし。
楽しい時はあっという間に過ぎてしった。俺とグロリアは来てくれたひとりひとりに、グロリアの育てた花とお土産とお返しの品を手渡した。
みんなが帰ったあと、俺達はホールに行った。グロリアと王太子は最後にもう一曲だけ踊った。楽団は帰ってしまっていたので、俺とウィリアムがバイオリンを弾いた。
「今、この時が永遠に続けばいいのに!」
グロリアが言った。
グロリアも王太子も俺もウィリアムも幸せな気持ちでいっぱいだった。