5話
少し前から、王国ではある小説が流行っている。ジャンルとしては恋愛物になるのだろう。特に令嬢方の間で人気だ。お茶会では必ずと言ってよいほど話題にあがるので、俺とグロリアも一応読んでみた。
架空の国が舞台とはいえ、荒唐無稽な設定、ご都合主義な展開。初めのほうこそ笑いながら呼んでいたが、途中から苦行になった。それで、何ページかづつを互いに読んで、教え合うことにした。
小説の舞台は貧富の差はあるが、貴族や平民などの身分はない国の学校だ。学校で主人公のヒロインはある少年と知り合い、恋に落ちる。二人は一緒に登校したり、下校時には寄り道をして買い食いをしたりする。時にはヒロインが少年に弁当を作っていっしょに食べたり、そのお礼に少年がバイトをして得た金でヒロインにアクセサリーを送ったり。しかし、少年の家は大金持ちでヒロインは孤児。当然、我こそは彼と釣り合うと思っている女生徒は面白くない。教科書を隠される、持ち物を捨てられる、制服を汚される、挙句は階段から突き落とされるなどの暴行を受ける。しかし、卒業式の日、少年はヒロインに結婚を前提とした交際を申し込む。暴行をはたらいた女生徒はその事実を卒業式後のパーティーで少年に断罪され、進学が決まっていた金持ちの学校ではなく、厳しいと評判の全寮制の学校に進学させられる、というものだ。
何が面白いのかわからない。他人の持ち物を勝手に持ち出せるようになっているのは、学校の管理体制が問題視されるべきだし、故意に階段から突き落とすというのは明らかに犯罪行為で、少年ではなく、警邏隊が断罪するべきであろう。ほかにも理解不能な行動を登場人物はとる。架空の国が舞台だけあって、考え方や道徳感が違うという設定なのだろうか?しかし、令嬢方には大人気らしく、続編や似たような小説が次々と出版されている。俺とグロリアは茶会でこの話題に参加するのを諦めた。
俺はそろそろ自分の将来を決めなくてはならない。ヴェストニアに戻る選択肢はない。グロリアは王太子妃になるので、俺が公爵家を継ぐことになるのだろう。伯父上もそれを意識してか、少しづつ俺に仕事をさせるようになっている。
俺は人脈を作るために貴族の子弟が多く通うアルバラ校を考えていると伯父上に相談したところ、俺には合わないのではないかと言われた。そのかわり、王立騎士養成学校の特別科を勧められた。特別科は剣術もやるが、政治学や交渉術、戦争術などを主に勉強し、将来は国防関係につくものが多い。国防関係につかなくても、宮廷で役立つ科目を学ぶことができる。下位貴族や騎士階級が主だが平民も少なくない。
「確かにアルバラ校で人脈を作るのもいいけど、籍だけ置いて通ってない連中も多いからね。本気で人脈を作るつもりなら、夜会などで知り合う機会のほとんどない下位貴族や騎士階級、平民の多い特別科がいいよ。いろいろな人物がいて刺激になるし、学生生活も楽しい。私もあそこの卒業生なんだよ。今でもあそこの連中とは付き合いがあるよ。」
ヒューバートにこのことを言ったところ、そこの卒業生だという騎士を紹介され、話を聞くことができた。確かに、俺に合っているかもしれない。俺は特別科に行くことに決めた。
俺もグロリアも小説のことはすっかり忘れていたが、余波は王宮の方からきた。王太子がグロリアと学生生活を送ってみたいと言い出したのだ。学友として、俺とウィリアムも一緒に行くことになった。迷惑だ。
この国で女性が高等教育を受けることのできる学校は少ない。5校あるだけだ。
王太子は制服姿のグロリアが見たいらしいが、制服があるのは二校のみ。王立騎士養成学校と聖白百合学園。王立騎士養成学校は実技試験があり、グロリアには無理だ。聖白百合学園の制服は清楚で可愛らしく、令嬢方にも人気だ。世の男どもの憧れの制服。王太子の一押しでもある。しかし、入学資格は貴族令嬢のみ。王太子に入学資格がない。入学資格の改正、特例と何やら呟いている。無視して、資料を王太子の手からクズ籠に移動させた。
「お前はグロリアの制服姿を見たくないのか?この上なく可愛らしく、天使と間違われるんじゃないかな?
でも、そんなグロリアの可愛らしい姿を他のヤツらが見るなんて耐えられそうにない。閉じ込めてしまいたいが、それでは一緒に通学できない。
ギル、どうしたらいいと思う?あ、お前たちには特別に見せてやるから、安心しろ。」
「どうでもいいです。俺としては学生生活自体諦めてもらえると、嬉しいです。」
非常に驚いた顔をして、絶句している。
次だ、次!以下、私服。ランドル学院は男女共学だが、広く平民を受け入れている、というより平民向け。外国人にも門戸を広く開けているだけあって警備に問題あり。アルバラ校は校舎が男子棟と女子棟にわかれており、一部授業のみ共学。物理的に王太子の希望する学生生活は無理だ。
残ったのが王立高等学院。男女共学というより、性別身分考慮なしの完全実力主義。ガチのエリート校。入学も難しければ、進級も難しい。一番難しいのは卒業。ここの学生の卒業論文が政策の叩き台に使われているという、真偽不明の噂話があるくらいだ。順調にいけば3年で卒業、6年で卒業できなければ除籍だ。さずかに除籍は恥ずかしいので、途中で自主退学する者がほとんどである。それでも、平民なら貴族の家庭教師、下級貴族なら王宮である程度の出世がのぞめるのだ。
警備の問題と王太子の希望をクリアするのは王立高等学院しかない。しかし、ここを受験しようとする者は遅くとも一年前には準備を開始する。俺たちはあと半年、間に合うのか?
考えても仕方ないので、俺とグロリアは家庭教師に相談し、受験勉強に邁進することにした。幸い、グロリアの王太子妃教育はあとわずかで終了するらしい。なので、受験が終わるまで一時中断することになった。