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ある公爵の若き日の思い出   作者: 桂木
本編
5/176

4話

この話では、「法服貴族」を「なんらかの功績があり貴族に列せられたが、領地を持たず、自分の才覚で地位を獲得、維持している貴族」としました。爵位の継承は認められ、ある程度の年金は支給されますが、領地はないので当然領地収入はありません。故にあまり裕福ではないという設定です。

 あの茶会の後、俺とグロリアの生活は一変した。週に2度、城に行くようになったのだ。グロリアの王太子妃教育のためである。何故か、俺も一緒に行かされた。

 家でも自由時間が少なくなり、勉強時間が増えた。知らないことを知るのは楽しいし、グロリアと一緒なのでべつに苦ではなかった。グロリアが城に行かない日は城から教育係が派遣された。教師のスミス夫人が帰ったあとのグロリアはぐったりしているので、なかなか、厳しいのだろう。しかし、寝る前にはいかにスミス夫人が素晴らしいか力説するので、それなりに充実しているようだった。

 グロリアがスミス夫人の教えを受けている間、俺は武術の鍛錬をしていた。教えてくれるのは、代々公爵家の騎士団の団長を排出するヴァレー家の三男ヒューバートだ。彼は最近まで、俺の上の兄と一緒に騎士の訓練を受けていたといい、ヴェストニアにいる兄上のかわりだと言って、俺のことをとても可愛がってくれた。武術以外のことも教えてもらった。例えばナンパの仕方とか、あとはまあ、ちょっとご婦人の前では口に出すのが憚られることなんかも教えてくれた。周りの騎士たちから、本当の兄弟みたいだな、と言われていた。俺にとっては、みたいではなく、本当の兄貴だった。


 城での俺は王太子と王太子の乳兄弟のタイラー子爵令息、ウィリアム・タイラーと一緒に過ごした。俺とウィリアムは将来の側近にと考えられていたようだ。一緒に授業を受けることもあれば、別々のこともあった。

 勉強の終わりはグロリアが将来お茶会を主催した時の練習もかねて、みんなでお茶を飲んだ。もちろん、練習はグロリアだけでなく、俺たちもだった。将来お茶会に招かれた時の練習だ。固定メンバーだと慣れが生じて練習にならないとのことで、何回かに1回は2〜3人同じ年頃の子が招かれた。

 別に王太子に何かをされたわけでも、言われたわけでもないが、何となく居心地が悪かった。それはそうだろう。見合いというか、顔合わせの席で、知らなかったとはいえ、全く関係のない俺が同席していたんだから。伯父上はあれがどういう茶会かわかっていたはずだ。なのに、なんで俺を同席させたんだ?

 そして、そのことに王太子が一切触れてこないのも居心地の悪さを増す原因だ。いっそ「なんでお前がいたんだ!」と咎めてくれ。その方がスッキリする。


 あの茶会から3ヶ月くらい過ぎたある日、俺は、意を決したような顔をした王太子から質問をうけた。

「ローゼンリッター卿、貴殿はグロリア嬢と仲がいいのか?どのくらい、仲がよいのだ?」

えらく答えづらい質問きたな。これ、なんて答えるのが正解なんだろ。いっそ、お前は城に来るな!と言ってもらった方が返しやすいんだが。本当にどう答えよう?

「ごく、小さい頃から一緒に過ごしていると聞いたんだが、どうなんだ?」

しつこいな。何が聞きたいんだ?何が言いたいんだ?言いたいことはハッキリ言ってくれ。

 俺は答えに詰まった。質問の意図がわからない。意図がわからないことには返答のしようがない。俺とグロリアが一緒にいるのが気に入らなくて、咎めているのか?そんなこと、俺に言われても困る。

 そこまで考えて、俺は昨日の出来事を思い出した。俺はいま、俺の家と伯父上の間の話し合いで伯父上の家で暮らしている。これは俺にはどうすることもできない。しかし、一緒にいればケンカもする。すれば相手を「馬鹿、マヌケ」くらいは言う。昨日もケンカをした。かなり白熱して、先に手を出したのはグロリアとはいえ、俺も応戦した。もちろん、手加減はしたが。公爵家のなかでは兄弟喧嘩ですむが、対外的には明らかに不敬罪だ。いや、反逆罪か?俺は相当困った顔をしていたんだと思う。

 王太子が苦笑した。

「別に貴殿を責めているわけではない。

 質問を変えよう。

 ローゼンリッター卿、貴殿はどうして私の婚約者が、グロリア嬢に決定したか、わかるか?」

 そんなの、政略結婚に決まっている。他にも適当な令嬢はいただろうが、グロリアである主な理由は次の3つと推測する。

 一つ目。筆頭公爵ではないがこの国の富の半分をまかなうと言われ、また、隣国ヴェストニアの軍事力の3分の1を持つと言われる辺境伯と強い結びつきの公爵家の令嬢である。いつ何時アルトドラッヘン辺境伯とひとつになって独立するかわからないノーザンフィールド公爵家をエルメニア王国に引き止めたいということだろう。

 二つ目。代々の公爵は王国の中央政治にあまり興味をしめさず派閥に属してないこと。伯父上なら娘が王太子妃になったからといって、それをかさに何かしたりすることは考えにくい。国内のパワーバランスは崩れない。

 そして最後、三つ目。次代の王は4つ年上のフーランディア公リチャード王子殿下ではなくガラタナ公アーサー王子殿下であると諸侯に示すこと。彼の方が4つ上で父王に可愛がられてはいるが、彼を王太子にするのは無理がある。母親が愛人のうえ身分が低すぎる。男爵が娼婦上がりの妾に産ませた庶子、なかなか子供に恵まれない王に取り入るために引き取って、愛妾にさしだしたという話だ。この国に貴賎結婚はないとは言え、母親が筆頭公爵令嬢で正妃のガラタナ公でなく、愛人の子のフーランディア公を王太子に指名すれば、欲にかられた貴族が2人をかつぎ、アーサー派とリチャード派に分かれて内戦をおこす可能性が高い。この国の弱体化を狙っている周辺諸国がそれぞれ不満のある貴族を焚きつけ、確実に内戦をおこさせるだろう。

 それぞれの妃の実家はその王子の後ろ盾である。フーランディア公の婚約者はタイラー子爵令嬢。タイラー子爵夫人は王太子の乳母であるが、タイラー子爵家自体、領地を持たない法服貴族で、子爵の末席に名を連ねるにすぎない。王子の後ろ盾とするにはあまりにも弱すぎる。あの女狐に骨抜きにされている陛下がよく決断したもんだ。周りが優秀なのか。

 そんなことを考えたが、

「特には聞いておりません。」

と返答した。わざわざ、こちらがわかっていると教えてやる義理もない。

「賢明な答えだな。わからない、ではなく聞いてない、か。」

バレてやがる。この王太子、くえねぇ。中興の祖とされるアルフレッド王以来の切れ者との評判は伊達じゃなさそうだ。

 王太子は話を続ける。

「私とグロリア嬢の婚約は政略結婚だ。日々、施行される数々の法案と一緒だ。そこに、自分たちの意思や感情が入り込む余地はない。2人の間に必要なのは愛情ではなく、王家を絶やさぬように子をもうけること。私もそれに異論はない。

 しかし、私はそれだけでは寂しいと思う。できれば、グロリア嬢を愛したいし、愛されたい。」

 そこまで話してやめた。俺の反応をみているようだ。とりあえず、不敬罪と反逆罪は大丈夫そうだ。相思相愛になりたい、当たり前だ。俺もいずれは政略結婚をするのだろうが、少しでも心安らぐ女性がいい。常に緊張を強いられる家庭は嫌だ。帰りたくなくなる。いや、別宅を作って帰らなくなる自信がある。

 王太子がため息をついた。

「正直に言うよ。グロリア嬢と仲良くなりたい。友人としてではなくて。

 一目惚れだったんだ。あの茶会の前に資料はみたよ。でも、心は動かされなかった。確かに他の令嬢より条件はいい。彼女を選んだのは条件がよかったから。何かをする時、より良い条件のほうがいいだろ、それと同じ気持ちだった。政略結婚だ、そこに愛はいらない。そう思っていた。

 けれど、実際の彼女を見てビックリした。肖像画を上に描かせる者は多いけど、肖像画よりよっぽど美人だ。それだけじゃない。グロリア嬢の周りが輝いて見えたんだ。アレは、雰囲気とかオーラとかが可視化されたんじゃないかな。

 決定的だったのは、彼女が昔捕まえたトカゲの話をした時。目をキラキラ輝かせて本当に愛おしそうにそのトカゲのことをしゃべっていた。彼女にそんなふうに思われたら、あの可愛らしい口で私の名前をよんでもらえたら、どんなに幸せだろうと思ったんだ。正直、トカゲが羨ましかったよ。彼女に名前をよんでもらえるなら、トカゲにだってなってもいい。」

 ドン引きである。ウィリアムを盗み見ると、無我の境地に達しているようだ。俺より長い時間一緒にいるんだもんな、色々と苦労があるのだろう。同情する。しかし、王太子はグロリアを政略の道具ではなく、ひとりの女性として思ってくれているらしい。ドン引きだが、そこは好ポイントだろう。グロリアをそんなふうに思ってくれて、嬉しかった。

 「え〜っと、殿下はグロリア、嬢と仲良くなりたいということですね。」

「そうだ。いつもは皆でする茶会を、時々、2人でしているのだが、その時に花や香水、宝石なんかをプレゼントしている。しかし、どうも反応が悪い。彼女の好みではないのだと思う。彼女は素晴らしい女性だ。他の女性とは違うものを好んでも不思議ではない。だが、悲しいことに私には思いつかない。トカゲをプレゼントすることも考えたが、私よりトカゲに夢中になられるのも悔しい。そこで、貴殿に聞いてみることにしたんだ。小さい頃から一緒にいるローゼンリッター卿なら、グロリア嬢の好みの物をわかるだろうと思ったんだ。ぜひ、教えてほしい。」

 一国の王太子が俺たちしかいないとはいえ、外国人のなんの地位もない俺に首を垂れて教えを乞うている。本当にグロリアのことが好きなんだな。トカゲをライバル視しているところはドン引きだが。

 俺は一番簡単な、それでいて抜群な効果を期待できる方法を伝授した。

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