27話
今日はグロリアも王宮に来ている。週に一度の王太子妃教育の日だ。が、もうほとんどすることはないらしいので、王太子は自分の執務室に呼んだ。侍従長は何やら言いたそうだったが、グロリアがいた方が王太子の仕事が捗るので黙っていることにしたようだ。
フーランディア公が面会を求めてきた。すぐに執務室に入ってもらい、部屋にいた役人と侍従長を無理矢理追い出した。
「アーサー、ゲームの事について聞きたいとか。」
王太子が今朝の馬車の中での話を聞かせた。
「ごめんね。私が死んだ時点では続編は出てなかったよ。けれど、死んだ後で出たのかもしれないね。続編では攻略対象者が追加されたりするんだけど。続編が出ていたとしても、私は見ていないので、誰がそうなのかわからない。役にたてなくて申し訳ない。」
「いえ、大丈夫です。あの女がゲームのヒロインでもそうでなくても、グロリアを害そうとするなら、排除するだけです。」
「そうだね。ああ、そう言えば、姉達が攻略対象者を追加しての続編要望をネットで活動していたように思う。」
聞き慣れない言葉が出てきた。
「ネット?網ですか?象徴としてそれを掲げるのですか?何故、網?」
「いや、象徴ではなく、方法だよ。う〜ん、なんて言ったらいいかな?距離は関係なくて、沢山の人と瞬時に意思疎通できる技術と言ったらいいのかな?」
公の前世だった世界は魔法が存在するのだろうか?
「それは、素晴らしいけれど怖い技術ですね。使い方を間違えれば、大変なことになる。」
「そうだね。実際、そういう事が沢山あったよ。
本題の続編の要望の攻略対象者だけど、姉はヒュー様と呼んでいた。本編で悪役令嬢の護衛騎士をしていたと思うよ。思い出したのはそれくらいだ。役にたてばいいが。あまり、情報がなくて申し訳ない。」
そう言って、部屋を出ようとする。
「お待ちください。続編でも私は悪役令嬢なのでしょうか?」
「見てないので断言できないけれど、その可能性は高いんじゃないかな。どのゲームでも悪役令嬢はたいてい高位貴族だからね。
でも、ゲームと現実世界が違うのは君の方がよくわかっているだろうし、それに君はイジメなんかしないだろう?」
そう言って、公は自分の部屋に帰って行った。
そのあと、皆でお茶を飲んだ。グロリアはケーキにもお茶にも手をつけずにいる。何か思い悩んでいる様だ。
「グロリア、カフェでなくてごめんね。また、行こうね。」
王太子が話しかける。それには答えずにグロリアが話し出した。
「ミズ・チェイサーは私のことを悪役令嬢だからイジメをするって言ったの。殿下は私はイジメをしないって仰ったけど、ミズ・チェイサーのことは好きになれないし、カランザンで言った様に本当に意地悪してやろうと思ってしまうし、しているの。やっぱり私はゲームのとおりの意地悪な悪役令嬢なのかな?それで、アーサー様に嫌われて婚約破棄されてしまうのかなって思って、悲しくなったの。
でも、ミズ・チェイサーが私に嫌なことを言うのは事実だし、あちこちで私の悪口を言ってるみたい。それを信じて私のことを悪く言う人もいる。私がアーサー様の婚約者だということを笠に着てミズ・チェイサーを虐めているんでしょ、って先日のお茶会の時にも言われた。私だけ話に入れてもらえなくて、ワザとお茶をこぼされた。私が「熱い」って言ったら、笑ってた。そんなことが何回もあった。私がアーサー様の婚約者だから、ギルもお父様もいい気になってるって。
私だけでなく、ギルやお父様のことまで悪く言うなんて許せない。絶対、許さない。」
グロリアは泣きそうだ。
俺も公爵家に対する嫉妬は感じたことがあるが、嫌味程度で手を出されたことはない。多分、グロリアが大人しくて告げ口も反撃もしそうにないからやったんだろう。実際、グロリアは今迄黙っていた。俺は一緒に住んでいるのに気づいてやれなかったことを情けなく思った。けれど、どこの令嬢かは知らないがグロリアを甘く見過ぎている。グロリアは生まれた時から公爵令嬢で、本来なら女公爵になるはずだった。当然、王太子の婚約者になるまではその様に教育を受けているし、王太子妃教育もただ黙ってイジメを受けて泣いているだけのような教育ではないだろう。
王太子がグロリアの背中を撫でながら言う。
「グロリア、辛かったね。頑張ったね。気づいてあげられなくてごめんね。
そんな意地悪なことをする令嬢の家は爵位を取り上げて、全員処刑しようね。王太子である俺の婚約者にそんなことをしたんだから当然だよ。簡単には死ねない処刑方法にするね。どんな方法がいいだろう?」
グロリアは首をふる。
「そんなことしたら、アーサー様が悪く言われてしまう。だって法律上そんな処刑方法は大逆罪以外できないもの。それに、そこの家はアーサー様にとって大事なお家だもの。」
「王太子派ということですか?それも有力な。
グロリアさまをお茶会に招くことができて、その場のみんなにそんなことをさせられるご令嬢、、、グロリア様のことをよく思っていなくて、そんなことをしそうなご令嬢、、、」
黙って話を聞いていたウィリアムがそう言って、考えている。
父親が王太子派の有力者ならグロリアが反撃しなかった、できなかったはずだ。しかし、このままでいいとも思えない。
「そいつが殿下の婚約者ということを笠に着てと言うなら、そいつだって自分の父親のことを笠に着てグロリアに意地悪してるんだろ。誰だよ、そいつ。」
「エヴァンズ侯爵令嬢あたりでしょうか?侯爵自身は常識人なのですが。」
グロリアは否定も肯定もしないが、多分当たりだ。ウィリアムは本当に人をよく見ている。
エヴァンズ侯爵は穏やかで常識人だ。何度か会ったことがある。確か今は諮問委員会にいる。この侯爵の長男は昔、時計でやらかして廃嫡になったヤツだ。今は次男が後継になっているはず。しかし、なんでこの家の令息といい、令嬢といい問題があるんだ?
「ニコラ嬢か。侯爵の息女だと思って馴れ馴れしい態度も許していたが、グロリアにそんなことをするなら、別だ。侯爵に親としての監督責任を取らせる。諮問委員会の長官を解任する。宮廷にも王都にも出入り禁止だ!夫人とニコラ嬢本人もだ!」
「ごめんなさい!」
突然、グロリアが謝った。
「上手く対処出来なくてごめんなさい。感情のまま、話してしまってごめんなさい。ごめんなさい。ごめ、んな、さい。」
泣き出した。今迄、ずっと我慢していたのだろう。なんとかしようとしていたのだろう。王太子派の侯爵の息女なので仲間外れになるのがわかっていながら辛くても茶会に参加してたのだろう。王太子はずっと背中を撫で続けている。
ひとしきり泣いたあと、顔をあげた。
「もう、エヴァンズ侯爵令嬢のお茶会には行かない。行くように言われても拒否する。でも、それだとアーサー様にご迷惑がかかってしまう。だって、王太子殿下の婚約者が王太子派のお茶会に出ないってあり得ないもの。私、アーサー様のこと大好きだけど、」
「しないからな。絶対に婚約破棄なんかしないからな。」
王太子が冷えた声で言う。
「グロリアはあんな令嬢の茶会になんか出なくていい。ずっと、俺のそばにいればいいよ。とりあえず今日からしばらくは、グロリアは王太子用の客室を使って。王太子妃の部屋は急いで改築させるから。どんな風にするかは大まかだけど、決めてあるんだ。あとは設計士と大工に直接案を伝えて改築するだけなのに、侍従長が設計士や大工と直接話してはダメだと言うので、なかなか改築が進まない。間に人を入れると思い通りにならないことが多くて好きじゃないんだ。もう、どこにも行く必要は無いし、外のことで煩わされない様に廊下に通ずるドアは塞いでおこうね。部屋にバスルームもついているから不自由ないし。バスタブはゆったり入れる様に大きめのものに替えるよ。グロリアはお風呂、大好きだものね。寝室を間に挟んで俺の部屋と繋がっているから、ギルや公爵には俺の部屋で会えるよ。俺の部屋にはいろんな人が来るから、部屋と寝室のドアの鍵は常にかけておいた方が安心だね。バルコニーはどうするかな?バルコニーからは庭園が見えて素敵だけど、悪意ある人物がバルコニーにいるグロリアを見ないとも限らないし。難しいな。そうだ、出る時は俺が一緒の時だけにしようか。それ以外は出られない様に鍵をかけておけば安心だ。鍵は俺が常に持っておくから安心して。あとは、」
グロリア監禁計画を嬉々として話し始める王太子。
恐る恐るグロリアの顔を見る。が別にいつも通りだ。
「アーサー様、私はお茶会に出ないし、ギルやお兄様にも夜会に出ないでいてもらおうと思うの。私がアーサー様の婚約者である限り、私やギルが侯爵家のお茶会にも夜会にも参加しないとなれば、侯爵家は未来の王太子妃の不興を買ったと知れ渡ります。また、私の行動はアーサー様もご存知のはずなので、不参加が続けばその行動をアーサー様もお認めになっているということ。つまり、王太子の不興をもエヴァンズ侯爵家は買ったということにもなるわ。ただ、これをすると、エヴァンズ侯が王太子派でなくなってしまう恐れが多分にあるので、、、やっぱり、」
「しない。グロリアと結婚できないなら、国王になってもしょうがない。それとも、グロリアは王妃になりたい?」
「ううん、どっちでもいい。ただ、ギルと会えないのは嫌。」
俺はあることに気づいた。
「グロリア、殿下の婚約者である限りその案はちょっと無理があるよ。俺や兄上の夜会の件はまだしも、グロリアの茶会は正式なものならほとんど政治的な意味合いだから、婚約している限り出欠を決めるのは宰相や侍従長だろうし、少しはグロリアの意見が取り入れられるにしても、好きにはできない。毎回欠席なんて無理だ。けれど、婚約を解消したとしても公爵家の不興を買ったことにはなる。それでもかなりの打撃だと思うぞ。」
「ギル、なんてことを言うんだ。俺はお前と敵対したくない。けれど、」