2話
「せっかく名乗ってもらったのだが、お前たちの名前は知っている。」
王太子はそう言って、紅茶を一口飲んだ。俺とグロリアは顔を見合わせた。
先に口を開いたのはグロリアだった。
「左様でございますわね。」
そんなの当たり前だろう。王太子ともあろうものがどこの誰かもわからない者と会うわけがない。お忍びで偶然会ったのならまだしも、キチンと案内され通されたのだ。服をわざわざ仕立てる時間があったことからも、何日も前から計画されていたに違いない。ただ、俺とグロリアが知らされていなかっただけだ。
俺とグロリアは公爵家令嬢と外国とはいえ辺境伯令息である。しかも、辺境伯領はこの国と国境を接しており、その国の3分の1の軍事力を持っている。平民ならまだしも、王太子が名前を知らない方がどうかしている。「自分達が知らなかったのだから、相手も知らないに違いない」と思っているほど馬鹿だと思われている?俺とグロリアは王太子だと思ったが、実は違った?いや、王太子でなくてもこの場に出るなら、知ってなければいけないだろ。この状況、どう考えればいいんだ?
チラッと横目でグロリアを見る。ほとんど表情は変わっていないが、グロリアも困惑しているようだ。テーブルの下で手を握ったり開いたりしている。すぐさま、手を繋いでやりたかったが、自分達より地位が上の奴がいる場ではまずい。この場は私的空間の態を装っているが、限りなく公的な空間なのだから。グロリアもそう考えているのだろう。だから、俺の方へ手をのばさず、その場で握ったり開いたりしているのだ。
俺とグロリアは相当困惑が顔に出ていたに違いない。苦笑のような表情を浮かべて、目の前の少年が話し出した。
「お前たちが名乗ったのだから、私も名乗ろう。エルメニア王国王太子、アーサー・ユリウス・エルメラインだ。
この紅茶はこの茶会のためにグロリア嬢をイメージして特別にブレンドしてもらったものだ。是非とも味わって飲んで欲しい。」
俺はこの茶会がどういう趣旨のものかやっと理解した。
この茶会はグロリアの見合いだったのだ。いや、見合いとは名ばかりの事実上の顔合わせだろう。貴族の結婚とは互いの家の繋がりを目で見える形にしたもの。家柄や家格、財産などを考慮して、小さい頃に親や当主に決められる。そこには当事者の好悪の入る隙はない。あるのは、家が釣り合っているか、利益をもたらすか、ということだけだ。
言われるまま、紅茶を飲む。口にふくむと紅茶の良い香りを更に強く感じた。そしてその強さは彼の、ひいてはこの国の公爵家に対する執着なのだ。
目の前の殿下はニッコリと微笑んでいる。くせ毛なのか少しカールした明るい金髪は風になびき、ペリドットのような綺麗な翠眼。肌は白く滑らかで大理石のよう。まさしく、王子様だ。女の子百人に「貴女の理想の王子様を教えて」と質問したら99人が答えるであろう容姿をしている。もっとも、目の色は青かもしれないが。そんな人物が向かいに座って、自分をイメージした紅茶を飲んで、自分に微笑んでいる。そんな状況、普通の女の子なら、うっとりして舞い上がってしまうだろう。
グロリアを横目で見る。笑顔で、おいしそうに紅茶を飲んでいる。が、俺にはわかる。アレは少しイラついてる笑顔だ。王太子が何も話さないのだ。この国では下位の者から上の者に話しかけるのは無礼なこととされている。王太子が話しかけてこなければ、無言で茶をすするしかない。
そして、王太子は時折、俺の方をみる。顔は笑っているが、目は笑ってない。「何で、お前がいるんだ」と思っているに違いない。当然だ。顔合わせの席に父親以外の男が座っているなんて聞いたことがない。父親がいない場合は代理の者がつくことはあるが、父親がいるのに他の男がいるとしたら、せいぜい、兄弟くらいだろう。確かに俺はグロリアと兄弟の様に育ったし、互いに兄弟かそれ以上の存在に思っている。しかし、対外的には外国人の従兄弟だ。なんでこの場にいるのか、俺自身にもわからない。これが、そういう場だと事前に知っていたら、腹痛でもなんでもおこして欠席したのに!動揺が顔や態度に出ていないことを祈るばかりだ。
伯父上を見るとすまして座っている。ちっとも困っているようには見えない。むしろ、楽しんでいるようだ。