15話
休日に王宮に王太子の手伝いに行った。休憩のお茶の時間に自然にグロリアの噂の話になった。
「世間ではすっかり、俺もギルもトレアの公女と結婚するという噂で持ちきりらしいな。」
「懐疑的な人もたくさんいますよ。グロリア様との婚約破棄をする方が、得るものよりも失う物の方が大きい、と」
ウィリアムが言う。本当にその通りだ。
では、この噂を流して、噂通りになって得をするのは誰だ?俺はマクミランの「行商人は外国人かもしれないですね」を思い出した。
「殿下、ご機嫌を損ねるかもしれませんが。」
そう前置きをして、俺は話し出した。
「ユーグ殿下は妹君二人を我が国に留学させたいと言ってきましたよね。大公亡き後、内乱になりかねないので、避難の意味があるのではとこちらは承知した。その後、妹君の縁談をエヴァンズ侯とリーフェン公に持ちかけた。最初から計画的だったわけです。
でも、まだ発表されていない俺はともかく、殿下はグロリアと婚約していることはみんな知っています。なんとかして婚約破棄させなくてはならない。
直接的な手段にでれば確実なのでしょうが、そんなことをすれば、殿下は徹底的に犯人を追及するでしょう。大使を追放して国交断絶どころか、トレアと戦争を引き起こしかねない。上手いやり方とは言えません。」
本当に戦争になりかねない。
「当たり前だ。グロリアに危害を加えようとする人間は国ごと滅ぼしてやる。しかし、それでは我が国の民の命もたくさん失われてしまう。そんなことになれば、心優しいグロリアは嘆き悲しむだろう。うん、そんなことにならないように、やはりグロリアは王宮で暮らすべきだな。王太子妃の部屋の改築の手配を侍従長も宰相もする気がないようなので、ハリスの父親に直接頼もうと思って、会わせてくれるよう言ったのだが『忙しいから』と断られてしまった。」
ハリス、ちゃんと断ってくれたんだ。良かった。
俺は王太子の話を無視して話を進めた。
「ウォーカーが、先日会ったという行商人の印象を教えてくれたんですが、一緒に聞いていたマクミランが『外国人かも』と言ったんです。」
ウィリアムがため息をついた。
王太子が「ウィルもわかったか」と言った。
「ええ、水がなければ水溜りはできないですから。一度ならず二度も同じような噂が立てば、それは本当のことだと普通は考えるでしょうし、婚約にも影響するでしょう。王太子妃なら、なおさら。それで、噂をばら撒いた。実際、世間では、王宮内にもグロリア様との婚約を破棄してシャルロット殿下と婚約すべきという意見も出ています。」
「ユーグのやつ、わざわざ人を送って水溜りを作りにきたわけか。
前世の記憶を持って、それを基にしているなら、本当にそんなことをしていたと思っていても不思議ではないから、少し水をまけば他所からも流れ込んで、水溜りどころか池になると思っているのかもしれんな。」
そう言って、うんざりした顔をした。
「トレア公女との結婚を進めて欲しいとの話も、どうやったのかわかりませんが、わざとニコラ嬢に教えたのでしょうね。」
ウィリアムがそう言って、嫌そうな顔をした。
長期休暇まで三ヶ月となった頃に、ユーグ殿下の妹二人がエルメニア王国に留学してきた。王宮で歓迎の夜会が開かれることになった。
学院ではナタリー嬢が「どうして、あんな女の歓迎しなきゃならないのよ。こっちは進級試験の勉強で忙しいのに。今からしないと間に合わないんだから。だいたい、こんな変な時期に留学なんて、勉強する気あるの?長期休暇明けにするとか、キリのいいところでするのが普通じゃない。まったく、何しに来るんだか。噂通り、殿下や辺境伯と本気で結婚できる気でいるとか?婚約者のいない辺境伯はともかく、殿下にはグロリアがいるんだから、馬鹿じゃないの⁈」と文句を言っていた。
発表はされていないが、俺の婚約が正式に決まった。先日、婚約の書類にサインをしたばかりだ。俺とロクサーヌ殿下が結婚するとニコラ嬢が言ったせいで、ヴェストニアにトレアと二股をかけているのでは?と疑われてしまい、不利な条件を飲まざるを得なかったそうだ。不利なのはエルメニア王国であってローゼニアではないので、我が家にはどうでも良いことなのだが。両王家とも直ぐに発表したかったのだが、発表すれば俺の身辺がやかましくなるのは目に見えているので、俺の進級が決まるまで発表を待ってくれるよう伯父上が交渉してくれた。