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ある公爵の若き日の思い出   作者: 桂木
シュバルツ辺境伯
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28話

 無事、試験が終わった。ナタリー嬢もなんとか赤点は免れたようで、結果発表の紙の前で、ハリスの手を取って踊っていた。ベーカーやキャンベルが囃し立てながら、手拍子をする。ハリスは迷惑そうだ。

 教室のドアが開いて「ナタリー、楽しそうだね」とオールドベリー公が声をかけた。公はナタリー嬢の婚約者なのでハリスは真っ青だ。

「そうなんです。赤点でなくて、補習もないんです!」

興奮したナタリー嬢が公に駆け寄って、返事をする。

 公は真っ青なハリスに「ナタリーが迷惑をかけたね」と謝っていた。

 去年の試験明けの休暇はまるまる休みだったが、今年は王太子にかなりの権限が移譲されたのもあって、そういうわけにはいかないようだ。

 王太子に仕事をさせるため、毎日グロリアも登城し、執務室にいた。侍従長も、王太子が仕事を真面目にする限りは、黙認することにしたようだ。グロリアがいる方が仕事を一生懸命しているようなので、推奨している気もする。

 どこにも行けずに、また、授業が始まった。別にどこかに行きたかったわけでもないし、不満もなかったのだが、うっかり、そのことを口に出してしまった。

「だったら、次の休みの日にグラストン宮殿に行こう。結婚したらグロリアにあげる予定なんだ。ギル、お前の部屋も設けるつもりだ。実際行ってみて、意見を聞かせてくれ。」

大変なことになってしまった。俺も監禁されてしまう。

 グラストン宮殿は、今でこそ王都の中にあるが、建築当時はそこは郊外だった。王が王妃を軟禁するために造った城。残酷な王は政略結婚の王妃を憎んでおり宮殿に幽閉し虐待した。そのため、惨殺された王妃の血塗れの幽霊が出ると噂される宮殿。

 家に帰ってそのことを伯父上に話す。

「先日、殿下と話をしたんだが、殿下は結婚されたらグラストン宮殿をグロリアに下賜なさる予定みたいだからね。

幽閉して虐待したなんて嘘だよ。王は王妃をとても愛していたよ。王妃は慣れないエルメニアの生活で心を病んでしまったから、必要最低限しか城から出さず、あまり人と会わせないようにしたのが、そんな噂になったんだろうね。ハルも噂を信じているみたいで、幽閉なんてことがないように改築案はしっかり目を通すから安心してくれ、と言われたよ。

昔、行ったことがあるけれど、調度品も可愛らしくて、女性が好みそうな宮殿だった。

それに、血塗れの幽霊なんか出てこないよ。出てきたのは赤ん坊を抱いた幸せそうな女性だったよ。隣には寛いだ服を着た男性もいたな。私に気づいたらしく、近づいてきて、赤ん坊の顔を見せて、抱かせてくれた。」

それを幽閉というのでは?何故、伯父上は行ったのか?そして、幽霊は出るんだ、、、それにしても、伯父上、豪胆だな。幽霊の赤ちゃんを抱くなんて。

 ますます行きたくない。が、グロリアは行きたいと言うし、伯父上も「行ってごらん」と言うし、渋々、承知した。

 グラストン宮殿に着く。近くを通ったことはあるけれど、中に入ったことはない。門が開いて馬車が中に入る。外の景色、これが見納めかも。門が閉められた。

 調度品はどれも可愛らしい。伯父上が虐待は嘘で、王は王妃を愛していたと言ったが、そうかもしれない。

「どう?グロリア。結婚したら、この宮殿はグロリアにあげるよ。

昔、結婚してしばらくは二人で暮らすのもいいねって話したよね。この宮殿で暮らすのはどうかな?やっぱり、公爵邸の近くがいい?どっちでも、ギルの部屋は設ける予定だけど。」

王太子がグロリアに不穏な話しをしていた。

 ある部屋のドアを侍従が開ける。王太子が俺達を招き入れた。

「この部屋は王妃が使っていた部屋で、グロリアの部屋にしようと思っている。ただ、バスルームがついてないんだ。建築当時は入浴の度に部屋にバスタブを運んでいたからね。だから、どうしたらいいか悩んでいるんだよ。

でも、眺めはとてもいいから、この部屋をグロリアに使ってもらいたいんだ。」

 部屋を見回していたウィリアムが「この宮殿、装飾として、あちこちに薔薇が使われていますが、この部屋は一段と使われていますね」と言った。

「この宮殿を贈られた王妃はアルトドラッヘンの姫君だったからな。最初、サンタナ伯女と婚約していたんだが、当主である兄がシュバルツ辺境伯を返上したので、婚約も破棄になった。ノーザンフィールド公爵に辺境伯が返されたんだが、公爵家に釣り合う年頃の姫君がいなくて、一族のアルトドラッヘンの姫君と結婚したみたいだ。まったく、あの伯爵家は。

ところでギル、何、ドアを開けたり閉めたりしているんだ?」

 突然、王太子が俺に話を振った。このままグロリアが監禁されないようにドアや壁をチェックしていたなんて言えない。

「いえ、重厚なドアなので、グロリアの力で開け閉めできるか確認していただけです。」

「おかしなことをいう奴だな。ドアの開け閉めは侍女の仕事じゃないか。」

それ以上、追及はされなかった。誤魔化せたようだ。

 グラストン宮殿の門を出た時は、心底ホッとした。馬車の中で王太子がグロリアに聞いている。

「グロリア、庭に出た時、バルコニーに向かって手を振ってたでしょう。何で、振ってたの?」

「え?だって、赤ちゃんを抱っこした女の人がこっちを見て笑ってたから。そばにいた男の人も振ってくれたし。」

王太子とウィリアムが顔を見合わす。明らかに戸惑っている。

「いたよね、ギル。ギルも見たでしょう。」

俺は返事をしなかった。したくなかった。バルコニーだけではない。グロリアはバルコニーしか見えなかったみたいだが、王妃の部屋のドアが開いた時、一瞬だが、ソファにお腹の大きい女性とそのお腹を撫でている男性がすわっているのが見えたし、先程の帰り際も、俺たちが馬車に乗るのを玄関で見ていたからだ。

 多分、悪い霊ではないのだろう。自分達のいる場所にどんな人間がきたのか気になっただけだと思う。ここにグロリアが住むことになっても、危害を加えることはないに違いない。けれど、赤ちゃんを抱くように勧められたらどうしよう、拒否したら悲しむだろうなぁ、俺の部屋には出ないで欲しいなぁ、と考えていた。

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