新章70 思いがけない助け舟
NO.86思いがけない助け舟
「真宗くん!! 真宗くんしっかりして!!」
胸から血を流して倒れ伏す真宗を抱え、セリカは割れる程に声を張り上げて叫ぶ。
しかし、真宗が答えることはなく、流した血をそのままに、沈黙し続ける。その胸は上下しておらず、心臓が動いていないことを無慈悲にも突き付けてくる。
唯一救いがあったとすれば、本人は痛みを感じる暇もなかったということか。
しかし、そんなものセリカにとっては何の慰めにもならない。
「へぁーはっははは! もう死んでるっての!!」
それを見下ろすのは、くすんだ金髪を肩まで伸ばした細身の男だ。
それなりに整った顔を、台無しにするかの如く歪ませて嗤う男は、天井に張り巡らされていた骨組みから、一足飛びでセリカの目の前に着地する。
横倒れになっている机の角に危なげなく着地する様子からも、常人でないことは明らかだろう。
もっとも、つい先ほどまで激闘が繰り広げられていたこの場所にいる時点で、常人なはずがないのだが。
「――ッ!」
「ぁんだよ。その目は」
降り立った男に向けて、セリカが刺すような視線を向ける。
そして、真宗そっと地面に横たえ、ゆっくりと立ち上がると、男のほうに向けて杖を構える。
「……死ね」
その声は、台詞は同じでもヒルデガルドに向けてはなったものとはまるで違い、悲壮感と憎悪で満ちていた。
瞬間、男の足元を魔法陣が囲う。
『範囲指定魔法』
本来ならば、魔法は魔力で作り出した魔法原型に『術式』――魔法に込める性質を表すもの――を放り込むことで発動するのだが、この方法なら魔法原型を作らずとも魔法を発動することができる。
まぁ、お察しの通り、本来必要な手順をすっ飛ばすのだから、容易にできる技術ではない。
しかし、セリカは生まれながらに使いこなしている。
『最も魔法に愛され、最も魔力に嫌われた少女』そう揶揄されるされる程に、セリカの才能は凄まじい。
先代『傲慢』の勇者との契約解除から、真宗と契約するまでの間は、魔力を一切持たないという体質のせいでその才能が日の目を浴びることはなかったが、今は思う存分真価を発揮できるのだ。
「はっ、やる気かよ女ぁ――がはぁっ!!」
「『スカイフォール』」
威勢よく吠えていた男だったが、お構いなしとばかりにセリカは詠唱し、魔法を発動する。
すると、魔法陣が鈍く光り、内部の重力が増加していく。そして、10秒もすると男の体は成す術もなく地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまう。
「ざっけんな――」
「『ブリザードラッシュ』」
淡々と、流れ作業のように詠唱を済ませるセリカ。そんな無慈悲な宣告と共に、今度は男の周りを無数の氷槍が取り囲み、鋭く尖った切っ先を向けて制止する。
「本当はね。このまま、ぐちゃぐちゃにしちゃいたいくらいなんだけど、それじゃふたりが浮かばれないから――」
「なっめんなぁぁぁ!!」
普段からは想像もできないほど冷たい声で語り掛けるセリカに、男の方も負けじと抵抗するも、大した効果は見込めない。男の体は依然として地面と平行であり、それどころか少しずつ地面にめり込んでいた。
「がぁぁぁぁ!!!」
しかし、押されていたのも束の間。突如として雄たけびを上げたかと思うと、先ほどまでの苦戦っぷりが嘘だったかのように何事もなく立ち上がる。
「えっ?」
セリカがそんな間の抜けた声を出したのは、男が難なく魔法陣から抜け出したからではない。
男の風貌が先ほどまでとあまりにもかけ離れていたせいだ。
「あーあ。服新調したばっかなのによぉ」
けだるげにそうつぶやく男の体格は風変りしており、細身な印象はどこへやら、全身がはち切れんばかりの筋肉に覆われている。
「あなた何者?」
「俺かぁ? 俺は『金星』だ。わりぃけどそれ以上は言えねぇんだよなぁ」
「そう」
期待していた情報を得られなかったセリカは、興味なさそうに小さく返すと再び詠唱を始める。
その雰囲気は、先ほどまでと比べものにならない程圧倒的であり、周りには魔力がほとばしっていく。
セリカの現時点での魔力値は、真宗と合算して約320万。ここまででかなり消耗してしまっているものの、まだ平均を大きく上回る量は残っている。
しかし、そこには生命維持に必要な分のマナも含まれており、消耗しすぎれば無事では済まない。
「おい、てめぇ。んなもんぶっ放したらどうなるか分かってんのか!?」
「もういいよ。真宗くんがいない世界で生きていける自信なんてないから」
セリカは今、そのすべてを込めて魔法を形成している。
そして、悲しげな瞳でつぶやき、そっと腰を下ろして真宗の頭を撫でるも、当然反応はない。
「やっと見つけたのに置いてくなんてひどいよ」
泣きそうな顔で微笑み、再び立ち上がって杖を前に構えるセリカ。
対する『金星』は、魔法で作り出したらしい光る斧を構え、セリカが魔法を発動するタイミングを伺っている。
「私ももうすぐ行くから……そっちでも仲良くしてね」
「逝くなら、てめぇひとりで逝けやぁ!」
「『スーパーノ――』」
最後にそう呟き、魔法を発動させようとするセリカに、『金星』が斧を振りかざす。
その速度は魔法を発動するよりも速く、セリカの思いもろとも粉々に粉砕……は、しなかった。
なぜなら――
「やっ、楽そうだねぇ……僕も混ぜてよ」
如何にも軽薄そうな銀髪の少年は、セリカの位置から逸れて振り下ろされた斧の上で、場に全く似合わない笑顔を咲かせた。
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To be continued
どもども、だいぶ遅刻してしまった雅敏一世でございます。
はい。とてもさらっと主人公が死んでしまった本編でございますが、この先一体どうなることやら…
次回、『東共奪還作戦編』最終回!(予定)ですので、乞うご期待ください!!
ではでは、また会いましょ〜♪




