あの日の温もりと②
「おい、これは、どうなっているんだ」
風巻が成田と山本と話す数週間前。土端の住む松波の屋敷は朝から荒れていた。義父である松波は目の前の光景に息を詰まらせた。送られてきた書類やメールには今までやってきた事業がまるっと消えていることが記されていた。
松波は県の中でも一二を争う不動産経営で成り立ってきた会社だ。街を歩けば『松波』の携わるものばかりが溢れている。駅前の商業ビルは勿論、富豪向けのマンションや遊園地、最近は異業種にも手を伸ばすベンチャー企業だ。
ただし、ここ数年の成り上がり企業。何故ここまで成り上がれたのか、不思議に思う者も少なくはなかった。色々な疑惑があとを立たないがひとつとして証拠が上がることはない。不思議に思うものたちも手出しができなかった。理由は知っているものからすればとても単純なことだ。
「百華、百華はいるか!?」
普段は8時を過ぎないと朝食にすら起きてこない松波が6時前からメイドや執事たちを呼びつけ躍起になっていた。騒がしさに目を覚ました土端は、まだネグリジェ姿。長めのカーディガンを羽織り自室の扉を開けようとしたところで突然扉が開いた。
鬼の形相の松波がたくさんの書類を抱え立っていた。土端は息をのんだ。そしてゆっくり声を発した。
「お義父様……?」
「何をした。お前の魔法が全て解けているではないか!」
「え?」
土端には理解できなかった。今まで義父に尽くしたものが消えている。それは事実だ。だが、何かした覚えがなかった。あるとすれば。あの日から枯渇した力が戻って来ている。力の出どころは今までの行いの清算だとすれば……。
土端は小さく名を呟いた。
「……風巻、くん」
「出生のわからんお前の世話をしてやった私にこの仕打ちか!?よくも、よくも!」
土端の呟きを聞くことなく松波は怒りに震えてからポロポロと書類を床に落とし、一歩、また一歩と土端に近づく。土端は恐怖で動けなくなった。松波が手を伸ばし胸ぐらを掴もうとしたところでその手を横から絡め取られ、土端は掴まれずに済んだ。土端と松波の間に立ったのは立花だ。
「お待ちください、旦那様」
突然現れた立花に松波は青筋をたて憤慨し、手を振りほどくと残っていた書類を床にたたきつけた。
「立花!貴様か!?」
「なんのお話か分かりかねます。ひとまず落ち着いて……」
「終わりだ。終わりだ終わりだ!くそっ、ムショにぶち込まれる。いや、死刑?ひぃいい!」
松波はすでに人の話を聞ける状態ではなかった。頭を抱え涙ぐみ、ブツブツと何か言いながらしゃがみこむ。その様子に土端はゆっくりと近づくと目線を合わせるようにしゃがみ、そっと松波の手を握った。
「お義父様」
「終わりだ。終わりだ。もう、私は、……洋子……」
亡くなった妻に縋るように松波は名を呼び、土端の呼びかけに答えない。
「洋子……、洋子」
「……」
神の子であるためにそばに置いてもらっていただけ。本当の愛情はなく利用されていただけ。
土端はわかっていても、松波の目に自分が映らないことが何よりも苦しかった。握った手に力を込め、一つ瞬きをすると意を決したように頷き松波の顔を覗き込んだ。
「大丈夫。お義父様。すぐに、すぐになおしてあげます」
「……本当か?」
涙でぐっしょり濡れた顔を隠すことなく松波は視線を上げた。不安げな松波に土端は優しく微笑み返す。立花はその様子を見守ることしかできなかった。
◇
それから数日。土端は学校に行かず、松波の用意した特別室でモニターと書類を見つめる日々が続いていた。
力を使うことで先を見通す。どこの会社が儲け、どこに投資をすればいいか。そして松波の会社が不利になるようなことがあればなかったことにする。学校で向かってきた怒る女たちの感情を消したように。
だが、以前のようにうまくはいかなかった。
「何をしているんだ!はやく、はやくしないと、私の会社が。負債が。マイナスが増えているではないか」
「わかっています。わかってるわ。……どうして、なんで」
「はやく!はやく何とかしろ!」
急く松波に土端の手は震える。怒る義父に気持ちが詰まるのを土端は感じた。そうなればなるほど力は使えず、松波につられて土端も急いてしまう。
昼夜問わず、土端は寝る間も惜しんで必死に松波の期待に応えようと努力した。だが、松波は夜になればその部屋からいなくなり、きちんと寝て、朝起きると仕事をそっちのけで土端を追い詰めた。
そんな日々を過ごせば土端の体にもガタが来る。風巻が奪い返した魔力も再び枯渇し始め、追うようにして体力も底をつきて来た。
「百華様。少し休まれては」
立花は土端に声をかけていた。始めこそ「ありがとう」「大丈夫よ」と返していたが今は答えることもなくなっていた。
◇
日が昇って落ちて、また昇って落ちて。昼夜問わない生活をしていた土端は机に突っ伏し、書類を片手に握りながら太陽を窓越しにぼうっと見つめた。今の太陽は昇ったのか落ちて来たのか、土端にはもうわからなかった。つうっと涙が頬を伝う。
「……」
土端の目の前が突然暗くなった。それに反応すらせず土端は目だけを動かして見上げた。太陽を覆うように立ったその人はそっと土端の頭を撫でた。




