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追想 side土端②

 今ではとうに見慣れた松波の邸宅。初めて見た時は他の建物とは異なる豪華な風貌に驚いたのを覚えている。神社仏閣のような厳かな木造建築、綺麗に一枚一枚張り巡らされた瓦屋根。大きな門。全てが一流で私は好きになれなかった。


 ライラは1人散歩から帰ってきた松波に声をかけた。後に私の義父となる男は憔悴しきっている。理由は先日、松波の妻がこの世を去ったからだ。夫婦の間に子どもはできなかったが仲睦まじかった。よく2人で散歩やハイキング、旅行などの趣味を楽しんでいた。そして旅行中の登山で妻だけが崖から落ちて亡くなった。

 妻はこの世とあの世をつなぐ場で神であるアランに願った。


『あの人を1人にしないでください。新しい妻でも、誰でもいい。とても寂しがりやなんです。どうか、神様』


 この女は優しかった。生前は弱きものを助けるタイプの人間だった。小鳥が弱っていれば助ける、困っている子がいれば手を差し伸べる、知人がお金を欲すれば差し出してしまうほど人が良かった。

 神は人の願いを叶えることで命や力を得る。アランにとって私を手放す先として好都合だったのだろう。優しき妻の夫もまた優しいと信じて。


「どなたですか?」


 松波はライラと私を見てキョトンとした。西洋の童話に出てきそうなドレスでめかし込んだ私とその隣に立つスーツの女。明らかに親子ではないわたしたちに怪訝な表情で松波は首を傾げた。ライラはぺこりと頭を下げるとまっすぐ松波を見つめた。


「奥様より言伝をいただき参上いたしました。神の子であるこの子を18の誕生日まで預かっていただけないでしょうか」


「え?はぁ……」


 明らかに疑いの眼差しを向ける松波にライラはポケットから小さな風呂敷を取り出した。そして中を開き松波の前に差し出した。松波の表情は一変し、風呂敷から出てきたものを凝視した。


「こ、これは……」


「あなたが奥様にお渡しした結婚指輪。奥様よりお預かりして参りました。『1人にしないで』と最後の願いを残して」


「そんな、馬鹿な」


「刻まれた日付も、劣化具合も、きちんとお確かめください。嘘偽りなく奥様のものです」


 松波は指輪を受け取ると事細かにチェックした。口元はぶつぶつと動き、何かを確かめるように指輪を手のひらに乗せた。そしてゆっくり握るとその場に崩れるように涙した。


 私は何の感情も湧かなかった。冷たいひと。そう言われても仕方がない。これは父であるアランの感情から来る虚無。アランは優しい。けれどそこには何もない。アラン自身を分けた半身である私が新たな感情を芽生えさせるわけがない。





 松波はライラの申し出を受け入れた。18歳になるその歳まで娘として私を育てること。その代わり、私の持つ神の力を好きなだけ使っていいとのことだ。

 始めこそ松波は私の力を使うことを躊躇した。元々子を授かりたかった手前、私を本当の子どものように接してくれていた。私の遊びに付き合い、いろいろな本を読み聞かせてくれたり、遊びに連れて行ってくれたり。おとぎ話に出てくるような優しい父というものに松波を重ねていた。


 だが、それも長くは続かない。


 私が5歳の誕生日を迎えてそう時が経っていない頃。松波が持つ会社の株のことで社内で何やら揉めた。人間の5歳児ならば父が何に悩んでいるか理解することは難しかったであろう。

 けれど、私は松波が持つ資料をたまたま見てしまった。見たことのない言葉が書かれているはずなのに私の頭にはすっと入って来て、理解できた。


「百華、こんなものを見ても何もわからんだろう」


 松波は私が読むその資料を見ると疲労もあってか許可もなくサッと取り上げた。そしてその資料に再び目を通し眉間に指をあて、小さく唸った。

 私はぽつりと呟いた。


「A社が動く。今のうちに買っておくといいわ」


 先を見てしまった私の口からは無意識に言葉があふれる。その言葉に松波は不思議そうに見ると苛付きを隠さず、ため息を吐いた。


「A社?あんな辺鄙な会社、すぐ潰れると皆が噂しているんだぞ。……百華、ママゴトならもう少し子どもらしい内容でやりなさい」


 私の予言は当たった。A社が秘密裏に開発していた商品が特許をとり、日本中、いや世界中に瞬く間に広がった。それはあらゆるものに使われる商品。大発明だった。


 松波はその日から変わってしまった。私を娘として扱わなくなり助言を求めた。たくさんの豪華な物を買い与え、私のワガママを全て聞き入れるようになった。代わりに松波が望む未来を伝える。会社の運営に何をすれば発展するか。その力を使えば使うほど私は枯渇していった。

 その頃だったと思う。異動されやってきた立花に出会ったのは。彼は食堂の横の部屋で一人銀食器を磨いていた。恨めしそうにフォークやナイフを見つめながら、イライラする気持ちを銀食器を磨くことで浄化していた。

 この屋敷にいる誰よりも人らしく、私は気に入った。


「あの人を私の専属にして」


 父に伝えると要望はすぐに聞き入れられ、この日から立花は専属の執事になった。





 ここまで。昔々とは言えない私の昔のお話。


 バカみたい。こんなこと思い出して。

 そうさせたのは、今の状況のせいだろう。机の上に並べられた無数の書類。開かれた数台のパソコン。父が横に立ち、じっと私の助言を待っている。

 助言……。父の望むものに力を使うことはもうできない。


 怒る父。何を言っているかわからない。きっとすごい罵声だ。

 でももう聞こえない。聞きたくない。


 風巻くんを思った気持ちだけはアランのものではない。私のもの。そうでしょう?

 だったら、それだけで十分よ。

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