追想 side土端①
私の記憶は生まれる前からある。父であるアランとか言う神の一部だった。彼が見る世界は私の世界。楽しいことも悲しいことも全て彼が思うまま。私の意思なんてものはなかった。
「初めまして、僕の半身」
アランの中から生まれた瞬間、赤ん坊の私を見ると嬉しそうに、そして何処か悲しそうに笑った。何故こんなにも辛い顔しているのか知っている。それでも私を抱きながら慈しむ瞳に私は嬉しくて自然と微笑んだ。
神の子は生まれた瞬間からやっぱり神で、意識もはっきりしていて、成長はとても早い。生まれた瞬間こそ人間と同じような新生児だけれど、1ヶ月もすればおすわりをするし、半年も経てば3歳児と変わらない大きさにまで成長する。
毎日が楽しかった。アランと過ごす時間は少なかったが代わりに天使たちが私の身の回りにいつもいてくれた。神の国のこと、人間界のこと、楽しいこと、悲しいこと、すべてを教えてくれた。時々アランが会いに来るととても嬉しかった。
だが、お別れの日は突然やってきた。
「おとうさま」
「ん?」
お別れする日はいつも以上にアランは優しかった。天使たちが愛らしい白のドレスを私に着せ、薄茶色のクセのある髪を高い位置でツインテールに結ってくれた。綺麗に着飾られた後、ソファに座らされた。
ぷらぷら足を揺らしながら向かいに座るアランを私は大人しく眺めていた。何かの資料に目を通しながら、時折ため息を漏らしたり、必要なところにサインをしたり、忙しそうな様子。
それでも私は小さな声で話しかけた。すると今までの険しい顔が嘘のように優しい笑みを浮かべてアランは小首を傾げて私に視線を向けた。
「なんだい?」
「……」
私が何も言わないことにアランの優しい顔は曇った。だが、誤魔化す様に微笑むと私の前に片膝をついてそっと頭を撫でた。
「すぐに会えるよ」
アランは優しい。そんなアランが好き。けれどそれは万人に平等で、私にだけ向けてくれることはない。私にはつまらなかったし寂しかった。
◇
人間界にアランがついてくることはなかった。代わりに従者数人が付き添い、私は見知らぬ土地に来ていた。聞くとここが人間界だと言う。レンガやコンクリート、木造でできた建物が背丈を競うようにぎっしりと立ち並んでいる。舗装された道、行き交う人々がお互いに挨拶し合うことはない。
天使たちから聞いていた世界とはかけ離れていて、私には冷たく思えた。
「半身様」
従者の一人、ライラが声をかけてきた。ライラは綺麗な金髪を束ね、スーツを着こなし、人間界にとてもよく溶け込んでいた。
私は声をかけられ、自然とライラを見上げて首を傾げた。
「今日からあなたは『土端百華』というお名前になります」
「ずいぶん長い名前なのね」
「いえ。土端は苗字、その人がどこから生まれたかを表すためのもの。名前は百華です」
「ふーん……」
しばらく歩いていたがライラは公園を見つけると人気のないベンチに私を座らせた。先ほどまでたくさんいた従者はどこにも見当たらない。
ライラは手に持っていたファイルを私の前に広げた。確かに言われた通り私の人間界の名が書かれた紙がファイリングされている。
「確かな戸籍から作りましたので不自由は致しません」
「コセキ?」
「……いえ、難しい話をしてしまいました。……さぁ、これから人間界でお父様になる方に会いに行きます。よろしいですか?」
私に拒否権などない。私が小さく頷いたのを合図にライラはファイルを閉じて私の手を掴んだ。優しいがどこか強く逆らえない力で引かれながら私たちは屋敷へ向かった。




