置かれた土産
土端が目を覚ましたのは次の日の早朝だった。
午前5時過ぎ。カーテンの隙間から日の光が漏れ、ちょうど土端の瞼を照らす。その眩しさに土端は寝苦しさを覚えてゆっくり目を覚ました。初めこそ眩しさでどこにいるかわからなかったが、首を横に振ると自室の壁が見えた。
いつの間にか自分の部屋にいることを不思議に思いながらゆっくり体を起こした。布のこすれる音に廊下に続く扉の前で座り見張っていた立花が気づいて駆け寄ってきた。
「百華様!」
「……たちばな」
「あぁ、よかった。大丈夫ですか?何かお変わりありませんか?」
今にも泣きだしそうな立花をぼうっと土端は見つめた。寝起き特有の呆けた様子に立花はほっと胸をなでおろす。立花はいつもの執事服に身を包んではいるが、髪は乱れ、一晩中看病をし続けていて目にはうっすらクマが浮かんでいる。
土端は眠い頭を覚醒しようと目をこすり、手を天に上げ体を伸ばした。ゆっくりと目の前の立花の異様な様子に昨夜のことを思い出す。
「なんで、私家にいるの?」
「……」
立花は一瞬表情を硬くしたが、自分を律するようにいつも以上にゆっくりと答えた。
「私がお連れいたしました」
「……そう」
土端は不思議に思ったが詮索はしなかった。落ち着いてはいるが違和感のある立花の反応にこれ以上聞いてはいけないと思ったからだ。不安げな立花を安心させようと土端は手を伸ばし、顔を覗き込む立花の頭に手をのせた。整髪料で固められた髪をわしゃわしゃと撫でる。
今までされたことも、させたこともない行為に立花は固まった。もし他の者に頭を触られようものなら嫌がったであろう。そうならなかったのは唐突な出来事と、愛する主人である土端からの行為だったからだ。
「ごめんなさい。せっかくあなたが選んでくれたのに」
「……いえ」
綺麗に着付けられていたはずの浴衣はきれいさっぱりなくなり、代わりに部屋着であるシルクのネグリジェに着替えさせられている。そのことに土端は目を伏せ、小さく謝った。
◇
それは一昨日の出来事。祭に出かけると聞いた立花は衣裳部屋から一番似合うであろう浴衣を準備した。綺麗に仕立て上げられた新品の浴衣と帯、その他付属品を箱に詰め込み、立花は嬉々として土端の部屋にやってきた。
「百華様!ご覧ください。百華様の美しさを更に際立たせる浴衣をあつらえて参りました!」
ノックするや返答を待たずに入ってきた立花に机に向かい勉強をしていた土端はギロリと睨みつけた。だが、すぐに満面の笑みを浮かべる立花に呆れ、土端はため息を漏らした。
「なに?」
「百華様からお祭に行きたいと聞き、探してまいりました。僭越ながら私が付き人としてお傍につきますので」
初めて娘に服を買った父のような嬉々とした立花の様子に土端は困ったように小さく笑った。そして椅子から立ち上がり立花の前に向かう。自分の選んだ浴衣に興味を持ってくれた主人に自然と立花の表情は綻ぶ。
箱を開け、綺麗な淡い翡翠色の浴衣を取り出すと土端に見えやすいように広げた。
「どうです。美しいでしょう?」
「そうね、綺麗」
土端の好みそうな色合いと柄。立花は全てリサーチ済みだ。立花の計画通りで、土端は目の前の浴衣を見るとほうっと息を吐き感嘆した。
「でも、あなたと行くわけじゃないわよ」
「……えっ」
自慢げに見せていた浴衣をまるで漫画やドラマのようにするりと手の中から床へ手放した。はらりと落ちた浴衣と今にも泣き出しそうな立花に土端は慌てて話し始める。
「違うのよ。あなたが嫌なわけではなくて。あの、学校の、その……」
「まさか、か、か、彼氏」
「違うわよ!馬鹿じゃないの!?」
顔を真っ赤にしながら憤慨する土端に立花は何だか可笑しく思えて笑ってしまった。普段は必要以上に律しているからこそ、くだけた笑いを見せる立花に土端も自然と表情が緩む。
床に落ちた浴衣を土端は優しく抱き抱えると立花に視線を向け、それを差し出した。
「友達よ。明日一緒に行こうって誘ってもらったの」
「なんと」
「心配しないで。きちんと帰ってくるから。この浴衣も着ていくわ、ありがとう」
◇
土端は立花から手を離すときゅっと布団を握って俯いた。自分がどのような状態で立花に見つけられ、ここまで連れて来られたのか考えても一向に出てこないことが不甲斐なく思えた。
普段から口数が少ない土端だが、明らかに落ち込んでいる様子に立花は姿勢を正し頭を下げた。
「百華様、温かい紅茶を持ってまいります。今はゆっくりおやすみください」
それだけを言うと立花は部屋を後にした。丁寧に扉を閉め、廊下を颯爽と歩いていたが角を曲がったところで壁に強く拳を打ち付け、そのまま額を当てた。
「……くそっ」
悔しさと苛立ちに立花は目頭が熱くなるのを感じる。泣き出すわけには行かず深く息を吐くと乱れた髪をかき上げ、調理室へと向かった。
◇
パタンと扉が閉まると土端は再びベッドに倒れた。ふかふかの布団に顔を埋め、ぎゅっと自分の体を抱きしめた。
祭の雰囲気に飲まれたところはあれど、自分の口から出た風巻への言葉を思い出すと火を噴くほど恥ずかしく思えた。それを尋ねることなく叶えた風巻は相当な契約を自分に課したのだろう。いくら命を奪われたのだろうか、なけなしの力を奪われたのだろうか。
「……ん?」
思案していると土端はふと違和感を覚え、がばっと起き上がった。最近の怠い感覚はすっかりなくなり、代わりに体がいつも以上に軽い。ゆっくりだが確実に何かに満たされていく。
「力を……とったんじゃないの」
つぶやきに答える者は誰もいない。ただ土端の中でそれは確信に変わり、息をのんだ。
「何をしたの、風巻くん」




