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靡く風鈴 side利麻

 悠馬にとって施設で過ごす最後の夏休み。小さい頃からずっと一緒だったから実感が湧かない。

 寂しくないといえば嘘になる。私の気持ちなんて知る由もない悠馬は学校の講習会以外の時間はバイトに出ている。

 小さい頃はよく一緒に遊んだ。施設の前にある公園で夜になるまで遊んで怒られたり、一緒に祭りに行ったり。もちろん、世話人の大人つき。


 15時を過ぎた頃。ガラリと玄関のドアが開く音が聞こえた。他の子供達の声からして悠馬が講習会を終えて帰ってきたのだろう。私はリビングでジュースを飲んでいた。世話人の田所さんが知り合いの美容室からもらったものらしい。

 悠馬は玄関から真っ直ぐにリビングにやってきた。夏なのに着崩すことなくしっかり着た制服。部活してないくせに肉体労働のバイトばかりしてるから程よく筋肉がついていて、今時のヒョロ系男子とは違う。カッコいいと思う。


……制服がね。


 私は適当に「おかえり」と言うと悠馬は何の気なしに「おう」と返事をした。田所さんがパタパタとリビングに走ってくると私に飲ませてくれたジュースを得意げに悠馬に見せている。


「これこれ!山本さんからもらったの!青森産のりんご100%ですって」


「へえ……」


「飲むでしょう?」


「あぁ、うん」


 こうやって見ていると本当の親子のよう。悠馬に大きな反抗期はやってこなかった。田所さんに対して冷たくしたところを見たことがない。田所さんも田所さんでそんな悠馬に甘えっぱなしでよく絡む。

 悠馬は適当に鞄を置くと私の向かいに座って田所さんからもらったジュースに口付けた。期待の眼差しで見守る田所さんに悠馬は優しく微笑んで「うまいよ」と答える。


 私に向けたことない優しい顔。


 田所さんにすら嫉妬してしまう私って本当に子供。だって、認めたくないけど、この気持ちのモヤモヤって、その……。

 私がもやもやしていると田所さんは思い出したように悠馬に尋ね始めた。


「今日のお祭は誰と行くの?」


「学校のやつと」


「山本くん?」


「いや、今日専門学校の見学なんだ、アイツ」


「へえ、山本くん以外にお友達ができたのね!」


「……」


ん?


 悠馬がぴたりと動きを止めた。いつもは軽口で簡単に田所さんをあしらうのに。何か変だ。

 田所さんも悠馬が止まったことに気づいたみたいで、慌てて話し始めた。


「やだ、ごめんなさいね。いるわよね、友達くらい」


「あ、いや。友達っつーか……」


 元々話し上手ではない悠馬だけれど今は明らかにおかしい。うまく言えない悠馬に私は何となく気づいちゃった。そしてさっきのモヤモヤはイライラへと変わる。


「土端副会長?」


「っ……」


 試しに言った言葉が大当たりだったらしい。悠馬はビクッと震えると隠すように脚を組みそっぽ向いた。


なにその反応。聞かれちゃまずいことなの?何かやましいことがあるの?


「え?あぁ!春にアップルパイを届けてくれたお姫様?」


 私とは正反対に田所さんは目をキラキラさせて悠馬の顔を覗き込んだ。気持ちはわからなくもない。悠馬からそう言う浮ついた話を聞いたことはない。

 浮ついてるでしょ。学校一の美女とお祭りデートってことでしょ?……ムカつく。


「家の子たちと遊ぶ時間はないくせに、女遊びする暇はあるんだ?」


「ちょっと利麻」


 つい出てしまった私の嫌味に田所さんは少し強めに割って入ってきた。田所さんも田所さんだ。何で悠馬に女ができたら嬉しいの?


「だってそうでしょ。高校入ってからバイトだ勉強だとかで子供たちのこと何にもしてくれないじゃない」


 少し言葉を変えたらワンオペ育児中のママみたいなことを私はムカつくままに怒鳴り散らした。田所さんはらしくもなく私をじっと睨んで黙り込んでいる。

 悠馬は私の言葉を聞くとすっと立ち上がった。空になったコップを片手に私に視線を向けた。


 正直ゾッとした。何の感情もない冷たい眼差しで私を一度見ると何も言わずに台所の方へ行ってしまった。

 負けない。私は去っていく背に更に怒鳴った。


「なに?なんなの?言いたいことあるなら言えばいいじゃない!」


「利麻!」


 怒りに任せて声を上げる私に田所さんはキイキイ声を上げた。初めて見たかもしれない。私は驚きで不安げに田所さんを見た。


「やめなさい。悠馬はよくやってくれているわ。知ってるわよね?昔から小さな子たちのお風呂のお世話や寝かしつけ、何でも一生懸命やってくれていたこと。悠馬は来年には独り立ちをしなければならない。自分のために時間を作って働いたり勉強したり、時には遊んだっていい。そうじゃない?」


「……」


何も言えない。私よりずっとこの家のことを気にかけているのは悠馬。知ってる。知ってるけど、このムカつきはどうしたらいいの。


 台所の方から水の流れる音が聞こえる。何も答えない私に呆れたのか田所さんは慌ててそちらに走って行った。


「いいのよ、洗わなくて」


「俺が飲んだものだし」


「そうだけど、それよりほら。準備しないと」


 田所さんと悠馬の何気ない会話が聞こえる。私はその場に立ったまましばらく呆然としていた。


 このむかつきの理由は、嫉妬だ。悠馬と一緒に祭りに行きたかった。悠馬に選ばれるのは私でありたかった。だって、だってずっと傍にいたの私。辛い時も楽しい時も一緒にいたのに。


「そうだ、浴衣あるから着てったら?」


「は?いいって、いらねえよ。歩きにくいし」


「何言ってんの。亡くなった旦那のだから少し大きいけど、身長は悠馬の方があるし、案外ぴったりかもよ」


「……」


 楽しそうな田所さんの声。悠馬の無言は了承の意味。


好きだよ。好き。義兄妹じゃなくて一人の男として好きなの。わかって。わかって欲しい。


 二人がリビングに戻ってくる音が聞こえると私は慌てて自分の部屋に帰った。パタンと扉が閉まり、扉を背に私は崩れるように座り込んだ。頬に涙が伝っていくのを感じる。けれど私の気持ちは絶対報われない。



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