靡く風鈴②
互いの呼吸が聞こえるほどの距離。2人は祭の喧騒から逃れ、神社の裏にあるベンチに座っていた。
風巻の告げた言葉に今までの緊張が吹き飛び、土端は怪訝な表情で風巻を見上げた。当の本人、風巻はまっすぐに土端を見つめる。その視線に含みはなく、無垢なそれに土端は戸惑った。
「契約……?」
「そう。お前の悪いようにはしない。ただ聞かせもしない。黙って頷けばいい」
「なにそれ。誰も引っかからないわよ、そんな馬鹿な詐欺」
土端の言い分は最もだ、と風巻はわずか表情を曇らせた。下手くそな作戦に土端は馬鹿馬鹿しく思えてつい笑ってしまった。思いもよらない土端の反応に風巻は眉間にしわを寄せ睨みつける。
「なんだよ」
「いえ。……フフッ、頭いいのに、馬鹿」
「あ?」
威嚇するように風巻が声を発すると、笑い泣きした土端は目元を指で涙をすくい、必死に笑いをこらえた。だが、肩は震え抑えきれない笑いを隠すことはできない。柔和な土端の反応に苛立っていた風巻も何だかおかしく思え、舌打ちをしてその感情をごまかすとベンチから手を離し頭を抱えるように俯いた。その様子を笑い終えた土端は見ると一つため息を吐いて気持ちを落ち着けた。
土端には分かっていた。風巻がそこまでのことを言うには理由があり、先ほど言った言葉に嘘偽りがないことを。意を決し土端は立ち上がると風巻の前に立って見下ろした。
「いいわよ、してあげる。ただし、条件付き。いいでしょ?」
「……条件?」
目の前に立ちはだかった土端を風巻は自然と見上げる形になる。月明かりに照らされ、きらきらと輝く薄茶色の髪がまぶしく、土端の表情を見ることは叶わない。
「キスして」
今までで聞いた土端の声の中で一番か細く、聞き間違えかと思うほど小さな声で呟かれたそれに風巻は目を見開いた。だが風巻は尋ねることなくその言葉を受け入れ、すぐに柔らかい笑みを浮かべ頷いた。そしてゆっくり立ち上がると風巻は土端の両耳を手で優しく抑えた。
「……」
土端には聞こえていない。それでも風巻は細心の注意を払っていつも以上に小さな声で呟いた。告げたことを肯定されることで契約が成立する。内容を聞いて土端が頷くはずがないことを風巻はわかっていた。
言い終わると風巻はまっすぐに見上げる土端に頷いて見せた。土端は迷うことなく小さく頷くとそっと目を閉じた。それを合図に風巻は土端の耳から指を滑らせ、そっと頬を包むと顔を近づけ唇を重ねた。土端も応えるように少しだけ背伸びをして風巻の頬に手を添える。
その瞬間、神社の表で花火が上がった。2人からは見えない。ただ地鳴りのような低い音だけがずしんと体に響く。
2人はお構いなしに互いに目を閉じ、触れ合うだけの口づけをした。
ドクンと脈を打つ音が耳奥で聞こえると同時に土端は指先、手のひらとどんどん力が無くなっていくのを感じた。そしてそのまま意識を手放した。
倒れそうになる土端の腰に手を回すと風巻は土端を抱き寄せる。その手は優しいが、相反して冷たい眼差しで背後に視線を送る。
「見てんじゃねえよ、趣味悪いな」
木々の間からカサリと音がする。今まで息を殺して睨みつけていた立花が堂々と風巻の前に現れた。立花は風巻の腕の中で意識を手放した土端を見ると更に眉間のシワは濃くする。
「何をした」
土端に向ける優しい声色とは正反対の冷たく低い声で立花は風巻を威嚇した。片手には修学旅行の時に土端が持っていた対魔族用の箱が握り締められている。
その箱に視線を向け、すぐに立花を見ると風巻は喉を鳴らし低く笑った。不気味なその笑いに立花は身構える。
「何がおかしい」
「別に」
「もう一度だけ聞く。百華様に何をした。言わなければどうなるかわかっているだろう」
立花は箱を見せつけるように風巻の前にかざした。今にも押すぞ、と言わんばかりにボタンの位置に親指がしっかりあてがわれている。
立花の威嚇もむなしく、風巻は引くことなく無感情に返答した。
「お前に言う必要はない」
「なに?」
「俺とコイツの契約だ。部外者は失せろ」
淡々と応える風巻にいつも冷静な立花は苛立ちを覚え、考えもせず箱のスイッチを押した。これで平伏した風巻から土端を助け、風巻自身に制裁を加えられる。そう思ったが、風巻は変わらずじっと立花を見据えたまま動く気配はない。
戸惑う立花に風巻は一層笑みを濃くした。立花は恐怖から一歩足を後ろに下がらせてしまったが、もう一歩のところでなんとか持ち堪えて睨み返す。
先ほどまで空と同じ漆黒の色をしていた風巻の瞳はいつの間にか黄金に輝いていた。月明かりを背に佇む様は魔王そのもので立花は恐怖する気持ちを見せまいと強く拳を握った。
「なぜ、何も反応しない」
「下等な魔族にしかその音は効かない」
風巻は一度土端を抱きかかえなおすと立花の方へゆっくり近づいていく。立花は引きそうになる身を必死に抑える。何かをされても土端を取り返す、それだけを思い立花は近づいてくる風巻を見続けた。
手を伸ばせば届くところまで距離が詰められると風巻は歩みを止めた。逃げない立花に風巻はふと落とすように笑うと土端を差し出した。
「何のつもりだ」
警戒する立花に風巻は何も言わず受け取れと言わんばかりにまた一歩前に出ると土端を立花の胸へ抱かせた。細身ではあるがそれなりに鍛えている立花は土端を落とさぬようしっかり抱きとめる。すうすうと寝息を立てる土端に立花は安堵した。そして顔を上げるとその場に風巻の姿はもうなかった。




